鉄巨人と魔女
魔女ミューは鉄機兵の中でうずくまっていた。
周囲は隔壁に閉ざされ外部の様子は分からない。内部は高い霊力レベルが維持され、魔力を使うこともできなかった。
(クッ……本当に……油断した……)
目の前が揺れる。景色が傾きすぐに戻る感覚が絶え間なく続き、吐き気に堪え続ける。思考が鈍り、脱出を考えることもままならなかった。
あの女科学者が言う通り、ミューの平衡感覚を狂わせて無力化しているのだ。
(あの女……危険だ)
このような監禁と拷問の手段を考案したからではない。本当に恐るべきなのはミューを捕らえるために仕掛けた罠の精度だ。
ミューを捕らえた罠は地形を操るという鉄機兵の能力を利用した罠だろう。ミューは“聖域”の模造ともいうべき地形操作で魔力を奪われて捕まってしまった。しかし、一般の科学者が研究しているレベルの模造ならミューも脱出できた自信がある。しかし、あの女の仕業らしい“聖域”の模造は魔力の排除が早すぎて脱出の隙も与えなかった。
“神”の創造物であるはずの“聖域”を、あの女科学者は真に迫るほどに模造できるということなのだ。
呼吸が苦しくなり、目の前の景色が暗くなる。
(限界が……来たのかな)
魔女は魔力の供給を受けられない状況が続くとその生命活動自体が停止してしまう。このままでは彼女も力尽きてしまうだろう。そこまであの女科学者が考えたかは分からないが、どちらにしろ彼女を釈放する選択肢は用意しないだろう。
残った手段は全てを話して命乞いをすることだけだが、ミューにもその選択肢はなかった。
(役立たずで……ごめん……トウ姉……エレ姉様…………ヴェル……兄さ……)
「じいじ、“まじょ”って人、しずかだね」
プリムが言った。
「まあ、暴れたところで脱出できんだろうし、観念したんじゃろう」
ダロムが目の前に広げた一枚の紙と睨みながら答える。その紙には《アルゴ=アバス》の設計図が描かれていた。
「魔女とやらも地中までは助けに来れまいて」
二人は《グノムス》内部に勝手に増設した妖精さん用の隠し部屋に居た。その《グノムス》は地中に潜っており、内部に魔女の娘を捕らえたままだった。
「じいじ、さっきからシワい顔してるね?」
「姐さんからの設計図を検討しておるところじゃ。ログ副長も約束通り戦乙女の魔剣を持ってきておるからな。《アルゴ=アバス》の改造設計をもう一度、再確認しておるところじゃよ」
《アルゴ=アバス》を長く研究してきたエルマが再設計を担当しているが、それを元に実際に改修するのはダロムたちの担当だ。それだけにどこまで要請に応えられるか検討の時間が不可欠だった。
「だけど、じいじが読めるぐらいのちっちゃい地図、よく描けるね」
「あのウンロクとかいうのが虫眼鏡で書き直して渡してくれての。胡散臭い見た目の割に器用な男よ」
「へえ、けっこう親切なんだね」
「プリム」
「なに?」
「よいか。姐さんの部下二人は姐さん代理の教育(?)があるからこそ、まだマシな人間になっておるのだ。あの二人はともかく、ああいう胡散臭い姿の人間を信じて姿を見せてはいかんぞ」
「ヘンタイさんでしょ? わかったよ、じいじ」
「ヘ、へェ──」
「──ブッシィン!」
アードとウンロクが揃って盛大なクシャミをした。
「どうしたの、二人して?」
隣に立つエルマが尋ねる。
「いやあ、風邪っすかね」
「アード、こっちにツバ飛ばすなよ」
「そっちこそ、大事な剣に鼻水つけないでくださいよ」
ログとエルマ、そしてアードたちは焚き火を囲んで野営をしていた。
彼らの真ん中には強化装甲の部品が集められている。《グノムス》の内部に格納して運んでいたが、魔女を捕らえているため、ここに置いていた。
