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“闇”の咆哮

 魔女エレがアレッソスの亡骸が横たわる地面を見つめていた。

 すると亡骸の周囲の地面が淡く輝き、その姿が地面に沈んでいく。

(なるほど、別に監視役がいたという事ね)

 地下で《グノムス》が動いている。おそらく誰かが乗っていて、アレッソスの監視をしていたのだろう。

 エレはしばらく隠れて様子を見ていたが、やがて再び地面に穴が開き、アレッソスの亡骸が現れる。

 地面に戻った亡骸は先ほどと変わらず哀れな姿を晒していた。だが、アレッソスの左足にはめられていた装甲がすり替えられている。

 外装は一緒だが、中身は強化装甲の内部機構とは比べ物にならない粗雑な装置だ。粗雑過ぎて一度、閉じてしまうと開ける機構すらない。魔力を直接、操作できるエレなら外せるが、他の手段では破壊するしか手はないだろう。

(やはり、魔女の仕業にするつもりなのね)

 エレは微笑を浮かべると窓から離れた。

 その後、ようやく異変に気づいた館の侍従たちがやって来るが、そこにはもう彼女の姿はなかった。



 あくる日──

「……あの、もう少し優しくやってくれませんか、リーナさん?」

 上半身だけ服を脱いだマークルフがリーナに言う。

 喧嘩で顔や身体のあちこちを腫らしており、リーナが冷やした手ぬぐいで傷口を拭いていた。

「ワガママをおっしゃらないでください」

 リーナが少し怒ったようにしながら、彼の頬に手ぬぐいを当てる。

 派手な喧嘩でボロボロになって酒場に転がっていたマークルフは、大公の護衛騎士を借りてまで迎えに来た彼女に引き取られた。

 その際に彼女は酒場の亭主や駆けつけた街の衛兵たちにさんざん頭を下げていた。

「本当に付き合わされる身にもなってくださいませ」

「……わりいな。感謝してるよ。その代わり、今度水浴びした時は俺が身体を拭いて――」

「結構です」

 急に部屋の扉が開き、リファが一枚の紙を手にして駆け込んできた。

「男爵さん!! 大変だよ! 大変! 見て──」

 マークルフとリーナが揃って口に指を当てると部屋の隅を指差す。

 隅の寝台にダロムとプリムがぐったりと横たわっていた。

「……頼む……この子、この子だけは……」

「じいじぃ……グーちゃぁん――」

 妖精たちはうなされながら眠っていた。

「……男爵さん、すごく疲れてるっぽいけど、どうしたの?」

「ああ。張り切って良い仕事してくれてな。おかげで大助かりだ。さすがは親切な妖精さんたちだ」

「あ、それよりもこれ! これ! 街中で配られてるよ」

 リファが少しだけ声を落として目の前で紙を広げた。

 それは傭兵ギルドが発行している冊子の号外だ。

 そこにはアレッソス=バッソスの転落死が記されていた。

 そして、その隅にはマークルフが場末の酒場で飲んだくれて記者を暴行した告発記事が割り込むように掲載されていた。

「あのアレッソスって人が死んで、向こうの館じゃ大騒ぎらしいよ!」

 だが、マークルフは冷静であった。

「あんまり驚かないね」

「あんな野郎、いつ殺されても不思議には思わねえよ。それにここに書かれている通り、魔女の仕業かも知れねえしな」

 記事には今、世間で暗躍している存在として魔女の説明が書かれており、その不審死の影にその存在があるのではと記載されていた。

「うーん……でもさ、何で男爵さんの喧嘩の記事まで載ってるわけ?」

「あの“毒ナメクジ”とかいう奴の嫌がらせだろ。こういう嫌がらせ記事書くので有名らしいからな」

「ふーん」

 リファが難しい顔で号外を見つめていたが、やがてマークルフに向けてしたり顔を向けた。

「この喧嘩記事載せれば自分が疑われずに済むって筋書きなんでしょう?」

「何だ、リファ? これが俺の仕組んだ筋書きだというのか?」

「あたしね、ブランダルクにいる時にテトアさんから聞いたことあるんだ。この“毒ナメクジ”って人、評判悪いけど本当は汚れ役を引き受けてくれる、頼りになる古株記者なんだって――」

