世界の終焉と運命の始まり
魔力を利用した機械文明を発達させ、世界をも統一して繁栄の頂点を極めたエンシア王朝。
その首都圏の遙か上空、夜の闇の中を機械要塞が浮かんでいた。
真紅の光が点在する機械の壁に囲まれた巨大な円球状の空中要塞──《アイレムア》はこのエンシアを救済する“神”の座だ。
要塞の中心、見渡すほどの広さを持つ巨大なドーム内部にその人造の“神”は鎮座する。
それは機械の身体を持つ異形の巨人だ。
三対の翼と人型の上半身を持つそれは、無数に絡み合う鋼糸と水晶のような甲殻で構築されていた。
ドーム内部に大きく鋼の翼を広げ、さらに翼から解けた無数の鋼糸が世界のあらゆる場所に魔力を転送するべく樹枝のように広がっている。
見る者には怪物と映るその姿だが、自己防衛機能と世界中に魔力を伝送する役目を両立する設計思想の集大成だった。
しかし、その異形が現在、まさに怪物のように全身を大きく震わせていた。
全ての甲殻に紅い魔力の光が宿る。
三対の翼が力強く開き、その挙動を監視するモニター室の画面全体を覆う。
鋼糸の翼に埋め込まれた甲殻が真紅に輝き、まるで禍いを暗示する凶星のように画面に広がっていた。
未来を懸けたエンシアが全ての叡智を結集し、この時代の者たちを救済するために造り出された人造の“神”が、人の手を離れて動き出そうとしていた。
創造者たる人間の制御を振り切り、自ら動き出した機械の“神”は、魔力を貪欲に集めながら自らの世界への“道”を繋ごうとしていた。
『緊急事態発令! レベルAA!』
『《アルターロフ》を制動できません!』
『制御系統の再確認、急げ!』
『本土への連絡は!?』
『すでに緊急避難命令が全土に発令されています!』
『一般職員は速やかに退避! 今後の避難誘導に従ってください!』
エンシア全ての機械を安定稼働させるために造り出された超弩級魔力炉──《アルターロフ》を管理している制御ルームの計器全てが異常を告げる。
警告音が周囲を埋め尽くす制御ルーム内で、管理役の科学者スタッフたちは自分の持ち場で事態の対応に当たる。しかし、彼らの表情は未曽有の事態を前に悲壮感を漂わせていた。
『機体中心部で魔力の超密度圧縮を確認! 魔力強度六億……七億五千……急激に上昇しています!』
制御ルームのメインモニターに《アルターロフ》のスキャン画像と曲面図が表示される。
その場にいた全てのスタッフがどよめいた。
魔力強度を示す均衡曲面が《アルターロフ》を中心に展開するが、曲面は《アルターロフ》の真下に無限に沈み込む図形を形成しようとしている。均衡の限界を超える魔力凝縮が機体内部で進行中だった。
《アイレムア》の総責任者である機関長はそれを見ると席から立ち上がる。
エンシア文明は行き詰まっていた。
世界は“光”と“闇”、その均衡を司る“大地”の三種の力により成り立っている。
エンシアの祖先は“闇”の魔力を利用して機械を動かすことを発見すると、後世の人々によって技術は研究され、やがて世界規模で王国を発展させるに至った。
しかし、それによって引き起こされ急激な魔力利用は世界の均衡を“闇”に傾けることになる。
結果、均衡を維持しようとする“大地”の力が強まり、その影響によって全世界の機械が誤動作を引き起こす問題が発生した。
その影響は時を経るごとに強まり、機械技術に支えられたエンシア文明は存亡にも関わる危機に直面した。
窮地に立たされたエンシアが選んだ道──それは世界の均衡に抗うほどの超弩級魔力炉を建造して魔力の供給を強引にでも安定化させることだった。
人々は世界の運命を人造の神像である《アルターロフ》に委ねた。
エンシアの全てを懸けた《アルターロフ》は完成し、その稼働にも成功した。
エンシアは新たな出発の門出にいたはずだったのだ。
機関長は静かに拳を握る。
『隔壁を全て閉鎖する。魔力の伝達を絶つと同時に《アルターロフ》を強制停止させるんだ』
