表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/135

古き一族と“狼犬”

 傭兵部隊と別行動するマークルフたちは渓谷の入り口に差し掛かる場所に来ていた。

「リファちゃん、これを渡しておきたいの」

 マリエルがリファを呼び止め、腕輪を差し出す。

 それは飾り気のない無骨な腕輪だ。普通と違うのは針が示す表示盤が組み込まれている事だった。

「“聖域”の変動がこの近くでも始まっているらしいわ。この辺もいつ異変が起こってもおかしくはないでしょう。特にリファちゃんは天使に狙われる可能性もあるから、異変にいち早く気づけるように用意したの」

 リファは腕輪を受け取ると珍しそうに見つめる。

「これを身に着けるとどうなるの?」

「それは魔力の変動に反応して針が振れるの。詳しい説明を省けば、リファちゃんは“聖域”外では魔力を放つ体質なの。変動で“聖域”の影響下から外れれば、リファちゃんの放つ魔力に反応して腕輪の針が振れる。それに少しだけなら腕輪が魔力を溜めてくれるから、天使たちに気づかれるまで多少の時間稼ぎもできるわ」

 そこまで説明して、マリエルが渋い顔をする。

「本当はもっとお洒落な物を用意したかったし、リファちゃんを道具にするようで申し訳ないんだけど──」

「いいよ。その方が役に立てるんでしょ?」

 リファは気にすることなく腕輪を左腕にはめた。

「頼むぜ、リファ。それじゃ先を行くか」

 マークルフが先頭を歩き、リーナたちもその後を歩き出した。

 それからしばらくの間、一行は巨大な渓谷の中を進んでいく。かつて川が流れていたらしき岩場が続いており、頭上の太陽と崖が織り成す光と影の道が行く手の広がっていた。

「男爵さん、どこまで行くの?」

「……向こうから迎えが出てきたようだ」

 リファの質問に答えたマークルフは足を止めて視線を先に向ける。

 渓谷の岩場に隠れるように二人組の少年たちがいた。二人は弓を持ち、すでに矢をつがえていた。

「止まれ。金目の物を置いてここから去れ」

 少年たちは恐らくリファよりも年下だろうか。相手は矢を向けながら脅すが、マークルフは身構える事なく言った。

「ルカの民の者だな。長のシェルカ殿にお会いしたい。マークルフ=ユールヴィングが会いに来たと伝えて欲しい。それで分かる」

 少年たちにとって意外な返答だったのか、警戒したままだが表情に戸惑いが見える。

「待て! お前たち、矢を下げろ。その方に無礼はするな」

 頭上から声がした。見れば切り立った崖に窪みがあり、そこ弓を持った壮年の男が陣取っていた。

 少年たちは陽動で、何かあればこの男が矢を放つ算段だったのだろう。

「急な訪問ですまない。長にお会いできるか?」

 マークルフは男に訊ねる。

「長に伝えて来ます。お前たち、この方たちを里にご案内しろ」

 男が崖の陰に消えた。

 代わりに少年たちが姿を現し、案内するように先を歩き出す。

 マークルフたちはその後を歩き出した。



 リーナたちが案内されて辿り着いたのは渓谷の行き止まりだった。

 崖が崩れて埋まっており、その跡が急な傾斜地となって目の前に広がっている。

 その傾斜地に段々畑や家屋や道が作られており、谷に隠れた一つの集落となっていた。

 何より目を引くのが傾斜地に沿った崖から半ば顔を出している遺跡だった。

 元は地下に埋もれていた古代文明の施設らしいが、崖崩れによってか地上に一部を晒しており、それがそのまま風化して遺跡となっているようだ。

 リーナたちは案内役の少年たちとマークルフの後を付いていきながら、傾斜地の道を上がっていく。

 そこには住人もいた。

 彼らは農作業に従事していたが、マークルフたちが近くを通ると手を休めて、客に対するように丁寧に挨拶をする。

 子供たちもいたが外部の人間が珍しいのか興味深そうに眺めている。

 一見、普通の田舎の住人のようだが、着ている服装が少し変わっていた。そして高齢の者たちが多いようだった。

