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最後の覚醒

 ヴェルギリウスが地上に降り立った。

 真紅を纏う黒剣がその力を持て余すように大気を震わせる。

 マークルフは立ち上がった。

「リーナッ!」

『彼女はもう君の前には現れない。彼女の力は完全にわたしが抑え込んだ』

 その言葉を証明するように空の“機神”とそこから広がる無限のツタは全て鈍色に変わっていた。黄金の輝きはどこにも消え失せていた。

『排除しようと思えばいつでもできる。だが、切り離すのは君を葬ってからだ』

 左腕に力場の盾が形成されるが、真紅の軌跡はなぎ払う。

 強化装甲を纏ったマークルフは軽々と吹き飛ばされ、背後の木々が巻き添えでなぎ倒される。

「く、くそ……」

 盾でも受けきれない衝撃が鎧越しに肉体を打ち付けていた。左腕が痺れ、左腕の機能にも支障が出ている。

 ヴェルギリウスが近づく。

 マークルフは跳躍しようとするが、ヴェルギリウスが黒剣を振り下ろす。

 地面に打ち付けられ、地面は陥没する。

『“神”よ、貴様に翻弄された勇士の祈りだ。よく聞いてやるがいい』

 ヴェルギリウスが自ら作り出した地面の縁に立つ。

 陥没の中心に半ば埋もれていたマークルフは《戦乙女の槍》を手にそこから起き上がる。

(な、なんて力だ……改造された強化装甲の出力を完全に上回って……やがる)

 全身の機能はすでに無事な部分はない。

 鎧によって強化されているマークルフの肉体も攻撃と疲労で息も絶え絶えの状態だ。

 ヴェルギリウスの姿が消え、次の瞬間、マークルフは頭部を掴まれて足が地面から離れる。

『“神”は聞くだけだがな』

 背後に出現したヴェルギリウスが強化装甲を纏うマークルフを片手で持ち上げる。その握力によって頭部の装甲が軋む。

「野郎ッ!」

 マークルフは推進装置を付加しながら、背後に向かって思いっきり蹴りを放つ。

 手が離れてマークルフは離れるが、黒剣で斬りつけられる。

 その衝撃で右肩の装甲が砕け、マークルフは遙か遠くまで弾き飛ばされ、無様に地面へと倒れた。

 損傷はすでに装甲を抜けて内部機構にまで及んでいた。

 出力も低下し、一部、死んでいる機能もある。

(それでも──)

 マークルフは槍を地面に刺した。

 ちらつき始めた視界モニターに静かに近づくヴェルギリウスが映る。

『何が君をそこまで動かす? 勝ち目のない、そして勝ったとしても何も残らない戦いで──』

 ヴェルギリウスは本当に解せないという表情で迫る。

『君は自分の未来を犠牲にし、リーナは“機神”破壊のために自らを供犠とし──』

 マークルフは槍を支えに立ち上がる。

『せめて君たちの愛だけでも報われるべきと示した道を拒否し──』

 ヴェルギリウスはマークルフの前で立ち止まった。

『人の幸せを捨て、愛を捨て、何の為に戦えるというのだ?』

「……うる……せえ」

 マークルフは死力を振り絞って《戦乙女の槍》を構えた。もはや、この槍だけが無事なだけだ。それでも、この槍に誓ってきた全てが彼の気力を支えていた。



(マークルフ様!)

 リーナは“機神”の内的空間に封印されていた。

 “闇”の力が増大し、もはや自分が介入する隙すらなくなった。

 無限に広がる闇の牢獄の中で、外の光景を眺めているしかないのだ。

(どうにかしないと……どうにか──)

 リーナは焦るが、どうにもできない。

(どうすれば──このままじゃ──)

 覚醒した《アルターロフ》を前に何もできず、泣きながら故国を捨てるしかなかったあの時の悲しみと悔しさが蘇る。

 あの“闇”に抗い、打ち克つことが戦乙女に転生した自分の為すべき事ではなかったのか。

 守るべき勇士が嬲り殺しにされるのを黙って見ているしかないのか。

(わたしたちはいったい何のために……わたしは……)

