始まりの地
《アルゴ=アバス》──ユールヴィング家が受け継ぐこの強化鎧は古代王国エンシアの遺産である。
“機神”の暴走を止めたその性能、そして使用した“狼犬”の知名度もあって“聖域”内で最も知られた古代兵器であるが、それを何故ユールヴィング家が受け継いでいるのか知る者は少ない。
エンシア末期に開発された《アルゴ=アバス》はある一族によって守られてきた。
彼らは本来、“聖域”外の世界に生きる一族であった。
一族はエンシア文明滅亡後、その復興を試みた生き残りの末裔だが、その夢は文明の残滓すらも破壊していく神族たちによって潰えた。生き残った彼らもまた危険分子として神族たちに追われ続けた。
エンシアの遺産を抹消しようとする神族たちから逃れるために、一族は神族が踏み込めない“聖域”に移住したのだ。
一族は“聖域”内でその存在を隠し、《アルゴ=アバス》を秘匿し続ける。
強化装甲の最高傑作ともいえるこの鎧は地上に遺されたエンシアの叡智と力の結晶であり、一族の象徴でもあったのだ。
数十年前、隠れていた一族の前に一人の傭兵隊長が接触する。
その傭兵隊長──ルーヴェン=ユールヴィングは自分たち傭兵の命を捨て駒とするフィルディング一族に叛旗を翻していた。
そして、フィルディング一族が世界の災厄“機神”を発掘し、その力で世界を手中に収める野望も突き止めていた。
ルーヴェンは“機神”復活を阻止するために《アルゴ=アバス》を必要としたのだ。
余所者を受け付けない一族は最初、ルーヴェンの申し出を拒否した。
しかし、フィルディングの野望が世界を混乱させ、それに抗戦するルーヴェンの姿を見た時、彼らも考えを改める。“狼犬”を英雄であると認め、“機神”と戦うための力として《アルゴ=アバス》を託した。
ルーヴェンにとっても一族にとっても、時を越えて世界に仇なす“機神”は戦うべき敵であったのだ。
一族の助けを借り、ルーヴェンが“機神”復活を阻止したことで戦争は終結する。
《アルゴ=アバス》は“機神”を止めたルーヴェンにそのまま託される形となった。
やがて世界に平穏が甦ると、一族の中で意見が分かれ始めた。
英雄に鎧を託して自分たちはそれに従うべきという意見と、一族の宝を余所者に明け渡したままでいるべきではないという意見だ。
しかし《アルゴ=アバス》を制御する“心臓”はルーヴェンに埋め込まれており、英雄の命を奪ってまで鎧を取り戻すこともできないため、一族の象徴を余所者に渡したまま一族内で不満は燻り続けた。
ある時、一族の中に鎧を流出されたままの現状に納得できない若者が現れる。
世間より隠れ続け衰退する一族においてなお血気盛んだった若者は、クレドガルの男爵となったルーヴェンの許に向かった。
若者の目的はルーヴェンの持つ《戦乙女の槍》であった。
ルーヴェンの持つ秘宝を手に入れることで、《アルゴ=アバス》を奪われた自分たちの無念を晴らすという目的だ。
つまり完全な逆恨みであったが、若者は槍の奪取を試みた。
城に忍びこんだり、遠征したルーヴェンの隙を突いて盗もうとしたり、行きつけの酒場の酒に薬を仕込もうとするなど手段を選ばなかった。
しかしながら、若者のあらゆる策略はことごとくルーヴェンに見抜かれ、その計画はどれも散々な結果に終わった。
ルーヴェンにしてみれば自分に無謀にも挑んでくる若者とのやりとりがいつの間にか気に入り、次にこの若者が何をやって来るのか楽しみですらあった。
若者の方もルーヴェンと対決することで次第にこの英雄の人柄と実像を知っていく。そして不本意ながらも鎧の主に相応しい英雄として認めるようになっていた。
若者はやがて槍を諦めて帰郷することを決めるが、去ろうとした若者のその行く手を一人の娘が阻む。
彼女はルーヴェンの娘ウルダであった。ルーヴェンと若者の対決を間近で見て、自分も関わってきたウルダはこの若者といつしか恋に落ちていたのだ。
若者は娘の願いに応え、駆け落ち同然に旅立っていく。
後になってそれに気づいたルーヴェンはこう叫んだと記録されている。
