外套の下の素顔
外への門まで駆けつけたマークルフが見たのは、里の異変と慌てて避難する住人たちの姿だった。
見れば崖の一部が崩れ、民家が下敷きになっていた。
「──あれはッ!?」
目に留まったのは空に浮かぶ光球であった。
最初は小さく淡い光球が輝きを増して膨れ上がる。奇妙なのはそれ自体は目映い光の球だが尾を引くように真紅の燐光を放っているのだ。
拡大した光球が動き出した。それはマークルフの方に近づいて来る。
「マークルフ様!」
通路の奥から同じように異変に気づいたリーナが駆けつけて来た。
「隠れろ!」
マークルフは遺跡内に引き返すとリーナは抱えて共に床に伏せる。
同時に遺跡の外で爆発が生じ、爆風が内部まで吹き抜けていった。
「マークルフ様、あれは──!?」
「間違いねえ……俺を狙った天使の一体だ」
マークルフはリーナの腕を掴む。
「リーナ、俺から離れるなよ」
「どういう事ですか?」
しばらくして再び爆発がした。今度は遠くにある共同井戸が破壊されていた。
「この里は一見、田舎の里だがそこかしこにエンシア文明の遺産を隠している箇所がある。天使はそれを狙って破壊しているんだ。さっき俺を狙ったのも俺の“心臓”の魔力を感じたからだろう」
「でも、今は狙ってこない……?」
「ああ。予想通りだ。俺とリーナが一緒にいる事で魔力と輝力の気配を相殺し、天使も居場所を感知できないようだ」
マークルフは最初に天使たちに襲撃された時を思い出していた。あの時も《戦乙女の槍》の槍を手にしていたことで天使たちの追跡から身を隠せたのだ。
マークルフたちは身を隠して外を見回すが、天使の姿は確認できない。
やがて、その後ろからマリエルがやって来る。
「リファは?」
「シェルカ様と一緒に奥に避難させました。腕輪もしてあるので天使もすぐには気づかないでしょう」
「そうか……しかし奴の能力は一体、何なんだ?」
再び光弾が飛来する。真紅の尾を引く光弾は発射の間隔に時間があるが、その破壊力は大きい。
マークルフは自身の“心臓”の変動を確かめる。“聖域”の影響が弱まっているのは間違いないが、まだ天使が十分な力を出せるとは思えない。
「時間がかかるとはいえ威力は強い。しかも普通なら遠くから飛ばせば威力が落ちるはずなのに、そんな様子もねえ。どういう攻撃なんだ?」
リーナの手がマークルフの腕を掴み返す。
「そう言えば、あの天使と対峙した魔女が言っていました。確か、近くに居た方が威力が弱いような事を──」
二人の背後から光弾の姿を睨んでいたマリエルが二人の間に割り込む。
「……もしかしたら、対生成を応用した攻撃手段かも知れません」
「以前に“機神”がリーナを利用した手段か」
「証拠はありませんが予想される原理はこうです。天使は光弾の出現位置と自分の間の空間に対生成の力場を作っているのです。対生成自体は輝力と魔力が対となるため力の消費はゼロです。理論上は制限なく力場を広げられます」
マリエルは新たに里の上空で生成される光弾を睨みながら答える。
「その力場に核となる光弾を通すのです。力場を通る度に輝力と魔力は分離され、光弾自体は輝力を吸収して成長するのです。天使と光弾の距離が離れているほど引き離す魔力量が上がり、光弾を大きくさせる事が可能となるはずです」
「なるほど……それで魔力の尾を引いているように見えるのか。遠くなるほどに強力になる攻撃とはな」
マークルフは外の景色を睨む。
谷の崖、そしてその先には峰が続いていた。どこかに天使が潜んでいるはずだ。
「俺に考えがある」
マークルフはリーナの腕を掴んだまま立ち上がった。
「……マリエル、あれを用意しておいてくれ。リーナは俺と一緒に行動しろ。奴の懐まで接近して一気に仕留める」
「ですが男爵。天使に気づかれないように近づくのは容易ではありませんよ。天使は瞬時に場所を移動できる能力があるようです。それにリーナ姫と一緒でも近くまでいけば気配を読まれるかも知れません」
「分かってるさ。しかし、このまま好き勝手されてたまるか」
その間にも里で何度か爆発が生じ、遺跡にも我先に避難する住人が跡を絶たない。怪我人も出ているらしく、このまま“聖域”の影響が戻るのを待っているわけにもいかなかった。
山麓から谷を見下ろせる位置に外套の天使はいた。
