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かつての友

 エルマは装甲に包まれた獣人──いや、“天使”の姿を確認する。

(古代エンシアの被験体──でも、あの改造形式は人造生物のそれではないわ)

 エルマは銃口を獣人に向ける。

「……人狼族の改造体で天使ってところかしら?」

 エルマの問いに獣人の天使は口許の牙を見せる。

「分かるか。その姿、貴様は魔導技術の研究者か」

 人狼族とは古代エンシアの時代に生息していた種族だ。通常は人の姿だが戦闘時になるとその強靱な生命力を解放して狼に似た獣人形態に変貌したという。

 この天使はエンシアの技術で改造された人狼族なのだろう。

「しかし話には付き合わん。時間稼ぎはさせん」

 獣人の天使は奥に鎮座した強化装甲《アルゴ=アバス》の姿を見つけると、爪を生やした獣の右手を眼前に掲げた。その指がギリギリと折り曲がる。

「これほどの強化装甲が稼働できる状態で現存していたとはな……装着者が出てくる前に破壊する」

 エルマは発砲する。

 しかし、それは紅い閃光を発して獣人の装甲に弾かれた。

「……なるほど、魔力を込めた弾か。魔力と輝力を反応させて暴発させるわけだな」

 エルマは舌打ちする。

 天使は全身を輝力で覆って身を守っていると聞いていたが、この獣人の天使はわざとなのか輝力で身を覆っていない。生来の装甲で弾丸を防がれては輝力と反応して破壊力を増す魔力弾が通用しないのだ。

 そしてこの獣人はそれを即座に理解している。下手な小細工は通用しないということだ。

(こうなれば、せめて《アルゴ=アバス》のジェネレータ部分だけでも──)

 《アルゴ=アバス》全体への魔力充填は間に合いそうにない。しかし、この古代鎧は部位ごとに独立して機能できる。古代鎧の心臓部である魔力ジェネレータを搭載した部位だけでも稼働させれば、それを男爵に送り出すことが出来る。

 それがいま打てる最善の手だろう。改造部の設計はすでにダロムたちに託してある。遺失技術の集大成であるジェネレータさえ無事なら、他の部位が破壊されてもダロムたちの手で再生は可能だ。

「……装甲に包まれた天使って反則ね」

 エルマは肩を落として銃口を下に向けた。

「俺も好きでこの姿になった訳ではないがな。輝力を持つ相手でなければ、脆い結晶弾を撃つための銃は人を殺傷するほどの能力もあるまい」

 天使の言う通りだった。

「天使って機械オンチばかりと思ってたわ」

「どこにも変わり者はいるものでな。だから命拾いさせてやる。他の同志だったら貴様も抹殺しただろう」

 獣人の天使はエルマの脇を横切り、背後の《アルゴ=アバス》に迫ろうとする。

 エルマは不意を突くように振り返ると銃口を獣人の後頭部に向けた。

 しかし、獣人も振り返ると右手で銃口を塞ぐように彼女の銃を鷲掴みにする。

「……貴様、なかなかの科学者だな。その銃で俺に通じる可能性のある部分をすぐに見抜くとはな」

 獣人は口許を釣り上げると掴んだ銃をあっさりと握りつぶしてしまった。凄まじい握力だ。

「察しの通り、俺はエンシアの連中に生体兵器として改造されたが脳の改造まではされていない。魔力弾を脳幹に当てられたらまずかったかもな」

 エルマは顔をしかめた。

 生体を改造手術する場合、まずは全身を改造し、それから全身の能力を制御できるように頭脳を改造する。

 いままでの振る舞いからこの天使は全身までの改造しかされていない。そのような不完全な手術で終わった例はエンシアの文献にもあった。そして、その不完全体と戦う場合の対策も。

 それは脳幹の部分に強い魔力を当てることだ。脳幹に急激な魔力を受けると全身の機能が誤動作を起こし、頭脳で制御できない不完全な改造体は一時的に動作に支障が出る可能性が高いのだ。

