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一族の運命の果て

 大公バルネスの館。

 その一室にマークルフはいた。

 苛立ちを隠さない彼は黙ったまま、腕を組みながら椅子に座っている。

 その後ろ姿をリーナとリファが見ていたが、二人ともかける言葉がないのか黙って見守っていた。

「どうした? いつになく無口だな」

 扉が開き、大公バルネスが入って来る。

「爺さんか……陛下や王妃殿下のご様子は?」

「やはり心労が重なってるようじゃが心配はない。お腹の御子にも変わりはないそうだ」

「……すまねえ。本当なら俺が自分の口から伝えて謝るところなんだがな」

「城では“黄金の鎧の勇士”の話で持ちきりじゃ。坊主が顔を出しても話がややこしくなるだけだからな。陛下からも労いの言葉を頂いておる。先ほどの謁見で声を荒げたことへの謝意と一緒にな。クレドガルの民を代表し、引き続きあの化け物の追撃をお願いするそうだ」

 マークルフは歯を噛みしめる。理解を示す国王の気遣いが、かえって忸怩たる思いを強くさせる。

「情けねえ限りだ。あれだけ大口叩いて取り逃がすなんて“狼犬”の名折れだ。祖父様にも顔向けできねえ」

「気にするな。ルーヴェンとて坊主に見せられない顔など幾つも持っておったわ。それよりも身体は大丈夫か」

「ヘッ、自分の切り札の暴発で受けた傷なんぞ、怪我にも入れられるかよ」

 マークルフは吐き捨てる。

「……ですが、あの異形があんな逃げ方をするとは予想もできませんでした」

 傍らでやり取りを見ていたリーナが口を開く。

「あれは魔女の仕業かもしれません」

 部屋の隅で壁にもたれていたエルマが言った。

「うちはたまたま発見した魔女の監視をしていましたけど丁度、あの時に何かしていました。男爵の話から推測できることとしては、魔女の一人が異形のツタを操って転移門を作ったのかも知れません。そしてもう一人が同調する出口を作った──」

 マークルフは立ち上がる。

「あの異形を操っているのは魔女か?」

「何ともいえません。ですが魔女は魔力で動く物を操れます。異形を覆うツタの装甲もそう見るなら魔女が異形のツタを操ることは不思議ではありません。もっとも、その場合は魔女のやってることは人間業ではありませんね」

 エルマが壁から離れ、頭上と足許それぞれに指で円を描く。

「魔力を転移の力に変換する転移門を形成するのは極めて正確な描写と制御が必要なのです。個人の心象だけで覚えられる物でも制御できるものでもありません。連携して同期する転移門を形成するのなら尚更です。あの魔女たちは高度な演算装置にも匹敵する魔力制御と知識を有していると考えるべきでしょう。だから“魔女”を名乗ってるんでしょうけどね」

「エルマ、異形の居場所を突き止める方法は何かないか?」

 マークルフに尋ねられ、エルマも難しい表情を浮かべる。

「普通に魔力の反応だけで探すのは厳しいでしょうね。やるとすれば高出力の魔導ジェネレータが強い魔力に引かれる反応を利用する方法です。かつて男爵とリーナ姫がリファちゃんを追う時にグノムスに使わせた方法ですね」

「あれか……すぐにグーの字は使えるのか?」

「残念ながら、グノムスの調整が必要です──それはすぐに始めるとしても、ある程度の範囲は絞らないと追跡は厳しいのは変わりませんよ」

 マークルフは椅子に乱暴にふんぞり返る。

 相手の動向が掴めない以上、下手には動けなかった。再び王都を狙うのか、それとも別の標的に移るのか。それが分からない限り、マークルフたちも下手にここを動けないのだ。



 クレドガルの西に位置するとある街。

 そこに滞在するフィルディングの最長老ユーレルンは情報収集を急いでいた。

 特にあの怨嗟の咆哮の正体が何か、それを突き止めようとしていたが、周辺の住人たち全てが耳にしている以外の情報はまだ入っていなかった。

 しかし、気になるのはクレドガル側に容易していた連絡網からの連絡が遅れていることだ。

(何かが起きようとしている……今度ばかりは儂も気づかぬ場所で──)

