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再会

「終わりだ!」

 森人天使の持つ針枝が振り下ろされる。

 しかし、その瞬間、何かが天使の喉元を掴んでマークルフから引き離した。

 ドラゴを弾き飛ばしたのは魔力の光を放つ古代鎧の右前腕部だ。

「ドラゴッ――うあッ!?」

 援護に動こうとした外套の天使の顔にも左前腕部が叩き付けられる。

「間に合ったか!」

 天使を捉えたのはマークルフが制御信号を放って呼び出した《アルゴ=アバス》の両腕部分だ。《アルゴ=アバス》は部位ごとでの独立制御が出来る。完全な起動は望めなかったが、エルマたちが一部だけでも稼働を間に合わせてくれたようだ。

 古代鎧の右腕はドラゴの喉元を掴んだまま、近くの木に叩き付ける。

 マークルフはそれを追いかけた。そして天使を木に釘付けにする右腕部に自身の右腕を差し込む。マークルフの右腕と右手甲が同調を完了し、マークルフは鋼の右腕でドラゴの首を締め上げ続ける。

「ドラゴッ!」

 頭上の天使が手をかざそうとするが、マークルフも同時に魔力の紋様――制御信号に包まれた左手を動かす。遠隔操作された古代鎧の左手が天使の腕を掴んで妨害した。

「魔導王国の尖兵と戦うなら、相手の性能ぐらいは調べておきな――今度はこっちの番だ」

 ドラゴが装甲に覆われたマークルフの右腕を両手で掴み抵抗する。輝力が天使の首元に集中して強化装甲の握力に抗うが鋼の手は少しずつ首に食い込んでいく。

 だが、右手甲の出力が低下を始めた。賦活化していたマークルフの肉体にも膂力の減退が始まる。

「こんな時に!?」

 乱れていた“聖域”が元に戻ろうとしてるようだ。復活する“聖域”の作用で魔力の消耗が加速し、マークルフの力が急激に低下しだしたのだ。

「……運に……見放された、ようだな」

 ドラゴが強化装甲の手を強引に引き離し始めた。

 “聖域”の作用は天使たちの力も削ぐはずだが、消耗度合いはマークルフの方が早いらしく、ドラゴの輝力が鋼の手を押し返していく。

「ドラゴ!」

 少女の声がし、光輪が空から迫る。

 危険を感じたマークルフは咄嗟にドラゴから離れる。

 光輪が二人の間を横切り、近くの木を斬り裂いた。

「大丈夫ですか、ドラゴ!?」

 空に少女姿の天使が浮かんでいた。彼女は背中から光の羽根を取りだし、マークルフに向かって身構える。

 別の方向では先ほどの外套の天使も古代鎧の左腕を振り払って手をかざしていた。

 状況の不利を悟ったマークルフは逃げ道を探して振り向くが、そこには装甲に包まれた狼頭の獣人が腕を組んで立っていた。

「貴様があの強化装甲の主らしいな。逃げ道は塞がせてもらうぞ」

 獣人が全身から輝力を放つ。この異形の獣人も天使らしい。

「……ハァ……魔導王国の尖兵、手こずらせてくれたな」

 ドラゴが息を整えながら両手を広げ、その間から光の糸が伸びる。

「逃げ道はもうない……貴様の命運もここまでだ」

 マークルフは身構えながら周囲を見回す。

 前には森人、後ろは獣人。空には少女と外套の天使たち。全方位から狙われる形だ。

 しかし、絶対的に不利の状況にいるはずのマークルフは不敵な笑みを浮かべた。

