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魔剣が待つ者、そして持つ者(2)

  森人の天使ドラゴは戸惑っていた。

目の前には全ての光を拒絶する闇の真円ともいうべき光景が広がっている。

 “聖域”外縁部で立て続けに魔族たちの気配と力を感じたドラゴたちは急遽、この場に駆けつけたのだが、目撃したのは見たことのない異変だった。

『……あれはいったい何だ?』

『おそらく、闇の深淵と繋がっている』

 強力な力が炸裂した痕跡である巨大な窪地。それを挟んだ向こう側で別の魔女と対峙するファウアンの声が脳裏に響いた。天使同士が使える精神感応による会話だ。

『何だと!? それではまるで“機神”と一緒ではないか!?』

『いや、闇の特異点とは違う。あの闇の真円はこの世界と闇の領域を干渉させない検閲空間だ。その奥に闇の深淵が隠されているが向こうからはこちらに干渉できない。こちらも直接、踏み込むことはできまい。通ることができるのは闇の魔力に還元できる霊力だけだろう』

 ファウアンの言葉を示すように目に見えない膨大な霊力が闇の真円の中に吸い込まれて消えていた。

『直接の実害はない。しかし、放置しておけば“聖域”の決壊に影響が出る』

 ファウアンが鉄の手甲に覆われた獣の右手を開く。その指の関節が鳴る。

『つまり、魔族どもを止めればいいのだろ』

 ドラゴも両拳を打ち合わせて手を広げた。その間を光糸が伸びる。

 黒剣を構える魔女がからかうように笑う。

「やる気なの? ものは考えようよ。決壊が進めばあなたたちも“聖域”内に干渉しやすくなって助かると思わない?」

「黙れ! 貴様らの好きにはさせん」

 ドラゴは宝石のくないを結び付けた光糸を振り回しながら、黒剣の魔女と対峙する。

 ファウアンももう一人の魔女が従える鉄巨人と向かい合った。



「いったい、何故あの魔剣を──?」

 突然、訪れた副長ログの申し出に驚くケウン。ログは懐から取り出した親書を手渡す。

「マークルフ閣下からの親書だ。詳しくはそこに記されている。もし、魔剣を返却できなかった場合は閣下がこの村全員の生活が成り立つように援助してくれる」

 古の勇士シグが遺したといわれる伝説の魔剣。それはエールス村の象徴として長らく管理されており、その伝説を生活の糧とする村人たちの命綱でもある。

 旧フィルガス地方の英雄である“狼犬”の頼みであっても、ケウンたちがおいそれと承諾できるものではない。

「この村の死活問題であることも承知している。しかし、戦乙女の武具である魔剣をこのまま置いておけばいずれ天使たちに狙われる危険がある。何より、この先にその魔剣の力が必要となるかも知れないのだ」

 ケウンはしばらく親書に目を通していたが、やがて顔を上げた。

「……危急の事態が迫りつつあるのは理解しました。私もここ最近の“聖域”内の異変は耳にしています。いったい何がこの“聖域”に起きようとしているのですか?」

「それはわたしにも分からない。だが、いずれ来る。この“聖域”全てを揺るがすほどの運命と戦いが──」

「副長殿はそこまで確信されておるのか」

 ログは革手袋に覆われた自身の左手を握り締めた。

「教えられたのだ。わたしに剣を託したお方と──救うことのできなかった人からな。その人たちとの約束を、わたしはどうしても守らねばならない」

 ケウンも握り締めた左手にログの決意を見るように視線を向けていた。

「……もし、それが仮に副長殿のお命と引き換えにしてもですかな?」

「そのために生き存えた命だと思っている」

 ケウンの試すような問いかけにもログは躊躇うことなく答える。

 老神官はしばらく思い悩み続けた。その双眸が勇士の伝説として壁に彫られた魔剣と娘の姿を映す。

「……承知しました」

 ケウンが答えた。

「確かにその天使たちに襲撃されれば、こちらはひとたまりもありますまい。村と魔剣を預かる者として“狼犬”と副長殿に魔剣を託しましょう。なに、こちらの商売には必ずしも本物の魔剣が必要ではありませんからな」