「珍しいね」

 リーナと並んで歩いていたリファが囁く。

「男爵さんならこういう時は大袈裟に手を振ったりするのに、今回だけすごく真面目な顔してる」

 確かにリファの指摘通り、マークルフは神妙な態度を崩さずに黙って進んでいた。

 リーナはその背中を見つめる。

「……きっと、ここが“戦乙女の狼犬”にとって恩義ある人たちの居場所だからよ」

「どういう事?」

「立ち話では説明できないわ。わたしも話には聞いていたけど、ここに来るのは初めてだしね」

「マリエルさんは?」

 リファが後ろにいるマリエルに尋ねる。

「うちも初めてよ。前に姉さんが《アルゴ=アバス》の研究資料を貰う為に来た事があるけどね」

 やがて一行は遺跡の中に案内された。

 内部は改築を繰り返されており、古代エンシア時代の面影はなかった。住人たちが寄り集まって暮らしているのか、洗濯物や生活道具などが置かれており、すっかり住人たちの集合住宅地となっている。

 やがて奥の扉の前に到着した。その前には先ほど遭遇した男が立っていた。

「お待ちしてました。長がお会いになります」



 周囲には帳が覆い、その下に高座が設けられていた。

 マークルフは高座に対面する形で敷かれた絨毯の上に正座する。

 リーナ、リファ、マリエルの三人もその後ろに並んで座っていた。

「ご無沙汰しています、長殿」

 マークルフは静かに頭を下げる。

「よく来てくだいました、マークルフ殿」

 高座に座る長と呼ばれた女性が答える。

 彼女は長い黒髪を後ろで結わえ、単衣の衣装を身に纏っていた。齢は四十を越えるがその美貌は見る者を惹きつけ、長としては若いながら鷹揚とした姿が気品と魅力を引き立てている。

「後ろの皆様もようこそお越しくださいました。ここの長を務めるシェルカと申します」

 シェルカが声をかけるとリーナたちも恐縮しながら頭を下げる。

「長殿。本来なら使者を送ってお伝えしなければならないところですが、事情があり不意の訪問になりました。どうぞ、お許しください」

 謝罪するマークルフにシェルカは微笑みかける。

「遠慮は無用です。本来なら“心臓”を受け継ぐ貴方がこの一族の長でもおかしくはないのですから──ですが、ここに訪れたのには差し迫った事情がありそうですね」

 マークルフは顔を上げた。

「“聖域”の決壊が始まり、天使たちが姿を現し始めました」

 マークルフの言葉にシェルカの笑みが消える。

「そうですか……噂はここまで聞こえていましたが事実なのですね」

「はい。先日、俺の前にも現れました。先代ルーヴェンが《アルゴ=アバス》を譲り受けた時の約束は忘れていません。いつか天使たちが出現した時、奴らと戦うという約束は守るつもりです。しかし──」

「皆まで申すことはありません。ここも神族たちに狙われる危険があるのでしょう」

 マークルフは先を言わなかった。一族の祖先は神族たちの粛正から生き延びた者たちであり、ルーヴェンや自分たちに天使の存在を教えたのは他ならぬ一族、ルカの民と呼ばれる彼女らなのだ。

「まずはご忠告、お礼をいいます。子供たちだけでも疎開を考えていましたが急ぐとしましょう」

「他の人たちは?」

「子供たちの世話を任せる者を除き、私たちはここを離れるつもりはありません。この里と運命を共にします」

 シェルカは淡々と告げる。しかし、その決意が固い事はひしひしと伝わって来た。

「我らの祖はエンシア崩壊後、その遺産である《アルゴ=アバス》を守り続けて来ました。いつか、人の叡智が再び人々を導く時のために──ですが、その歴史を閉じる時がすでに来ているのでしょう」

 エンシアの崩壊は“機神”の暴走が引き金となった。そして“機神”が“神”に倒されて“聖域”に封印された後は、神族である天使たちが文明の残滓や生き残りの人たちを抹消し続けた。一族以外にもエンシア復興を誓った生き残りは多勢いたのだが、ことごとく消されていった。