そしてアードたちの前には《アルゴ=アバス》の左腕部とシグの魔剣が並んで置かれていた。エルマたちが採寸などを丹念に行い、用意した設計図に各々が書き込みをしている。
「エルマ、上手くできそうか?」
焚き火の番をしていたログが尋ねる。
「やってみなきゃ分からないですけどね。ですが、副長さんが約束通り魔剣を持って来てくれたおかげで計画は実行できそうですわ」
「《アルゴ=アバス・アダマス》だったな──先代閣下も見てみたかったろうな」
「先代様もそういうのお好きでしたからね」
《アルゴ=アバス・アダマス》──それはいつか来る“機神”との最終決戦に備えて、エルマが進める改造計画だった。
ログが焚き火の炎を眺めながら水筒に口をつける。
エルマはその表情を見ると後を部下二人に任せてその隣に座った。
「エルマ、“機神”の完全破壊……実現できると思うか?」
「それこそ、やってみなきゃですわね。一応、考えはあります。その理論もブランダルクの戦いで実証できました。バカな奴が勝手にやったことですけどね」
「……閣下も分かっているのか」
「こちらからはまだ詳しい説明をしていませんが、何も訊かずにうちの改造計画を認めてくれたわけです。男爵も分かっているはずですわ。おそらく、リーナ姫も──」
エルマも声を落とす。
「閣下とリーナ姫は誰よりも“機神”を破壊する手段を探し求めていましたし、何よりあのバカと実際に戦ってますからね」
半年近く前、エルマのかつての同僚オレフは“機神”の複製ともいうべき力を手にいれ、さらにブランダルクの神女リーデの持つ戦乙女の力も手に入れた。そして、その両者の力を融合させた黄金の疑似“機神”ともいうべき存在となり、マークルフたちと戦ったのだ。
リーナの変身した黄金の鎧を纏って戦ったマークルフは辛くも勝利を収め、オレフは倒れる。
それは初めて“機神”を破壊できる可能性を証明した戦いであり、それこそオレフが全てを引き換えにして求めた結果であったのだ。
「でも閣下は迷っているように見えますね」
エルマが頭の後ろで手を組んで夜空を見上げた。
「迷わないわけないですけどね。どう考えても犠牲を伴う手段ですから……そう、この戦いの結末は閣下とリーナ姫に全てが委ねられているわけです」
エルマの眼差しが真剣味を帯びた。
古代の科学技術が遺した“災厄”は科学者の手で止める──オレフの悲願であり、現在に至るまでの科学者たちが命題としてきた難題に彼女もまた決着をつけようとしているのだ。
夜の荒野。
その中に黒剣の魔女トウが立つ。
そして、その後ろに闇の外套を纏ったもう一人の女がいた。
「ここよ、姉様」
トウの手から光を失った水晶が落ちる。“聖域”の影響下にあるここに転移するため、魔力の封印されていた水晶を用いたのだ。
「気をつけて、姉様」
トウの表情が警戒に強張る。“聖域”の影響があるため、今は二人も力を発揮することができない状況だ。
「ええ。きっとグノムスは地下ね」
外套の魔女は足許を見つめた。
「久しぶりね。グノムス」
女性がゆっくりと膝をつくと、軽く握った手で地面を叩いていく。一定の法則で叩く姿はまるで何かの合図を送っているようだった。
「この合図を覚えているかしら。あの時とは姿が違うけど私よ、“エレ”よ。話がしたいの。出て来てくれないかしら?」
エレと名乗った魔女は話し続ける。
「私の事が分かるならお願いよ、グノムス。姿を見せてちょうだい」
「グーちゃん!? どうしたの!?」
「何があった!?」
妖精たちを格納したまま地中にいた《グノムス》が動き出した。地上にいるログたちを離れ、どこかに進んでいく。