 安楽椅子に座っていたユーレルンの前にエレナが紅茶碗を載せた盆を運んでくる。

「お祖父様、お茶をお持ちしました」

 険しかった老人の表情が穏やかなものに変わった。

「ああ、ありがとう」

 孫娘のエレナが祖父にお茶を差し出す──その手が急に動き、滑り落ちた紅茶碗が床に落ちた。絨毯の敷かれた床に碗が転がり、絨毯を濡らす。

「……どうかしたのか?」

 エレナは何か遠くの物を見るように目を見開いていたが、エレナが慌てて祖父の膝にすがった。

「お祖父様、すぐにここを離れてください!」

「落ち着きなさい。いったい何があったのだ? 話してみなさい」

 ユーレルンの手がいつになく動揺する孫娘の肩に置かれる。

「恐ろしい悪意が近づいています……化け物のような何かが……それがここに向かって来ています」

「化け物……何故それが分かるのだ?」

「私にも上手く説明できませんが感じるのです。恐るべき存在を──あの咆哮の時と同じです。あの咆哮もきっと奴の仕業に違いありません」

 ユーレルンの手が落ち着かせるようにポンポンと叩く。

「そうか。それで、狙っているのは儂か? それともそなたか?」

 エレナは目を閉じる。

「分かりません。ですが、奴の昏い波動のような物が時折、ここに近づいて来るのを感じるのです。クレドガルの方角から馬よりも早い速度です。その姿も脳裏によぎりました……あれはヒュールフォンの記録や、オレフとの戦いで見たのと一緒……間違いありません。“機神”の力を鎧として纏っています。奴はここにある魔導機械の存在を感知し、我らがここにいる事を探知したようなのです」

 エレナは自分が感じたことを逐一説明した。

 ユーレルンは静かにその説明を聞いていたが、やがてエレナの両肩に優しく手を載せた。

「よいか、よく聞きなさい。おそらくそれらは“機神”の制御装置を持つそなただからこそ得られる情報であろう。これからはそなたがその化け物の動向を監視し、得られる情報を全て忘れずにいなさい……ここからは命令としよう。そなたはここから離れるのだ」

 エレナが驚く。

「お祖父様はどうされるのですか?」

「儂はこの身体で無理もできん。ここに残って、その化け物を待つとしよう」

「それでは私もご一緒に──」

「いや、まずは奴について少しでも手がかりを得ねばならん。儂とそなたのどちらを狙ってくるかもその手がかりとなる。儂はここで化け物を迎え撃つ準備をしよう。もし、そなたの方を狙って来た時は、そなたが“機神”の力を使って自分の身を守るのだ」

「“機神”の力を──」

「奴は“機神”に近い存在じゃろう。その力の行使はかえって危険かも知れん。しかし、唯一制御装置を持つそなたがその化け物に対抗できる存在なのかも知れぬ。それも確かめばならん。あの化け物と裏にうごめく思惑を阻止するためにもな」

 エレナがユーレルンの顔を見上げる。その瞳が揺れた。賢明な孫娘は祖父の優しげな、しかし最長老としての眼差しを見た時、その決意を見て取ったのだろう。

「“狼犬”の力も借りるがよい。向こうには優秀な科学者たちがいる。そなたの持つ情報から敵の手がかりを掴んでくれるはずじゃ。そして必要ならば手を貸してやりなさい」

 戸惑う孫娘に言いきかせるようにユーレルンはうなずく。

「化け物がクレドガルから来たのなら、そこにいた“狼犬”も対峙しているはず。あの強化装甲を駆る“狼犬”が遅れをとるとは思えぬが、取り逃がすぐらい骨を折る相手と考えた方がよいじゃろう。きっと、そなたの力が役に立つ」

 エレナが不安に満ちた顔を浮かべる。

「大丈夫じゃ。それに悲しむことはない。いつかは儂のやってきた全てを清算する時が来る。それがようやく来たかもしれんだけじゃ。そなたが無事に危機を乗り越えてくれれば、それでよい」

