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魔剣が待つ者、そして持つ者(1)

 夕暮れ近い旧フィルガス地方のとある街。

 街の酒場は仕事上がりの住人たちが足を運び、喧噪で埋め尽くされている。

 その隅の円卓に大男と小男を連れた旅人風の女性が座っていた。

「ログ副長が戻って来るまではしばらく、ここに逗留ね」

 女性──エルマは言った。

「所長、男爵たちはフィルディングの姫様探すついでにどこに行くつもりなんです?」

 隣に座るアードが尋ねる。

「きっと里帰りってところかしらね」

「里?」

「いろいろ話をつけておきたい事があるんでしょう」

 エルマが目の前の酒杯を一気にあおる。

「──本当なんだって! 光の羽根を生やした娘っ子が空から現れたんだって!」

 隣から聞こえる会話にエルマの手が止まる。

「本当か? そんなんが出たら大騒ぎになってるはずだぜ」

「すぐ消えちまったらしいんだが、間違いないって!」

「その話、知ってるよ! 隣街に行ってたうちの旦那も見たって大騒ぎさ」

 地元の住人たちが話で盛り上がるのを見たエルマは、酒を飲もうとしたアードたちから酒杯を奪い取って隣の卓に移動する。

「ちょっと話を聞かせてくれないかしら~」

 エルマが会話に顔を突っ込み、酒杯をテーブルに置いた。

「何だい、姉さん?」

「面白そうな話してるじゃん。うちにも教えてよ。これはおごり」

「おお、わりいな」

「それで光の羽根を持った娘っ子が現れたって本当?」

「そうそう。あたいが直接、見たわけじゃないけどさ、出たのは間違いないよ。旦那以外にも大勢、見てる人がいるんだ」

 エルマは考えるような表情を浮かべる。

「姉さん、知ってるのかい?」

「あぁッ、いえいえ、うちも見てみたいなあって」

 エルマはしばらく隣の席で盛り上がってたが、やがて自分たちの席に戻った。

「姐さん、どういうことですかい?」

 ウンロクが尋ねる。隣の席の会話はここにも聞こえていた。

「間違いなく天使ね。光の羽根の少女──マリエルが遭った奴と特徴は一致するわ」

「オオカミさんはいなかったの?」

 卓に置いた鞄の隙間から小さな顔が現れる。周りに隠れるように話しかけるのはプリムだった。

「一人みたいね。出現時間の短さからいって“聖域”の綻びを見つけて偵察に来たって感じかしらね」

「いやあ、しかし、ここにまで“聖域”決壊の影響が出るのはさすがに早過ぎる気が──」

 ウンロクが首を捻りつつ、酒を飲む。

「うちもそう思ったけどね。だけど天使が現れたのは本当みたいだし、考えを変えないといけないわね。いつ、うちらも前にも天使が現れるか分からないわ。魔女とやらもね」

 エルマは椅子に座ると背を預けながら腕を組んだ。

「だとすると、エールス村に急いだログ副長の判断は正しかったっすね」

「その間に天使に襲われなきゃええけどな」

「大丈夫でしょ。副長さんの耳にもそのうち入るだろうし、そうそうやられる人じゃないわ」

「これからどうするの?」

 鞄の隙間からプリムが三人の顔をそれぞれ眺める。

「当然、グノムスに運んでもらってる《アルゴ=アバス》の改修は続ける。後は副長さんが帰って来てからの話ね」

「何かやるんすか?」

 アードが新しく注文していた酒杯を手にしようとするが、その目の前でエルマが引ったくる。

「ま、後手に回るのも面白くないしね。向こうの出方を調べる意味でも何かやって見ようと思ってさ。上手くいく保証はないけど男爵たちの援護になるかも知れないしね」

 エルマは笑顔を向けると酒杯をあおる。

「店主! こいつを貼らせてくれ!」

 酒場に突然、兵士たちが入って来た。そして壁に手にした紙を貼り始める。

 貼られたのは四枚の人相書きだ。不敵な面構えの少年、美しい少女、影のある青年、そしてズングリとした機械の顔だ。

「所長、あれは──!?」

「……みたいね」

 人相書きは上手くはないが特徴は捉えており、マークルフ、リーナ姫、ログ副長、そして《グノムス》に間違いなかった。

「ちょっと、ひどーい! グーちゃんはそんなヘンテコな顔してな──」

 エルマは素知らぬ顔で鞄を押し潰し、プリムの抗議を封じる。

「聞いてくれ! 現在、近くにクレドガル国のカーグ=ディエモス伯爵の部隊が来ている! あの“戦乙女の狼犬”マークルフ=ユールヴィング男爵を始め、部下とお供の者たちの捜索の最中だ! 見かけたら報告してくれ! 有力情報には金一封も出るぞ!」