『しかし、それでは──』
ドームを取り囲む隔壁は全ての魔力を遮断する役目を持つ。その全閉鎖は《アルターロフ》への魔力集中を阻止すると同時に《アルターロフ》側から送られた魔力も遮断することを意味する。すでに多くの施設や機械に魔力伝送をしており、それを止めれば多くの人命に被害が出ることは避けられない。
『やむを得ん! このままでは最悪の事態に突入する。それだけは何としても避けねばならん! これは非常事態権限における命令だ!』
『──了解!』
機関長席の操作パネルに強制停止装置が出現する。
機関長は苦渋の表情を浮かべながら速やかにセキュリティを解除、装置を起動した。
《アルターロフ》を防護すると共にその封印の役目も兼ねた周囲の隔壁が全て閉じられた。
ドーム内は周囲から完全に隔絶され、同時に機体そのものに巨大な槍の姿をした制御プラグが周囲から何本も打ち込まれる。
制御プラグが輝いた。
その内部に封印されていた“輝力”が《アルターロフ》内部の魔力を中和し、同時に、強制停止コードを機体そのものに伝達させていく。
機体の甲殻に浮かんでいた真紅の凶光が弱くなっていった。
だが、次の瞬間、全ての甲殻が再び真紅に輝く。身体から伸びた鋼の触手が制御プラグを折り、身体から引き抜いた。
自我を持たないはずの《アルターロフ》がまるで生物のように全身の鋼糸を蠢かせ、強固な隔壁に攻撃を始める。
『どうなっているんだ!? なぜ止まらない!?』
『《アルターロフ》、停止コードを受け付けません! 機体が何らかの変質を開始、全システムを再起動しています!』
『魔力圧縮も再び進行! 魔力強度、再び七億を突破!』
『そんな……取り込みを遮断したはずなのに、どこからこれほどの魔力を集めているんだ?』
モニターに《アルターロフ》の行動記録が映しだされた。
エンシア全土が描かれた世界図に、《アルターロフ》が魔力を取り込んでいるらしき供給源が光点となって表示される。
『まさか……これは……』
無数の光点がエンシア全土を埋め尽くしていた。
機関長を始め、制御ルームのスタッフたちは愕然とする。
エンシアの叡智を体現する彼らですらも想定すらしなかった事態だった。
すなわち、彼らにももう止める手段がないのだ。
《アルターロフ》が管制システムの制御を振り切り、モニター表示も途切れた。
『魔力強度、計測範囲を突破──機体内部構造が広範囲に渡って再構築されています! こちらでのモニタリングが遮断されていきます!』
『全設備を全て予備動力に移行! 決して奴に干渉させるな!』
機関長が告げる。“奴”──もはや目の前にあるのは《アルターロフ》ではないと認識していた。
制御ルームが激しく揺れる。
《アルターロフ》が自分を閉じ込める隔壁への攻撃を強めていた。
同時に施設内の自律機械への侵入を試みようとしていたが、空中要塞のメインシステムは独自の予備魔力を用いた閉鎖型に移行し、それは阻止する。
辛うじて暴走を止めているが閉じ込めておくのも時間の問題だ。要塞自体もそう長くは機能を維持できない。
スタッフたちも皆、手を止めていた。
魔力圧縮により生じた特異点が《アルターロフ》と同調。《アルターロフ》はただの超弩級魔力炉を超え、別次元の何かに変貌しようとしている。
説明できるのはここまでだった。
全スタッフの視線が機関長に集まる。
全ての者たちは最悪の事態に陥ったことを理解していた。
そして、その事態をもたらしてしまった自分たちの責任も──
機関長が口を開く。
『……現時刻をもって《アルターロフ》内部に魔力特異点が形成されたと判断──』
《アルターロフ》建造計画に反対した者たちが予測し、危惧していた“闇”の深淵との接触。それを認める言葉であった。
そして機関長は自分に注目するスタッフたちを見つめ、その意志を再確認すると彼らを代弁するように告げた。
