狙われるユールヴィング領
「ユールヴィング領が狙いってどういうことだ!? 説明しろ、リファ!」
マークルフがリファの肩を掴んだ。
「エレナさんの声がしたの。あの化け物がユールヴィング領に向かってるかもしれない、戦えるのは男爵さんだけだからすぐに追えって──」
「間違いないんだな」
念を押すマークルフの前でリファがうなずく。
「ブランダルクの時にもこういうのあったの。声もエレナさんに間違いないよ」
「どういうことじゃ、坊主?」
様子を見ていた大公が口を挟む。
「……前にオレフが“機神”の能力を利用してリファに接触したことがあった。おそらくエレナ=フィルディングも同じように“機神”の力を利用して俺たちに連絡して来たんだ」
「エレナさんはどうして、異形の動きを?」
マークルフが手を離すと代わりにリーナが訊ねる。
「詳しくは分からないけど、エレナさん達のところにも現れてお祖父様が亡くなったって──」
「彼奴がか!?」
大公が驚きを隠せないように声をあげるが、やがて目を閉じた。
「……そうか、とうとう彼奴も逝ったか」
先代からの因縁だった最長老の死はマークルフにとっても感慨深いものがあったが、今はそれに浸っている暇はなかった。すぐに壁に掛けていた《戦乙女の槍》を掴む。
「リファ、化け物はいつ領地に来る?」
「早ければ一日ぐらいって」
「マークルフ様、私と二人で《グノムス》に乗って──」
リーナが言うがマークルフは頭を振る。
「ダメだ。それじゃ間に合わねえ」
「ですが、他に移動手段も──」
マークルフはリーナを見る。
「ここから“鎧”を纏って全速力で飛ぶ。その方がグーの字より早い」
「待て、坊主。そんなことをして身体が保つのか?」
「心配するな、爺さん。向こうについても戦うだけの稼働時間は残っている」
装着者に負担を強いる強化装甲の稼働には限界時間があった。それを知るリーナも心配そうな表情を浮かべるが、マークルフは構わず彼女の肩を掴む。
「考えている余裕はねえ。間に合わなかったら、それこそ取り返しがつかねえんだ」
「……分かりました。今はユールヴィング領の人たちを助けることが最優先です」
「ああ、行くぞ!」
「待って、男爵さん!」
部屋を出ようとしたマークルフたちをリファが呼び止める。
「エレナさんが言ってた──『“機神”の力を利用すれば、化け物がどんな反応をするか分からない。もし無事だったらこっちに駆けつける』って……」
マークルフは槍を握り締める。
「──『もし来れなかったら、きっと時間稼ぎには役立てているだろうから……その時は雇い主としての依頼にお祖父様の仇討ちを追加して欲しい』って言ってたよ」
確かに相手は“機神”と関わる存在には間違いない。“機神”の力の利用は危険が伴う可能性もあっただろう。それでも危険を承知でこちらに警告を送ってくれたのだ。
フィルディングの姫が危険を承知で天敵に警告を送るのだから、彼女も腹を括っての行動のはずだ。
「リファ……もし、姫さんが来たら勝手に報酬と依頼を追加するなと言っとけ。踏み倒しもできんだろうがってな」
マークルフはリーナを連れて階段を駆け上がり、最上階のテラスへと出た。
「リーナ!」
「はい!」
マークルフは槍を頭上に投げるとリーナの手を握る。
リーナの姿が光の粒子に変わり、制御信号を展開したマークルフの全身へと収束していく。
やがて黄金の“鎧”が形成され、落下した槍を黄金の籠手が掴んだ。
「男爵さん、エルマさんも来たよ!」
リファがエルマを連れて駆けつける。エルマの両肩にはダロムとプリムもいた。
「話は聞きました。こちらでもできる手は打ちます。くれぐれも無理だけはしないように」
「男しゃくさん、フィーちゃんとニャーちゃんはだいじょうぶなの?」