「“機神”が掘り出されて長い年月が経っているのに、まだ人が残っていたとはね」
天使ウェドは谷の間に広がる里を睨みながら、その上空に光弾を出現させる。
外套の天使が光弾に手をかざし続けると、光弾は拡大していった。
ウェドは小さく息を吐く。攻撃は“聖域”の影響を受けにくいが、光弾の生成と意地には消耗を余儀なくされる。
ウェドは光弾を完成させると手を振り下ろした。狙いは里の居住区らしき遺跡だ。
しかし、光弾はどこからか飛んできた別の光弾と衝突し、空中で爆散した。
「これは──!?」
予想外の反撃にウェドは戸惑うが、すぐに冷静さを取り戻す。
(そうか、やはりあの魔導王国の尖兵が来ているんだな)
先ほど強い反応を感じたが、やはりあの強化装甲の戦士なのだろう。ここがあの戦士ゆかりの地である情報はすでに得ていたため、そこまで驚くことはなかった。
(そうなると、あの攻撃は強化装甲の攻撃か。確か魔力弾を発射する能力があったはず)
強化装甲《アルゴ=アバス》についての情報も“戦乙女の狼犬”の英雄譚と共にすでに聞かされていた。
ウェドはもう一度、光弾を発生させるがそれも拡大するのを待ち受けるように光弾をぶつけられて潰される。里を守ると同時にウェドの消耗を狙っているかのようだ。
(居場所はあの辺りか)
輝力でも魔力でもない異質な反応を感じていた。それはあの黄金の強化装甲と対峙した時と似ていた。不安定だが感覚は同じだ。
その反応が高速でこちらに近づいて来る。
(強化装甲の装置で輝力を感知できるなら、僕の居場所も分かるってことか)
ウェドはその場から姿を消した。
次に姿を現したのは先ほどの位置から離れた場所だ。
反応の移動が止まった。ウェドが転移したのに向こうも気づいたのだろう。
しばらくウェドは様子見をするが、異質な反応も動かない。
(僕を捕まえられないから、里を守ることに専念するつもりかな……とはいえ、あいつをどうにかしないとこちらも魔導王国の残滓を駆逐できないな)
ウェドは考えていたが、やがて反応が消えた。
あの光の鎧状態を解除したのかも知れない。それでも装着者ならではの魔力の反応があるはずだが、それも感じない。
(そうか、あの戦乙女がいる。前に襲撃した時も戦乙女の槍を持っていたことで魔力の反応を打ち消していた。多分、あれと同じだ)
ウェドはもう一度、転移して別の場所にある岩に身を隠した。鎧解除前に居場所を確かめていてもこれで不意になったはずだ。
また両者の位置の探り合いとなる。
やがて、一瞬だが魔力と輝力の反応を感じたが、すぐにそれらは消えた。
ウェドは岩に隠れたままそちらを直接、目で確かめる。
そこには身を隠す岩場があるが、誰かが動いた様子はない。
(移動する時にうっかり手を離した? それとも近くに来たから僕が感じられるようになった? どちらにしろ、あそこに隠れているのかも知れない)
ウェドは膠着状態を打破するために動き出す。
手をかざすと上空に光弾を作り始めた。
(逃げない……まだ見つかっていると気づいていないのか。それとも僕が騙されているのか)
ウェドは光弾を投げつけた。
同時に異質な反応を再び感じ、岩場から光に包まれたあの尖兵が飛び出す。光弾が着弾して爆発するが、その爆風から逃れるように尖兵は跳躍した。
尖兵は自分の身に明滅する光の鎧を纏っていたが、尖兵自身の放つ魔力の紋章と重なるように装甲が半ば光となって明滅している。
(そうか、向こうも“聖域”の影響が不完全だと、あんな感じになるのか)
尖兵が着地するが同時に膝をつく。そして光の鎧が粒子と代わり、一人の娘に戻った。
よく分からないが十分に力を発揮できないために変身が解けたのだろう。
「──残念だったね。せっかくここまで追いついて来たのにさ。マークルフ=ユールヴィング、そしてリーナ=エンシヤリスだったかな」
二人を倒す絶好の機会と見たウェドは二人の前に敢えて姿を見せつつ、上空に光弾を作り出す。
この目で確実に仕留めるのを確認するためだ。
「天使野郎!? なぜ、あの里を襲う!」
尖兵──マークルフがリーナを背中に庇いながら叫ぶ。
「理由? あるよ。魔導王国の幻想を捨てないバカな一族。もっと言うならフィルガス戦争の引き金となった罪深い一族かな」