『これより、《アルターロフ》とこの施設を破棄する』
エンシア文明の新たな礎となるはずであった《アイレムア》は《アルターロフ》からの魔力供給を全て遮断、予備動力も止めた。
《アイレムア》の全機能が停止すると同時に、動力を失った空中要塞はやがて落下を始めた。
内部に居座る《アルターロフ》とこの計画に関わった少なくない科学者たちを閉じ込めたまま──
遙か高空から自由落下する大質量の要塞はその落下速度を上げながら、地上へと迫る。
落下地点は海に囲まれた孤島だ。
そこに落下し、《アルターロフ》ごと破壊されることがこの《アイレムア》の早すぎる最後の役割であった。
落下した浮遊要塞は凄まじい破壊力を伴い地上へ接触した。
エンシアの希望と絶望を抱えた要塞は地表と周囲の海原を凄まじい爆発で薙ぎ払いながら消滅していった。
《アイレムア》落下からしばらくして、壊滅した海域にエンシアの軍隊が接近した。
魔力で浮揚する飛行艇で構成された武装船団は落下地点に集結し、その確認を急ぐ。
《アルターロフ》からの魔力伝達を失い、飛行艇は誤動作による墜落の危険があったが、現在はそれを危惧する余裕はない。いち早く《アルターロフ》の破壊を確認しなければならなかった。
落下地点にあるはずの島はその原型を留めていなかった。
全てが消し飛び、その余波と地形変化によって海面は現在も渦巻いている。
将兵の誰もが《アルターロフ》は完全に破壊されたと願っていた。
エンシアの基盤である《アルターロフ》には自己再生機能が備わっていたが、空中要塞もろとも地上に墜落しては再生する間もなく破壊されたはずなのだ。
しかし、その願いは海面に無数の真紅の光が浮かんだ時、彼らの運命と共に否定された。
海面から水柱が噴きあがり、そこから現れた鋼の触手群が飛行艇、数隻を貫いた。
さらに巨大な鋼の翼が大波を伴って海面から姿を現す。
雨のように降り注ぐ水飛沫の中、飛行艇が砲弾による迎撃を開始する。
弾幕に晒され、鋼の翼とその下に隠れた本体が爆風に包まれたが、その爆風の中から無数の触手が伸び、飛空艇を次々に貫いていく。
海面から《アルターロフ》本体が姿を現した。
鋼糸と水晶の甲殻で編み上げられた機械人形は凄まじい早さで弾幕による破損を修復していく。それは本来の設計を超えた驚異的な再生力だった。
船体を貫いた触手はそのまま鋼糸に解けて周囲に展開していく。巻き込まれた船体は次々に砕け散った。
辛うじて難を逃れた飛行艇二隻が離脱を開始するが、どこからともなく放たれた巨大な光線に貫かれ、爆散する。
《アルターロフ》の翼の先端が解け、空に向かって系統樹のように鋼糸を広げていく。
その上空を光線を放った機械魔獣が滑空した。
《アルターロフ》に掌握されたエンシアの国防兵器“機竜”の一体だ。
新たな命令を与えられた“機竜”は魔獣の咆哮をあげ、エンシア本土へと飛んだ。
さらに《アルターロフ》はエンシア全土に配置された自律機械群へ、魔力伝達を通して命令を下すのだった。
エンシア郊外のさらに地下深く。
避難用特別シェルターの一室にその少女はいた。
黄金の髪と青い瞳を持つ少女の名はリーナ=エンシヤリス。エンシア現国王の末姫だ。
普段は王族の一員として豪奢な衣装に身を包む彼女も、現在は動きやすい簡素な白いドレスに着替えていた。
エンシアの命運を預けた超弩級魔力炉である《アルターロフ》の暴走。
その破壊に失敗し、地上で活動を始めた《アルターロフ》は王国全土を攻撃していた。
父王は全戦力を挙げて《アルターロフ》破壊を命じ、同時に娘であるリーナを最も安全な場所の一つであるこの地下シェルターへと避難させていた。
(──余りに虫のよすぎる願いなのは承知しています。ですが、この身と引き換えでも構いません。どうか、この国をお救いください)
リーナは祈り続けていた。
