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突然の大きなお世話

「バ、バルネス……大公……様?」

 傭兵たちが間の抜けた声をあげる。

 床にひれ伏していたタニアが横目で見上げると、彼らの頭が真っ白になっている様子がよく分かった。

「それって、ひょっとして……隊長の……」

「先代様のご戦友で、マークルフ隊長の後見人であらせられる方だ」

 傭兵達の背後に一人の男が立っていた。

 彼らの上官であるログだ。

「副長!?」

「控えろ」

 ログが傭兵たちの間を割って入ると、タニアの隣で跪く。

「は、ははぁ!」

 ようやく自分たちの無礼を理解した傭兵たちも慌ててひれ伏した。

「大公閣下、お迎えが遅れ申し訳ありません」

 ログが頭を下げる。

「部下の非礼は代わって謝罪致します」

「いやいや、詫びるのは儂の方だ」

 大公はまるで気にした素振りもなく答えた。

「ルーヴェンの部隊と一緒に居た頃を思い出して、悪い気はしなかった。昔みたいにお忍びで出回るのも悪くはないな」

 傍らで様子を窺っていた女将が思い出したかのように酒瓶を手にした。

「そうそう、忘れるところだったわ。お待たせしてごめんなさいね。ご注文のお酒、お持ちしましたわ」

 女将が酒瓶を傭兵たちに差し出すのを見て、大公が笑う。

「詫びの代わりにその酒は儂がおごろう。酒宴に水を差して済まなかったな」

「と、と、とんでない!」

「お、お気持ちだけで結構でして!」

 傭兵たちは大慌てで答えると、額に床をすり付けるように頭を下げる。

(やっぱり、大公様ってすごい人なのね)

 傭兵たちが平身低頭する姿に、タニアは心の中で感心する。

 大公バルネスは身分の垣根を越えてルーヴェン=ユールヴィングと共にフィルガス戦乱を戦い抜いた英傑だ。そして、ルーヴェンが後継者である孫マークルフの後見人を頼むほどに信頼していた人物でもある。

 傭兵ではないタニアも、大公の持つ地位だけではない傭兵たちへの影響力の強さが分かったような気がした。

「大公閣下」

 ログが顔を上げると、大公も肩をすくめる。

「分かっておる。坊主が待っておるのじゃろう」

 大公は杖を手に立ち上がった。

「ほれ、タニア。いつまでも頭を下げんでいい。あんまりお前さんをからかうとログに怒られるからな」

 大公がタニアの肩をポンと叩くと、女将に手を振る。

「女将。また来るよ」

「お待ちしてますわ。バルネス様」

 やがて大公がログに連れられて店を出て行った。

 その姿を目で追っていたタニアだが、やがて背後で傭兵たちの安堵の声が響き渡った。

「ふふ、そんなに緊張する必要ないわよ」

 女将がにこやかな笑みを浮かべる。

 古くからルーヴェンやバルネスと付き合いがあるという話だけに、このような状況でもまったく落ち着いていた。

「バルネス様がこの酒場に来る時は無礼講なのよ」

「いやぁ、女将さん。そんな事言われてもなぁ」

「バルネス様からのおごりよ。ここで開ける?」

「い、いや、とんでもねえ。もう酔いが飛んじまった」

 傭兵の一人がタニアを見る。

「それにしても、タニア。おまえ、大公様と顔見知りなんだな」

 タニアはそれに答えることなく、ルーヴェンの肖像画を見ていた。

「どうしたんだ?」

「あ、ううん、何でもない」

 タニアは大公が店を出る瞬間、ルーヴェンの肖像画に目を向けたのに気づいていた。

 一瞬、思い詰めた表情を見せたと思ったのは気のせいだったのだろうか。

「そうよ!? こうしちゃいられないわ!」

 タニアはこの一大事を仲間に知らせるべく、慌てて城に駆け出した。

「タニアちゃーん! 何か用があったんじゃないの?」

 背後から女将が声をかけたが、すでにそこ声は届いていなかった。



 クレドガル王国は“聖域”の中央に位置する大国だ。

 “聖域”の南端近くにあるユールヴィング領は本国と遠く隔てた地が、ユールヴィング家はクレドガル王国の男爵位を賜っており、クレドガルの属領である。

 大公バルネスはそのクレドガル王家に近い一人であり、老齢で一線は退いてはいるものの、いまだ王国の重鎮だ。そして、先代領主ルーヴェン=ユールヴィングの戦友としても知られていた。

