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小さな妖精娘と鉄巨人

「グノムス、どういう事だ」

 朝を迎えようとする薄闇の空、焚き火の明かりを装甲で照り返す鉄機兵を前にログは尋ねる。

 焚き火を背に、一同が《グノムス》の前に集まっていた。

「あの魔女が危険である事はお前も承知していたはずだ」

 ログの問いに《グノムス》が答えることはない。この鉄機兵には応答する機能がないのだ。

「副長の言う通りっすよ。ようやく捕まえたのにみすみす逃がすなんて――」

「ああ、どんな仕返しに来るか分からんぞ。お前はいいけど俺たちが危ないんだぜ」

 アードとウンロクもログの背後から非難する。

 鉄機兵はその場から動かなかった。この鉄機兵なりに全ての非難を受け入れる態度なのだろう。

「やめて!」

 鉄機兵の肩に乗っていた妖精娘プリムが地面に降り立った。小さな身体で《グノムス》を庇うようにログたちの前に立つ。

「グーちゃんも反省してるの! でも、あの女の人におねがいされて、ことわれなかったの!」

 小さな姿がログたちの足許で訴えるが、アードとウンロクの二人は疑わしそうに《グノムス》を見る。

「いや、プリムちゃん。その魔女のたのみを聞いちゃうのが問題なんだよ」

「そうそう。こいつ、実は何か大きな秘密、隠してるんじゃないか?」

 その姿にプリムが堪忍袋が切れたかのように顔を真っ赤にする。

「うるさーーいッ! だまれ! このヘンタイッ!」

「ヘンタイ!?」

 可愛い姿に似合わぬプリムの剣幕に男二人が思わず怯んだ。

「過ぎたことをとやかく言っても仕方ないわ」

 様子を眺めていたエルマが前に出てくる。

「少なくとも魔女たちについての情報が手に入った。特にその一番偉そうな魔女とグノムスに何か関連がある事も――それを収穫とするべきね」

 一同は《グノムス》の肩に乗るダロムから魔女とのやり取りについて説明を受けていた。

「魔女の上にさらに別の奴がいて、その二人とグノムスは関わりがある。魔力を受けないと活動できない体質、そして“機神”との深い関わり――おそらく魔女たちもエンシアに深い関連があるのかも知れない。それならグノムスと関わりがあったとしても不思議ではないわ」

 ログも鉄機兵の顔を見る。

「ならばリーナ姫に?」

「ええ。グノムスがリーナ姫の護衛に選ばれる前、何があったか分かれば魔女たちの秘密がもう少し分かるかも知れませんね。それはともかく、グノムス? 次はどのような事情があっても魔女たちを利するような真似をしてはダメよ」

「姐さん、そんなにあっさり許しちゃっていいんすか?」

「そうですぜ。示しってやつがつきませんぜ?」

「じゃあ、二人とも『グーちゃんがお友だちかも知れない魔女の妹を逃がしました。殺すのが嫌だったそうです。これは大きな裏切りです。主人の貴女が責任をとって下さい』――そうリーナ姫に言える?」

 アードとウンロクの二人が互いに顔を見るが、やがて肩を落とすした。

「姫様やプリムちゃんが『グーちゃん』って呼んで可愛がるぐらい、この鉄機兵は本来、優しい子なのよ。グノムスの任務はあくまで姫様を守ること。協力してくれるとはいえ、うちらの都合で殺し合いまでさせるのは筋違いと考えましょう」

 エルマがプリムを見る。

「プリムちゃん、グノムスの事はあなたに任せるわ。グノムスも約束しなさい。また勝手なことをしたら、次は科学の発展のために献体になってもらうわよ」

「けんたい? じいじ、“けんたい”ってなに?」

「研究資料として分解するということじゃ」

「ぶんかい!? だ、だいじょうぶ! プリムがグーちゃんにちゃんというから!」

 エルマの脅し文句にプリムが慌てて答えるのだった。



「グーちゃん、元気だして。グーちゃんは何も悪くないよ」

 白み始めた空を、《グノムス》とその肩に乗ったプリムが一緒に見ていた。

 他の者は出立のために野営の片付けをしている。

「ね、じいじ?」

 プリムが後ろを振り向いて見下ろす。

 鉄機兵の足許にはダロムが立っていた。

「まあ、戦乙女は怒るまい。ただ、勇士の方がどう思うかは知らんぞい」

「そんなことないよ。男しゃくさんだって、とてもやさしい人だよ。グーちゃんはグーちゃんができることをすればいいんだよ」

 プリムの手が鉄の肩をポンポンと叩く。

「プリムはグーの字に甘いのぉ」

 ダロムが肩をすくめる。

「そうだ、じいじ。エルマのあねさんが鎧さんを直せそうっていってたけど、直してたたかいがおわったらプリムたち、どうするの?」

「そりゃ、地下世界に帰るんじゃ。ワシらは“神”様に頼まれてやって来ただけじゃからな」

「えー、プリム、ここでグーちゃんといっしょにくらしたいな」

「そんな鉄の棒と同棲なんぞ認めんと言ったはずじゃ! 人にはそれぞれ帰る場所がある。ワシら妖精さんの帰る場所は地下の世界じゃ。送り出してくれた皆も待っておるんじゃぞい」