神族すら研究対象にしてきたエンシアには“神”に祈りを捧げる習慣はない。いまさら、そのような資格もない。
それでもリーナは絶望的な戦いに晒された母国と民の無事を祈り続ける。
暴走した《アルターロフ》は魔力制御の自律型兵器を掌握する能力を持っていた。その能力によってエンシア全域に配備された兵器が掌握され、逆にエンシアの民を襲撃している。
多くの戦力を奪われたエンシアに残された最後の手段は、残る戦力を全て犠牲にしてでも《アルターロフ》を破壊することだけだったのだ。
部屋のモニター装置が非常ランプを点灯した。
「──!? グーちゃん、回線を繋いで!」
リーナは慌てて振り返ると、シェルターの制御装置と連結した鉄機兵に命じる。
鉄機兵の名は《グノムス》。
魔力の代わりに“大地”の力を利用する数少ない霊力駆動の機体だ。
エンシアは文明危機の解決策の一つとして、障害である“大地”の力そのものを利用した機械技術を研究していた。《グノムス》はその研究の過程で開発された。
後に超弩級魔力炉が建造されたため、《グノムス》は研究凍結によって保管されていたが、父である国王が偶然にも目をつけて徴収し、娘である王女リーナの護衛兼側仕えとして彼女に与えたのだ。
シェルターの機能を制御していた《グノムス》がリーナの命令に従い回線を繋ぐ。
緊急回線が接続され、モニターに父である現国王が映しだされた。
世界国家の盟主として常に威厳に満ちていたはずの父王は覇気が消え、やつれ果てていた。王の証である額冠もなく、外衣も血と埃にまみれていた。
「お父様!? ご無事ですか!?」
画面の向こうに立つ父王はうつむく。
『……これを見るのだ』
画面が変わった。
「──そんな……」
リーナは画面に映された映像に言葉を失う。
考えることすら拒否したくなるほどの悲惨な光景が目の前に広がっていた。
夜の都市が燃えていた。
空には“機竜”の群れが舞い、地上は鉄機兵をはじめとする兵器群が闊歩している。
塔の一つが傾き、周囲の建物を巻き込みながら倒れていく。
別の場所では大爆発が起きて炎が周囲を照らす。
“機竜”の口から吐き出された光線が地上を蒸発させ、兵器群が逃げ惑う人々を見境なく襲撃した。
エンシア文明の産物として人々に従属していたはずの機械群が反乱を起こし、人々を粛正しているかのようであった。
そして、リーナの瞳はその姿を捉える。
建物が地に崩れ、炎と煙が空を覆う中、惨劇の舞台にそびえ立つ元凶の姿を──
鋼糸で編み上げられた身体と無数の水晶質の甲殻を張り付けた異形の巨人。
三対の鋼の羽根を多く天に広げ、顔の部分にある巨大な甲殻に地上の地獄を映しだす、機械仕掛けの神──まさに破壊神であった。
リーナは膝から崩れ落ちる。
エンシア文明は確かに行き詰まっていた。それを打開するために自ら生み出した機械の神に頼るしかないことも分かっていた。
しかし、その結末がこのような破壊と終焉をもたらすとは予想もできなかった。
『──見たか』
「……お父様」
リーナが顔を上げると、画面に再び父王の姿が映る。
『今から余の言葉をしかと胸に刻むのだ。これがそなたとの最後の会話となろう』
「お父様! いまからでも安全な場所に避難をしてください! お願いです!」
『安全な場所はもうこの地上にはないのだ』
父王の声は何故か落ちついていた。それは運命を受け入れた者の姿だった。
『《アルターロフ》はエンシアを壊滅させ、奴の手先となった兵器によって国民も虐殺された。そなたの兄たちも国と運命を共にした。残る王族は余とそなただけとなった』
「そんな……どうして──」
リーナの頬を涙がこぼれ落ちる。
『リーナ、なぜ泣く?』
「だって──だって、あまりにも理不尽です! 何故ですか!? 何故、この国の者たちの命がこうも理不尽に奪われなくてはならないのですか!?」
娘の悲痛な訴えに父王は目を細める。
