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その運命と因縁に決着を

 ユールヴィング領の遙か上空──

 闇に閉ざされた空に光の翼を広げる少女が浮かんでいる。

 その瞳は遙か先の地上に広がる森と、その丘に立つ勇士の姿に向けられていた。

(先生──これが貴女の求めた運命の時なのですね)

 勇士の持つ黄金の槍。闇の中でもクーラにはその姿がはっきりと感じられた。

 天使であるクーラだが、この戦いに加わるつもりはなかった。

 運命を視る彼女にはこの世界の未来を決めるその奔流が身を震わせるように感じていた。

 その渦はもはや天使である彼女にすら入り込む余地はなかったのだ。

(せめて見届けます──それが運命を視る者の最後の務め)



 マークルフは闇の中で待ち続ける。

 やがて地響きが伝わり、闇の向こうで燐光が広がった。

 その刹那、闇を切り裂いて光線が森をなぎ払った。

 広大な森が光になぎ払われ、マークルフの立つ丘の麓を抉った。

 爆風がマークルフを煽るが、若き勇士はそこから動かずに待ち続ける。

 炎が地上を呑み込み、夜の闇を払う。

 だが、その先から現れた真の“闇”はその炎をものともせず、這い続ける。

 それは城ほどもある黄金の異形だ。

 三対の翼と人型の上半身を持つそれは、無数に絡み合う金色の鋼糸と水晶のような甲殻で構築されていた。

 機械であるはずのそれは、渇望に身を震わせながら、力なき翼を引きずり進み続けた。

 やがて、それは全身を大きく震わせた。

 全ての甲殻に光が宿る。三対の翼がゆっくりと持ち上がり、空を覆った。翼に埋め込まれた光の甲殻が、まるで禍を暗示する星のように地上を見下ろす。

 生み出した古代の者たちが名付け、そしてこの時代の者たちも畏怖を込めて呼ぶ“機神”が、その名に相応しき壮麗な姿を取り戻そうとしていた。

『──決着をつけよう。“戦乙女の狼犬”マークルフ=ユールヴィングよ』

 “機神”から声がし、全ての甲殻から波動が放たれた。それは咆哮となり、周囲の炎と木々を吹き飛ばした。

 丘に立つマークルフにも波動が伝わり、地面が悲鳴をあげる。

「ほう、機械のわりにはよく吼えるものだな」

 マークルフは恐るべき異形の巨躯を前に不敵な笑みを浮かべた。

『その言葉──初代の言葉か』

 ヴェルギリウスの声だった。

『あれから何十年過ぎてもなお、“狼犬”は変わることなく吼え続けた。あの時、“機神”復活を阻止した鎧が──武器が──そして勇士が今再び、我が行く手を阻もうとしている』

「当たり前だ。それが“機神”を監視する番犬の仕事だ。だがよ、それも今日で終わりだ」

 マークルフは兜を被った。

「──ここで全てを終わらせる」

 兜と鎧が接続し、《アルゴ=アバス》が完全起動した。身を覆う強化装甲は魔力の輝きを宿し、左手の手甲に収まった魔剣が光を放つ。

 そして右手に“狼犬”の象徴たる《戦乙女の槍》を握った。

『そうだな、君の望みを叶えよう。ここで“狼犬”はその役目を終える』

 機神の顔を占める一際大きな甲殻──“目”の部分に一人の男の姿が映る。

 ヴェルギリウスの幻影だ。

 そして“機神”の全身から黄金のツタがほどけ、うごめき、無数の触手となって頭をもたげた。

「リーナ!」

 マークルフは叫ぶ。

 リーナの気配は感じていた。だが、“機神”からの反応もなく、その視界にも幻影が投影されることはない。

『リーナはわたしが抑えている。ここまで来たことで“機神”との融合が不安定になり、わたしの力が再び優位に立っている。彼女と話をしたいだろうが、君と会わせるわけにはいかない』

 ヴェルギリウスが告げるが、同時に黄金の“機神”が、その姿を明滅させる。

 黄金と鋼の姿が鼓動のように繰り返し現れていた。

「なるほど、リーナとエレナ=フィルディングを呑み込んだはいいが、言うことを聞かなくて消化不良らしいな。機械仕掛けの“神”様といえど、あの二人は手に余るということか。同情しなくもないが──ここで倒れてもらうぞ」

 機神の威嚇にも怯むことなく強化鎧の戦士は槍を構える。鎧も魔力の光を放ち始めた。

「リーナ! 俺と一緒に戦ってくれ!」

 黄金の触手の群れが風を切って襲う。

 マークルフは鎧の全出力を解放し、跳躍した。

 触手は空を切り、今までいた丘に深々と突き刺さる。

 マークルフは背中のスラスターを展開し、足許で丘が崩壊する中、魔力の燐光を放ちながら宙に留まる。

「……随分と邪険にされたものだな」

『君にも何度となく悪いようにはしないと提案したつもりだ。だが、最後まで乾杯をする間柄にはなれなかったな』

「本物のリーナのお兄様なら、喜んで酌をさせてもらったんだがな」

 “機神”が新たに触手で追撃する。槍衾のように迫る攻撃をマークルフは舞うように避け、また槍で弾き返しながら、距離を詰める。

 マークルフは“機神”の懐に肉迫すると、すれ違い様に槍でその腹を斬りつけた。

 だが黄金のツタが絡まる体表は槍を弾き返した。

 マークルフはすぐに離脱して距離をとる。

「……やはり、通じねえか」

『黄金の装甲の頑丈さは君が一番に分かっているはずだ。ちょっとやそっとでは潰れはしない』

 マークルフは臆することなく、再び機神へと突撃した。

 その動きは展開するツタを掻い潜り、黄金の槍がその身を幾度も斬りつける。

 しかし、黄金の“機神”にことごとく攻撃を弾き返される。

 そして、ついにツタの一つがマークルフの左足に絡まった。

 マークルフは槍でなぎ払うが黄金のツタは切れない。そのままツタに振り回され、マークルフは地面に叩きつける。

「クッ!?」

 衝撃が五体を痛めつけるが、マークルフはツタから目を離さないでいた。

(予想通りなら──)

 “機神”が再び明滅した。黄金の装甲が光に変わり、時折、鋼の装甲に変わる。足に絡まるツタも同様だ。

(──今だ!)