 リファが自信ありげに言う。

「本当に傭兵相手にあくどい事する奴は長生きしていないって。この人は昔から嫌われ記者の役やってて、実は塩をかけられる事が賞賛の証だって言われるほどの隠れた功労者なんでしょう?」

「ほう、リファもそこまで裏を読めるようになったか」

「へへん。あたしも傭兵の端くれとして生きていくつもり――」

 得意気なリファの鼻先にマークルフが指を突きつける。

「次にテトアに会えたら伝えておいてくれ──『口の軽い記者はあくどい記者より長生きできない』ってな」

 そして指先でリファの鼻をグニュと押す。

「お前もだ。口の軽い傭兵はもっと長生きできねえんだぜ。たとえ、この“狼犬”の盟友の妹で命の恩人だとしてもな――肝に銘じておきな」

 押し殺した声と笑みでマークルフが言うと、リファはびびった様子で何度もうなずいた。

 マークルフは指を離すとあっけらかんと笑う。

「ま、そういうことだ」

 マークルフは号外を取り上げると丸めてゴミ箱に放り捨てた。

「……リーナお姉ちゃんは知ってたの?」

「さあ、どうでしょうね。マークルフ様の傭兵芝居にいちいち付き合っていられないものね」

「はあ、さすが“狼犬”の戦乙女だね。いまちょっと貫禄が見えた」

「見習っておけ、リファ。これが傭兵稼業に足を突っ込んだ女の鑑というものだ」

「変な褒め方はおよしください」

 素直に感心するリファにリーナが口を尖らせる。

 マークルフもふと笑みを浮かべた。

 思い起こせば数年前に出会った時は箱入り娘のお姫様だった彼女が、いまはこうして自分の隣で一緒に戦うのが当たり前になっているのだ。

「マークルフ様、笑っている場合ではありませんわ」

 リーナが頬に手ぬぐいを押し付け、マークルフは傷の痛みに顔をしかめる。

「こうなった以上、王城からいつお呼びがかかるかも知れませんわ。そのお顔だけでも何とかしませんとね」

「……ああ、ほんと頼もしい限りだぜ」

 マークルフも苦笑を浮かべるのだった。



 ヤルライノ大使の館――


 数日が過ぎ、後片づけの済んだヤルライノ側は地下にアレッソスの遺体を安置していた。

 応急の防腐処置を施された遺体には布を被せられていたが、その左足からは外すことができないままの装甲の一部がはみだしていた。

「クレドガル側からの返答は?」

 遺体を安置する壇の前に立ったヤルライノ国の役人が、クレドガル王城に遣わせていた部下に尋ねる。

「こちらからの事情の説明は急がないとの事です。ナルダーク国王も事情を調べるための協力を約束してくれています──『バッソス辺境伯へは誤解とはいえ、礼を失する扱いをした事については弁解の余地はない。できる限りの事はする』と申されておりました」

「……『誤解』か。ユールヴィング男爵が間違いなく強化装甲の左脚部位を持っているのは確認済みか?」

「はい。バルネス大公が明言されています。要請があれば然るべき場所と人を設け、ヤルライノ側に説明させてもらうとのご返答です。男爵本人に説明をさせてもよいとまで仰っております」

 アレッソスの副官を務め、この館で本国とクレドガル側の調整役をしてきた役人の男は目を閉じる。

「そこまで断言できるという事は間違いなくユールヴィング男爵は“本物”を所持している。つまり、これが偽物なのは間違いなさそうだな」

 男はアレッソスの左足の装甲を見る。

「クレドガル側――およびユールヴィング男爵側が関与した証拠は見受けられない。バッソス伯の不審死については他の可能性が高い。そう本国に連絡する」

 部下が何か尋ねようとしたが、男は向けた視線だけで黙らせる。

「本国もその返答を望んでいる。これ以上の詮索は我らの仕事ではない」

 すでに早馬を使って本国へ連絡をとり、その返答も受け取っていた。

 バッソス伯がクレドガル国王の逆鱗に触れて軟禁された時は、ヤルライノ政府もその威信を守るために抗議したが、今回の件については別だった。

 まだ急ぎの伝令が行き交っただけの段階だが、ヤルライノ政府は穏便な対応を望んでいる。

 名門フィルディング一族に連なるバッソス伯の不審死なら普通はもっと大きく動き出すはずだが、すでに後処理を見据えた指示が出ている以上、より大きな働きかけがあったのは予想できた。