 兵士は大声で酒場中に触れ回ると貼り紙を残して酒場を去って行った。

 貼り紙の前に客たちが殺到する。

「二代目、ま~た行方不明か」

「この女の子ってあれかい? 男爵が借金のカタに囲ってるって噂の愛人だろ」

「いつの噂だよ。今じゃ男爵の方が尻に敷かれて城を乗っ取られてるって噂だぜ」

「ヘッ、機械っぽい顔してやがんな、こいつ」

「どう見ても機械だろ。もう酔ってんじゃねえぞ」

「書いてる奴、下手だねえ。副長さんはもっといい男よ」

「こら、ババア! 勝手に書き加えんな!」

 酒場中が天使から今度は男爵の話題で一色になる。

「所長、ディエモス伯爵ってあの顔と性格の濃い……」

 アードがエルマにささやく。

「わざわざ男爵の捜索をしてくれてるみたいね。まあ、慌てることないわ。うちらは数に入ってないようだし」

「騎士道に夢見るおっさんには技術者なんぞ物の数に入らんって感じですかね。しかし、姐さん。あの伯爵が近くまで出張って来てるとなると副長も面倒になりそうですぜ」

 ウンロクが新しい酒瓶を開けて自分の杯に注ぐ。

「副長さんなら大丈夫でしょう。いざとなっても十人、二十人ぐらい囲まれたところで何とかなるわ」

「……力業前提っすか」



 ブランダルク、そして“聖域”の外郭でもある山岳地帯の一角。

 夜の帳に包まれる周囲の山肌は崩壊し、土砂崩れが広がっている。

 破壊の痕跡が残る岩山の山頂に二つの人影があった。

 散乱する岩の間を二人は歩いていたが、やがて足を止める。

 目の前に広がるのは地面を抉るように広がる巨大な円形の窪地だった。

「ここが機竜と“黄金の鎧の勇士”とやらが戦った場所なのね」

 黒髪と紺の制服姿の少女が口を開いた。

「さすがに壮観ね。〈甲帝竜〉クラスを相手によく戦えたものだわ」

 黒剣の女剣士が腰に手を当てて周囲を眺める。

「それで、ここが“聖域”決壊の起点であるわけね」

「そうよ、姉様。一人の科学者が〈甲帝竜〉を操って“聖域”に穴を開けた。その科学者はもう一人の“黄金の鎧の勇士”となって“勇士”同士の決戦になったって話よ」

「“神”が造りだした“聖域”の構造を解析し、本当に風穴開けちゃうなんて凄い話ね。エンシアにもそこまで骨のある科学者なんていなかったわ」

 すでにここは“聖域”の影響は消えていた。霊力が外部へと流れ出し、代わりに魔力が流入している。目に見えない膨大な力の流れだが、魔力と極めて高い親和性を持つ二人は凄まじい暴風のような気配を感じていた。