 そのバルネス大公の突然の来訪に、ユールヴィング城の人間は皆、浮き足立っていた。

 最後に大公が来訪したのはすでに十年以上も前になるからだ。

「本当にその大公様なの!?」

「間違いないよ。あたし、大公様に何度かお会いしたことあるから!」

「タニアが言うんじゃ間違いないわね」

 城の台所で侍女たちが帰ってきたタニアを中心に立ち話をしていた。

「でも、大公様が何でこの城に?」

「タニア、あんた何か分からないの?」

「それがログさんも知らないみたいだし、調べてみないと──」 

「──オホン!」

 わざとらしい咳払いに侍女たちはハッとなって振り返る。

 そこには険しい顔をする侍女頭マリーサの姿があった。

「あなたたち、何を油を売っているのです。またタニアをそそのかして、詮索しようとしているのではないでしょうね?」

「い、いえ、そんなことは──」

 侍女たちは戦々恐々としながら首を振る。

「大公様はこれから男爵様とお話があるそうです。先に言っておきますが、興味本位で余計な真似をするなら拳骨だけではすみませんからね。タニア、あなたには特に念を押しておきますからね」

 拳を握るマリーサにタニアと侍女たちも一斉に首を縦に振った。

「す、すぐにお食事の準備をします」

「あの、それで献立は何にしますか? 大公様がお口にされるのならとびっきり上等な食材を用意しないと──」

「ああ、それなら必要ありません」

 マリーサが答えた。

「え、いいんですか?」

 タニアたちは拍子抜けする。

「ええ。ここで作った料理よりも《狼犬》亭の女将さんの作ったおつまみの方が大公様のお口に合うでしょうからね」

「それなら、あたしたち、何もしなくてもいいんですか?」

 タニアが言うとマリーサの目が険しくなる。

「寝室の準備に決まっているでしょう! 大公様に野宿させるおつもりですか! それにお供の方々もおいでなのですから、お迎えの準備もぬかりなく!」

「すみません! いますぐに準備をします!」

 若き侍女たちは蜘蛛の子を散らすように準備に取りかかった。



「マリーサさん」

 向こうからやって来たリーナがマリーナの背後から声をかけた。

「姫様? 男爵様とご一緒ではなかったのですか?」

「ええ。大公様とマークルフ様でお話しされるそうで。同席するのはログ副長だけみたいです」

 リーナは慌てた様子の侍女たちを見た。

「タニアさんたちも大変そうですね」

 マリーサが小さく息を吐く。

「仕方ありませんけどね。大公様をお迎えするなんてあの子たちには初めてですし」

「何か私にできることがありますか? 大公様には私もお世話になっていますから」

 マリーサが頭を下げる。

「正直言って、ありがたいお申し出ですわ。どうにも、あの子たちだけでは不安だったもので」

「いいえ。私もこの城では居候の身ですから。お手伝いさせていただきます」



 マークルフが応接室に入ると、そこにはすでに大公が居た。

 大公は長椅子に座り、壁に飾られた黄金の斧槍を眺めている。それはユールヴィング家の家宝である《戦乙女の槍》だ。

 その近くにはログが立ちながら控えていた。

「いまさら、その槍が珍しいか」

 マークルフが言うと、気づいた大公は手を挙げた。

「突然、押しかけてすまんな。いや、先のブランダルクの戦いといい、あれだけ激しい戦いに使われながら傷一つ見当たらんのでな。さすがは神槍と感心しておった」

 マークルフは机を挟んで向かいの席に座ると、ふんぞり返りながら足を組んだ。

「爺さん、ログから聞いたぜ。あんまり俺の部下をからかうんじゃねえぞ」

 大公がごまかすように笑った。

「そう怒らんでくれ。年を取るとこれが最後と思って、ついハメを外したくなるものでな」