「王城へは機会を見てわたしが赴き、説明をする。そちらはバッソス伯爵の本国送還のための手配を頼む」

 役人の男たちは遺体に背を向ける。

 この件はフィルディング一族でもさらに大きな実力者が動いている。政府の上級役人とはいえ、ここから先は踏み込んではならない政治判断の世界なのだ。

「遺体の防腐処理については?」

「……クレドガル側に手配を願ってみるか。何でもユールヴィング男爵側が優れた技術を持っているらしいがな。傭兵たちのための技術らしいが、クレドガルの貴族たちも認めるほどの折り紙付きの仕事らしいぞ」

 男は背後をついてくる部下に言う。

「その噂は聞いたことがあります。しかし、さすがにそれはバッソス伯も死んでも死にきれ──」

 軽口を叩こうとした部下が急に黙り、床に倒れる音がした。

「どうし──!?」

 振り返った役人の男が目の前の光景に言葉を失う。

 床に倒れた部下の背中が伸びた鋼のツタに貫かれていた。

 目の前に人影が立つ。

 それは壇から床に立ったアレッソスだった。

 鋼のツタは生気を失ったアレッソスの背中から伸びていた。

 死んだはずのアレッソスが目を見開き、理性が存在しているのか分からない視線で男を凝視する。

 アレッソスの肉体を内側から喰い破るように無数の鋼のツタが飛び出した。

 鋼のツタは生きているようにその肉体を這うように覆っていく。装甲に覆われた左脚にもツタが絡みつき完全に覆った。やがて軋みをあげるツタの隙間から金属の部品や破片がこぼれ落ちる。異物を排除した鋼のツタが完全に左脚を覆った。