 地下世界には妖精族の里があり、そこにはダロムとプリムの同族たちが二人の帰りを待っているのだ。

 プリムが《グノムス》の横顔を見る。

「ねえ、グーちゃんの帰るところってどこなのかな? グーちゃんには家族とかいないのかな?」

「グーの字は機械じゃぞ。家族なんて居るわけがなかろう。造った人間はいただろうが、それも遠い昔にいなくなっとるわい。こいつの居場所はずっと主人であるリーナ姫のそばじゃ」

 プリムが寂しそうな表情を見せた。

「どうした、急にそんな顔して?」

「だってグーちゃん、ずっと誰かに『めいれい』されて暮らしていくの?」

「それはそうじゃ。機械は誰かの命令で動いてこそ機械じゃ」

「かわいそうだよ。さっきだってグーちゃん、何もわるいことしてないのにみんなに怒られたんだよ? 『めいれい』だからってグーちゃんだってやりたくないことあるんだよ?」

 プリムの純真さから来る疑問にダロムも思わず口を閉じてしまう。

「そうだ! グーちゃん、たたかいがおわったらプリムといっしょに地下世界に行こうよ!」

 プリムは名案を思いついたようにはしゃぐ。

「あそこにはプリムやじいじみたいな妖精がいっぱいくらしてるの。みんな、やさしい人だよ。グーちゃんも妖精みたいに地面にもぐれるから、きっと仲間に入れてくれるよ。ね、そうしよ! そうしたらプリムとグーちゃん、いっしょにくらせるよ!」

 その声に《グノムス》の首が動いた。

 鉄機兵の顔がはしゃぐプリムを見つめるが、プリムが首を傾げる。

「どうしたの、グーちゃん? かなしい顔してるの?」

 プリムが鉄機兵の顔をじーっと見ていたが、やがてポンと両手を叩く。

「そっか! もちろん姫さまたちの所に行きたかったら、いつでも行けばいいんだよ。プリムもいっしょにあそびに行けるしさ」

 満面の笑みを浮かべる妖精娘の姿を鉄巨人はただ静かに見守る。

 そして、その小さな娘と鉄巨人の姿を悲しげに見つめるダロムの姿があった。



 ルカの一族が暮らす里を後にしたマークルフたちは、迎えのために待っていた傭兵部隊と合流すると、彼らの拠点となっている街へと帰還していた。

「俺たちはここから別行動をとる。ご苦労だったな」

 傭兵ギルドの息のかかった宿に身を隠すことにし、マークルフは部屋に呼んだ部隊長と立ち話をする。

「こっちは陽動で隊長たちの動きをごまかします。お気をつけて」

「ああ、頼むぜ……そういえば――」

 退室しようとする部隊長をマークルフは呼び止めた。

「行きと帰りで人数が違うはずだったな。何人、脱落させた?」

「ああ、その件でしたら――とりあえず一人です」

「そうか。ご苦労、そっちも用心しろよ」

 部隊長が退室し、マークルフとリーナ、リファが残される。

「男爵さん、ちゃんとそういうの考えてるんだね」

 椅子に座っていたリファが感心したように言う。

「当たり前だ。偽依頼とはいえ危険な依頼だ。脱落者が一人もいないとかえって怪しく思われるからな。傭兵になりたきゃ覚えておきな。ま、別に覚えなくてもかまわんがな」

「あー、また新米傭兵だってバカにするつもりでしょう?」

 口を尖らせるリファを無視して、マークルフは寝台に腰掛けるリーナの隣に寝そべった。

 やがて、マリエルが部屋に入ってきた。

「男爵、出てましたよ。カートラッズさんの記事が――」

 マリエルの手には一冊の冊子が握られていた。

「来たか!」

 マークルフは待ちわびたようにマリエルから冊子を引ったくると床に広げた。

 リーナたちもそれを取り囲むように床に座る。

 傭兵ギルドは定期的に傭兵たちの情報を載せた冊子を発行している。それは傭兵の売り込みであり、仕事の依頼であり、そして傭兵同士の通信手段でもあった。

 カートラッズの記事は傭兵ギルドの記者が取材した会話を、挿絵も添えて掲載されていた。

 内容は“戦乙女の狼犬”失踪について、何かと因縁のある“蛇剣士”カートラッズに取材した記録だ。

 記事の要約はこうだ。

 カートラッズはマークルフの出奔を自作自演の工作と睨んでおり、おそらくは旧フィルガス地方で活躍する傭兵たちの中に身を潜めていると予想していた。

 何か大きい仕事を抱えており、自分もそれに乗っかり、あわよくばマークルフと決着をつけるために動く気でいる事を記者に打ち明けていた。

「何よぉ、蛇剣士さん。こっちの事情、全部ばらしてるじゃんか」

 リファが怒ったように言う。

「問題ない。あくまで予想としての体裁をとってるからな。俺の敵と思ってる連中は奴に協力を求めて仕事を持ってくるだろうし、逆に俺の協力者と疑う奴らには牽制になる。悪い立ち回りじゃねえ」

