魔女たちの暗躍
「失礼します」
マークルフたちが集う執務室にマリエルが入って来た。
その手には鞘に収まった剣を持っていた。
「ログ副長、剣の修復が終わりました。確認をお願いします」
ログは剣を受け取ると柄の握りを確かめ、鞘から半分、剣を抜いて刀身を眺める。
「……問題ない。わざわざ急いでくれたのか。礼を言う」
「刀身を換装するだけですから。ログ副長の剣は大事な戦力ですから急ぐに越したことはありませんわ。それにしても副長の剣を折るなんてよほどの相手だったのですね」
二人のやり取りを眺めていたマークルフは椅子に座り直す。
「そう、問題は天使どもだけじゃねえな。ログとリーナが遭遇した“魔女”と名乗る女どもが何者かも気になる」
「妙な女でした」
ログが修復した魔法剣を腰に差しながら答える。
「わたしが遭遇した“魔女”はかなりの剣の使い手です。しかも自分の剣に魔力を付与していましたが、あの剣自体には機械的な仕掛けは認められませんでした。最も気になるのはあの女の一撃に合わせてこちらの魔法剣の装置が切れた事です」
マリエルが考える素振りを見せる。
「剣に組み込んだ装置には故障部分はありませんでした。ログ副長の話で判断するなら、その女が魔法剣の発動を止めたとも受け取れます」
「わたしはそう思っている。あの女も『手の内』と言っていた」
マークルフはリーナを見る。
「そっちが見た魔女は鉄機兵を操っていたそうだな」
「はい。天使はその魔女を見て“魔族”と言っていました」
リーナが答える。
「魔女は何の命令もせず、自在に鉄機兵を動かしているように見えました。そこまでの高度な操縦システムを、少なくともただの人間が使った例を私は知りません」
エンシア生まれのリーナが知らないというのだ。おそらく、その鉄機兵の操縦もその魔女の特殊な能力に依るものと考えられた。
「ですが、あの魔女はエンシアと関わりがあるのかも知れません」
リーナが付け加える。
「あの魔女が身に纏っていた衣装はエンシアの女学生が用いる制服に似ているように思えました。この時代の意匠ではありません」
「なるほどな。リーナらしい視点だ。参考になる」
「それに──」
リーナが膝に置いた手を握り締める。
「それに?」
「聞いてください、マークルフ様! あの魔女、グーちゃんのことを『ズングリムックリ』だなんて失礼なこと言ってたんですよ!」
マークルフは一瞬、リーナの剣幕に圧倒されたがすぐにやり返す。
「いちいちそんな事で怒ってんじゃねえ! 話が収集つかんだろうが!」
「だって『ズングリムックリ』ですよ!」
「本当のことじゃねえか! そっちまでリファみたいに大人げなく怒るんじゃねえ!」
やり取りを見ていたリファがムッとする。
「何よ、男爵さん! それじゃあたしが大人げなく怒ってたみたいじゃんか!」
「そうですわ。リファちゃんはルフィン君のことを心配してるんですよ。無神経ですわ」
リーナとリファに睨まれたマークルフは助けを求めるようにログに目を向ける。
「おい、ログ。他に話はあるか」
「……そういえば魔女がこの剣を作ったマリエルの事を褒めていた。この時代の技師にしてはなかなかの代物だとな」
「それは素直に喜べませんね。おかげで無駄な労力を使わされましたわ」
マリエルが面白くない顔を浮かべた。
空気がより重くなった部屋でマークルフは立ち上げると宣言する。
「取りあえず夜も遅いし、話はまた明日だ。解散!」
リーナとリファは冷たい視線を送ると顔を見合わせる。
「ですって。リファちゃん、急でお部屋の用意が難しいから今日はわたしの部屋で一緒に寝る?」
「リーナお姉ちゃんのお部屋? わー、どんなお部屋か、楽しみ」
「うちも取りあえずグノムスの様子を見てきます。姉さん、強化装甲の方はお願いするわね」
リーナ、リファ、マリエルが揃って部屋を出ていった。
その後ろ姿を大公が見つめる。
「……縁談の件でかなり落ち込んだと思っておったが、姫も立ち直ったようじゃな」
「大公様。姫様はうちらが思っているよりも強い方ですわ」
エルマが答える。
「そうじゃな。そうでなければ坊主のお守りなんぞ勤められんからな。さて、儂も戻るとするか」
「お部屋までお供しますわ」
エルマを連れて大公も出て行く。
