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国王との対決(2)

 王宮の控えの広場。

 そこのベンチにリーナとリファは座っていた。

 現在マークルフが謁見に臨んでおり、その帰りを待つリーナの表情も緊張に包まれている。

「……リファちゃん。グーちゃんと一緒に外に出てる?」

 リーナが口を開く。

「謁見もしばらく終わらないだろうし。城下街は王妃様の御出産を控えて、お祭りの準備が進んでいるらしいわ。見て回るのも楽しいかもしれないわよ」

「お姉ちゃんは待ってるの?」

「ええ。戻って来た時に誰かが待ってないとね」

 リファはリーナの表情を見ていたが、やがてにっこりと笑った。

「じゃあ、あたしも待ってる」

「リファちゃん……」

「クレドガルの国王様を止めるつもりなんでしょう? そんな面白そうな舞台、近くにいておかないと兄ちゃんに土産話もできないじゃん」

「……もしかしたら、男爵さんと呼べなくなるかもしれないのよ」

「だったら別の呼び方考えないとね。どうしよう? マークルフさんじゃ堅苦しいし、狼犬さんじゃエレナ姫みたいだし……う~~ん、マー兄ちゃん? きびしいなぁ」

 リファが悩む。

「リファちゃん、本当に──」

「お姉ちゃん」

 リファがリーナの台詞を遮る。

「男爵さんとお姉ちゃんはブランダルクの戦いに最後まで付き合ってくれた。だから、今度は兄ちゃんの分まであたしにも付き合わせて。できるところまででいいから」

 リファの真剣な眼差しにリーナが静かに目を伏せた。

「……ありがとう、リファちゃん」



 謁見の間は騒然としていた。

 反フィルディングの最先鋒と見なされていたマークルフが、事もあろうに主君であるはずの国王に対して抗弁の言葉を口にしたのだ。

 それは弁護を申し出られたアレッソス=バッソスですらも同様だった。

「どういうことだ──」

「ユールヴィング卿、いったい何を考えおるのだ!?」

 列席する重臣たちからも疑問の声があがる。

 しかし、マークルフは余裕を持った表情を浮かべたままだった。

 玉座で対峙する若き国王ナルダークが左手を挙げる。

 広間は一瞬で静まりかえった。

「……説明してください。アレッソス=バッソス伯爵を弁護するというのは?」

 マークルフは顔をあげ、国王の顔を仰ぎ見る。

 穏やかさが印象的な若き国王も今回ばかりは疑念の目でマークルフを見つめていた。

 それも無理はないだろう。権威の象徴である王城内で事件をおこされ、寵愛する身重の王妃までも乱暴されかけた。これを許せる為政者などおらず、そして、その処断に抗議する者も許せはしないだろう。

 それでも、やらなければならないのだ。

「畏れながら。今回、私が馳せ参じましたのは今回の事件を耳にしての事。陛下のお怒りがアレッソス=バッソス卿に向けられていると考え、急ぎお止めするためにございます」

 王宮がまたしても俄に騒ぎ出した。

 国王がまた静粛にさせるために手を挙げる。先ほどよりもその動きには苛立ちが込められていた。

「……ユールヴィング卿。貴方は今回の件、余の判断に誤りがあると言いたいのですか?」

「陛下の王妃殿下への愛は臣下一同はもとより、下々の民までが知るところ。しかも大事な御子を身籠もってらっしゃる王妃殿下にあのような暴挙があれば、そのお怒りはごもっともにございます……ございますが、今回の事件はその陛下の御心を利用された奸計であると私は考えております」