『娘ドロボウーーッ!!』と──
「……これが俺の親父とお袋のなれそめさ。『ルーヴェン=ユールヴィング五つの痛恨の極み』と呼ばれる逸話の一つだ」
マークルフは説明をそう締め括った。
彼は幌馬車の中にいた。外はすでに夜になっており、周囲には〈オニキス=ブラッド〉の傭兵たちが行軍している。
「そっか。その男爵さんの両親が駆け落ちした先がこれから行く一族の隠れ里って所なんだ」
荷台の縁に座るマークルフの足許にリファが毛布を被って寝そべっていた。
リーナとマリエルは奥の方で毛布にくるんで眠っており、リファだけが両手で頬杖をしながらマークルフの昔話を聞いている。
マークルフたちが身を寄せているのは傭兵部隊〈オニキス=ブラッド〉の分隊だ。
伝説の傭兵“戦乙女の狼犬”の名を継ぐユールヴィング家は傭兵稼業も生業として続けており、自らの部隊を依頼により各地に派遣している。つまりは出稼ぎであり、この部隊もその一つだ。
今回、彼らは傭兵ギルドから魔物討伐の以来を受け、旧フィルガス地方北東の山間部を進んでいた。夜に行動しているのも標的の魔物が夜行性のためだ。
だが、それは表向きの理由だ。
依頼主も夜行性の魔物退治の内容も全てがでっち上げだ。自分たちを捜索する追手の目をごまかすためにマークルフが仕組んだ偽依頼であった。
リファもそこまでは知っていたが目的地については何も知らされておらず、たまたま目を覚ました時に同じく起きていたマークルフに質問したのだ。
マークルフの話はリファの質問に対する答えだった。
「そういう事だな。その一族の隠れ里は俺の生まれ故郷でもある」
「そうなんだ。男爵さんのご両親はその後、どうしたの?」
「俺が小さい頃に亡くなった。事故でな。その後、俺は祖父様に引き取られた」
「……そうなんだ。ごめん」
「謝る必要はねえさ。正直、俺も小さくてよく覚えていなくてな」
後にマークルフの両親となる若者とウルダは不幸な事故に巻き込まれ、命を落とした。しかし、その二人の間に生まれた子供はルーヴェンに託された。
ルーヴェンは娘の忘れ形見でもあるマークルフを大切に育て上げた。
そして《アルゴ=アバス》の処遇を巡って意見の分かれていた一族も、その血を引くマークルフが必然的に《アルゴ=アバス》の後継者となることで対立は収まり、鎧はそのままユールヴィング家に託された形になったのだ。
「ふーん……ところでさ、お祖父様の痛恨話の残り四つってどんなのがあるの?」
「それは秘密だ」
「ええ、ケチ」
「何とでも言え。ユールヴィング家の重要機密はリファといえど、おいそれとは教えられんな」
リファは不服そうな顔をする。
「いいもん。リーナお姉ちゃんに代わりに教えてもらうから」
「何でリーナが知っている前提なんだ?」
「知らないの?」
「……いや、知ってるけれどな」
「リーナお姉ちゃーん」
「堂々と重要機密を聴きに行くんじゃない」
リーナの毛布に侵入しようとしたリファをマークルフはたしなめる。
やがて二人は互いに笑みを浮かべた。
「すまねえな。事情がなけりゃ大手を振って観光させてやったんだがな」
「謝る必要ないよ。あたしも隠れて生活するのは昔から慣れてるからさ」
「それも悲しくなる話だな」
リファが毛布の下からマークルフの顔を見上げる。
「……ありがとう、男爵さん」
「どうした? あらたまって」
「あたしさ。自分が人間じゃないと知って、そしてブランダルクのあの山で“機竜”が落ちてくるのを待っていた時──自分は生まれてきたらいけなかったんだって思ってた」
リファがマークルフにだけ聞こえるように静かに呟く。
「だからさ、男爵さんとリーナお姉ちゃんが助けに来てくれた時、とても嬉しかった。こうしてまた一緒に旅が出来て、とても楽しいよ」
マークルフは黙って話を聞いていたが、やがて大仰に呆れた顔をして見せる。
「おまえも安い女だなぁ」
「何が?」
「おまえはこの“戦乙女の狼犬”を助けた恩人なんだ。本当ならこのフィルガスの地だって超貴賓待遇で旅が出来て当然なんだぜ」
マークルフは口許を大きく歪めて笑みを作る。