「姉様。感心してる場合じゃないわよ。早く仕事しましょう」

「あんたは真面目ねえ」

 少女が指を鳴らした。背後に魔力の円陣が出現し、そこから細身の鉄巨人が現れる。

 次の瞬間、少女と鉄巨人が姿を消して窪地の対岸に再び現れた。

 窪地を挟んだ魔女たちは互いに両腕を向け合う。

 二人の姿が真紅の魔力に包まれた。

 やがて窪地の中心に真紅の光点が浮かび上がる。

 魔女たちの表情が精神集中と術の負担で険しくなる中、その光点は膨れ上がった。

「──我らが求めに応じ来たれ、闇の辺土よ。望みし者に開かれし門よ、その顎を開けよ!」

 やがて二人の発声と共に光点が爆発した。

 真紅の光が二人を呑み込むが、やがて光が晴れて魔女たちの姿が現れる。

「完成ね」

 黒剣の魔女がほくそ笑む。

 二人を結ぶ対角線の中心に、大人が両腕を広げた程の円形の闇が広がっていた。

「やっぱり大姉様抜きだと、これだけの“門”が限界だわ」

 黒髪の魔女が不服そうに言う。

「十分じゃない? これでも“聖域”決壊を進行させるには十分でしょう」

 二人の目の前で霊力が“門”に吸い込まれていた。いや、無限の空間に巨大な滝のように傾れ落ちていくようであった。“門”の出現が霊力の流出をさらに加速させつつあった。

「さて、これでわたしたちの仕事は終わり……にしたかったけどね」

 黒剣の魔女が背後の気配に肩をすくめて両手を広げる。

「ミュー、あなたの後ろにも来てるわよ。そっちは任せるわ」

 そう言いながら黒剣を抜いた魔女が振り返る。

「……思ったより早いご到着ね、天使様」

 いつの間に出現したのか、森人の姿がそこにあった。地面に膝をついて着地した姿勢のまま、宝石の瞳で魔女を睨め付ける。

「姉様、今度は油断しないようにね……では、そちらは私がおもてなし致しますわ、獣の天使様」

 妹魔女が揶揄するように言うと、護衛の鉄巨人が振り向く。

 その先には狼頭の機械兵が立ちはだかっていた。



 エールス村──

 “神”を祀る聖所を中心とするこの村には一つの伝説がある。

 エンシア崩壊後の混乱期、戦乙女が身を変えた剣を手にして混迷の世界で戦った勇士シグの伝説だ。

 勇士シグはこの地を平定させると、自らの魔剣をこの場所に突き刺して姿を消したという。

 エールス村はこの勇士シグを祀り、魔剣を守る者たちが拓いた村だった。

 現在でも勇士シグの血を引く後継者候補たち(注:全員、偽者)が争いを続け、岩に刺さったままの魔剣は未だ抜かれることなく(注:たまに抜ける)、勇士の後継者の出現を待ち続けている。

 聖所の一室に一人の老神官がいた。聖所の管理者であり、村の指導者でもあるケウンだ。

 ケウンは蝋燭を灯した明かりを前に今月の参拝料の集計をしていた。

 聖所に管理しているシグの魔剣に参拝する旅人の落とすお金が、この村の重要な収入源なのだ。

「ケウン様、いらっしゃいますか」

 扉が開き、手伝いの村人が顔を出す。

「こんな時間にどうかしたか?」

「いえ、それが……魔剣抜きを試したいという人が来てましてね」

「もう遅い。明日にしてもらえ」

「それが向こうもケウン様に話をさせてくれと譲らなくて……」

 ケウンがため息をつく。

「面倒じゃのう……こんな時間に訳あり顔で来る奴にロクなのがいた試しがない」

 参拝客の中には記念に魔剣抜きを試したいという物好きもいる。特別料と引き換えで魔剣抜きを許しており、それも村の生計に必要な大事な観光名物だ。

 しかし、商売で迎える側にも客に常識を求めたいのは常であった。

「ラフィレ殿は何をやっておるのだ。今日の見張り当番だったはずだぞ」

 ケウンはブツブツ言いながらも聖所の待合室に足を運ぶ。そこに椅子があり、外套姿の人物が背を向けて座っていた。

「ええ、わたしがこの聖所を預かるケウンと──」

「夜分にすまない。ラフィレ殿には無理を言って通させてもらった」

 外套姿の人物が振り向く。

「貴方は──!」

 外套をずらして現れた顔は“狼犬”に仕える副官ログであった。

「副長殿でしたか。城を出られて行方不明と聞いておりましたぞ」

 ケウンは突然の訪問に驚きながらもログに挨拶する。

「事情があってな。それでこの時間を選ばせてもらった」

「しかし、副長殿がお一人でどのようなご用件でしょうか?」

「……先ほど付き人殿に申し上げた通りだ。勇士シグの魔剣を借り受けたい」

 ログの視線が彫刻が描かれた壁に向けられる。

 壁には魔剣と重なる一人の娘と、それに背を向ける一人の戦士の姿が描かれていた。

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