「道はあるぜ。逃げ道じゃなくて、てめえらを倒す道がな」

 ドラゴが怪訝な顔を浮かべる。

「何を言っている?」

「道ってのは真下にもあるもんなんだぜ」

 マークルフは気づいていた。もうすでに自分の最大の切り札が足許まで来ていることに――

「俺の命運を勝手に決めるなよ、ドラゴさんよ。俺の命運はな、あいつに預けてあるのさ」

「あいつ?」

「ああ。俺なんぞを勇士に選んだ変わり者で、ありがたい戦乙女様がな」

 マークルフの足許を横断するように亀裂が走り、地面が分断される。

 そして亀裂の中にマークルフの姿は沈んでいった。



「あれは!?」

 少女天使クーラをはじめとする天使たちが包囲する前で突如、地面が割れた。

 その中に追い詰めたはずの魔導王国の尖兵の姿が沈んでいく。

 同時に地割れの底に鉄機兵の姿が見えた。戦乙女に付き従っていたあの鉄機兵だ。

 地割れはやがて鉄機兵と尖兵の姿を覆っていく。

「気をつけて!」

 少女天使が光輪を投げる。外套の天使も後ろに下がりながら別の方向から光弾を出現させると、光輪の後を追うように地面に投げつけた。

 光輪が地割れの隙間を通り抜け、続けて光弾が着弾して爆発する。

「……やったのか」

 攻撃に巻き込まれないように後ろに飛び退いた獣人が空の天使たちに尋ねる。

「いえ、まだです。手応えが感じられない」

 天使たちが警戒するなか、土煙を巻き上げる地上から光に包まれた何かが飛び出した。

 それは光に包まれた尖兵の男だ。

「逃がさん!」

 森人天使が光糸を繋いだ貴石のくないを投げつける。光糸が着地した男の身体に巻き付いた。

「止める!」

 動きを封じた男に獣人が背後から飛びかかり、光に包まれた右手を突き出す。

「――これは!?」

 獣人の手が男を包む光に触れた瞬間、激しい火花を散らして獣の手を弾き返した。

 縛っていた光糸も火花を散らし次々に分解されていく。

「……ダメだ、縛り切れん!」

 森人天使の力で維持されていた光糸がちぎれ飛ぶ。

 男を包む光が装甲に変換され、その全身に次々と装着されていく。そして、光の装甲は黄金の装甲へと姿を変えた。

「……いったい、何なの?」

 外套の天使が声を震わせる。

「もしや、あれが“鎧”――」

 輝力でも魔力でも霊力でもない異種の“力”を放つ存在に、少女天使も動揺を隠せない。

「先ほどの強化装甲……いや、違う」

 獣人もその姿に警戒の目を向ける。

「何者なんだ、奴は……」

 森人が細い目を見開く。

 悠久の時を生きる天使たちですら、目の前に現れたこの黄金鎧の戦士は見たことのない未知の存在であったのだ。



「リーナ、やれるな」

『はい。“聖域”の働きも元に戻りつつあるので、この姿は維持できそうです』

 マークルフは《グノムス》に乗っていたリーナの力を借り、“黄金の鎧の勇士”となっていた。

 天使たちを前にマークルフは黄金の両拳を胸の前で打ち合わせる。

「待たせたな、天使ども。命運を賭けた勝負はここからだ」

 “鎧”を纏ったマークルフを前に天使たちも動きを止める。彼らも様々な反応を見せるが、戸惑いを隠せないのは共通しているようだ。

「……やるぞ」

 森人の天使ドラゴが身構えた。

「あのような存在、看過できん! 俺たちが揃っているここで――」