 国王の顔にはっきりと苛立ちが浮かぶ。初めてマークルフに見せる表情でもあった。

「貴方はバッソス卿が無実だと、そう言うのか?」

「少なくとも私は王妃殿下への暴挙とは無関係と考えております」

 重臣たちが表情を強張らせる。アレッソス=バッソスが無実だとするならば、それはヤルライノの大使に対するクレドガル側の対応が問題となるのだ。

 周囲の険悪になる空気とは裏腹に、マークルフは道化のように接するいつも飄々とした態度を変えなかった。

「実は現在、我々はある者たちを追っております。今回の件、奴らが首謀者の可能性が高いと私は考えております」

「その『ある者たち』とは?」

 国王が疑念の眼差しを浮かべつつも冷静を繕ったまま訊ねる。

 マークルフは一同を見据え、注目を集めながら厳かに告げた。

「……“魔女”にございます」

 耳慣れない言葉に一同がざわめく。

 同時にマークルフはアレッソスの表情を盗み見る。その表情は驚いているようだったが、戸惑っているようではなかった。

「ユールヴィング卿。今回の事件はその“魔女”の仕業と言うのですか?」

「その通りでございます、陛下。奴らがバッソス卿を罠に陥れ、中央のクレドガルと西の大国ヤルライノの間に亀裂を入れようとした──それが奴らの筋書きと考えております」

 でまかせではあったが、それでもマークルフは揺るぎない自信を示すように不敵な表情を浮かべた。

 国王は目を閉じる。公正な王としての立場と、憎むべき相手を庇う臣下への苛立ちがせめぎ合っているようだ。

「では……その“魔女”とは何者なのです?」

「我らが確認している“魔女”は三人にございます。それぞれを姉妹とよび、我々も便宜上、三姉妹と認識しております。これより説明させて頂きますゆえ、ご無礼を!」

 マークルフは立ち上がると大仰な身振りで宮廷にいる者たちに伝える。

「まずは末の魔女。黒髪と古代王国時代の学制服を模した衣装姿の少女で、機械人形をしもべとしています!」

 宮廷中の者の注目を集めているのを確かめながら、そして自らも宮廷にいる者全てを確かめながらマークルフは続ける。

「そして真ん中の魔女。褐色の肌と黒き剣を持つ妖艶なる魔女。この者は恐るべき剣の使い手です! 私が“聖域”で五本指に入ると自負する副官ログが手合わせしていますが、そのログをもって恐るべき剣客と断言しております!」

 一同のどよめきが大きくなる。ログの剣の実力はクレドガル王国でも広く知れ渡っていた。

「そして、その二人の上と思われる魔女。この女は闇の外套を纏っており正体は不明ですが、暗躍する魔女たちの頭目と思われます」

 マークルフが熱弁を振るう間も、国王ナルダークは半信半疑の表情でマークルフの話を聞いていた。

 魔女の存在は事実だが、それを知らない彼らにしてみれば荒唐無稽な話なのだ。

「その魔女たちが動いているのは……確かなのですか?」

 国王が念を押すその言葉は、嘘偽りが本当にないかを咎めているような響きもあった。

 マークルフは再び跪く。

「はい。分かっているのは上から順にエレ、トウ、ミューという名前。その目的は未だ不明ですが、それぞれが魔力を動力とする機械を操る能力を持ちます。今までに前例のない不可思議かつ、恐るべき能力の持ち主たちです。そして、そう、もう一つ説明申し上げるならば──」