部屋にはマークルフとログ、そして椅子に座ったままのサルディンが残された。
「……なあ、ログ。グーの字、どう見たって『ズングリムックリ』だよなあ」
納得のいかない顔のマークルフを見て、サルディンは苦笑する。
「若も大人げないですねえ」
「大公様、お願いがございます」
夜の通路を大公とエルマが歩く。
天使の襲撃によって破壊された部分の応急処置と警備の強化により、夜中にも関わらず警備の者たちがやり取りする声が聞こえ続けていた。
「……遷都の計画を急げ、か」
大公が振り向くことなく言った。
「はい。今回の“聖域”変動はうちも予想外の事態でした。これ以上、“聖域”崩壊の予測は難しくなって来ました」
「クレドガルにまで“聖域”変動が及べば“機神”が覚醒するかも知れん。確かに遷都を急ぐべきであろうな」
「王妃様が出産を控える大事な時期なのは承知しています。ですが、事態が起こってしまってからでは取り返しが付きません」
大公は杖を手に立ち止まる。
「坊主は“機神”と戦えるのか? そして、ユールヴィングの悲願を成就できるのか?」
「その悲願を成就させるために、うちはここにいます」
エルマも大公の後ろで止まり、きっぱりと答えた。
「……分かった。儂はクレドガルに戻ろう。遷都の計画も進めねばならぬし、何よりフィルディング側の動きも気になる。いつまでも留守にはできんしの」
大公は振り向いた。
「坊主を頼む。ルーヴェンや儂はあの子に全ての宿命を背負わせてしまった。せめて、あの子の手で全てを終わらせてやりたいのだ」
中央王国クレドガル──
王都ラフルの只中にある屋敷にアレッソス=バッソスが逗留していた。
“聖域”の盟主的立場である中央王国クレドガルは他の大国とも政治的に交流を密にしており、西の大国ヤルライノもその一つだ。この屋敷はヤルライノの大使館的役割を持ち、本国からの使者としてやって来たアレッソスの拠点でもあった。
アレッソスは半裸で寝台に横になりながら、窓の外を眺めていた。
現在、クレドガルは王都の機能の移転、つまり遷都の計画が持ち上がっている。
発端は二年前の“機神”暴走。王都周辺に甚大な被害をもたらし、それ以上に住人たちに恐怖を与えた事件は未だその傷は深く、それを払拭するための遷都計画であった。
しかし、計画は現在、王妃の懐妊と出産準備のために中断に近い状態だ。中央王国政府としてはこの慶事に乗じて暗い空気を吹き飛ばしたい思惑があるのだろう。
アレッソスがクレドガルに赴いた理由は、ヤルライノの大使として遷都計画についての調整役を果たすためでもあった。
「──はかどっていないようですわね」
不意の声にアレッソスは飛び起きる。
部屋の隅にある椅子に闇の外套を纏う何者かが座っていた。
「このような時間に不意の訪問、ご無礼を──」
「……貴様か」
声で魔女を名乗る女だと気づいたアレッソスは寝台から出た。
「何の用だ?」
「ええ。貴方様が手をこまねいているようですので、お力になれればと思いまして。ここに逗留するのはヤルライノの大使としてだけではないはずです」
アレッソスは唇を噛みしめる。
大使の役割は表向きの理由だ。アレッソスの目的はユールヴィング一派に匿われているはずのエレナ=フィルディングを探し出し、あわよくば邪魔な“狼犬”たちを始末することでもあった。
「貴方様の目的は“機神”の力を手に入れる事。そのために制御装置を持つエレナ=フィルディングを探し出し手中にする事。そうじゃございませんか?」
「……旧フィルガス地方のどこかに隠れているのは間違いない。しかし、居所が突き止められん」
「“狼犬”はエレナ=フィルディングとの合流に動きだします。近いうちに必ず──」
魔女が答えた。
「確信があるようだな」
「ええ。現在、古代エンシアの遺産を破壊する“天使”たちが活動しています。“狼犬”も天使たちと戦ったようです。エレナ=フィルディングも天使に狙われる危険を考え、彼女の保護に出るはずです」
「天使……伝承でしか聞いたことがなかったが、そんな存在までが動いているというのか?」
「恐れる必要はございません。アレッソス様が“機神”の力を手中にすれば奴らなど恐れるに足りません。やるべきは“狼犬”の動きを監視し、先にエレナ=フィルディングを手に入れる事です」