 一族は彼らの無念と抵抗の歴史を受け継ぐ最後の生き残りであったのだ。

「《アルゴ=アバス》とその資料は英雄と優れた科学者の方々に託せました。そして、一族の血を引く者の中からマークルフ殿という若き英雄を輩出することもできました。ここが一族の幕引きとする時なのかも知れません」

 シェルカの姿には一族の最後を務めようとする者の悲壮な覚悟が感じられた。



 マークルフはシェルカと二人で積もる話をすることになり、リーナたちは別室で待つことになった。

 彼女たちが案内されたのは遺跡の奥にある資料室とでも言うべき場所だった。

 古い書物が陳列された本棚が広がり、マリエルが興味深そうに一冊ずつ手にしていた。

 リーナも用意された絨毯に座り、その一冊を広げて読んでいた。

「懐かしいわ。エンシア時代に読んでいた本みたいだわ」

 この本は一族が昔から所持している物だという。元はエンシア時代の書物らしいが、知識関係だけでなく美術、学術、娯楽や流行の本まで多岐に渡る種類がそれっていた。当然、当時の物が現存している訳ではない。ここにあるのは極力再現した写本であったが、エンシア時代の文化を彷彿させるとても貴重な資料である。

 あの寂れた集落の奥にこのような知識が眠っているとは話に聞いてなければ想像もできなかっただろう。

「ここの一族はエンシア時代の知識を守っていると聞いていたけど、科学技術だけの話ではなかったみたいね」

 マリエルが感心するように言った。

「でも、それならリーナお姉ちゃんがまさにエンシアの遺産だよね。何しろ、エンシアの王女様だったんだからさ」

 二人の様子を眺めていたリファが言った。

「そんな事ないわ、リファちゃん。わたしだってエンシアの全てを知っているわけじゃない」

 時を越えて再び手にした古代エンシアの書物にリーナはずっと目を落とす。

「忘れていたつもりはなかったのに──随分と忘れていたんだって事も多いわ」

 エンシアの王宮でいつも目にしていた本。

 当たり前のように空にそびえていた施設。

 意識しなくても常にどこかで聞こえていた音楽。

 いつも王女として遠くから眺めていた人々の行き交う姿と喧噪。

 そして、その全てを灰燼に帰した終焉の炎──

 書物の記録を引き金に、リーナの脳裏に在りし日の記憶が甦る。

 故郷はすでに数百年以上も前の過去の存在であるが、ずっと眠っていたリーナにとってはまだ思い出すことのできる過去なのだ。

「そう、忘れてはいけない……生き延びたわたしが忘れてはいけないのよ」

「お姉ちゃん……泣いてるの?」

 リファに遠慮がちに言われ、リーナは涙を浮かべているのに気づく。

「え、ええ……ごめんなさい。懐かしくなったのね」

 リーナは慌てて涙を拭くと笑顔で取り繕う。

「確かに、ここはエンシアの人たちの願いが集う場所なのかも知れません」

 マリエルが本棚を見渡しながら言う。

「“聖域”の外に存在したエンシアの遺産は長い年月をかけて、神族たちによって破壊され尽くしたと聞きます。皮肉な話ですが魔力が乏しくて機械を使えないこの“聖域”が、エンシアの遺産を神族から守って来た聖域でもあるのです。この部屋はその象徴と云うべき場所なのでしょうね」