『止めておけ』

 身構えようとした天使たちを制止する声がした。

 強化装甲の視界センサーが木々の向こうに隠れる存在を捉える。

 何もない一点を輝力の反応が示していた。

 いや、よく見ればその一点だけ景色がぼやけたように見える。

「貴方は――」

 少女天使が声のする方を見る。

『あの鎧は単身で《アルターロフ》の暴走を止めるほどの戦闘力を持つ。この状況で戦えば下手をすれば全滅もありえるぞ』

 天使たちがその声を聞くとマークルフの姿を睨むが、やがてそれぞれ光翼を広げた。

「……承知しました。貴方の忠告に従います」

 少女天使が言うと翼で自分の姿を隠す。

 他の天使たちも同様に翼で隠すと彼らは一斉に姿を消した。

 視界センサーの反応も同時に途絶え、周囲から全ての輝力の反応が消える。

『……逃げたのですか?』

「みたいだな。せっかく正装したというのにあっさり帰りやがって。厄介な連中だ」

 周囲を索敵するがセンサーは何の反応も捉えない。天使たちには瞬時にそこから離脱する能力があるようだ。

 相手が撤退したのを確認するとマークルフは変身を解く。

 “鎧”が光の粒子となって散り、それはマークルフの隣で集まるとリーナの姿に戻った。

「ひとまず、これで片付いたようだな」

 マークルフは地面に落ちていた戦乙女の槍を拾い上げる。

 その間に二人の背後から《グノムス》も現れていた。

『天使たちを退けたようだな』

 目の前に闇の外套姿が現れる。先ほどの男だ。

「高みの見物をしてたって訳か」

 マークルフが答えると、隣に立つリーナが不思議そうな顔をした。どうやら彼女には男の姿が見えていないようだ。

「気にするな、リーナ。どうやら俺にしか見えないらしい。少し独り言が続くが心配するな」

 そう言うとマークルフは一転、男を睨む。

「これはあんたの望んだ状況か」

『そうだな。少なくとも現在、君たちを倒されては困るのでね』

「労ってくれるなら面ぐらい拝ませてくれたらどうだ?」

『そうしてもいいが、どこで面が割れるか分からないからな』

「ほう。つまり、あんたは結構、有名人というわけか」

『知っている人間など、もうほとんどいないだろうがな。用心に越したことはない』

 マークルフは鼻を鳴らすとリーナを空いた手で押して、後ろに下がらせる。

「リーナ、大事な話があるから少し下がっていてくれ……物知りの旦那よ。いろいろ教えてくれたが、もう一つだけ教えて欲しいことがあるんだ」

『何だ?』

「戦乙女は人間に抱かれても問題はないのか、知ってるか?」

 マークルフは小声で囁く。

 男が外套の下で肩をすくめたように見えた。

『生憎とそこまでは知らないな。そもそも、それは彼女の気持ちの問題だ』

「ほお、あんた胡散臭い登場の割には女性の気持ちを大事にする紳士なんだな」

 そうおちゃらけたマークルフが握っていた《戦乙女の槍》を男に不意に突き刺す。

 しかし、それは男の姿を通り過ぎるだけだった。

『そう、この姿は幻影だ。そして――』

 男の姿が薄れていく。

『わたしは“聖域”の影響がない時にしか君に干渉できない。君が他愛もない話でわたしを引き止めようとしたのは“聖域”の影響が元に戻ればどうなるか、それが知りたかったからだろう?』