「そのために勇士がこれから行くんじゃ。ワシらも姐さんの手伝ってそれを助けるんじゃ」
「ああ、頼むぜ」
エルマと妖精達に告げると、マークルフは推進装置を起動して飛翔する。
「頑張って! 男爵さん! リーナお姉ちゃん!」
噴射の風圧に煽られながらもリファが叫んで手を振った。
マークルフは親指を立てて答えると出力を全開にして飛び立つ。
『……エルマさんも言ってましたが無理はしないでください。連続飛行は稼働時間にも影響します。ユールヴィング領に戻っても戦闘ができないようでは──』
リーナが告げる。長距離の連続飛行は装着者への負担も増すのだ。
「分かってるさ。だが、急がないわけにはいかねえ……後は俺が早いか、アレッソスが早いかの勝負だ」
『せめて、相手の反応を探知できれば追うことができるのに──』
「できないことを言っても仕方ねえ。できることをするだけだ」
目まぐるしく変わる地上の風景を尻目に、“鎧”を纏ったマークルフは遙か彼方にあるユールヴィング領へと急行するのだった。
「……行ったか」
杖をついた大公がテラスまで来た時、すでに残っていたのはエルマたちだけだった。
「……ねえ、リファちゃん? エレナ姫はどうするつもりか何か伝言を残していない?」
マークルフたちの消えた空を見つめるリファに、エルマが尋ねる。
「えーと、エルマさんとあたしの力も借りたいって言ってた。あたしを探して合流するつもりだって──」
「そう……大公様。うちらも行きます。エレナ姫と合流できれば、うちらでも男爵の手助けになることができるかもしれません」
「分かった。こちらからもログに繋ぎを出すつもりではおる。しかし、異形が来るまでに間に合わんかもしれん。坊主とそなたが頼りじゃ」
「きっとログ副長たちも異形の接近に気づいてくれるでしょう。向こうなりに何とかしてくれるはずですわ」
エルマが答えるが、その肩に乗っていたダロムが腕を組む。
「しかし、あの異形は計測器には反応しないのじゃろう? 接近に気づく術がないぞい」
「大丈夫でしょ、マリエルならきっと危険に気づいてくれるわ。あの子、悪巧みに対する感は鋭いから」
“聖域”南端にあるユールヴィング領──
クレドガル王国へと向かったマークルフたちと分かれていたログたちは領地へと帰還していた。
マリエルは城の地下室にいた。
整備機械を持ち込んだ部屋の中央には脚部を除いた《アルゴ=アバス》が懸架台に固定する形で安置されている。彼女はその部屋の隅の机に座っていた。
マリエルは古い文献に目を通していたが、やがて扉を叩く音がする。
「どうぞ」
マリエルが許可すると扉が開いて副長ログが入って来た。
「邪魔をしてすまない。鎧の様子を見に来た」
「《アルゴ=アバス》は予定通り、ここに安置しておきます。調整の続きは姉さんたちが戻ってからにするつもりです」
「承知した。こちらも閣下からの繋ぎを受け取った。閣下も国王陛下をお止めする事ができたらしい。最悪の事態は避けられたようだ」
マリエルも安堵の息を吐く。
「そうですか。では、帰還までこの鎧を守るのがうちらの役目ですね」
部屋には“聖域”の変動がすぐに分かるように計測器が設置されていた。いつ現れるか分からない天使や魔女に警戒するためだ。
ログが机に積まれた古い文献の束に目を向けた。
「それがルカの里から預かった文献か」
「ええ。《アルゴ=アバス》についての手がかりになる資料がないかと思って目を通していました」
「分かることはあったか」
「残念ながら、いまのところ姉さんが教えてくれた以上のことはないですね」
マリエルが答える。
「この鎧は古代エンシアの末期、当時配備されていた強化装甲の《アイギス》シリーズをベースに改造された物なのまでは分かっています。しかし、いつ、どこで、どのように製造されたかは詳細な資料が残っていません」