『我らはこの繁栄を維持するために多くを犠牲にしてきた……その積もり積もった報いがこうして向けられたのかも知れぬ』
「だからと言って、なぜ何もできずに命を奪われるのです!? この国には大勢の善良な人たちがいました! 何も知らない幼い子供たちもいました! 彼らを庇うことも許されずに無差別に命を奪われることが報いなのですか!?」
リーナは泣き崩れた。
理不尽な運命にどうすることもできない無力さが悔しくて仕方なかった。
『……リーナ、その涙を決して忘れないでおくれ』
父王は悲壮な表情に笑みを作る。
「……お父様」
『グノムス、最後の命令を実行する時が来た』
背後に控えていた《グノムス》が制御装置から自ら離れた。
シェルターの機能が停止し、照明が消える。それでも緊急回線のモニターだけが予備動力を使って暗い空間に映り続けた。
《グノムス》はリーナの前に近づくと、膝をついて胸の装甲を開く。内部は一人が入れるだけの空間があった。
『リーナよ。避難する前に話した通りだ。その中に入って地中深くに避難するのだ。そして眠るのだ。いつか、《アルターロフ》の脅威が去るその時までな』
「お父様! 私だけが逃げ延びたところでエンシアは! せめて私も王族の一人として──」
『ならぬ!!』
父王がリーナの悲嘆を一喝する。
『生きながらに諦めては、何もできずに殺された臣民たちを冒涜するに等しい! 最後の王族として、それは絶対に許されることではない!』
リーナは涙越しに父王の姿を見た。
そこには最後の王として国と運命を共にしようとする父の毅然とした姿があった。
「……申し訳ありません、お父様」
父の願いを汲んだリーナは涙を拭いて立ち上がる。
『余は良き王でも父でもなかった。この国も道を誤ったのかも知れぬ……せめて、そなたは自分が正しいと思う道を進んでくれ。それによって、いつか新たな世界への道が開けるならば──それがこの時代に犠牲となった者たちのせめてもの生きた証となる』
父王が穏やかに笑みを浮かべるが、やがてその映像も大きく乱れだした。
『ここも長くは保たないようだ。さあ、急いでくれ』
リーナは何も言わずに《グノムス》の中に搭乗する。
これ以上、何かを言えばもう立つ力すら消えてなくなりそうだった。それに、せめて父王の前で自分が脱出する姿を見せたかった。
リーナを載せた《グノムス》が胸の装甲を閉じていく。閉ざされていく外の光景の向こうで映像の父王が満足そうにうなずく。
『リーナ、もう何も怖れることなく眠りなさい。そして、いつかそなたを迎えてくれる世界で目覚めることを願っている。グノムス、リーナを頼むぞ』
今になって分かった。
父王が《グノムス》を護衛役として選んだのは、《アルターロフ》建造反対派が予言した最悪の事態に備えてのことだったのだ。
『さらばだ。我が愛する娘よ。例え滅びようと、エンシアはそなたと共にある』
そして、父王は自ら映像を切った。
「お父様ッ!!」
リーナは叫ぶが、その声はもう届かなかった。
自分の最期を娘に見せまいとした、せめてもの愛情だったのだろう。
泣き崩れるリーナの前で装甲は完全に閉じられた。彼女を載せたまま《グノムス》は床をすり抜けて地中への潜行を始める。
《グノムス》に搭載された地中潜行能力と休眠装置よって《アルターロフ》の脅威が消えるまで眠り続ける。
それが国王が決めていた《グノムス》とリーナへの最後の命令なのだ。
遙か地下深くに潜行していく鉄巨人の中で亡国の姫となった少女は一人、いつまでも泣き続けた。
しかし、やがて涙も涸れ果てた時、少女は静かに横たわる。
自分は生きなければならない。
エンシアの人々の無念と願いを無駄にしない為に──
そして、自分が果たすべき何かがあるのなら、それを為すために──
作動する休眠装置を前に、リーナは待ち受ける運命を思いながら永い眠りにつくのだった。