 床に散らばる金属の破片を見て我を取り戻した男は逃げようとする。

 しかし、その四肢に伸びた鋼のツタが絡まり、男を捕らえた。

 アレッソス──なのかどうかも分からない者が男に近づく。

 そして男の顔を鋼のツタが絡まる手で鷲づかみにした。

『……ユー……ル……ヴィング……』

 ツタが男の四肢を締め上げ、その手が男の頭蓋を握り潰していく。

『……ロ……ウ……ケン……』

 四肢が切断され、男の顔が完全に握りつぶされた。自らの血に染まった床に男の胴体が倒れる。

 その屍を踏み越えて異形のアレッソスが地上へ続く階段へと向かった。

 その全身に円形の甲殻が浮かび上がり、水晶質の表面が真紅の光を宿す。

 その禍々しい光はまるで異形の内にたぎる憤怒を表すようであった。



 城下街の広場――

 その隅で子供たちが鞠を蹴り合って遊んでいた。

 不意に子供たちの間が暗くなる。それは近くの屋根から伸びる軒下の影からさらに伸びた人影だ。

 鞠を蹴った子供が影をたどって頭上を見た。その瞬間、子供が恐怖の表情を浮かべて硬直する。

 もう一人の子供も鞠を拾い上げて遊び仲間と同じ方を見る。

 その子供も思わずたじろぐと尻餅をついた。その手からこぼれ落ちた鞠が転々と転がっていった。

 近くを通った住人の女性が転がってきた鞠に気づいて拾い上げる。それが子供たちのだと気づいた彼女が投げ渡そうとして──その姿に気づく。

「……きゃあああッ!?」

 女性の悲鳴に周囲の視線が一斉に集まる。

 やがて悲鳴は連鎖になって広場中に響き、逃げ出す者も現れた。

 取り残される子供たちの視線の先――屋根の上に何かが立つ。

 それは黒鋼のツタで全身を覆った人型の異形だった。その顔面と全身の関節に水晶質の甲殻が埋め込まれ、その甲殻が脈動するように真紅に明滅していた。

「……わあああぁああッ!?」

 子供の一人が悲鳴をあげた。

 もう一人も目に涙を浮かべながら必死に後ずさろうとする。

 黒い異形はその姿を見下ろしていたが、やがて全身の甲殻が真紅の輝きを放つ。そして、その顔面の甲殻にも炎が灯るかのように真紅の輝きが浮かぶ。

『……ワレは……ワ──れは……我は……』

 くぐもった、しかしはっきりとした暗い声が異形から響く。

 屋根が崩れた。

 異形がその脚力で屋根を破壊しながら広間の中心へと躍り出す。

 中心には憩いの場となる泉があった。

 その泉の中心にそびえる中性的な造形の石像――“神”を模したとされる人型の石像の上に異形が飛び降りる。

 石像の頭を踏み砕き、異形が泉へと着地した。

 周囲に水しぶきが上がる。

『ゴオアアアアアアアアアァーーーーッ!!』

 異形が天を仰ぎながら叫び声をあげた。

 逃げ惑う人たちの悲鳴すらかき消す、おぞましい咆哮が周囲の空気を支配する。

 その全身から無差別に鋼のツタが放たれ、近くにいた人々を薙ぎ払った。

 鮮血が飛び散り、恐怖の悲鳴と断末魔の叫びが続くが、その惨劇の叫びすらも異形の咆哮に呑み込まれていくのだった。



「男爵、こっちは終わりましたわ」

 マークルフの部屋にエルマがやって来て報告をしていた。

「右脚部の換装も終わりましたし、これで言い逃れはできるでしょう」

「ありがとよ……しかし悪かったな。科学者先生をこき使ったあげく、死体工作までさせてしまってよ」

 不在証明作りをしていたマークルフに代わり、エルマが《グノムス》に乗ってアレッソスの監視、およびアレッソスの足にはまった装甲を改めて偽物にすり替える工作をしていた。

