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勇士を導く戦乙女たち

 ログとリファを乗せた馬が駆ける。

「副長さんにもお姉ちゃんからの言葉、伝えておきます」

 リファはリーナが彼女に頼んだ言葉を伝える。

「それは……何故、そのようなことを──」

「詳しくは分からないけど、一生懸命に戦ってる男爵さんじゃ絶対にやらないことだから、誰かが伝えないといけないの。でも、お姉ちゃんは“闇”に妨害されて男爵さんに伝えれないから、あたしに助けを求めて──」

 先で閃光と衝撃が轟き、驚いた馬からログたちは振り落とされる。

 ログはリファを庇って地面を転がり落ち、馬はどこかに逃げてしまった。

「ご無事ですか?」

 ログが立ち上がり、戦いが起きている先を睨む。

「は、はい……」

 リファも立ち上がった。先に溢れる魔力が鳥肌となってリファには感じ取れた。

 間違いなくこの先は危険だ。

 それでも伝えなければならない。

「──頑張って、男爵さん」

 リファとログは駆け出す。

 リファは願う。

 この暗闇の世界で、孤独な戦いに堪えている勇士を助けたかった。

 あの時、自分を助けてくれたように──

 今度は自分が助ける番なのだ。



 吹き飛ばされたマークルフは背後の木をなぎ倒して地面に倒れる。

「……ち……くしょう」

 マークルフは軋んだ悲鳴をあげる強化装甲を動かし、立ち上げる。

『出力はすでに三十パーセントを切り、内部基幹部にも深刻な機能障害。もはや戦闘行動もままならない状態だ』

 ヴェルギリウスが内部データを読み取るように呟き、真紅に輝く剣を手に近づく。

『辛うじて君の身を守るほどでしかない。それがその鎧の最後の役割となるだろう』

「……まだ……だ!」

 マークルフは《戦乙女の槍》を手に身構える。

『諦めが悪いのを責めはしない。だが、もう君に望みはない』

「まだだッ!」

 ヴェルギリウスが黒剣を振り下ろすと同時にマークルフも左腕を突き出した。

 左腕に搭載された魔剣の補助動力機関から光が放たれ、黒剣の魔力と衝突する。

 両者の間に爆発的な衝撃が発生し、マークルフを吹き飛ばすが、受け身を取り、地面に着地する。

 土煙が視界を阻むが、やがて真紅の光がその中に浮かぶ。

『──対生成機関が排気する輝力と我が剣の魔力を衝突させ、破壊の衝撃波で攻撃するか』

 視界が晴れると、全く無傷のヴェルギリウスが立っていた。

『自滅に等しい攻撃だが、それが最後のあがきと受け取っていいのかね?』

 左腕の補助動力機関が破損し、停止していた。

 全身の力も失い、身に纏う装甲が重さを増す。

『もはや《アトロポス=チャージ》を撃つこともできまい。そろそろ、君の最後の祈りを決めたまえ』

 ヴェルギリウスが黒剣をすくい上げた。

 竜巻のような魔力の奔流が装甲を纏ったマークルフを軽々と吹き飛ばす。

 大きく宙を舞ったマークルフは装甲の破片と一緒に地面に落ち、仰向けに倒れた。

 視界モニターが明滅し、槍を持つ手にも力が入らなくなる。

(くそ……このままじゃ……何か……できることは……)

 マークルフは首を巡らせる。

 何か利用できるもの、策がないか懸命に探すが、広がるのは薙ぎ倒された木々と崩壊した地面。遙か空の彼方には“機神”本体。そして、そこを基点に樹状に広がる鋼のツタに覆われた闇の空が広がっていた。

 闇と鋼に覆われた世界の只中でマークルフは身動きもままならないまま、無様に倒れているしかない。

『祈りは済んだかね? もはや君の言葉は聞いているのはわたしだけ。戦乙女にも他の仲間にも届きはしない。そして、わたし自身も君の祈りを聞くことはない。それが“闇”の摂理に逆らい、挑み、敗れた者の運命だ。君は君だけの祈りを道連れに消えるのだ』

 マークルフの脳裏に今までの出来事が去来する。

 祖父の死、リーナとの出会い、そして、“狼犬”の名に集まった仲間たちの勇姿──

 だが、その全てに映るのは黄金の槍であった。

「うぁああッ!!」

 残された力を振り絞り、マークルフは《戦乙女の槍》を突き出した。

 ヴェルギリウスは自身に向けられた槍を左手で掴んで止める。

『まだ、もがくというのかね?』

「……まだ……だ」

 この槍に込められた誓いや祈りを、走馬灯で終わらせる訳にはいかないのだ。

『そうか。君への礼を失していたようだ』

 ヴェルギリウスは恐るべき膂力で槍ごとマークルフの腕をねじ上げる。そして衝撃が彼を吹き飛ばした。

 槍が手を離れ、マークルフは地面に横たわる。

『この槍こそ“狼犬”の象徴。ならば、せめて、この槍を君の墓標とするのが礼儀だろう』

 ヴェルギリウスは槍を逆手に構え、マークルフに向ける。

「……まだ……」

 マークルフは朦朧とする意識の中、それでもヴェルギリウスに手を伸ばす。

 ヴェルギリウスは憐憫の目でマークルフを見下ろす。

『見ているか、“神”よ。このような若者が最期の祈りを投げ打って、ムダなあがきで生を終わらせようとする。貴様は認めるべきなのだ。希望と絶望を弄ぶ貴様こそが世界を蝕む呪いだ。今こそ、わたしが“神”の手から世界を救う』