「よーし。いろいろ片付いたら俺が自ら観光案内してやる。当然、俺のおごりでな」
「ほんと!? 美味しい名物とかある?」
「味は保証しないが好きなだけ食わせてやる」
「やったぁ」
毛布が大喜びする手足で波打つ。
「ははッ、食い物で大喜びしてると本当に安い女と思われるぞ」
「いいもん」
リファはそう言いながら、もう一度マークルフを見上げる。
「……その時はリーナお姉ちゃんも一緒だよね」
マークルフはこちらに向けられたリファの瞳に一抹の不安を見て取る。
視線を上げるとすぐ背後でリーナはこちらに顔を向けて眠っていた。
無防備に寝息を立てている姿を見て、マークルフは笑みをこぼす。
「当たり前だろ」
やがて一行は山間部にある谷に到達した。
ここから先は分隊と別行動となり、マークルフとリーナたちだけで進む事になる。
「合流時間はさっき決めた通りだ。頼むぜ」
「ええ、隊長。お気を付けて」
分隊長が挨拶をすると部隊に出発の用意を告げる。彼らは周囲の目をごまかすため、嘘の依頼を遂行するために行動をすることになっていた。
マークルフは先を行こうとするリーナたちに告げる。
「ちょっと待っててくれ。俺はもう少し打ち合わせがある」
「何かあるの?」
リファが聞くがマークルフは不敵な笑みを浮かべる。
「こっから先は傭兵の裏話だ。新米傭兵にはまだ早え」
新米扱いされたリファがちょっとむくれるが、すぐにリーナに諭されて一緒に先を歩いて行く。
分隊長と二人になったマークルフはそっと呟く。
「……てめえの部下に一人、左目の上にデカいホクロがある奴がいるだろ?」
「……アイツが?」
分隊長もマークルフの意図に気づいたのか、声を潜める。
「そっちも睨んでたか。ここに来る途中、奴と話をしたが、どうも俺がエレナ=フィルディングを保護する前提で話をしている節があった」
「隊長が人を探しているとまでは伝えてますが、保護するつもりとまでは伝えてませんぜ」
「ただの人捜し、あるいは命を奪うつもりかも知れねえのに──だ」
マークルフが言うと分隊長が苦虫を潰したような顔をする。
「すみません。隊長を探すなら当然、自分たちの所にも密偵を潜ませると考えて警戒はしてたんですがね」
「別に証拠がある訳じゃねえ。どうするかはそちらに任せる──傭兵稼業の裏の裏はまだ新米には見せられんからな」
「承知しました」
「頼んだぜ。ここから先は俺も厄介事を抱えたままで顔を出したくねえんだ」
マークルフはそう分隊長に告げると笑顔で手を挙げて、彼を待つリーナたちに合流するのだった。
山の頂き近くの岩場。
そこに外套姿の二人組が立っていた。
「思ったより決壊の影響が早いね。ドラゴたちが言った通り、魔族が手出ししてるみたいだね」
外套姿の天使ウェドが口を開く。
「魔族たちも“聖域”内の行動範囲を少しでも広げたいのでしょう」
少女天使クーラが答える。
決壊による変動で、この地の“聖域”の影響が消えかかっていた。そのために天使たちはここに出現できたのだ。“聖域”の影響外でしか活動できないのは天使も魔族も一緒なのだ。
「クーラ、この先は僕が行くよ」
「“聖域”の影響は完全には消えていません。十分に力を奮えませんが一人で大丈夫ですか?」
「だからだよ。不完全な影響下なら僕の能力が一番使いやすいし、魔族たちだって出て来ないよ」
「そうですね。分かりました、頼みます」
そう言ってクーラは麓の方を見る。
「五百年前、“神”との戦いに敗れた《アルターロフ》はこの地に埋まっていたそうです。それを数十年前、この地の人間の王が掘り起こし、“聖域”外に持ち出して覚醒させようとした──それが全ての始まりだそうです」
「あんな災厄の力を何百年過ぎても忘れることなく、時を経て目覚めさせようとする……馬鹿な話だよね」
「それこそが“闇”の恐ろしさなのです。力を求め、知識を求め、欲望のままに求め、求める者を利用してさらに求めようとする……悠久の時ですら消すことのできない人間の業そのものを“闇”は糧とするのです」