「お気遣いなく。他にする人間がいなかったですしね――ただ、妖精さんたちは労働環境に対して今も抗議してましたけどね」

「確かに、少しこき使い過ぎたな。後で何か賞与でも出さなきゃいけねえかな」

「そうですわね。妖精族といざこざに発展したら大変そうですものね」

 小さな妖精仲間たちが抗議のために部屋のあちこちから湧いてくる光景が浮かび、マークルフは顔を引きつらせる。

「……確かに妖精さんたちを敵に回すと厄介だな。気をつけ──」



『ゴオアアアアアアアアアァーーーーッ!!』



「──なに!?」

「これは!?」

 突然、凄まじい咆哮が二人の耳に飛び込む。

 マークルフはすぐに窓を開けて外を確かめた。

 悪寒がするほどのおぞましい咆哮が轟き渡る。

 城下街の景色を見回すが、その咆哮がどこから聞こえてくるのか方向を絞ることができない。 まるで直接、頭の中に響かせてくるような叫びだ。

「マークルフ様!」

 リーナとリファも部屋に飛び込むと、マークルフたちの両脇に立つ。

「何なのですか、この叫びは……?」

 リーナが咆哮の先を探るように周囲を見渡す。

「分からん……二人とも、どこから声が響くか分かるか?」

「いいえ、どこから聞こえるのかは私にも──」

「直接、頭に響くみたいで気持ち悪い……耳、塞いでも聞こえてくるよ」

 リファが両手で耳を押さえる。

「……反応なし? どういうこと?」

 エルマがリファの腕にある魔力測定の腕輪を見たが、針は全く反応していなかった。

 何が起きたか分からないが尋常な咆哮ではない。

 人の精神を蝕むような超常的な現象であり、そして咆哮する者の精神もまた尋常とは思えなかった。

「グーの字、来い!!」

 マークルフは地下で待機している《グノムス》を呼ぶ。

「リーナ、一緒に来てくれ!」

「はい!」

 マークルフはリーナの手を掴んだ。

「男爵さん!?」

「確かめに行く! リファはエルマと一緒に身を隠していろ。いいな!」

 眼下の中庭から姿を現した《グノムス》が両手を掲げる。

 マークルフはリーナを抱き上げると窓から飛び降り、鋼の両手に着地した。

「グーの字! まずはアレッソスの館に行く! 急げ!」

 確証はないが、そこに何かがあると予想したマークルフは命じる。

 怖ろしい何かが始まったことを予感しながら──



『ゴオアアアアアアアアアァーーーーッ!!』



 ユールヴィング城下街の《戦乙女の狼犬》亭──

 床の拭き掃除をしていたフィーは突如、聞こえてきた怖ろしい叫び声に手にしていたモップを落とす。

「何ッ!? これは──!フィーッ!?」

「ばあちゃん!」

 奥から女将が姿を見せるとフィーはその足にしがみつく。

「大丈夫よ」

 女将は屈むと、どこから響くか分からないその咆哮から守るように孫娘を抱き寄せる。

「若様がすぐに何とかしてくれるわ、大丈夫よ」

 大人ですら寒気がするほどの狂気的な咆哮だ。子供が怯えるのも無理はなかった。

 恐怖に震える孫娘の背中をさすりながら女将は顔を上げる。

 その視線の先には壁に掛けられたルーヴェン=ユールヴィングの肖像画があった。

(ルーヴェン……何があったの? 若様たちはご無事なの? いったい何が──)



『ゴオアアアアアアアアアァーーーーッ!!』



 “聖域”の南東部。

 辺境に位置するブランダルクの人々の耳に突如、その咆哮が響き渡った。

「これは──!?」

「いったい何があった!?」

 玉座に座るルフィンの目の前で宮廷の者たちがざわめき、浮き足立つ。

「まさか天使たちが──」

「近衛兵! 急ぎ陛下のご避難を──」

 侍従たちが騒然とする中、ルフィンは立ち上がった。

「うろたえるな!」

 ルフィンの一喝にその場にいた者たちの注目が若き国王に集まる。

 少年王は自らに言い聞かせる。

(落ち着け。国王の俺が取り乱すわけにいかないんだ)

 ルフィンは咆哮に包まれる広間を歩き窓際に行く。そして、その窓の一つに手を触れる。

 これほどの咆哮というのに窓は全く震えていなかった。

 やはり、この耳に轟く咆哮は空気を伝わって響いてくるものではない。

「……ただの咆哮ではない。思い出せ。我らは“機竜”という化け物の咆哮を何度も聞いているはずだ。まずは正体を確かめるのが先だ。城下街の警備を固めて異変がないか確認せよ。混乱に乗じて天使たちの介入もあるかもしれない。警戒も怠るな!」

 ルフィンの命令に臣下たちが動き出す。

 咆哮に立ち向かうように国王が命令した以上、忠誠を誓う彼らも自らを奮い立たせ、職務を全うするために動き出したのだ。

「――マリアさん」

 ルフィンは脇に控えていたマリアを呼ぶ。

「至急、“龍聖”殿への連絡を頼みたいんだ。何があったのか、男爵たちの方がどうなっているのか、分かる限りの事を知りたいんだ」

「分かりました。リファの事も確認して来ます」

 マリアも早足で去り、護衛として残った近衛兵たちの前でルフィンは拳を握る。

(いったい、何が……この世界に何が起きようとしているんだ──男爵?)

 自分がいま出来るのは盟友である“狼犬”の名に泥を塗らないよう、国王として振る舞うことだ。

 しかし、少年は胸の内で男爵たちと双子の妹の身を案じ続けるのだった。



 およそ“聖域”中の全ての人間が聞いたであろうその咆哮は、やがて静かに消える。

 時間にしてみればほんの束の間。

 しかし、その叫びは全ての人々の心に大きな衝撃と恐怖を残した。

 それが“闇”へ誘う運命の扉だと気づかぬまま──


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