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国王との対決(3)

「……どうなると思いますか、あなた?」

 ある貴人の部屋で安楽椅子に座る女性。誰もいない部屋で“エレ”は呟く。

 目の前に闇の外套姿の幻影が現れた。

 二人は王宮で行われている国王と若き“狼犬”の対決を見ていた。

 呼び寄せた“妹”たちも現在、同じように監視しているはずだ。

『分からない。だが、あの“狼犬”は面白い男だ。わたしの時代、王にあそこまで逆らう者は――そして、そうするまでに王を信じる者はいなかった』

 外套の男が目を細める。

『わたしが国王なら折れるだろうな』

「まあ、仮に私が酷い目に遭っていたかもしれないとしても、ですか?」

 “エレ”は冗談まじりに言った。

「――ですが、あの若者、どこかあなたに似ているような気がします」

『わたしと彼がか?』

「ええ。妹様があの若者を選んだのも分かる気がしますわ」

 外套の男が意識を王城の一角に向けた。

 “エレ”もその視線を共有して同じ光景を見る。

 そこには“狼犬”の帰りを待っている黄金の髪を持つ少女がいた。おそらく“狼犬”が戻らない場合は自らも覚悟を決めているのだろう。

『……あの世間知らずだった娘が強くなった。きっと、そこまでの若者だったのだろうな』

 “エレ”はゆっくりと立ち上がり、幻影であるはずの男の頬に手を添えた。

「きっと妹様はあなたが思っているよりも強くなって、目の前に立って来ますわ。かつて自分では何もできなかった私があなたに助けられ、教えられ、今こうしてここにいるように――」

『ああ。心しよう』

 男が微笑むが、やがてその表情が真顔になる。

「どうしました?」

『分かるか? 一緒にいる娘だ。彼女は〈ガラテア〉だ』

 二人は黄金の髪の娘と共に長椅子に座るお下げ髪の少女を注視する。少女も“狼犬”の身を案じているのか、うつむき加減で座っていた。

「確かにそうですわね。もしかして、あの子が“機竜”との戦いで鍵になっていたという――」

『そうだろう。かつてエレナ=フィルディングが《アルターロフ》の能力を介してこの娘の存在を探索した記録がある』

 男の碧い瞳がエンシア技術の遺した人造生命体を捉え続けていた。

「何か気になるのですか?」

『別の何かが外部から干渉した形跡がある。比較的、最近の出来事だ。何者が――』

 男は目を閉じたが、不意に目を見開く。

「あなた?」

『彼女の識別領域が書き換えられているようだ。しかし、あの娘の中の自我が強すぎてわたしではこれ以上、接触できなかった』

「本来、人造生命体であるはずの〈ガラテア〉がそこまで抵抗を――」

『無意識の妨害だろう。しかし、無意識の妨害をするほどに強い自我をあの娘は確立している。安易に接触したのは迂闊だったかもしれん』

「こちらの存在に気づかれたでしょうか?」

『いや。しかし、何が記録されているのか気になる。エレ、もしトウやミューがあの〈ガラテア〉と接触する時があれば確かめるように伝えて欲しい。普通の手段ではできない記録領域への書き換えがブランダルクの戦いの時期にされている……何かがあるはずだ』