「……ですがこれからの一族の立て直しにはお祖父様のお力が不可欠です。私がお守りします。どうか、ご一緒に──」

「気持ちは嬉しいが、儂一人の方がとれる手段もある。それに……ここから先に行くには儂ももう老いぼれ過ぎた」

「ですが……!」

 危険の迫る中、祖父を置いて行けないのか、エレナがその膝に顔を埋める。

 ユーレルンは孫娘の頭をそっと撫でた。

「一つ、昔話をしてあげよう。昔、儂は初代の“狼犬”ルーヴェン=ユールヴィングと一度だけ酒を酌み交わしたことがある。これはそなたも初耳じゃろう」

 エレナが祖父の膝に顔を埋めたまま、黙って耳を傾ける。その姿はかつて昔話を聞かせていた幼き頃の面影が残っていた。

「お互いに正体は知っていたが、知らぬフリをしてな。そこで持つ者と持たざる者の話になった。儂は一族に歯向かう不遜なる傭兵隊長に訊いた──『持たざる者がどうやって持つ者に勝つのか』とな」

 ユーレルンはその時を懐かしむように目をつむる。

「奴はこう返した──『そこらの男が適当に武器を持って、傭兵でございと宣伝すれば戦う力を持つ戦士のように見えるもの。持っているかどうかは相手が判断すること』とな。そして札遊びを持ちかけてきおった。奴も得意だったらしいが儂はもっと得意でな。いい役がそれって勝負は儂の勝ちだと思った……奴はどうしたと思う?」

 エレナがゆっくりと顔をあげた。

「奴は白札に手書きしたものを使って儂よりもいい役を作って出しおった。何と下手なイカサマかと思ったが奴は言いおったよ。実は何枚か札を無くしていて手書きの札で代用しているんだと。持たざる者は辛いですなと……儂は思わず笑って負けを認めてしまったよ」

 そしてユーレルンは笑みを浮かべた。

「儂の生涯はそのいい加減な“狼犬”に手こずらされ続けた歴史そのものじゃった。真に手強いのは持つ者でも持たざる者でもない……持とうが持つまいが変わらぬ者だ」

 しわがれた手が孫娘の頬に触れた。

「儂は最後まで儂の務めを果たす……そなたはそなたが選んだ役目を最後まで務めなさい。例え一族がどのような運命を辿ろうと、どんな苦境の前でもそなたはエレナ=フィルディングとして立ち続けなさい。それでいい……分かるね?」

 ユーレルンは幼少の頃からエレナにフィルディングの娘としての生き方を説いてきた。

 権謀術数の人生であったが、孫娘への話だけは嘘はなく、そしてそれを語る時の穏やかな顔にも偽りはなかった。

 孫娘にとって祖父の戒めは常に正しかった。

 だから、穏やかなユーレルンの声にエレナはただ静かにうなずくのだった。



 クレドガル王都の城下街。

 先日の異形襲来で街は大きな傷跡が刻まれていた。

 戦いに巻き込まれて多くの家屋が倒壊し、何より市民に少なくない数の犠牲者が出ていた。

 人々は“黄金の鎧の勇士”によって異形は滅ぼされたと考えひとまず安堵していたが、夜の街並みは喪に伏すように灯りも喧噪もなかった。

(ついに運命は動き出した。闇の氾濫が始まる)

 一人の人物が道の真ん中に立ち、戦いの傷跡を眺めていた。

 それは天使の一人であり、その役割から“監視者”と呼ばれる者であった。

 運命は止められない。変えられるのは運命に従うか否か、そしておのれの目的や使命に殉じるか否か──“監視者”はそう考えていた。

 だから、傍観を決めていた。

 少なくとも事前に災厄を回避しようとする他の天使のように積極的に動くつもりはなかった。

 他の天使たちもこの異変には気づいているだろう。しかし、人間としての顔を持つ“監視者”と違って“聖域”の力が健在なこの中心部では彼らが介入する術がない。

 “監視者”も活動が制限されているが、闇の企みだけは確かめなければならないと思っていた。

 異形の出現時に魔女が暗躍していたことまでは確かめていた。

 異形が生き残っており、それを“狼犬”の手から逃がしたのが魔女であることも──

 魔女は魔力がある場所でなければ活動できず、力も振るえない。

 それでもこの“聖地”の真ん中で動けるということは、この王都に魔女に力を与えている何かが潜んでいるということだ。

(上位の魔女……いや、さらにその上だろう。“機神”か? いや、直接動いている様子はなかった)