「本当に反則ね……そこまで機械に詳しい天使なんて」

「俺はかつてエンシアに対抗するため、その技術を盗もうとしたことがあってな」

 獣人が手を動かすと銃の破片が床にこぼれ落とす。そして掌を見せるように手を広げた。

 それだけ器用に選別したのか、魔力弾が一つ残っていた。

 獣人の手が淡く輝く。

 それに気づいたエルマは慌てて飛び退くが小さな暴発が起こって壁に叩き付けられた。

「魔力弾でこちらの力を暴発させるなら、その逆も可能ということだ」

 身体を打ち付けて動けなくなったエルマを一瞥すると、獣人は再び《アルゴ=アバス》へと近づく。その右手が光の霊気を纏う。

「おねがい、やめて!」

 その声に獣人の足が止まる。

 大柄な獣人の足許にプリムが立っていた。

「プリムちゃん、逃げなさい!」

 エルマは叫ぶがプリムは逃げずに小さな身体で立ち塞がろうとする。

「天使さん! この鎧さんはだいじなモノなの! おねがい、こわさないで!」

 プリムが怯えながらも逃げることなく懸命に訴える。

「……妖精族か。まさか、このような場所で出逢うとはな」

 獣人が足許から訴える小さな妖精娘を睨むが、やがてそれを跨いだ。

「まって! この鎧がないとみんながこまるの!」

 プリムは獣人の股下を通って前に出るが、獣人はそれを無視して《アルゴ=アバス》の前に立つ。

「離れろ、妖精の娘。これから徹底的にこの鎧を破壊する。巻き込まれて怪我をしても知らんぞ!」

「やめて!!」

 獣人が右手を鎧に突き出すのとプリムの叫びが重なった。

 しかし、その叫びが消えた時、全ては止まっていた。

「……おまえは!?」

 《アルゴ=アバス》の前に突き出された獣人の手が制止していた。いや、まるで金縛りにあったかのように小刻みに震えている。

「久しぶりじゃな、かれこれ五百年ぶりか」

 動きを止めたその手の先──《アルゴ=アバス》の肩に老妖精ダロムが立っていた。

「やはり、ダロム……なのか」

「ワシは老けたがお主はそう変わっとらんな、ファウアン」

 獣人の瞳が驚愕に揺れる。

「……ああ、まさかこのような形で再会するとは思わなかったぞ」

「ワシもだ」

 そう告げた獣人が笑みを浮かべた。

「やはり、くたばってなかったな。かつて妖精族の勇士と呼ばれた友よ」

「それは昔の話だ。今のワシはただの親切な妖精さんじゃ」

「久しぶりの再会だというのに、相変わらず惚けた事を言ってくれるな」

 獣人の右手は鎧に向けられたままだが見えない何かに阻まれているのか、その右手を前に突き出すことができずにいる。

「ファウアン、昔なじみの顔に免じてここは退いてくれぬか」

 ダロムの申し出に獣人が目を細める。

「お前がそこまでして守るその鎧、何があるというのだ?」

「それは決めるのはワシではない。しかし、いまここで潰されるわけにはいかんのだ」

 獣人の手を挟んで老妖精と天使が睨み合う。

「……ダロム、一つ教えてくれ」

「何だ?」

「かつてお前は言ったな。いずれ“神”に会ってエンシアを野放しにしていることに文句を言ってやると──それは叶ったのか?」

「……さあのぉ。じゃが、いまは考えは変わったよ。“神”に助けを求めるなら、我らも“神”を助ける者にならねばならん、とな」

 エルマたちが見守る中、ダロムと獣人は黙って対峙し続ける。

 やがて、獣人の視線が上を向いた。

「……どうやら、ここが頃合いのようだ」

 獣人はゆっくりと自ら手を引くと背中を向けた。

「ファウアン」

「ダロム、別にお前の肩を持った訳じゃない。お前を通して動き出す運命を見定める必要ができた──そう思っただけだ。忘れるな、俺は必要とあらばお前とて敵とするぞ」

「忘れはせんさ。お前は天使として覚醒する前からそういう男だった」

 獣人は振り返ると後ろに立っているプリムを見下ろす。

「ダロム、この娘はお前の身内か」