 リーナが本をジッと見つめる。

 あの災禍から生き残った人々がおり、彼らは必死で祖国の記憶を残そうとした。

 そして、それをエンシアの生き残りであるリーナが目の当たりにしている。

 時を越えた無言の願いが彼女に向けられているような気がした。

 思い詰めるリーナの隣にリファが座る。何も言わないがきっと励ましてくれているのだろう。

「──あたしさ、男爵さんがあんなに畏まってる姿、初めて見た」

 リーナが本を閉じると、リファが話しかける。

「そうね。ここはマークルフ様の故郷であると同時に、《アルゴ=アバス》を譲渡してくれたユールヴィング家にとっても恩のある人たちの場所だからね」

「その話ならあたしも教えてもらった。先代のお祖父様の痛恨話の一つだって」

「そこまで教えてくれたんだ」

「でもさ、それにしても畏まり過ぎな気もするけどさ」

 リーナは少し考えるが、やがてうなずく。

「だったらもう一つだけ教えてあげる……先代様が《アルゴ=アバス》を受け継ぐ時、当時の長だった人が亡くなっているのよ」

 リーナが言うと、リファが驚く。

「何かあったの?」

「ここの人たち──ルカの民は《アルゴ=アバス》を一族の宝として大事に管理してきた。だけど一つだけ、ただ閉まっておく事のできない物があったの」

「それは?」

「制御装置である“心臓”よ。“心臓”の移植技術を忘れず、いざという時に“心臓”に不備があったなんて事が絶対にないように、一族の長が代々“心臓”を埋め込んで管理してきたそうよ」

 リファが何かに気づいたような素振りを見せる。

「じゃあ、男爵さんのお祖父様が《アルゴ=アバス》を譲り受けた時は──」

「《アルゴ=アバス》を渡す時に当時の長が自分の命と引き換えに“心臓”を渡したの。あのシェルカ様の御母上だったそうよ」

 リファも返す言葉が見つからず、口を閉じる。

「先代様も後になってそれを教えられて、知らなかったとはいえ犠牲を強いた事をずっと後悔していたそうよ。それも先代様の痛恨話の一つ。だから、後を継ぐマークルフ様も先代様の願いを汲んで、ここの人たちには恩義ある相手として対するのよ」

 足音が聞こえた。

 やって来たのは先ほどの男だった。

 男はリファの姿を確認すると声をかける。

「君がリファちゃんだね。マークルフ殿がお呼びなんだ。来てもらえるかな」

「あたし? お姉ちゃんじゃなくて?」

「ああ。長の前で話をしておきたい事があるらしい。君も関係あるらしくてな」



 マークルフとシェルカの前にリファが案内されてやって来た。

「リファ、そこに座って話を聞いてくれ」

 リファが頷いてマークルフの隣に座る。

「長殿。丁度良い機会なので《アルゴ=アバス》の今後の管理について決めておきたい事があります」

 マークルフは言った。

「もし俺に何かがあった時は副長のログに“心臓”を預ける事までは決めていました。今から決めたいのはその後の事です」

 マークルフは表情を更に引き締める。

「これから何が起きるかは分かりません。もし俺とログが倒れる事態となった場合、鎧自体はクレドガル王国に管理を委ねたいと思います」

「そうですか。確かに、ここで鎧を預かるのはもう限界かも知れません。ですが、その言い方では“心臓”は別の誰かに預けるつもりのようですね」

「はい。“心臓”はブランダルク国王フィルアネス陛下に委ねたいと考えています」

 リファが驚いて目を見開いていた。

「貴方がそこまで見込んでいる国王様なら間違いはないと考えてよろしいのですね」

「はい。若いながらに俺よりもしっかりした国王です。クレドガルの陛下と共にあの鎧の有用な使い道を考えてくれるでしょう」

 マークルフは願うようにシェルカに頭を下げる。

「……男爵さん」

 リファが悲しげに呟くが、マークルフは顔を傾け、リファに見えるように口許を釣り上げる。

「まるで俺が死にに行くような言い方するな。俺だって兄貴にこれ以上、面倒を押しつける気はねえよ。ただ、こういうのは早めに決めておくのに越したことはないだろ?」

「優しい娘さんね」

 シェルカが微笑む。

「リファさん、貴女がブランダルク国王様の妹君であることは伺いました。その貴女をずっと守ってきたフィルアネス陛下ならきっと正しく鎧を扱ってくださるでしょう」

「では──」

「ただし、一つだけ条件があります」

 マークルフが顔を上げてそれを聞こうとする。

 その時、リファが自分の腕に目を向けた。

「男爵さん──!?」

 マリエルから渡された腕輪の針が振れていた。反応はまだ弱いが魔力レベルの変動が起き始めている兆候であった。

「こいつは……」

「何かあったのですか、マークルフ殿?」

「嫌な予感がします。念のためにここの人たちに避難を──」

 マークルフは杞憂であることを願いながら言うが、それを踏みにじるように爆音と人々の悲鳴が伝わった。

「男爵さん!?」

「リファ! ここに残れ! 顔を出すな!」

 マークルフは急いで駆け出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