「分かりましたわ、あなた――」



 謁見に臨んだマークルフの帰りをリーナとリファは待ち続けていた。

 やがてリーナの隣で黙って座っていたリファが不意に顔を上げる。

「どうしたの、リファちゃん?」

 リファが周囲を見るが、やがて頭を振った。

「……ううん、あたしの気のせいみたい。ごめんなさい」

「いいのよ。それよりもリファちゃん、いつでも動けるようにしてて」

 リーナは足許の床に視線を移す。

「グーちゃんもね。もし何かあったと思ったらリファちゃんを連れてここから離れることを優先して。お願いよ」

 地面の下で待機する《グノムス》にそう告げると謁見の間へ続く扉の方に目を向ける。

 先ほどマークルフから制御信号が発信されたのを感知した。

 いま国王を止めるための説得が佳境に差し掛かっているのだ。



 玉座から立ち、見下ろす国王ナルダーク――

 同じく跪きながら処断の時を待つマークルフ――

 若き国王と英雄、二人の間の緊張は他の者たちも口を挟むことができず、ただ時が過ぎるのを待つだけであった。

 だが、どれだけ続いたのか分からない緊張と沈黙の果てに、やがて国王が拳を握り締める。

 そして乱暴に玉座に腰を落とした。

「……アレッソス=バッソス伯爵は一旦釈放する」

 国王の言葉に重臣たちは騒然とする。国王が折れた形だった。

「その足の枷となっているのがクレドガルに属する《アルゴ=アバス》ではなく偽物。彼を罠にかけた首謀者が他にいるというのなら、こちらが拘束する理由はなくなった」

 国王がしかめた顔で目を閉じながら告げた。よほどの苦渋の決断なのが臣下たちの目にも明らかだった。

「……これでよいのか、ユールヴィング卿?」

「陛下のご決断、このマークルフ=ユールヴィング、敬服の限りにございます」

 マークルフは大仰に頭を下げる。

「謝罪を求めるぞ!!」

 二人の会話を遮り、大声を響き渡らせたのはアレッソス=バッソスだった。

「ヤルライノの大使たるわたしを不当に勾留したのだ! そちらが非を認めた以上、ヤルライノの威信を傷つけた事への謝罪はしていただく!」

 アレッソスが椅子から立ち上がり叫んだ。左足の装甲が重しにならなければ詰め寄っていただろう剣幕だ。

 一同がその姿を腫れ物を触れるように見る中、マークルフは一人立ち上がるとアレッソスの前へと近づいていく。

 真剣な顔つきのマークルフにアレッソスが思わず気後れして一歩、後ろに下がった。

 そんなアレッソスの前でマークルフはおもむろに跪く。

「これは私が万が一のためにと用意した罠に起因するもの。それを利用された私に責任がございます」

 そう言うと謝意を示すように深々と頭を下げた。

「しかしながら王妃殿下と身籠もられた御子に危害を向けられて怒らない王はおりませぬ。どうか、そこはご理解いただきたく――」

 周囲が騒然とする。

 ユールヴィングとフィルディング一族の確執をよく知る者たちにとって、マークルフが一族の人間に頭を下げるなどとても信じ難い光景であったからだ。

 アレッソスも思わず呆気にとられていたが、やがてその顔が怒気を帯びる。

「そ、そのような謝罪だけで犯罪者扱いされた事をうやむやには――ッ」

「アレッソス=バッソス伯爵――」

 マークルフが顔を上げた。他の者からは見えないその鬼気迫る視線にアレッソスが思わず言葉を失う。

「お怒りはごもっとも。まずは私が必ず本当の犯人を突き止め、泥を塗ったバッソス伯の名誉を挽回いたします。そうです。貴方を罠に嵌めた“魔女”どもは必ず捕まえてごらんにいれます」

 マークルフは“魔女”の言葉を強調して告げる。そしてアレッソスの目が揺れるのを見逃さなかった。

 はったりであったが動揺を引き出したことで確信する。 

 やはり、この男は魔女の存在を知っているのだ。関わりがあるのかは不明だが、マークルフがそれを突き止めているかもしれないと動揺するぐらいの何かはありそうだ。

「バッソス伯。あのような状況では仕方なかったとはいえ、国王陛下への誹謗があったことも耳にしております。お互い、今は冷静になる時間が必要と考えます。どうか、この場は至らぬこの“狼犬”めへのお怒りだけで収めていただきたい。この不始末への責めは後日、お受けしますゆえ――」

 マークルフは再び頭を垂れた。

 動揺していたアレッソスも周囲の視線に気づくと気を取り直し、その姿を見下ろす。

「……いいでしょう。今はわたしも一刻も早くここから離れて休みたい気分ですからな。ただし! その言葉は忘れないでもらうぞ! この不始末の責任は必ずとってもらう!」



 謁見は終了した。

 足に装甲がはまって自由に動けないアレッソスが、護衛のヤルライノ騎士たちによって連れられて退席した。大使の館へと帰るらしい。

 立ち上がったマークルフは護衛に支えられながら去るアレッソスの背中を見つめた。

 その横を重臣たちも退席していく。

「……余計なことをしてくれたものだ」

 独り言のような彼らの声がマークルフに向けられる。

「まったく何を考えているのか分からんな」

「“祖父殺し”も大概にしてほしい奸計だったがな」

「あるいはフィルディングと組んだ“王国殺し”の罠かもしれんぞ」

 誰もが責めるようにして去っていくのをマークルフは黙って聞いていた。

 怒りはもっともだろう。

 彼らにしてみれば、たとえ間違っていたとしても国の威信のために認めてはいけない事態だったのだ。

「ユールヴィング卿――」

 背後からまだ退出していなかった国王が声をかける。

 マークルフは振り返ると跪いた。

「その“狼犬”の名にかけて、貴方を信じていいのですね」

 国王は厳しい表情は崩すことなく、ただ訊ねる。

「はい。全ての責任はこのマークルフ=ユールヴィングが負います。決して陛下やこの国に禍根を遺すような真似は致しません。フィルディングとの戦いはこのユールヴィングの手で決着をつけます」