「そうよ、リファちゃん。蛇剣士殿ほどマークルフ様が信用している傭兵はいないわ」

 マークルフの隣でリーナが言う。

「先代様が描いた傭兵の姿に最も忠実な方らしいわ。リファちゃんも傭兵を目指すならこういう方を目指してみるべきかしらね」

「悪い冗談はよせ。こいつの真似してリファが高い金要求するようになったらどうする?」

 マークルフはそう言いながらも記事を精査する。

 やがて、マークルフは挿絵に目をつけた。

 それはカートラッズの姿絵だ。蛇を連想される姿を衣装とするカートラッズだが、今回は全身を蛇が這う刺繍が施された比較的大人しめの胴着だ。そして武器として蛇腹剣という特殊な剣を強調していた。蛇腹剣とは刀身が分割して鞭のようになる特殊な剣の事だ。

「変わった武器があるものですね、マークルフ様――」

「はっきり言って見栄えだけだがな。だが問題はそれじゃない。こっちだ」

 マークルフは蛇腹剣の鞘を指す。それには蛇の模様がそのまま鞘に施されていた。

 マークルフは鞘の上から数えて六番目にある、刀傷がついた模様を指す。

「マリエル、この模様と同じ形の図形を紙に書いてくれ。六倍に拡大してな」

 マークルフの指示でマリエルが製図用の機具を取り出すと指示された模様の図形を拡大したものを紙に描いた。

 マークルフは紙とハサミを受け取ると、それをリーナに渡す。

「切り取ってくれ。線に沿ってきれいにな」

「は、はい」

 リーナが不思議そうにしながらも言いつけ通りに丁寧に紙を切る。

 やがて紙が模様の形になるとマークルフはそれを手にした。

「こうするのさ」

 マークルフは紙の中心と、元になった挿絵の図形を合わせて冊子に重ねる。

 マークルフは図形の角と重なる文を読んだ。



〈今回の失踪についてどう思ってますか?〉

『奴が行方不明になるのは珍しい事じゃない。俺の予想では傭兵たちの中に身を隠して移動している。木を隠すには森の中というだろ?』


〈“蛇剣士”殿は“狼犬”と何かと因縁がありますが今回は捜さないのですか?〉

『無論、捜すさ。奴が姿を隠す時はだいたいツケを払いに行く時か、大きな事件に関わっている時だ。つまり、傭兵の仕事もあるという事だ』


〈どうやって捜すのです?〉

『奴の考えそうな事は分かっている。蛇の道は蛇というやつよ』


〈見つけたらどうされるのですか?〉

『奴を面白く思っていない連中は多い。今でも奴に関しては幾つか依頼を受けている段階だ。

詳しくは言えないが……そうだな、埋葬用の花を用意しているとだけ言っておこう』



「これが蛇剣士からの伝言だ」

 マークルフは文の中で図形の角と重なる部分の文節を指でなぞる。

『木を隠すには森の中』

『ツケを払いに行く』

『蛇の道は蛇』

『花』

 マークルフはこれらの言葉が示す意味を考える。

「それがエレナさんの隠れている場所を示す暗号なのですか?」

 リーナもマークルフの指の動きを見る。

「ああ。大公の爺さんから解読の方法だけは聞いていた。“蛇剣士”も手の込んだ暗号を用意するあたり、今回ばかりは奴もかなり慎重らしいな」

 やがてマークルフは口許を釣り上げた。

「……なるほど、そういう事か」

「分かったのですか、マークルフ様?」

「ああ。出発の準備をしねえとな。場所はロータスの街だ」

「ロータス? あの街にですか?」

 話を聞いていたマリエルが意外そうに顔を上げる。

「どういう街なのですか、そのロータスという所は?」

 リーナが尋ねる。

「そうだな、リファたちの観光案内では連れて行く予定のなかった場所さ」

 リーナとリファが揃って首を傾げる。

「男爵さん、そこって名物がないの?」

「あるぜ。選り取り見取りの“花”がな」

「花? 花じゃあ食べられないね」

「さあ、どうだろな。高い金を払えば味わえるかもな」

「花を?」

 リファの疑問にマークルフは含みを持たせて意地悪な笑みを浮かべる。

「行けば分かるさ。向こうにもいつ追手が迫ってくるか分からんしな。急ぐぜ」

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