 一同の注目をマークルフは不敵な笑みで受け止める。

「末の魔女は黒の下着が好みのようです」

 王宮が一斉に鎮まる。皆が唖然とした表情を浮かべていたが、やがて波が寄せて返すように騒然となる。

「ふざけているのか!」

「いったい何を考えているのだ!」

 重臣たちから憤然とした声が飛ぶ。

 アレッソスを擁護する発言に加え、魔女という得体の知れぬ存在を力説した上、その魔女の下着の色とかいうふざけた発言には彼らも苦言を言わずにはいられなかったのだ。

「静粛に!」

 国王の声が響き渡り、場は再び鎮まる。

 重臣たちの無言の非難が飛ぶが、マークルフは飄々とした笑みを崩さなかった。

「余の判断が違うというのならば、その証拠を──見せよ」

 国王が告げた。その目は普段の穏やかなそれとは違い、刃のような鋭さがあった。国王としても国と最愛の妃の名誉にかけ、簡単にそのような話を信じることはできないのだ。

「かしこまりました。では、これより私が“魔女”の手下と思しき者らより取り戻した本物をご覧いただきましょう──エルマ!」

 マークルフの台詞に驚く国王たちの視線を集める中、彼は立ち上げった。

 謁見の間の扉が開く。

 そこには女科学者の姿があった。その手には大きな革袋を両手で提げていたが、マークルフの合図でそれを床に落とすと口紐を解く。

「ご無礼はお許しを!」

 マークルフの全身に真紅に輝く魔力の紋章が展開した。一同がどよめき、親衛騎士たちが反射的にマークルフの周囲に陣取る。

「これが証拠にございます」

 革袋の中から何かが飛び出した。それは重臣たちの間を飛び、マークルフに迫る。

 マークルフが左足を挙げるとそれはそこに装着された。

 それは古代の強化装甲《アルゴ=アバス》の左脚部だった。

「ご覧下さい! 本物はここにちゃんとございます!」

 国王たちが驚愕の眼差しをするのを確かめ、マークルフは自ら強化装甲を解除し、左足を抜く。

 全身の紋章が消え、マークルフはそのまま疲労したように膝をつく。

「ふぅ……重ね重ねご無礼はお許しを。“聖域”の中心たるここで強化装甲を動かすのは私の消耗も激しいものでして──しかしながら、これを以てアレッソス=バッソス卿への疑いをお晴らしいただくよう申し上げます」

 宮廷はこれまでになく騒然とする。国王もしばらく放心していたようだが、やがて手を挙げて静粛になるのを待つ。

「……貴方はそれを魔女の手先から取り戻したと言いましたね?」

「はい。私は考えておりました。もし強化装甲をすり替えるなら精巧な偽物を用意するだろうと。そしてその偽物を使い、バッソス卿を犯人に仕立て上げ、その間に真の犯人は本物の強化装甲を持って逃亡を謀るかもしれないと。そう考えた私はその真犯人を探し、見つけて取り戻した次第です」

 国王が目を閉じ、眉間に皺を刻む。

「バッソス卿の足に枷られたのは偽物で、本物は貴方が見つけ、取り戻していたというのですか? しかし、そんな精巧な偽物が存在するのですか? それに都合よく貴方が真犯人を見つけたなど率直に言って俄には信じがたい話です」

「陛下の疑念は当然のことでございます。しかしながら相手は恐るべき魔女。あのような偽物を作ることもできると考えるべきです。それに私が強化装甲の正式な装着者。本物を見つけることは他の方々に比べて容易にございます」

「では、その魔女の手下というのは何者です? どうなったのですか?」

「残念ながら消え失せました。捕まえていればここまで証人として連れてきましたのに口惜しい限りです」

 マークルフは無念の表情を浮かべる。

「いい加減に過ぎるぞ、ユールヴィング男爵!」

「証拠がないばかりの話を信じろというのか!?」

 非難の声が飛ぶが、マークルフは動じることなく続ける。

「私も日頃、ほら吹きが過ぎるため、このような時に信じていただけないのも自業自得というものでしょう──ですが、これが私が突き止めた事実。事件についての真相はまだ不明な点は多くございますが、バッソス伯に装着された装甲は《アルゴ=アバス》の装甲を模した偽物にございます。つまり、装甲を持ち出したことについては無実と訴えます。それは“罠”を仕掛けていた私自身が証明いたします!」

「余の勘違いと……貴方はそう言うのか?」

 国王が訊ねる。その声は抑えているが不満と憤りを隠しきれていなかった。

「大変に恐縮でございます。恐縮ではございますが──主君がそのご判断を誤ろうとされるのであれば、それを諌めるのが真の臣下の役目と心に刻んでの諫言にございます」

 国王の手が拳を作る。その姿に重臣たちの怒りも呼応する。

「ユールヴィング卿! いくら何でも無礼であろう!」

「そなたは陛下のお顔に泥を塗るつもりか!」

「鎮まれ!」

 国王が手を挙げ、またしても広間は静粛になる。

「……妃が襲われたのも、その魔女たちの奸計というのか?」

「聞いた限りでは王妃様も前後のご記憶がないとの事。バッソス伯の証言にもいきなり王妃殿下が目の前で倒れていたと伺いました。推察するに魔女たちに暗示をかけられた可能性もございます。何しろあの魔女たちには底知れぬ力があると考えねばなりません」