「感謝する、神官殿」

「しかし、ケウン様。あの魔剣は次にいつ抜けるか分かりませんよ」

 隣で控えていた手伝いの村人が言う。

 シグの魔剣は普段、聖所の奥にある岩に突き刺さったまま眠っている。その魔剣は魔剣自体が認めた者か、“聖域”の影響で魔剣の力が一時的に緩むその時しか抜けないのだ。

「うむ。これだけはこちらも自由にはできません。副長殿、もし魔剣が抜けたらその時はこちらから使いを走らせましょう」

「いや、許されるなら今からわたしが預かりたい」

「副長殿が? いえ、確かに副長殿がガチにお強い剣士なのは知っておりますが、それで魔剣が認めるかどうかは──」

「試させてくれ。わたしには仲介者がいる」

「仲介者?」



 黒剣の一撃を躱したドラゴが光糸を放つが、真紅に輝く刀身で魔女は光糸を払い飛ばす。

 刀身の魔力で光糸を弾いた魔女が笑みを浮かべて懐に踏み込んだ。

 魔女の続けざまの斬撃をドラゴは紙一重で躱していくが、地面の石に足を引っ掛けて地面に倒れる。

「もらった!」

 倒れるドラゴに魔女が剣を振り下ろす。

 ドラゴは両手で握る光糸で剣の一撃を受けた。細い光糸が火花を散らしながら刃を眼前で止める。さらに背中から光翼を広げるとそれで魔女を挟み込む。

「チッ!?」

 魔女が光翼を嫌がるように後ろに下がるが、その時にはドラゴの姿は消えていた。

 魔女が目を見開く。

 背後にドラゴが立っていた。手した黄金葉を付けた枝針が魔女のうなじに向けられていた。

「……油断大敵ね。あなたを懐に近づけるのも危険ということか」

 ドラゴが顔をしかめる。

 魔女が黒剣を逆手に持ち直し、背後に立つドラゴの腹に突き付けられていた。

 両者は互いに得物を引くと間合いを離して仕切り直す。

 一方、ファウアンも鉄巨人と戦っていた。

 細身とはいえ鉄の巨人は巨漢のファウアンをも上回る大きさであったが、その動きは素早く、ファウアンを狙って拳や蹴りを執拗に繰り出す。ファウアンは守勢を強いられていた。

(動きだけではない。反応速度も機械のそれではない──)

 ファウアンは離れて様子を見守っている黒髪の魔女に視線を向ける。

(こいつは自律行動型じゃないな。奴が直接、操っているということか)

 鉄巨人が右拳で殴りかかる。

 ファウアンは逃げるのを止め、迫る鉄の拳を左掌で受け止めた。地面に足を踏みしめて鉄巨人の重い一撃を受けきった左手が輝く。掴んだ鉄の拳にファウアンの指が食い込み、その鉄の手を破壊する。