「他愛もないは心外だな。結構、切実な人生相談なんだぜ」

 外套の下で男が薄く笑った気がした。

『ここまでだな。次に会う時は敵か、それとも敵の敵としてか――』

 そこまで言って男の幻影は姿を消した。

 活性化していたマークルフの“心臓”もいつもの調子に戻っていた。おそらく、“聖域”が安定を取り戻したのだろう。

「……味方と言わないところは親切な敵だな」

 マークルフは独り呟く。

「いったい、どちらの方と話されていたのですか?」

 リーナが尋ねる。不思議そうにはしているが、彼が誰かと話していたことは疑っていないようだ。

「俺も分からん。ともかく物知りで用心深く紳士的で親切な敵のようだ」

「はあ」

 リーナが首を傾げる。

「しかし、リーナ。随分と泥だらけだな」

 マークルフは汚れたドレス姿のリーナを見ると手で埃を払っていく。

「ええ。ここに来るまでに何回尻餅をついたことか――キャアッ!?」

 顔を真っ赤にしたリーナが尻を庇って下がる。

「いま、また変なところ触りましたね!」

「すまん、すまん。尻餅と聞いたらまた目測を誤った。何だ? いつになく顔が真っ赤だな」

「知りません!」

「ははあ、さっきの囁き盗み聞きしたな」

「聞こえてしまっただけです! それよりもそんな破廉恥な態度、誰かに見られたらどうするのですか!?」

「安心しろ。ここには口の堅いグーの字しかいねえ」

 マークルフはリーナに近づく。そして背後に立つ《グノムス》と挟み込むように両手をついた。両腕に挟まれたリーナも逃げ道を失い、《グノムス》に背中を付ける。

「そもそも見られたところで俺は何も困らねえ」

 マークルフは開き直ったように顔を近づける。

「いえ、その、そういう問題じゃ――」

 照れながらリーナが戸惑うが、ふと他所の方に向いた。途端に顔が硬直する。

「どうした?」

 マークルフも振り向く。

 向こうの木のかげから誰かが顔だけ出してこちらを覗いていた。

 旅人姿のその人物は赤みがかった髪をお下げにした少女だった。

「……リファ――」

「――ちゃん?」

 マークルフとリーナが間近で顔を見合わせる。そしてもう一度、そろって木の方を見た。

 覗いているのに気づかれた少女が照れ笑いしながら手を振る。

「……あ……これは……その……ね……キャアアアア!?」

「ゴワッ!?」

 顔を真っ赤にしたリーナがマークルフの顔をアゴを掴み、《グノムス》の装甲に思いっきり叩きつけるのだった。



「……や、やれやれ、命運を託す前に命運を断たれるところだったぜ」

「ご、ごめんなさい! つい、勢いで力が入ってしまって!」

「その割には受け身とれないように掴んでたよな」

 顔を抑えるマークルフに赤面したままのリーナが慌てふためきながら謝る。

「お久しぶり、男爵さんにリーナお姉ちゃん。相変わらず仲が良さそうだね」

 二人の前に両手を後ろ手に組んだリファが立っていた。

「そっちも元気そうだな。しかし、ここで会うとはさすがに思いもしなかったぜ」

 リファはブランダルクで国王となった双子の兄を裏から助けるため、マークルフの口利きで地元の傭兵組織に属していたはずだった。

「いろいろあってさ。でも何か邪魔したみたいだから、もう少し後ろ向いてようか」

「おう。リファも気が利くようになったな」

「リファちゃん! そんな気は利かせなくていいから!」

 さらに顔を赤くしたリーナがマークルフを押し退けて言う。

「どうする、所長さんよ」

 木陰から男の声がした。

「俺ら邪魔だったんじゃねえか」

「そうね。急いで損したかも――」

 木の向こうから一組の男女が現れる。

 一人はエルマ、もう一人は傭兵姿の男だ。それはブランダルクに残っていたはずの傭兵サルディンだった。

「エルマさんにサルディンさん!?」

 目撃者がさらに増えたことでリーナが完全に顔を紅潮させ、背中を向けてしまった。

「サルディン、てめえも来てたのか。二人して覗いてやがったのか」

 サルディンが苦笑いで答える。

「やだな、仕事ですよ。これでもフィルアネス国王からの直々の依頼で動いてるんですぜ」

「でも、来てくれて助かりましたわ」

 エルマが言った。

「思いがけずリファちゃんが来てくれたので《アルゴ=アバス》の起動を急げたのですからね」

 エンシアの人造生命体〈ガラテア〉でもあるリファは自身の中に膨大な魔力を蓄えやすい特性がある。エルマはそれを取り出し、《アルゴ=アバス》の両腕だけでも稼働を間に合わせたらしい。

「そういうことなら、とりあえず礼を言っておくぜ。それにしてもルフィン直々とはいったい何があった?」

「まあ、いろいろ。しかし、さすがは若だ。あの天使どもにはこっちは手も足もでなかったのに――」

「どうやら、そっちも訳ありらしいな」

 マークルフは腕を組む。

 その脇をリファが通り過ぎた。そして恥ずかしさで背を向けていたリーナの前に回り込む。

「リーナお姉ちゃん、こうしてまた会えて良かった」

 リファが話しかける。

「ブランダルクの時はちゃんと見送りできなかったから、いつかお姉ちゃんにお礼を言いたかったんだ」

 そう言うとリファはリーナに抱きつく。

「……リファちゃん」

「ありがとう、リーナお姉ちゃん。お姉ちゃんがいてくれたから、あたしも“リファ”として頑張れてるよ。本当にありがとう」

 リファが腕に力を込め、リーナの懐に顔を埋めた。

 リーナも静かに微笑みながら、リファを抱き寄せる。

「……エルマ、サルディン。とりあえず話は後だ。グーの字、俺たちは先に城に戻る。後で二人を連れて戻って来いよ」

「そうですね、若――」

 マークルフたちは背中を向けると微笑み合いながら、歩き出した。

 残ったのは再会を喜び合うリーナたちとそれを黙って見守る鉄機兵の姿だった。

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