「ああ。かつてお前が助けてくれたマキュアの忘れ形見じゃよ」

「やはりな、どこか面影がある……あの小さな妖精娘はあの後、幸せに暮らせたのか?」

「そうだな。最後の別れの時、お主に感謝の言葉を残したくらいにはな」

「そうか」

 獣人は目を閉じるが、やがて歩き去ろうとする。

「……ありがとう、天使さん」

 プリムが去っていく獣人の背中に声をかける。

「マキュアも同じ言葉を残して逝ったよ」

 ダロムが言った。

「いつかまた会えたら、そうお礼を言いたかったそうだ」

 ダロムの言葉に獣人は立ち止まったが、また歩き出すと背中から光翼を広げた。

「また会おう」

 獣人の天使はそう告げると天井の穴から飛び去っていった。

「……あいたた、酷い目に遭ったわね」

 エルマは立ち上がった。

 部屋の計器の針が動いていた。“聖域”の働きに回復の兆しが見える。あの天使もそれに気づいて撤退を急いだのかも知れない。

「大丈夫か、姐さんや?」

「まあね。それより妖精さん、あの天使と知り合いなの?」

「長生きすると知り合いは多くての。それより他の天使たちもどうにかせねば。勇士たちも苦戦しておるはずじゃ」

 エルマは強化装甲に繋がれた計器を調べる。《アルゴ=アバス》に充填された魔力は戦闘に必要な出力にまで達していない。

「まだ時間が要るか……仕方ない。修復を切り上げて一から出力を上げるのではな」

 ダロムも腕を組んで肩を落とす。

 エルマも計器を睨んでいたが、ふと外部の反応に乱れが出ているのに気づいた。計測しているのは魔力だ。

(新手? だけど魔力なら天使ではない。何かが近くに──)

 足許にいたプリムが何かに気づいたのか耳を澄ます。

「ねえ、じいじ。声が聞こえない?」

「声? 勇士たちか?」

「ううん……でも、どこかで聞いた声──」

 プリムはじっと耳を澄ませていたが、やがて顔を上げた。

「思い出した!」

 そしてプリムは思いがけない人物の名を告げた。



「……ああ、酷い目にあったぜ」

 地面に倒れていたマークルフは痛む身体で起き上がる。

 周囲は枝と木の葉が散乱していた。その向こうには木に叩き付けられて倒れている森人の天使ドラゴの姿があった。

 マークルフが全身に展開した魔力の信号と森人の輝力の糸、その二つを衝突させた反動は二人を吹き飛ばすほどの衝撃波を生み出していた。

「くそ、ブランダルクでの戦いを思い出すな」

 マークルフは愚痴りながらも立ち上がる。

「うぅ……お、おのれ」

 ドラゴが起き上がると両手を広げた。その間に光糸が伸びる。

 天使もいまの衝撃で負傷しているようだ。顔をしかめ、その動きも身体を庇うように鈍い。輝力の防御がなければ肉体強度は普通の人間と変わらないようだ。

 天使が光糸を投げる前にマークルフは全身に制御信号を展開する。

「これで捕まえられないぜ」

「どうかな。糸を絡ませれば貴様だけ自爆するだけだ」

「それこそどうかな? 先に紋章で防御してしまえば絡まる前にその細い糸が先に切れるぜ。もっとぶっとい糸を作れるなら話は別だがな」

 ドラゴが歯噛みする。おそらく、糸はこれ以上太くはできないのだろう。

 優雅な外見の割に直情的な性格らしく、考えが読みやすいのだけは有り難い。

 そのドラゴの表情が一瞬、変わるとその場から飛び退く。

 同時に目の前に紅い粒子の尾を引く光弾が飛来した。

 マークルフも飛び退くが光弾が炸裂し、その爆風で地面を転がり後ろの木に叩き付けられる。

(さっきの奴か!)

 上空に外套姿の天使がいたが、すぐに目の前に森人の顔が迫っていた。

「終わりだ!」

 ドラゴがマークルフの顔を左手で木に押さえつけると、右手に持つ黄金葉の針枝を振り上げた。

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