 さらにファウアンは輝力を纏った右手を構え、手刀で鉄巨人の腹を貫いた。

「ぬおおぁッ!」

 ファウアンは刺し貫いたまま鉄巨人を持ち上げると、それを魔女へと投げつけた。

「ちょ、ちょっと!?」

 魔女が慌てて下がった場所に鉄巨人が地響きをたてて落下する。

 その真上をファウアンが跳躍していた。

「やはり注意が逸れると操作ができないようだな!」

 動揺する魔女の前に着地したファウアンが右手を振り上げる。

「ミュー!!」

 黒剣の魔女が剣を投げつけた。ファウアンはそれを躱すが、その間に黒髪の魔女は後ろに下がり、鉄巨人を立ち上がらせる。

 しかし、仲間を助けた魔女がドラゴの光糸に捕まる。上半身を光糸に巻かれ、黒剣の魔女は動きを封じられた。

「終わりだ!」

 ドラゴは枝針を握ったまま飛びかかり、身動きの取れない魔女の眉間に針を突き立てようとする。

 しかし、その直前にドラゴが後ろに飛び退いた。着地したドラゴの胸元にはうっすらと刀傷が付いていた。

「惜しい。外しちゃったか」

 黒剣の魔女が妖艶に笑う。

 その目の前に手放したはずの黒剣が宙に浮かんでいた。

「わたしの動きを封じたぐらいじゃ、わたしの剣技は封じられないわよ」

 黒剣の刀身が真紅に輝くと剣が巨大化する。

「ミュー、あなたの人形を借りるわよ」

 もう一人の魔女を守っていた鉄巨人が跳躍し、黒剣の前に着地すると巨大化した剣を左手で握った。

「右手が潰れちゃってるけど、あの森人ぐらいなら片手でいけるでしょ」

 鉄巨人が巨大な黒剣を構えた。その姿は黒剣の魔女の構えを彷彿とさせるものだった。

 巨人を持っていかれた黒髪の魔女が肩をすくめる。

「あらら、姉様が持っていっちゃったか」

「貴様は手ぶらでどうするつもりだ?」

 ファウアンが油断なく近づく。

「ご心配なく。別のおもてなしを用意しているわ」

 空を風が横切る。

 上空を機械の竜が旋回してファウアンを威嚇する。

「“機竜”……いや、強行偵察用の翼竜タイプか」

「ご名答。狼頭さん、結構詳しいのね」

 魔女が挑発的に微笑む。

 翼竜が嘴に似た顎を開くと咆哮した。

「ぬうッ!?」

 ファウアンが両腕を交差させて身構えると同時に周囲を衝撃波が走り、ファウアンを後ろに吹き飛ばす。

「この子の武器は指向性衝撃波。あまり攻撃力はないけど地味に効くわよ」

 ファウアンは光の翼を広げて飛翔すると、上空の翼竜へと向かう。

 機械の翼竜が咆哮するが、その衝撃波を躱したファウアンはその手を翳して翼竜の頭に掴みかかった。

 しかし、直前に翼竜の姿が消え、その手が空を切る。

 戸惑うファウアンの背中を衝撃が襲い、地表に向かって吹き飛ばされた。

「跳躍か!?」

 ファウアンは身体を捻って地面に着地する。

「そう。短い距離なら空間跳躍が可能なのよ。エンシアの偵察型にはよくある能力だから、狼頭さんもご存じじゃないかしら」

 魔女がほくそ笑んだ。

「見たところ、その身体はエンシアの技術で改造されたものね。そうそう修理の効く身体じゃないみたいだし、こうして地味に削られるのが一番、嫌な相手じゃない?」

 不意に真上から衝撃波が襲い、ファウアン思わず膝をつく。

 真上にいつの間にか、翼竜が翼を広げていた。

 一方のドラゴも鉄巨人の攻撃を避けるのが精一杯であった。

 ドラゴも優れた体術の使い手だが、鉄巨人が繰り出す練達な剣技の前に反撃を仕掛けられないでいた。

『……ドラゴ、撤退だ』

『逃げろというのか?』

 ファウアンの“声”にドラゴが反発する。

『悔しいところだが、このままでは良くても相討ちが関の山だ』

『しかし──!?』

『奴らの妨害はできた』

 ファウアンが闇の“門”を見ながら答える。そこには今までになかった真紅の火花が現れ始めていた。

『俺たち“光”側の力が近くで発動したせいで、あの空間は不安定化を始めた。時間はかかるだろうが放置してもいずれは消失する──我らも無駄死はできん』

 森人は悔しそうに顔をしかめるが、黄金葉の針を持つ手を下ろす。