「エルマは『内緒で作っていたから』と言っていたな」
「ええ。エンシア文明の末期、文明の存続を賭けた《アルターロフ》建造計画が進んでいました。ですが世界の理すら歪めかねない計画を危惧していた者も少なくありませんでした。その中から有志たちが密かに集い、最悪の事態を想定した対策を用意する動きもあったようです。この《アルゴ=アバス》もその中から生まれた一つでしょう」
マリエルは姉から聞いた話を思い出していた。
「〈アトロポス・システム〉をはじめ、開発された当時の基準で見ても極めて強力な兵器です。多くの優秀な科学者たちが製作に関わっていたのは間違いありません。同時にこれだけの兵器を密かに完成させることはかなり危ない橋も渡っていたはずです──」
「そうだな。国の計画に反発して密かに対抗兵器を開発するのは反逆行為に等しいからな」
「──『この鎧を作った者たちの運命がどうなったか、現在では知ることはできない。しかし、年月を越えてここに鎧がある事そのものが彼らの存在した証。我々は“遺志”を引き継ぐのよ。最初に“機神”に抗うことを選んだ名も知らない先輩達の後継者としてね。自分たちの力でどこまでできるか分からないけど、それだけは決して忘れないように』──姉さんが最初にこの鎧を見せてくれた時に言っていた言葉です」
ログも鎧に敬意を示すように殊勝な顔を向ける。
「エルマの言葉通りだな。我々はこの鎧の存在があったからこそ、今まで戦って来れた」
「……普段、いいかげんなのにたま~にこういう事言うから、姉さんの言葉は無視できないんですよね。ああ、あんまり褒めないでくださいね。今でさえ所長の自覚が足りないのにこれ以上、調子に乗られたら困りますから」
ログが苦笑する。
「承知した。何かあったらまた知らせてくれ」
ログは部屋を出ようとするが、扉の前で足を止めた。
「……エルマも、あのオレフという科学者も、お前を後継者に決めているように見えたな」
「どうしたんですか、急にそんなことを?」
「いや、後継者という言葉を聞いて、ついそう思っただけだ」
マリエルは肩をすくめた。
「仕事もまじめにしないで後継者に指名されても困るんですけどね。だいたいあの二人の後を引き受けるなんてうちじゃ荷が重すぎますわ」
「そうか……すまない、余計なことを言ったな。失礼する」
ログが去り、残されたマリエルは再び椅子に座った。
そして“聖域”変動を調べるための計測器に目を向ける。
針は平常のままだ。このまま男爵たちが帰還するまで無事ならそれに越したことはなかった。
整理しようとマリエルは文献に手を伸ばすが、不意にその手が止まる。
その目が計測器の針へと向けられていた。
一瞬、針が妙な挙動をしたように見えたのだ。思い過ごしかもしれない。何かの誤動作かも知れない。しかし、その挙動がどうしてもマリエルには気になって仕方なかった。
マリエルはしばらく計器の監視を続ける。
そこにアードとウンロクの二人が入室した。
「遅れてすみません、所長代理」
「いやあ、久しぶりの自分の家なもんで、つい──」
やって来た二人をマリエルは睨む。二人は条件反射でびくつくが、すぐに彼女の目が真剣なのに気づく。
「どうしたんですか、所長代理?」
「……二人とも、すぐに計測準備をして。範囲と時間に制限をしないで。どんな微弱な反応でもいいから拾って記録して」
「何でいきなりそんな大掛かりな準備を……まさか、また“聖域”が──」
「いえ、“聖域”は現在のところ、安定を保っているわ」
「姐さん代理、いったい何を気にしているんで?」
「分からないから調べるのよ……今は何が起きるか分からない情勢だし、気のせいなら気のせいで納得したいのよ。無駄骨ならそれでもいいわ。ともかく至急お願い」




