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時を越えた虚飾と傲慢と絶望

「……リーナ」

 目の前に立つリーナの姿。

 兜が割れ、片目が露わになっているマークルフの瞳にその姿が映っていた。

『何故だ──何故、わたしの力を振り切り、顕現化できるのだ!?』

 ヴェルギリウスは自らの内から漏れ出る光に苦悶の表情を浮かべる。

『エレナさんがマークルフ様の願いを聞いたのです。あなたを──“闇”を倒したいという誰よりも強い願望をです』

 リーナは答えた。

 その迷いのない凛とした姿にマークルフは見とれる。

 それは彼が思い描く戦乙女の姿そのものであった。

『あなたはエレナさんを取り込んだ。同時にエレナさんも“機神”と一体になっています。人の欲望に応えるという“闇”の機械神としてです。そのエレナさんがマークルフ様の願いを聞き、その欲望に応える力で私を解放してくれました』

 ヴェルギリウスの右腕から火花が散り、黒剣が落ちて地面に突き刺さった。

『エレナ=フィルディングの意識も完全に闇に閉ざしたはずだ。何も届くはずはない』

 リーナが振り返り、リファに微笑む。

『リファちゃん。ごめんなさい。とても危険な役目をお願いしてしまって──』

「いいんだよ。お姉ちゃん」

 リファも微笑んで答えた。

「あたしはすでに死んでしまったフィーリア王女の代わりに生まれてきた。それに本当ならあたしは死んでいたはずなの。ブランダルクの岩山で“機竜”の犠牲になって──あたしはとても怖かった。暗闇の中で独りで死を待っていたあの時の気持ちは生涯忘れない」

 リファはそう言ってマークルフを見る。

「だから、絶対に忘れない。泣くしかなかったあたしを迎えに来てくれた兄ちゃんと、あたしたちを助けるために駆けつけてくれた男爵さんとリーナお姉ちゃんの姿を──」

 リファはいつものマークルフを真似るように不敵な笑みを作って見せた。

「あたしは“機神”に盗み聞きされちゃう体質みたいなの。今度はエレナさんがあたしを通して男爵さんの声を聞いたんだよ。どう、いい女でしょ?」

 マークルフは呆然としたが、やがて笑みを浮かべた。

「ああ、戦乙女まで働かせる最高の女さ」

「……これで、やっと……兄ちゃんたちの分まで恩を返せた」

 リファが安心したようにマークルフに覆い被さるように倒れた。

 ヴェルギリウスに抗うのに全ての力を使い果たしてしまったのだろう。

『……ありがとう、リファちゃん』

 リーナが優しい眼差しを向けた。

 そしてマークルフと目が合うと、安心させるようにうなずき、ヴェルギリウスに向き直る。

『お前が解放されたところで何もできないはずだ。わたしは“闇”の王だ。“神”の娘といえど、一介の人間が生まれ変わった戦乙女の力でわたしの力に抗えるはずがない!』

『私は“神の武器”となりました。これが──“闇”の王を倒す勇士を導く“神”の“武器”になることこそ、私が最後になるべき“武器”だったのです』

『そんなはずはない! “神”は地下深くに身を潜めて見ているだけだ!』

 ヴェルギリウスは黒剣に手を伸ばす。

 だが、黒剣は刀身を震わせると結晶が砕けるように四散した。

『何故だ!? その力はどこから来ている!?』

『“闇”よ。あなたは《アルターロフ》と同化し、“機神”と化した。その名は世界の人々にとって忌まわしい言葉でしかなかった。でも、それがあなたを倒すための手がかりを教えてくれた』

『何を言いたい?』

『そう、《アルターロフ》は“神”だったのよ。少なくとも私たち、エンシアの民にとっては──』

 リーナから放たれる光が輝きを増した。

 その光に触れたヴェルギリウスの幻影が揺らぐ。

『“闇”よ、あなたにとって《アルターロフ》はエンシアの歴史を操ることで作らせた“器”に過ぎない。だけど、エンシアの民にとっては明日の世界を生きるための希望に他ならなかった。“神”を信じなかったエンシアの民が自らの手で作り出した人造の“神”なの』