『まだ終わってはいない』

 その声にリーナが振り返る。

 そこには王女のドレスを纏う自分と同じ姿の少女が立っていた。

『貴女は祖国エンシアの最後の希望を託されているのよ』

 少女が彼女に語りかける。

 リーナは思い出していた。かつて“機神”に取り込まれた際に見た、“人間”としての自分自身の姿であった。

(最後の希望……そう、わたしはお父様から託された……エンシアの悲劇を胸に、新たな時代を見つけてほしいと──)

『そう、それが貴女に託された“使命”です。最後の希望だからこそ、“神”は“闇”の王打倒の使命を託したのです』

 背後から再び声がして、リーナは振り向く。

 そこに立つのは光の衣を纏う、リーナ自身。“戦乙女”としての自分自身であった。

 リーナは“王女”と“戦乙女”の間に立っていた。

(教えて! わたしはどうしたらいいの!?)

 リーナは泣き叫ぶようにその場に崩れ落ちた。

(分からない……分からないの! どうすればいいのか、分からないの!)

 その間にも破壊とマークルフの苦悶の声が脳裏に伝わってくる。

(“神”様──貴方は私に戦乙女の力を託してくれました。でも、今の私には何もできません! お願いです! あの人を助けて! 私はどうなってもいい! “闇”を倒すために“神”の武器になれというならそれでも構いません! お願いです! 助けて!)

『“神”は自らは動かない。それに貴女は一度、私の差し伸べた手を取らず、自ら道を選んだはず』

 “戦乙女”リーナが静かに告げる。

 リーナは絶望に打ちひしがれるが、苦しむマークルフの声を聞くと顔を上げた。

(だったら、もういい! わたしはあの人の許に戻る! せめて、もう一度、“鎧”になってあの人を守って──)

 だが、自ら分離する意思を示したが、《アルターロフ》と融合している力を分離することができなかった。

(どうして、“闇”もわたしを切り離したがっているはずなのに……?)

『貴女はエンシア最後の“希望”なのよ。“希望”は“闇”の範疇にはない。だから、“闇”も貴女を自由にはできない』

 “王女”リーナが語る。

(どういうことなの!? でも、これじゃあ、マークルフ様を助けることもできない)

 リーナは絶望にその場に泣き崩れる。

 自分の力も自由に使えない。

 祈りに応えてくれる“神”もいない。

(ここまで来たのに! このまま何もできずに終わるなんてイヤだ!!)

 リーナは叫ぶ。

『それが“希望”を背負い──』

『──自らが欲した本当の貴女よ』

 二人の自分自身が告げた。

『貴女は分かっているはず』

『本当の答えは我らの差し伸べる手にはないと──かつて自らで自らの“形”を選んだはず』

 二人の自分自身がリーナの前に立つ。

 リーナは顔を上げた。

(わたしは……)

 自分の力も自由にできない。

(──“闇”はわたしを分離できないでいる。わたしを自由にできない)

 祈りに応えてくれる“神”もいない。

(──そう、魔導文明に頼ったエンシアの民には元々祈るべき“神”はいなかった。あの崩壊の日、祈った時も虫がよすぎると分かっていたじゃない)

 リーナは気づいた。

(エンシアが祈っていたのは“神”じゃない)

 そして、その瞬間にリーナは悟った。

 “闇”の恩恵を受けた古代の民であり、そして“光”の恩恵を受けた戦乙女である自分だからこそ為し得るかもしれない、最後の“希望”の“形”を──

 リーナは立ち上がる。

(この時代の人たちはあれを“機神”と呼んでいた。でもわたしは《アルターロフ》と呼ぶ)

 リーナは“戦乙女”の右腕を取った。

(わたしは“神”の武器となる。かつて貴女が示したように──)

 “王女”の右腕も取る。

(そしてエンシアが作りだした“機神”を止める。それがエンシアの希望を背負った最後の王女として為すべきこと)

 双方の腕を取ったリーナは“戦乙女”と“王女”の二人の手を互いに握らせた。

『それが──』

『──わたしたちの答え』

(そうよ、これがわたしのやるべき真の役目なのよ)

 三人の少女の姿が重なり、無限の闇の中に小さな輝きが生まれる。

 本当に小さな輝きであるが、それは闇の中ではっきりとその存在を示し、周囲に輝きを広げようとしている。

(耐えて、マークルフ様──私が必ず貴方を最後まで戦わせて見せます)