「いったい、どうしたんじゃ!」
ダロムとプリムが装甲を通り抜け直接、地中へと顔を出す。妖精たちの目には地上に立つ二人の女が映っていた。二人は機内へと戻る。
「じいじ、また知らない人がいたよ」
「ううむ。新手の魔女かもしれんな」
捕まえた魔女と黒剣の魔女。それとは別に外套で身を隠した女らしき姿があり、どういうつもりか地面を叩いていた。《グノムス》はその地下で止まり、地面を叩く魔女の姿をじっと眺めているようだった。
「グーちゃん、もしかして、あの人、知ってるの?」
「グーの字。まさか、魔女と知り合いなのか? ともかくノコノコと出て行くんじゃないぞい」
二人の足許が揺れた。《グノムス》が浮上を始めたのだ。
「こ、こりゃ! 人の話を聞かんか! 罠だったらどうするんじゃ!」
「グーちゃんのおともだちなの!?」
魔女たちの前で地面が淡く輝き、そこから《グノムス》が地上へと浮上した。
「……私だと分かってくれたのね。ありがとう」
外套の魔女エレが口許を綻ばせた。
トウが剣に手を伸ばすがエレがそれを手で制する。
「本当に久しぶりね、グノムス。ゆっくりお話ししたいところだけど今日は折り入ってお願いをしに来たの」
外套の女がトウに向かってうなずく。トウも《グノムス》の姿を警戒するが、姉魔女に従って後ろに控えた。
「あなたが捕らえているその子を解放して欲しいの。その子は私の“妹”のミュー。その子は魔力の供給を受けられないでいると命に関わってくる身なの。私も“妹”を見捨てたくはない。その代わり、話せるだけの情報をこちらも提供するわ」
《グノムス》は動かなかった。だが、しばらくして後頭部の装甲が開いた。プリムたちが潜んでいた隠し部屋の昇降口だ。
「グーの字、どういうつもりじゃ?」
「プリムたちが代わりに聞けってこと?」
頭だけ姿を現した妖精族二人を見て魔女エレがうなずいた。
「この時代でも妖精族を見るなんてね。いいわ、その人たちが代理人ね」
「グノムス、どういうつもりか知らんがワシは責任とらんからな」
ダロムが《グノムス》の肩に乗った。
「よく分からんが、せっかくの機会らしいし聞かせてもらうぞい。まず、お前たちは何者じゃ? 素顔ぐらい見せたらどうじゃ?」
「魔女。神族たちは魔族と呼んでいるわね。残念ながら素顔はお見せできないわ。借り物の身体でしかないからご迷惑をかけるわ」
「他人を操って出てきたってわけか? ふん、仲間思いの割には随分と用心深いわけじゃの」
ダロムの嫌味にトウが怒りを向けるが、エレがまた手で制する。
ダロムが疑わしそうに魔女たちを睨んだ。
「魔族のぉ。ワシもたいがいの種族は知っておるが魔族なんて種族、知らんぞい」
「貴方は長生きしてそうだからごまかせないわね。そう、私たちは作られた存在。魔女も魔族の名も私たちが自ら演じている名前に過ぎないというべきでしょう」
エレは冷静に答えていく。
「目的は何じゃ?」
「《アルターロフ》を“機神”として復活させる事。私たちはそのために魔女として動いているわ」
魔女は恐るべき目的をこれもまた静かに告げた。
「はっきり言いおったの」
「全ては“機神”とそれに抗う“狼犬”の戦いに結びついている。隠すつもりはないわ」
ダロムが眉間に皺を寄せる。
「そのお主たちは一度、天使に襲撃された勇士たちを助けておるな。それはどういう理由じゃ?」
「敵の敵だから」
「それだけでは納得せんぞい。“機神”の手先ならなおさら“狼犬”をそんな理由だけで助けはせん」
外套の下で魔女の唇が苦笑する。
「そうね。では一つだけ教えてあげるわ。私たちはあるものを探しているの」
「それは何じゃ?」
「“聖域”の“要”というべきもの」