 ヴェルギリウスが手を差し出す。闇から飛び出した無数の鎖がリーナを縛りつけようとするが、鎖は彼女の身体に触れた瞬間、闇の粒子となって消えた。

『──これは!?』

 そしてヴェルギリウスの手も粒子と化して散る。

『私はエンシア王女リーナ──《アルターロフ》を世界を救う“神”と信じた民の一人!』

 リーナが手を差し向ける。

 周囲に光の領域が浮かび、ヴェルギリウスの姿を弾き飛ばす。

『私は戦乙女リーナ──神の娘であり、光の力を司る者の一人』

『このわたしから《アルターロフ》の支配を奪い取るというのか!』

『わたしはエンシア最後の希望を託された一人の娘──エンシアの希望を我が勇士に捧げ、その武器となる者!』

『──この《アルターロフ》をエンシアの神と認識し、おのが力の糧とし、己自身をその“武器”とする形で我が支配に反抗しようというのか』

 兄の姿を象る“闇”に初めて、激しい動揺が見て取れた。

『《アルターロフ》を“機神”ではなくエンシアの神として“光”の属性に塗り替えようというのか──“神”め! エンシアの生き残りを戦乙女に選んだのはこの時のためだったのか!』

 ヴェルギリウスが身もだえするように両腕で自分の肩を掴む。

『その姿を返しなさい! それはエンシアとそこに暮らした人たちを愛し、その最後に立ち向かった人のものよ!』

 ヴェルギリウスの姿が消え、その下から機人体が現れる。

 そして、その全身を覆っていたツタが千切れ飛び、その内側からエレナ=フィルディングの姿が現れた。

 一糸まとわぬ姿のエレナが力尽きたように地面に倒れる。

「エレナ=フィルディング!? 無事か!?」

 マークルフは呼びかける。返事はないが、微かに手が動いた。

 ログが身体を引きずるように近寄り、自分の外套を外して彼女にかける。

「ログ!?」

「大丈夫です……意識はあります」

 マークルフにログが答える。

 リーナの幻影が空を見あげた。

『エレナさんと《アルターロフ》を切り離しました。《アルターロフ》の制御は私が引き受けます。エレナさんまでがエンシアの亡霊の道連れになることはありません』

「お前は……大丈夫なのか?」

 リーナがマークルフの方へ振り返り、近づいていく。

『私はこれから《アルターロフ》を抑えます。そして、機体を一年後の未来に転移させます』

 乙女が倒れるマークルフの傍に膝をついた。そして疲れ果てたリファを慈しむように微笑み、マークルフに青い双眸を向ける。

『それまでに《アルターロフ》を倒す準備をお願いします』

「リーナ……」

『待ってます』

 そしてリーナが目を閉じ、露わになったマークルフの瞳にその唇を近づける。

 だが、その上空から真紅の光が発生した。

 それが破壊の魔力だと気づいたマークルフはリファを抱えて咄嗟に飛び退いた。

 破壊の衝撃がその場を襲い、リファを庇ったままマークルフは吹き飛ばされる。

『マークルフ様!?』

 リーナの悲鳴が闇に広がる。

『──何がエンシアの希望だ』

 声がした。ヴェルギリウスに似ているが、それはかつてヒュールフォンと戦った時に聞いた声にも似ていた。

 空の上空には機械の翼竜が浮いていた。

 それだけではない。

 周囲の空や地上にエンシアの古代兵器が次々と現れた。

『これは──』

『何がエンシアの神だ。文明を捨てられず、それにしがみつくために世界の理までも支配しようとしたエンシアの民が! その傲慢を神に仕立て上げるなど、欺瞞という言葉すらおこがましい!』

 リーナを糾弾するように“闇”の声が響き渡る。

『エンシアの希望を糧に顕現した貴様の姿こそ、欲望よりも醜い光よ。その目で確かめるがいい。エンシアが生み出し、後の世に遺したものを!』

 一体の鉄巨人がリファを庇って地面に倒れるマークルフの前に出現した。その脚を持ち上げ、マークルフたちを踏み潰そうとする。

「リファ……逃げろ!」

 マークルフは叫んでその脚を背中で受け止める。

 辛うじて起動している強化装甲では耐えるのがやっとで押し返すこともできない。

「だ、男爵さん……?」

「早く!」

 気がついたリファが立ち上がって逃げるが、その前に機械の人形が立ちはだかる。

 その人形に光の剣が突き刺さった。

 エレナを背中に抱え、シグの魔剣を手にしたログだった。

「ログ! 二人を連れて逃げろ!」

 マークルフは鉄巨人の脚から逃れると、ボロボロになった右腕の刃で鉄巨人の胴体を貫いた。

 だが、新手の機械の獣がマークルフに飛びかかり、その右腕にかみつく。

 動きを止められたところをさらに銃撃が襲う。

 空から飛来した古い掃討艇だ。

 装甲に無数の火花が飛び散る。

『マークルフ様!? リファちゃん!? ログ副長!?』

『ここだけではない。すでに他の仲間や世界中に残っているエンシアの遺産全てを起動させた』

『見えているはずだ、戦乙女よ。各地で古代機械が襲撃を開始し、人々を襲いだしている。それから逃れるように“闇”に助けを求め、先の時代へと転移して消えていく人々の姿を─』