「てめえ──何故そのことを!?」
ウェドは手をかざす。
「逆に僕も訊くよ。その鎧に変われる君は本当に戦乙女なのかい?」
ウェドは尖兵の背後の娘に訊ねる。
「……偽物にこんな芸当はできねえだろうさ」
「そうだね。じゃあ、魔導王国の尖兵に従っているのは何故だい?」
「俺の戦乙女だからさ。相手が同じ“神”の眷属だろうが関係ねえってよ」
マークルフが代わりに答えるが、リーナの表情もそれを肯定していた。
「そっか。だったら、君もここで倒すことになるよ」
「戦乙女は“神”の娘なんだろ? 天使がそれと戦うというのか?」
「君たちは僕たち“天使”について少し誤解しているようだから教えてあげるよ」
ウェドは背中に光の翼を広げる。
「僕たちはその存在と行動によって“天使”に選ばれたんだ。だから“神”が直接、止めない限り、僕たちは“神”に選ばれた僕たち自身の意思で行動する。たとえ、それが“神”の娘が相手だとしてもね」
光弾が完成する。
「ドラゴじゃないけど君たちの存在はやはり危険だ。排除させてもらうよ」
ウェドが手を振り下ろそうとした矢先、銃声が響いた。
左の光翼が吹き飛び、背中の外套が衝撃で破れる。
「──グッ!?」
ウェドは声にならない悲鳴をあげて膝をつくと、振り返る。
そこには銃を構える一人の女がいた。
(これは──そうか! 一緒に移動していたのは二人だけじゃない──)
ウェドが力の反応で居場所を確認することを逆手にとり、反応を感じない人間の女を伏兵に用意していたのだ。おそらく移動する時も彼女を抱えるなどして、近くまで一緒に行動していたのだろう。
ウェドが驚く隙に目の前に全身に光の装甲を形勢しながらマークルフが迫っていた。
「やはり、力の反応しか見てなかったな!」
マークルフの右腕に光の刃を出現し、それが一閃した。
ウェドは避けられずにその一太刀を浴びる。外套ごと斬り裂かれたウェドは残った力を振り絞ってその場から転移するのだった。
不完全ながら“鎧”を再装着したマークルフの一撃は天使を外套ごと斬り裂く。
その斬り裂かれた外套の下から現れた顔にマークルフは驚くが、天使も最後の力を絞り込むようにその場から転移して消えた。
「クソッ! 浅かったか!」
確実に手応えはあったが、仕留めるまでには至っていない。
相手の素顔に驚く暇もなく、マークルフはセンサーで天使の反応を探る。
「──野郎!?」
「男爵、あいつは!?」
対天使用の銃を持ったマリエルが駆け寄る。
「里の遺跡だ! リーナ、まだ行けるか!?」
マークルフは光の装甲を維持するリーナに訊ねる。“聖域”の影響が先ほどよりも弱くなっており、この変身がいつまで持つかは彼女次第だ。だが返事がない。
「どうした、リーナ!?」
『は、はい! ま、まだ何とか──』
リーナがようやく返事をする。その声に何か動揺が感じられたが、手負いの天使が里に向かった以上、それを気にしている余裕はなかった。
「急ぐぞ! 近くまで行けば──」
リファは長シェルカと共に奥の部屋に避難していた。
しかし突然、悲鳴と怒号、そして爆音が扉の向こうから響き渡る。
シェルカは動揺することなく、リファを庇うように前に立った。
轟音が響き、風圧で扉が乱暴に開かれた。
爆風が室内に流れ込み、リファは思わず目を閉じる。
「……どうやら、貴女が長のようだね」
その声に目を開けたリファは、声の主の姿に驚愕する。
それは外套姿の小柄な“天使”だった。外套は斬り裂かれ、天使の証である光翼も陽炎のように薄くなっている。
だが何よりも驚いたのは、斬り裂かれた外套から覗く醜悪な顔立ちと赤黒い肌だった。それは魔物のような顔であった。
「魔物の……天使?」
息を呑むリファの姿を見て、天使がその異形の表情を苦笑に変える。
「魔物か……こんな時代でまで、エンシアの残党に魔物呼ばわりか……時は変わらないな、まったく……」
天使がよろめく。背中の外套は破れ、弾痕と火傷が剥き出しの背中に刻まれていた。胸からも血が滴り落ち、息も荒い。迎撃に出た男爵との戦いで深手を負っているのは間違いないようだ。
「……ハハ、このざまじゃクーラに叱られちゃうな……せめて、ここにあるエンシアの残滓を……消して……」
扉の向こうから里の男たちが武器を手に救援に駆けつける。