 国王は黙ってその姿を見下ろしていたが、やがて背中を向けると退出していく。

 それと入れ替わるように最後まで残っていた大公バルネスが杖を手に近づいた。

「まったく、何の打ち合わせもなく付き合わせよって――」

 マークルフは立ち上がると苦笑する。

「すまなかった、爺さん。だけど、そこまでしないと説得力がないと思ってな」

「何が説得力だ。ルーヴェンと同じような事をいいおって……まあ、分かってはいる。示し合わせた芝居では陛下をお止めすることは難しかったろうからな」

 マークルフはディエモス伯と合流すると大公にも会わずに王城に直行した。

 事前に会えば国王の耳にも入り、大公と打ち合わせての説得と受け止められたであろう。

 それでは怒り心頭の国王には逆効果にもなりかねなかった。

 国王を止めるためには何も言わずとも大公が自分に賭けてくれる姿も必要だったのだ。

「恩に着るぜ、爺さん」

「仕方あるまい。これも後見人の役目というやつよ。先の短い一代限りの大公位で陛下をお諫めできたのなら安いものだ……しかし、これからどうするつもりだ?」

「当然、奴の口はふさぐ。“機神”やエレナ=フィルディングの情報を使って奴が保身に走る前にな」

 マークルフは鋭い視線をアレッソスが去っていった方向に向けた。

 二人が謁見の間から出ると、そこでエルマが待っていた。

「お久しぶりです、大公様。男爵もどうやら首は繋がったみたいですわね」

「付き合わせたな。突貫作業を間に合わせてくれて礼を言うぜ」

 大公が怪訝そうに眉をひそめる。

「エルマ、突貫作業とは何じゃ?」

「男爵に頼まれましてね。《アルゴ=アバス》の右脚部を外装だけでも左脚部に偽装してくれって――妖精さんたちもこき使って何とか間に合わせましたわ」

 大公が鼻を鳴らす。

「読めたわ。偽装した右脚部に左足を突っ込んで強引に遠隔操作で左脚部に見せかけたわけか。陛下の前で大胆な事をしおって」

「おかげで足の指が痛くて仕方ねえ。普通の人間なら指がへし折れるぐらいの無茶だからな」

 マークルフはようやくいつもの不敵な笑みを浮かべた。

「だが坊主。陛下もそこまでお人好しではない。薄々、芝居に気づいているかもしれんぞ。それでもそなたに賭けてくれたのだ」

「分かってる。俺も陛下の顔にこれ以上、泥を塗ることはできねえ。全ての泥は俺が被るさ」

 マークルフの瞳が真剣味を帯びる。

「ま、しばらく爺さんの屋敷に泊まらせてもらうぜ。エルマ、先に行っててくれ」

 マークルフはリーナたちを迎えに行くために大公たちと離れて歩き出す。

 そこに大柄な鎧姿の騎士が近づいて来た。

 謁見に参加していたディエモス伯爵だ。

 伯爵がマークルフの前に立つ。大柄な鎧姿の伯爵はマークルフの前に立ちはだかる壁のようであった。

「見せてもらったぞ。ユールヴィング卿よ」

 ディエモス伯爵が口を開く。

「さすがは海千山千の傭兵たちを束める棟梁と呼ばれるだけはある。肝の据わった謁見であった」

「褒めてもらえるとはな……俺はてっきりディエモス卿が激怒して真っ先に剣を抜いて来ると思っていた。正直、腹は括っていたんだ。なぜ何も言わなかった?」

「無論、陛下のご命令があれば即刻、卿の首を斬り落とすことも考えた。しかし、陛下は何も命じられなかった。我が輩が勝手に剣を抜く訳にいかないではないか」

 マークルフの懸念をかき消すように、ディエモス伯爵は豪快に笑う。

「我が輩は嘘が好きではない。しかし、卿はふざけているような態度であったが、陛下をお諫めするというその態度に嘘は感じなかった。陛下もそれをどこかで認められたからこそ、お怒りにはなられたが卿への処分は何一つ下さなかったのだろう。陛下が信じるならその臣下たる我が輩もそれに倣うのみだ。違うか?」

 マークルフは頭を下げた。

「……ディエモス卿、感謝する」

「感謝の言葉を述べる相手は向こうであろう?」

 伯爵が後ろを指差す。

「ずっと待っていたそうだ。我が輩の用は済んだ。邪魔者は失礼しよう」

 伯爵はマークルフの肩に手を置くと笑いながら去っていった。

 マークルフも苦笑すると黙って歩き出す。

 その先にはリーナとリファが立っていた。

「お帰りなさいませ、マークルフ様――」

「見たかったな。男爵さんが王様にどんな啖呵を切ったのかさ」

 心配していたはずだろうに、それをおくびにも出さずにリーナとリファが微笑んで迎えるのだった。

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