『あなたが人々を──』

『《アルターロフ》の一部を掌握した貴様はエレナ=フィルディングを制御装置の役割から解放した。それで貴様はわたしが《アルターロフ》を支配できなくなると考えたのだろう。それは正解だ』

 “闇”が答える。

『だが、それは制御装置全てから解放されたことも意味する。わたしも“罠”は仕込んでいた。《アルターロフ》が全ての制御装置から外れた瞬間、保留していた命令も解除され、全ての自律兵器が行動を開始する“罠”をな』

『罠……?』

『そうだ。《アルターロフ》から送られる魔力を通して、全ての古代兵器には暴走の命令を組み込んでいた。《アルターロフ》が放棄された瞬間に実行される暴走の命令をな。これは魔力そのものに組み込まれ、どんなに調べても機械内部からは分からない。エンシアの人間たちは最後まで分からなかったがな』

『そんな──』

『当然であろう。《アルターロフ》を放棄するということは、全ての文明を放棄するということだ。ならば、わたしが導いた恩恵である文明は全てわたしに返してもらうだけだ。リーナ、貴様は確かに《アルターロフ》を掌握して無効化したが、それはエンシアを代表して全ての文明をわたしに返上しただけに過ぎない』

 リーナの幻影がおののく中、それを無視するように鉄機兵が幻影をすり抜ける。

『《アルターロフ》を無効化すれば、全ての兵器も無効化できると思っていたか? それこそが傲慢から来る思い込みというものだ。そんなことで、エンシアの民が積み重ねてきた“罪”が無かったことにはできない。《アルターロフ》を掌握しようが、光の属性の貴様には闇の力で動く兵器は止められん。貴様にはもう何もできない。わたしと共に《アルターロフ》の檻の中で世界が我が手に下るのを見届けるがいい』

 愕然としてリーナの幻影がその場に崩れ落ちる。

『そんな……わたしは……』

「リーナ! お前がやったことは……間違っちゃ……間違っちゃいねえ!」

 崩れ落ちる姿を支えるようにマークルフの声がとどろく。

「エンシアは“闇”に利用されてきた……その一族の絶望と無念を晴らすためにお前は頑張ってきたのだろうが……」

 黒焦げ、半壊した強化鎧を引きずるように、マークルフは幻影に近づく。

「お前は間違っちゃいない……お前は……お前の世界から託されたことを果たした……“闇”と決別し……エンシアを“闇”から解き放──」

 空に浮く古代兵器からの魔力の弾丸がマークルフの姿を呑み込んだ。

『マークルフ様ッ!?』

 爆発が消え、 土煙の中に倒れたマークルフの姿があった。

 内部機構に点っていた真紅の光が最後の灯火のように消失し、強化装甲が完全に沈黙したことを示していた。

 そして、マークルフも全く動かない。

 ログもリファとエレナを守るように動いているが、古代兵器に追われ、為す術もなかった。

『時を越え、エンシアの最期がこの時代で再現されるだろう。そしてわたしは人々を未来の時代へと救済する。現世は“希望”を餌にする“神”にそそのかされた者たちで紡ぐがいい。その紡がれた運命で織られた世界に、わたしを選んだ者たちは自らの望みで降り立ち、その世界に望む物を刻むのだ』

 “闇”の声が暗く閉ざされた世界全てに響き渡る。

『人が人でなくなる世界? 違うな。世界は最初から紡ぐ者と刻む者で成り立つ。わたしは後者に応える。欲望に従う人間に世界だけでなく、未来も自由にする権利を与える。それに比べて“神”は何をした?』

 リーナの背後に“闇”の気配が忍び寄る。

『気づいたであろう? “神”は本当に何も与えない。希望など存在しないのだ。だからこそ、“神”は演出する。人を操り、見えないところからさも“希望”が存在するようにな。エンシアの神を騙った貴様も“神”の真似事をするがいい……そうだ、何もできないまま見つめていることだ』

 リーナの瞳は地に倒れたマークルフに向けられたまま揺れていた。

『祖国の遺した欲望が世界を変えていく様を、“神”のように黙って見ているがいい。自らは何もできない虚飾だけの“希望”──それこそが“神”なのだ!』


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