 ヴェルギリウスは槍を振り上げた。

『まずは君からだ』

「閣下ッ!!」

 ヴェルギリウスの動きを止めたのはどこからか響く男の声だった。

「リーナ姫とエレナ姫に助けを──」

 木々の間から姿を見せたのはログだった。

 だが、ヴェルギリウスが剣を振ると衝撃波がログを襲った。

「ログッ!?」

「お姉ちゃんとエレナ姫に助けを求めてッ!!」

 反対方向から声がする。

 それはリファだった。

「そうすれば──」

 ヴェルギリウスがリファにも剣を振るおうとするが、マークルフは残った力を振り絞って立ち上がった。左腕から魔剣を引き抜き、黒剣を止めた。

 だが、衝撃波はマークルフもろとも吹き飛ばし、リファを襲う。

 魔剣と土煙が舞い、やがて闇の中に静寂が戻った。

「リファ……大丈夫か……」

 直撃を受けて装甲頭部が破損し、マークルフの素顔が半分ほど露わになっていた。

 鎧自体も辛うじて起動しているだけで、動くことができない。

「……男爵さん……大丈夫……」

 近くで倒れているリファが答える。

 そしてログも生きていた。

 戦いで穿った穴に隠れて直撃を免れたのだろう。陥没した地面から傷ついた身を乗り出し、こちらの安否を確かめている。

「……バカ野郎……二人とも……なんでこんな無茶を──」

「ごめんなさい……でも、これだけは絶対に伝えないといけなかったの」

 リファは謝るが、それでも逃げずに傷だらけの身体を押して倒れたマークルフににじり寄る。

「お姉ちゃんたちに二人に助けを求めて……そうすれば何とかなるかもしれないの!」

「どういう……ことだ?」

「お姉ちゃんがそう伝えてるの! 男爵さんが助けを求めてくれるのが──」

 リファの目の前に黄金の槍が投げつけられ、地面に刺さった。

『“狼犬”は戦乙女の勇士だったな。戦乙女は勇士を導き、死してその魂を冥府に誘うという。ならば君を冥府に導く最後の役割はその娘に委ねるとしよう』

 ヴェルギリウスが手をかざした。

「うぁあああああッ!?」

 途端にリファが頭を抱え、その場にうずくまる。

「リファ!?」

 やがてリファは黙って立ち上がった。その瞳は真紅の輝きを宿し、冷徹な表情を向ける。

「……てめえ……リファに何をしやがった?」

『その娘は“闇”から生まれた人形だ。人を作り出すという人の欲望が生み出した、人の形をした“闇”の存在なのだ。わたしこそが彼女の神だ。そして彼女に役目を与えた。君のために用意した“闇”の戦乙女だ』

 リファは槍を引き抜いた。

『我が戦乙女に導かれて冥府に旅立つがいい。お気に入りなら彼女も一緒に冥府に送ってやろう』

 槍を持ち上げ、身動きもままならないマークルフに向かって刃を向けた。

「ふざけんじゃねえ……リファ……目を覚ませ!」

『聞こえはしない。彼女は人形だ。我が支配下に入っている』

「リファ! お前は“闇”の戦乙女じゃない……忘れたのか?」

 マークルフは露わになった目でリファの真紅の瞳を見る。

「お前は食い放題の約束で釣られる安上がりな女だ……男を働かせるいい女だ……あんな神を気取る野郎に使われるような女じゃねえ」

 リファはとどめを刺そうと槍を持ち上げる。

「お前はブランダルクの神女だろ! ルフィンを見守る役目があるんじゃなかったのか!?」

 マークルフは声を振り絞って叫ぶと同時にリファが槍を振り下ろした。

 だが、その槍はマークルフの耳許の地面に深々と突き刺さる。

「……男爵さん……早く……早く頼んで」

 リファは槍を掴んだまま膝をついた。

『“闇”から生まれた“人形”がわたしに従わないだと──』

 ヴェルギリウスに微かに戸惑いの表情が見てとれた。

「あたしはあんたの人形じゃない! 勝手に……命令すんな!」

 リファは槍を握りしめながら、両目を見開く。

 倒れたマークルフを上から見つめる双眸に涙が浮かぶ。その瞳から凶光は薄れ、彼女本来の意志が垣間見えた。

「早く……あたしが……自分が分かるうちに……男爵さ……うわぁあああッ!?」

 リファが頭を抑えながら叫ぶ。

 その身を仰け反らせながらも両手で槍を掴んだ。

『“人形”め! その“意志”とやらを砕き、肉も塵に消してくれよう』

 ヴェルギリウスが剣を振り上げた。

「……今度は……あたしが……助ける番……早く……」

 リファは槍にしがみつく。

「あたしは──“リファ”だ!」

 マークルフは呟いていた。

 何かに気づいたわけではない。

 勝算があったわけではない。

 ただ、自分を助けようとした少女の姿がそうさせていたのだ。



「エレナ……リーナ……頼む……助けてくれ」



 その瞬間、ヴェルギリウスの姿に異変が生じた。

 その姿が掠れ、本来の姿だって機人が重なって見える。その機人を覆うツタの隙間から一筋の光が漏れる。光の数は一つ、二つと増え始め、ヴェルギリウスは苦しみ出す。

『なんだ──これは!?』

 マークルフたちとヴェルギリウスの間に眩い光の幻影が浮かんだ。

 古代の衣装を模した光の装束を纏うリーナの姿だ。

『リーナ──そんな、お前の力は完全に抑え込んだはず!』

『いいえ、あなたは元々全てを支配していなかった。《アルターロフ》はあなただけの依り代じゃない』

 リーナの幻影は輝きを増す。周囲の闇を照らすように──

 それはまさに絶望の闇に灯る、一縷の希望の光だった。

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