外套の魔女の言葉にダロム、そして後ろから顔だけ出していたプリムがそろって首を傾げる。
「何じゃ、それは?」
「詳しくは分からないわ。そして、どう使うかも状況によって変わってくるわ。“狼犬”たちの行動次第とまでしか言えないわね」
「それが勇士たちを助ける理由と関係あるのか?」
「“狼犬”たちがその手がかりを握っていると私たちは見ているわ。だからあの時、天使たちに邪魔されたくなかったの」
ダロムが腕を組む。この魔女の言葉がどこまで本当かは分からなかった。
老妖精の姿を見て、魔女も口の端を歪めた。
「妖精さん。その姿は演技ではないのね」
「どういう意味じゃ?」
「貴方たちなら知っているかも、と考えていたの。妖精族は“神”の陣取る地下世界に近い住人と聞いてるわ」
「生憎じゃの。ワシらはその“要”とやらが何の事かも分からん」
「そう……でも分からないわね。“神”は自らの意思を表沙汰にしない。貴方たちの知らないうちに何かを託しているという事も考えられるわね」
反発するようにダロムが《グノムス》の頬に手をついた。
「貴様らに言われたくないぞい。“神”様のお考えが聞きたければ地下世界に行って自分で訊ねてみるんじゃな。ともかく、ワシは魔女とやらと取引するつもりはないぞい。お主たちが“機神”の手先と知ればなおさらじゃ」
エレがダロムの言葉を聞き流すように《グノムス》に近づく。トウが姉を止めようとするが構わずに鉄機兵の前に立った。もし、その気になれば鋼の腕が手に届く範囲だ。
「グノムス。あなたにはあの人の“命令”は通じなかった。だからお願いするわ。お願い、その中にいる妹の命を助けて」
「プリム、中に隠れておれ! おい、“あの人”ってのは何じゃ!?」
ダロムが大胆にも近づいて来た魔女に叫ぶ。
「私の主人よ。すでに“狼犬”にはご挨拶しているはず。そして、あの人と私はグノムスにとっての命の恩人のような立場。だからグノムスは私の呼びかけに応じてくれた。そうでしょう?」
《グノムス》は答えない。
「ミューがいなくても私たちの行動は変わらないわ。でも、私はその子を助けたい。その子もあなたと同じ、廃棄される運命にあった子なの」
外套の魔女が懇願するように告げる。ダロムと対峙する時とは違う切実な口調だった。
「あなたがその子の命を握っているの……早くその子を助けないと手遅れになる。お願いよ、グノムス」
しばらく、そこに居あわせた者たちの時間が止まる。
やがて《グノムス》の胸の装甲が開きだした。
「グーちゃん!?」
「グーの字!? お主、何をやっているのか分かっておるのか!」
妖精たちが慌てるが《グノムス》は搭乗口を開けてエレの前に差し出す。
内部には衰弱して動けなくなっていたミューがうずくまっていた。
「ミュー!」
トウが駆けつけ、姉魔女の代わりにミューを抱えて助け出す。
「……姉様たち……来てくれたんだ」
《グノムス》から離れるトウの腕の中で、蒼白な顔のミューが呟く。
「当たり前でしょう!」
トウたちが離れるとエレが外套で顔を隠しつつ《グノムス》を見上げた。
「グノムス。あなたは妹を助けてくれた。だから感謝の証として約束するわ。例え、“狼犬”たちとの戦いでも私や妹たちはあなたには危害を加えない。あなたの主人の戦乙女も、そちらから手出しをしない限りは手を出さないわ……もっとも、あの戦乙女は“狼犬”と一緒に戦いを挑むでしょうけどね」
エレも《グノムス》から離れると手から水晶を取り出す。
「──ごめんね。本当にありがとう」
水晶は封印した魔力で真紅に輝いていた。その水晶が砕けると同時に魔女三人の姿が消えたのだった。