 天使たちの姿が消えた。



「……何とか退けたわね」

 天使たちが撤退し、光糸の緊縛から逃れた黒剣の魔女が剣を元に戻して鞘に収める。

「でも“門”を潰されたわ」

 火花を散らす“門”を見ながらミューが不服そうな顔をする。

 一度、不安定化した“門”は魔力の火花を発散しながら少しずつ収縮してやがて蒸発していくことになる。

「こうなると元に戻せないし、仕方ないわね。どのみち遅かれ早かれアイツらに潰されただろうしさ」

 姉魔女があっけらかんとしながら肩をすくめた。

「気楽ね、姉様」

「“門”を作ったのはここだけじゃないしね。天使たちが慌てて潰し回っても、その間に“聖域”の不安定化も少しは加速するでしょ。姉様からの頼まれ事は果たしたわ。後は旧フィルガス地方へ干渉できる隙を見逃さずに待つことよ」

 魔女たちも天使同様、“聖域”の影響下では力を発揮できない。

 “聖域”内に干渉するためには決壊を少しでも進め、不安定化する場所を少しでも増やすしかないのだ。



 ケウンを先頭にログと村の主だった者たちが通路を進んでいた。

 やがて目の前が開け、岩壁に囲まれた滝裏の空洞へと辿り着く。

 流れ落ちる滝を背景に池が広がり、その中央から顔を出す岩に剣が刺さっていた。

 黄金の柄と白い刀身を晒す、勇士シグの遺した魔剣だ。

 案内したケウンと村人たちを残し、ログが一人で前に出る。そして中央の岩場へ続く飛び石を渡りながら魔剣へと近づいた。

 魔剣の前に立ったログは左手を覆う革手袋を外す。

 左手の掌には楯を模した紋章が描かれていた。

「……勇士シグの魔剣よ。どうか力を貸して欲しい」

 ログは左手で剣の柄を握る。

「わたしは貴女の姉妹、神女リーデより託されし者──」

 ログの左手の紋章が輝く。それはかつて神女リーデとの戦いの後、その紋章に封じられた神女の最後の力だった。

「全てはこの世界の闇に抗う勇士と戦乙女の為──」

 左手の紋章に呼応するように、魔剣の刀身が淡く輝き出す。

 今まで見たことのない反応に半信半疑で見守っていたケウンたちも驚く。

「彼らが背負う悲願成就の為に──頼む」

 ログが柄を持つ手に力を込める。

 魔剣の輝きが増した。その白き刀身が黄金のそれへと自らを染めるように変わっていく。

 ログが剣を引き抜いた。魔剣は岩から抜けて黄金の刀身を露わにする。

「抜けた!?」

 見守っていた村人たちの驚愕の声が響き渡る。

「魔剣が……自ら抜けたのか──」

「あ、ああ……刀身が黄金に変わるなんて今までなかった」

 驚愕を通り越して呆然とするケウンの許に魔剣を手にしたログが戻って来る。

「ログ副長、貴方はいったい──」

 驚く村人たちを代表するようにケウンが訊ねる。

「我が剣の祖とも言うべきお方が魔剣に頼んでくれたのだ。この“聖域”の勇士の為に力を貸して欲しいという願いを魔剣は理解してくれたのだ」

 ケウンはしばらく考えていたようだが、やがて控えていた村人に声をかける。

「これ、ボサっとするな」

 村人は慌てて持っていた包みを外すと、その中に入っていた鞘を持ってくるとそれをケウンに渡す。

「副長、これをお使いくだされ。いつか、本当に魔剣を抜く者が現れた時の為に用意しておいた物です」

 ログは鞘を受け取るとそれに魔剣を静かに収める。無骨な鞘だが魔剣の刀身に寸分違わない造りをしていた。

「約束通り、これを借り受ける」

「ええ。代わりなら幾らでも用意してありますのでな」

 別の村人が持っていた荷物の布を解く。それはシグの魔剣とそっくりな贋作だった。

 村人は岩場に行くと本物の代わりに贋作を岩に突き刺した。

「しかし、私の代で魔剣の新たな主を目にするとは思っておりませんでしたぞ」

「こちらの村には迷惑をかける。すまない」

 ケウンは笑いかける。

「エールス村の本来の使命は勇士シグに代わる者が現れるまで魔剣を守る事でしたからな。“戦乙女の狼犬”の副長殿が選ばれたのならば、我らも“狼犬”の戦いに運命を委ねましょうぞ」