「いい迷惑だ。それにしても表舞台から退いたとはいえ、仮にも大公様がこんな辺境までわざわざ来るとはな。先が短くても命を狙われるぐらいのご身分じゃねえのか?」

「心配してくれるのか。なに、本国からここまでは傭兵たちの監視網が強いからな。何かあってもそちらで片付けてくれると思っておった」

「まったく、本当にいいご身分だな」

「仮にも大公じゃからな」

 飄々と答えるバルネスに、調子を外されたマークルフはこれ見よがしにため息をつく。

「しかしながら、なぜ大公閣下自らお越しになられたのですか? ご用がありましたら、こちらから足を運びましたものを──」

 ログが自ら紅茶を入れ、大公に差し出す。

「普段ならそうさせてもらうつもりじゃったが、今回ばかりは坊主ときっちりと話をせねばならぬと思ってな」

 大公は紅茶を受け取り、すすった。

「確かに老いぼれた身では長旅も楽ではないが、これも後見人としての務めというやつじゃよ」

「その後見人が年寄りの冷や水でここまで来たのは何の為だ? リーナまで人払いしてよ」

「あの姫がおらんと心細いか?」

「さっさと本題に入らないなら、帰ってもらうぞ」

「おぬしも気が短いのう」

 大公は紅茶を机に置いた。

「実は縁談を持ってきた」

 大公の言葉にマークルフは呆気にとられて目を丸くする。

「縁談? 俺のか?」

「当然じゃろう。坊主、おまえだって仮にもクレドガル王国の男爵家当主だ。何時までも独り身という訳にはいくまい」

 マークルフは鼻で笑う。

「無駄足踏ませて悪いがそんな話、聞くつもりはねえぜ」

「傭兵はどんな交渉にも応じるんじゃなかったのか?」

「こちらの利益にならねえのに、応じる余地もねえよ」

 マークルフは立ち上がると背中を向けた。

「良縁だぞ。相手は名家の箱入り娘。坊主と同年代の美人で、儂が見る限り気は強いが気立ては良さそうな娘じゃ」

「なおさら断る」

「即答だな」

「自分で言うのもなんだが、こっちは成り上がり家系の二代目男爵。しかも胡散臭い傭兵稼業も兼業中だ。それほど好条件の娘をそんな所に嫁がせようなんざ、物好きを通り越して罠を疑うね」

「好き放題に言ってくれるのう。そんな所の後見人である儂の顔を立てる気はないと言うか?」

「ないね」

 マークルフはログに話を振る。

「後は任せた。女将にでも後の接待を頼んでおけ」

「やれやれ。胡散臭い傭兵に胡散臭がられるとはあの娘も気の毒にな。向こうはまんざら坊主のことを嫌っているわけではないと思うぞ」

 マークルフは苛立ちに頭をかくと振り返った。

「何でそんなに話を進めたがってるか知らねえけどよ。俺たちは祖父様の跡を継いでいろいろと事情を背負い込んでるんだぜ。爺さんだってそれを全て話したわけじゃねえんだろ? 後々、面倒しか起きねえのは目に見えてる」

「安心せい。向こうはこちらの事情を全部知っておる。坊主とリーナ姫の関係も含めて全てな」

 マークルフは先ほどよりも大きく目を見開くが、やがて机に乱暴に手をついた。

「どういうことだ、爺さん!? まさかリーナのことまで全部喋ったのか!」

「慌てるな。儂が話す必要もなかった。先方の娘は最初から全てを承知の上でこの縁談を承諾してくれたんじゃ」

 だが、マークルフの驚きは収まらない。

 こちらの陣営以外でそこまでの事情を知り、なおかつ名家の娘──その条件に当てはまる者を考えていたマークルフは、にわかには信じがたいその該当者に思い当たった。

「……おい。まさか、爺さん……まさか……」

「まさかは二度言わんでいい。じゃが察しは良いな。そう、坊主もブランダルクで行動を共にした相手じゃからよく覚えておるだろう」

 大公は告げる。

「エレナ=フィルディング嬢だ」

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