「簡単に言ってくれるな。旧フィルガス領は“狼犬”の息のかかった連中が多い。うかつに監視を差し向けても返り討ちに遭うのが関の山だ。現に旧フィルガス領に差し向けた間者が全て消息を絶っている」
「ならば“狼犬”に鈴の鳴る首輪を付けるのです。動かざるをえない“狼犬”が鈴を鳴らしてくれればこちらも監視がしやすくなります」
魔女が唇だけを見せて微笑む。
「何をする気だ?」
「一つ提案がございます。これはクレドガル国王を動かす必要がございますので、ヤルライノの使者としての貴方様に動いていただきたいのです」
「その提案で上手くいくのか?」
「そこは貴方様のお働き次第。それに上手く行けば向こうの切り札も封じてしまえるかも知れません。幸い、反フィルディングの先鋒であるバルネス大公も留守。動くには好都合というものでしょう」
「いったい何が目的なのだ、おまえは?」
「申し上げたはずです。我らは求める者に力を与える──その闇の導きを手伝うだけです」
「ならば、俺が貴様の正体を知りたいと思えば教えてくれるのか? 俺が抱きたいと思えば抱かれるつもりなのか?」
アレッソスが魔女に近づく。しかし、目の前で魔女の姿が消えた。
「お戯れは程ほどに。あいにくと自由に出来る身体ではございませんので──」
アレッソスが振り返ると寝台の上に魔女が座っていた。
魔女の声が少し鋭さを増す。
「私は自由に転移ができます。そう、その気になれば貴方様を窓の外に転移することも──」
アレッソスは鼻白む。
「貴方様が手に入れるのは力。私はその介添え役。私は自由の利く身ではございませんが、その分は妹たちが動いてくれますわ」
そう告げると魔女は姿を消した。
「なに、姉様!? 人間に負けちゃったの!?」
闇夜の森の中で少女の声が響く。
「ゴメン、ゴメン。危うく首を斬らせそうになっちゃった」
黒剣を持つ褐色の肌の女があっけらかんとした態度で笑う。
それを見た黒髪の少女が嘆息した。
「笑い事じゃないわよ、姉様。油断し過ぎじゃないの?」
「うーん、油断したつもりはなかったんだけどさ。ほら、一見、冷たい感じの男が熱くなって形振り構わず自分の命を狙って来る姿を見たらさ。ちょっと命をあげても良いかなって思っちゃうじゃない?」
「思わないわよ! しっかりしてくれないと大姉様やあの方だって怒るわよ!」
「冗談よ、冗談。次は頑張るからさ」
黒髪の少女がさらに肩を落とした。
黒剣の女が表情を引き締める。
「それはそれとして……邪魔者が動いているわ」
「大姉様が言ってた“監視者”のこと?」
「ええ。“機神”と“聖域”の監視役を続ける大物の天使。大姉様も監視の目を逃れるのに骨が折れるそうよ」
「邪魔だったら、わたしたちで先に始末しちゃえばいいんじゃないの?」
「姉様の許可が出てないし、それに油断できない相手らしいしね。いまはあの方の命令を実行する方が優先よ」
黒剣の女が周囲を探るように見渡す。
「肝心のあの方の気配が感じられないわね」
「もう大姉様のところに戻ったんじゃないの?」
『わたしが分かるはずだ』
闇の外套姿がそこにあった。
場所はユールヴィング城の研究棟にある整備室。
周囲には研究員と思しき大男と小太りの小男が装置の監視をしていたが、彼らは男の姿にも声にも気づいていない。
闇の外套姿は揺らめいていた。
整備室で起動していた整備装置の魔力を借りて、辛うじて対象に干渉している状態だった。
『それでも命令を受け付けぬというのか』
外套の男が言う。
『お前は彼女が戦乙女として生まれ変わった時、その場に居合わせていた。お前もまた“神”と接触しているはずだ』
男が問い続ける。
『若き“狼犬”と戦乙女の物語は、お前が“狼犬”の許に現れた時から始まった。それだけが役目なのか? 何か他に隠しているのか?』
しかし、語りかける相手は沈黙で答えるように何の反応も示さなかった。
『……それも教えてくれぬか。本来の設計ではお前はわたしの命令に背くことはできなかったはず。わたしに背くその“意志”が“神”から与えられたものというのか』
男は目の前に立つ整備中の鋼の巨人に告げる。
『──《グノムス》よ』