「長を守れ!」
男たちは天使に向かって行くが、天使の光の翼が輝きを増す。その翼が男たちを撫でると衝撃を受けた彼らは弾き飛ばされる。揃って壁に激しく叩き付けられ、男たちは動かなくなった。
「……エンシアの幻影にしがみつく君らも……同罪だ」
「待ちなさいよ!」
リファは叫んでいた。
「何でここの人たちまで襲うのよ! あんたたちはエンシアの遺産が目的なんでしょう! それだけ破壊すればいいじゃない!」
怯む事なく逆に怒りを湛えて立ち向かうリファの姿に興味を持ったのか、異形の天使が足を止める。
「そうはいかないよ……ここの人間たちの持つエンシアの記憶……それ自体が、いつか“闇”を引き寄せる要因となる……抹消する必要があるのさ」
シェルカがリファの前に立つ。
「私がこの里の長シェルカです。殺したいならまずは私から殺しなさい」
長らしき毅然とした態度でリファを庇いながらシェルカが告げる。
「へえ、潔いね……少しは“聖域”の争いを引き起こした責任があるんだ」
その言葉にシェルカが口をきつく結んだ。リファがその姿に戸惑うと天使が言った。
「どうやら、赤毛の君は教えられてないようだね……過去に“聖域”の外から移住して来た里の一族はこの山岳地帯に“機神”が埋まっていることを知り……それを監視するためにここに隠れ里を作ったんだ」
「ここに“機神”が──!?」
「そう……そうやって“機神”の存在を長い間、外部に知られないようにしてたけど……だけど里の中から裏切り者が出てね……“機神”の存在を当時のフィルガス王に教えてしまった。それが現在まで続く戦いのきっかけとなったのさ……まあ、僕も直接、見たわけじゃない。昔から“聖域”を監視していた同志の受け売りだけどね」
シェルカは何も反論しない。この話は事実なのだろう。
「赤毛の君……人間ではないね」
異形の天使がリファを見つめながら言った。
「ここで〈ガラテア〉を見るとはね……そうか……君はフィーリアという娘の代わりに作られたのか」
「どうして、それを──」
「君の識別情報ぐらい見えるさ。東国の地下に〈ガラテア〉の施設があったけど……ここで活動している成体を見るとはね」
その言葉を聞いたリファが激昂する。
「あんたもあの城を襲ったのね!」
リファの憤りに天使が目を細める。
「ああ……なるほど、君はあの城の地下にあった研究所で生まれたのか」
「そうよ! あそこにはあたしの他にも、あたしのように生まれて来れた命があったかも知れないのよ!」
リファは生まれてまもなく亡くなったフィーリア王女の情報を元に、城の地下施設に保管されていた〈ガラテア〉の胚から生まれた。天使たちにとっては忌むべき施設の一つでしかなくても、リファにとっては同じ仲間が眠る地でもあったのだ。
「なるほどね……人造の命でも生まれて、幸せになれる未来があったのかも知れないか……」
天使はそう呟き、皮肉な笑みを浮かべた。
「……君は随分と幸せ者だね」
天使はまるでどうでもいいとばかりにさらっと言ってのけた。
「作り物の命にそんな権利はないってわけ!? どうせ滅ぼすから気にしないってわけ!?」
リファはさらに怒りを募らせて天使を睨み付ける。
「いや……僕が天使で君が〈ガラテア〉だからとか、そんな問題じゃない……もっと簡単な理由さ」
天使が荒い息の中、答えた。
「人造の命だろうと自然の命だろうと関係ない……全ての命が祝福されるわけじゃない……ただ、それだけの事さ」
天使の返答は淡々としていた。
「本物が望まれなかったから、人造の君が必要とされて作られた……命の価値なんて、真贋関係なく勝手に決められるもんさ」
静かにのし掛かる言葉に、リファは言葉に詰まる。
そして、そこまで言った天使も突然、表情を驚きに変えた。そしてシェルカとリファに向かって手をかざす。
リファは自分の腕輪を見た。現在、変動で影響がほとんどなくなっているのか、魔力レベルを示す針が高い数値を差していた。この状況では男爵たちも“光の鎧”を維持することができないはずだ。
「どういうことか……分からないけど……」
リファの前に小さな光点が出現する。その光点は魔力の燐光を放出しながら少しずつ輝きを増していく。
「まだ、死ねない……クーラたちに……伝えないと……」