 “監視者”は長年、“機神”を監視してきた。数十年の歴史において二度行われた、“狼犬”と“機神”の戦いにも立ち会い、その活動時の反応も確かめている。だからこそ、少しでも“機神”自体が活動すれば気づくはずだった。その能力こそが“監視者”と呼ばれる所以の一つでもあるのだ。

 しかし、“機神”自体が眠ったままだとしても、魔女や異形の存在と無関係なのもあり得ない。

(それに魔女の動きも何らかの意志が働いて動いているようだ。奴らと“機神”を繋ぐ存在がいるということか。それが指令を与えて魔女を動かしている……? それに近づくにはやはり魔女からどうにかせねばならんな)

 “監視者”は視線を別の方に向ける。

 その先には大公バルネスの館があり、そこに例の“狼犬”が滞在しているはずだった。

 この先の運命は“神”が選んだ勇士と戦乙女が鍵を握るだろう。

 “監視者”は望んでいた。

 この目で確かめたかった。

 世界は愛する者が犠牲になってでも救われるに値する存在なのかを──



 クレドガルとヤルライノを繋ぐ都市の一つ。

 その夜の街で火の手があがっていた。

 人々の逃げ惑う声が響き渡り、警鐘も鳴り続ける。

 火に包まれた建物の中に黒き異形はいた。

 彼が手にかけた獲物の持っていた灯りが延焼し、周囲の家屋や倒れている人々まで飲み込もうとしている。

「ひ……ひいっ!?」

 目の前に男がいた。火に囲まれて逃げ損なったらしい、さえない風体の男は目の前に現れた異形の姿に恐慌をきたしてその場にへたり込む。

 異形は男の前に立つとその姿を見下ろした。男は半狂乱になって叫ぶが、異形はそれを気にする様子もなく、追い詰められた人間の姿を顔面の甲殻に映す。

「お、お願いだ! た……たすけ……え? ア……アルター……ロフ……?」

 男が恐怖に震えた声で一つの名を口にした。

「ア、アルターロフ! 機神アルターロフ! 機神アルターロフ!」

 男は何を思ったのか、突如としてその言葉を繰り返し叫ぶ。

 異形は男にこそ自分の真の呼びかけが届いていることを確信すると、男を無視して目の前の壁を破壊すると去っていく。

 男はしばらく呆気にとられていたが、異形の姿が遠くなると壁の穴を抜けて男も慌てて抜け出して逃げていくのだった。



 異形の襲来に混乱する街。

 その一角にあるとある屋敷の部屋にユーレルンはいた。

 すでに他の使用人たちには避難を命じている。本来なら警護を固める騎士たちも別行動をする孫娘の護衛か、他の使用人たちの警護に当たらせていた。

 そこまで人払いをして、彼は屋敷の中で来るのを待っていた。

 やがて頭上から何かが崩れた音がした。

 天井が崩れ、瓦礫と一緒に何かが目の前に落ちる。

「……こっちに来てくれたか。なるほど、確かに人型の“機神”そのものじゃのう」

 ユーレルンが呟く。

 目の前に黒き異形が着地していた。

 一族の最長老は安楽椅子に座り、異形の来襲を前にしても眉一つ取り乱す様子は見せない。

 だが、その穏やかな眼差しに険しい眼光が宿った。

 異形は老人と向き合う。

『……ユー……レル……ン』

 威嚇のように両腕を広げる異形相手にユーレルンは目を細める。

「その声……やはり、そなたであったか。なるほど、“機神”を支配しようとした不遜なる一族への報いというものか。機械仕掛けの神にしてはよくできた天罰よ」

 ユーレルンは自嘲の笑みを浮かべると右腕を掲げた。

 その袖から銃を構えた右手が現れ、銃口が異形へと向けられる。

「今度は儂が銃を向けることになるとはな、アレッソス=バッソス……いや、そのなれの果てよ」


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