 国王は黙っていた。見守る重臣たちも不満が露わであった。

 彼らにしてみれば魔女の存在など寝耳に水であり、なおかつ国の威信とヤルライノとの関係までも左右する重大事件を全て魔女の暗躍で片付けられ、しかも確たる証拠のないまま信じろというのだ。

 納得しろという方が難しいだろう。そして、それはマークルフも十分に理解していた。

 国王がジッとマークルフの姿を睨む。

「……ユールヴィング卿。貴方の真意はいったい何だ? そこまでして何故、フィルディング一族のバッソス卿をかばうというのか?」

「相手が誰であれ奸計に陥りヤルライノとの禍根を残すような処断を主が行うこと、貴族の末席に連なる者として看過できませぬ──それに世間は私の事を成り上がり男爵と申しております。他の方々に比べて血統にも伝統の重きにも縛られる事がございません。故に陛下のご不興を買ってでもお諫めする役割は私しかいないと考えた次第、それだけにございます」

 マークルフは大仰に頭を垂れる。国王が強張った表情を続けた。

 国王も若いが聡明だ。マークルフの行動の裏に何かの目的があると考えたのだろう。

 その通りである。しかし、それはここでおくびにも出すわけにいかないのだ。

「……貴方なりの覚悟があるとは考えます。ですが、もし余に対して不忠を働いたと判断した場合、その爵位を剥奪する事になります。それは覚悟の上ですね」

「やむを得えませぬ。先代ルーヴェンの功績により賜った男爵位。私の代で剥奪されるなら、ひとえに私が先代を継ぐ器でなかったという事です」

「爵位が剥奪されればどうなるか考えてますか?」

 国王が淡々と告げる。

「ユールヴィング卿。今ここには重臣たちが列席している。余が求め、他の重臣たちも同意すれば今ここで貴方の爵位を剥奪することも可能です。そしてそうなった場合、我々は貴方を危険な存在と見なすことになります」

 国王が立ち上がった。

「貴方は“機神”をも倒した強化装甲の正式な装着者。強化装甲は破壊されたとはいえ、それだけの力を貴方は持っていると判断します。この王都の外れに荒野をも作り出したその力──爵位だけ剥奪して野放しで済ます事はできません。この意味が分かりますか?」

 マークルフは一度だけ頭を上げ、国王の姿を見上げる。

 その表情は今までの憤り一辺倒ではなく、諫言する臣下の覚悟を試すようであった。

「承知しております。全ては国王陛下の御心のままに──」

「貴方だけとはいきません」

 国王の視線が近くに向けられる。そこには特別に用意された椅子に座り、成り行きを黙って見守っていた大公バルネスがいた。

「バルネス老。そうなれば後見人である貴方への責も問われることになります。宜しいのですか?」

 重臣たちの視線が大公バルネスへと向けられた。

 大公は椅子から立ち上がると深いシワの刻まれた表情で国王とマークルフの姿を交互に見る。

 やがて恭しく頭を下げた。

「陛下の御心のままに。不始末をしでかした際に共に責任を問われてこその後見人でございますからな。ユールヴィング卿の言葉が信用ならぬとあらば、私も共に陛下の処断に従いましょう」

 緊迫した空気が謁見の間を覆い尽くす。

 英雄の名を継ぐ若き男爵とその後見人たる大公がその進退をかけてまで、国王に再考を求めようとしていた。

 しかもそれで庇おうとする相手は因縁の相手であるはずのフィルディング一族。そのために主君に自らの過失を認めさせようとするのだ。

 国王とマークルフたちに皆が注目する。

 全てを懸けて諌めようとする背水の戦いの行方を──

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