 ログは鞘を腰に差した。

「ケウン様! 大変だ! クレドガルの伯爵が部隊がこの村に来る!」

 向こうから村人が叫びながらやって来た。

「何だと!? こんな時間にか!?」

「“狼犬”の捜索でこの近くに来たから宿を借りたいって使者が来て、本隊ももうすぐ来るらしいです!」

「よし! ラフィレ殿たちに頼んで騒ぎを起こすように頼んでくれ。その間に副長殿には裏口から抜け出してもらう」

 ケウンの指示で村人たちが慌ただしく動き出した。

「最後まで面倒をかける」

「世の中、持ちつ持たれつ。借りを作っておけば魔剣を返してもらった時に副長殿にもこちらの商売を手伝ってもらえますからの。魔剣の主に手伝ってもらえるなら、魔剣を巡る芝居もやりやすくなるというもの」

「また高くつくな……分かった、閣下には必ず伝えておこう」

 村人の案内で足早に去るログの背中にケウンが告げた。

「──捕らぬ何とかの皮算用にさせんでくださいよ。命を懸けて必要だから貸すのです。命懸けで返しに来ていただきますぞ」

 ログは黙っていたが振り返ると静かに頭を下げるのだった。



 ログを逃がした後の入れ違いで、カーグ=ディエモス伯爵の部隊がエールス村に到着した。

 ケウンは身支度をし直すと、先ほどの魔剣が眠る池へと向かう。

 そこには伯爵の姿があった。

「神官殿、久しぶりであるな。こんな夜更けだが失礼している。魔剣を見させてもらっているぞ」

「伯爵様、お久しぶりでございますな。あの勇者シグの子孫の偽者騒動以来ですな」

 村の近くに部隊を逗留するため、伯爵が自ら聖所に挨拶に出向いたのだ。

「ああ、あの時は男爵も一緒であった……ここも変わらんな」

 伯爵は魔剣(贋作)を見つめていた。

「何でもユールヴィング男爵様を捜索されているとか」

「うむ。噂はすでに聞いているだろう。どうだ、ここには来ておらぬか?」

「いえ。未だ行方知れずと知り、安否を祈っているところでした」

「そうか……無事ならここに顔を出したかもしれんと思い、急いで来たのだがな」

 空振りに終わった伯爵は無念の表情を浮かべたが、すぐに顔を引き締める。

「しかし、諦めるわけにはいかん。その安否を確かめるまでは捜索は続けるつもりだ。神官殿も手がかりを見つけたら、ぜひ知らせて欲しい」

「かしこまりました。早くご無事な姿を見たいものですな」

 伯爵は何かを考えているのか腕を組む。

「神官殿。先ほど、勇士シグの後継者を名乗る者たちの争いが近くであって、少し足止めを食った。魔剣を抜いた者が何人かいるようだが後継者同士の争いはいまだに絶えんようだな」

「そうでしたか。魔剣自体が一人を選ぶことができないため、後継者たちの争いは終わらないのです」

「後継者を選ぶ魔剣が複数選んでしまったのなら、本当に困ったものだな」

 伯爵は滝の向こうを見上げる。

「……魔剣は何を望んでいるのだろうな」

 伯爵の言葉にケウンは怪訝そうな顔を向ける。

「いや、深い意味はない。ただ思うのだ。朽ちぬ事も許されぬまま悠久の時をこのまま待っているのが、本当に魔剣にとって幸せだったのかと──おっと、すまぬな。壁画の乙女が美しかったゆえ、ついその気持ちを考えてしまったわい。余計な言葉だと忘れてくれ」

 伯爵はそういって豪快に笑うのだった。

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