 マークルフは明滅するツタに槍で斬りつける。

 黄金の槍と光になったツタが触れた途端、火花が散った。やがて光の粒子となってツタが切れた。千切れたツタは消失し、拘束から逃れたマークルフはすぐに宙に飛ぶ。

 千切れたツタは黄金と鋼の明滅を繰り返すが、やがて鋼の時に再生して元に戻り、そして再び黄金のツタへと変わった。

『不安定化した部分に槍を重ね、無理矢理にでも分解したか……いや、元々そのためにここを戦いの場に選んだか』

 ヴェルギリウスの声がした。

「俺だって馬鹿じゃねえ。破壊できない触手の群れなんて相手にできるかよ」

 “聖域”の端であるこの場所はその作用が弱くなっており、“聖域”の力で安定する戦乙女の武器は不安定化する。リーナと融合する“機神”も状態の不安定化が進んでいる。

 そのために時折、融合が解けかけるように明滅を繰り返していた。

 そして不安定化している戦乙女の武具は同じ戦乙女の武具を重ねられると武器化が阻害される弱点を持つ。

 今までの経験から得たその知識を利用し、マークルフは黄金のツタから脱出したのだ。

 この場を決戦の舞台に選ばなければ、ツタに捕まった時点で嬲り殺しも避けられなかっただろう。

(リーナと融合しても“機神”の再生能力は健在。ただ、それは融合が離れた素体状態に近い時に発揮される。黄金の武器化状態では再生までは発揮できないのか……だが、これでは埒が明かねえ。このままだと俺の一人芝居でしかない)

 破壊できない黄金の装甲と瞬時に再生する鋼の装甲。“機神”はこの二つの状態を揺れ動いているが、どちらにしろ攻撃を続けただけでは徒労に終わるだけだ。

 “機神”を破壊する手段はただ一つ──

『この“機神”内部に存在する“闇”の特異点に《アポロトス=チャージ》を撃ち込み、取り込んだリーナごと黄金の機体を破壊する──これが君の考える破壊方法だろう』

 マークルフの考えを読み取るように幻影の声が告げた。

「……“聖域”の中心でてめえを見世物にしているのも飽き飽きなんでな。“機神”にもう見せ場はねえ。てめえを招いたエンシアは滅びた。てめえもこの地上から消えろ」

『リーナも同じことを言っている。エンシアが招いた災厄はエンシアの手で還すと──』

「あいつの名を出せば俺が動揺すると思うな──てめえの命運はここで断ち切る』

 強化装甲の背中と両腕の装甲が展開する。

 両腕の手甲から湾曲した一対の刃が現れ、赤熱するように魔力を放ち始めた。

 シグの魔剣を差し込んだ左上腕部が目映く輝き、対生成機関が鎧の魔力を増幅する。

 “機神”が全身から力の波動を放出した。

 マークルフは左の手甲を前にかざす。輝きが真紅に変わり、手甲前面に展開した魔力の力場が“盾”を形成する。

 波動が地面を穿つが、マークルフは“盾”で衝撃を受け流す。

 次いで右の手甲を向けると、その刃の先端に魔力が集まる。

 “魔弾”の狙いは“機神”の顔でもある“目”だ。

『過去の戦いに重ねてしまうのは因縁というものか。ならば、わたしも“狼犬”との因縁を断ち切らねばなるまい』

 “魔弾”を放とうとしたマークルフだが、目の前の光景に驚愕して発射を止めた。

 “機神”の“目”から人の姿が現れていた。

「エレナ=フィルディング!?」

 “目”から現れたのはエレナだった。半ば“目”に埋もれたまま磔にされたように力なくうなだれている。

 マークルフの声も届いていないようだ。

「てめえ……何をする気だ!?」

『因縁を絶つためにはまず因縁と向き合わなければならない』

 “機神”の顔から無数の黄金のツタが広がり、それがエレナに巻き付く。

 彼女の身体をツタが覆った。そして水晶の甲殻が顔や関節部に装着された。

 全身にツタの鎧を纏い、人型の“機神”となった彼女が“目”から飛び出し、身を翻しながらマークルフの前に着地した。

「エレナ=フィルディング! 俺の声が分かるか!?」

 マークルフは声をかける。

 しかし、女性らしい身体の線を強調するかのようにツタで覆われた黄金の機人からの反応はない。

『“狼犬”の宿敵であるフィルディング一族。その一族の王が埋もれていた“機神”を発掘し復活させようとしたのが全ての始まりだ。ならば一族の運命を背負ったこの娘も最後の舞台を飾るに必要だろう』

 背後にそびえる“機神”本体から声がした。

『君はかつてこの姿のヒュールフォン=フィルディングと戦ったな。ならば、同じフィルディング一族の者とこのような形で対峙するのも因縁というものだ』

 確かに“機神”を背景に機人と対峙するのはかつてのクレドガルでの戦いを彷彿とさせる。

 まるで“機神”の操り人形がごとく、機人と化したエレナがマークルフの前に立ち塞がった。

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