『人の幸せを捨て、愛を捨て、何の為に戦えるというのだ?』

 リファの脳裏にヴェルギリウスの声が響いていた。

 遙か先の森でマークルフたちが戦っているのは分かっていた。

 激しい衝撃の度に木々が倒れ、リファの脳裏にマークルフの苦悶の声が聞こえるのだ。

「……“闇”の神のくせにそんな事も分からないの?」

 リファは呟く。

「捨てたものの──為よ」

 ヴェルギリウスの声が聞こえるのは、自分が魔導科学で作られた人造生命体だからだろうか。

 だが、今はそんな事を気にしている余裕などない。

 真紅の光が瞬く度に周囲の地形が破壊され、その度にそこで死闘を挑むマークルフの無事を祈り続ける。

「《アルゴ=アバス》の出力が六十パーセントまで落ちてます! このままだと魔剣の補助動力を用いても〈アトロポス=チャージ〉の使用が難しくなります!」

「それどころじゃねえ! このままじゃダメージコントロールが追いつかねえ! アード、そっちが優先だ!」

 アードとウンロクの二人も遠隔操作で強化装甲の機動を補助しているが、戦況は絶望的であるのは目に見えていた。

 リファは両手を握りしめて祈る。

 勇士も戦乙女もこの戦いに全てを懸けていた。

 それは互いの為に、互いの願いを叶えるために、その為ならば全てを投げうっても構わないと誓うほどの願いのためにだ。

 この二人の戦いを間近で見ていたリファには分かる。

 いや、ここにいる人たちは皆、分かっている。

 だから皆、ここから逃げずに最後の決戦を見届けようとしているのだ。

(負けないで、男爵さん──必要なら、あたしの力を全て使っていいから!)

 二人は自分を助けるために命を懸けてくれた。

 人ではないのに、それでも自分を“リファ”として大事にしてくれた。

 戦う力がない自分が悔しくて仕方がない。

『──えて』

 その時、誰かの声が響いた。

(お姉ちゃん……?)

 再び、声が聞こえた。間違いなくリーナの声であった。

 リーナはリファに向かって何かを訴えていた。

 リファはそれを一つも聞き漏らさないように意識を傾ける。

「男爵さんに……それを伝えてればいいんだね。分かったよ、リーナお姉ちゃん!」

「どうかしたの、リファちゃん?」

 エルマが尋ねる。

「あたし、男爵さんの所に行く! 男爵さんにどうしても伝えないといけないことがあるの! お姉ちゃんがどうしても伝えたがっているの! あたしが伝えに行く!」

「危険過ぎるわ! 巻き込まれたら命はないわよ」

「それでも行かせて! あたしも男爵さんを助けたいの!」

 マリエルも止めるが、リファは叫ぶ。

「ここにいたのか、みんな!」

 部下の傭兵たちが駆けつけてくるのが見えた。

 先頭に立つのは馬に乗ったサルディンとウォーレンだ。

 ログが前に立ち、彼らを出迎える。

「遅くなりました、副長。命が欲しくない他の連中ももうじき来ますぜ」

「そうか。すまない、ウォーレン。馬を貸してくれ」

 ログは手綱を手にする。

「わたしがフィーリア殿と一緒に行く。乗ってください」

「ログさん!? 危険ですよ!」

「ログ副長だって傷が治っていない状態なんですよ!」

 タニアとマリーサが止めるが、ログはウォーレンを馬から下ろして代わりにその背に乗った。

「主君が孤軍奮闘している横で腹心が何もしないわけにはいかない。わたしも行かせてくれ」

 そう言ってログがリファに手を伸ばす。

「ありがとうございます」

 リファはその手をとってログの後ろに乗った。

「副長! 俺たちも一緒に──」

「いや、行くのは少人数でいい。後を頼みます、サルディンさん、ウォーレン」

「男爵さんの近くまで行ってください。リーナお姉ちゃんからの声を伝えたいんです」

「承知しました。掴まっててください」

 ログが馬の腹を蹴り、リファたちを乗せた馬は駆け出した。

 最後の希望を勇士に伝えるために──

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