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終わりと祈りの時に

「……もうじき、でしょうか?」

 ブランダルクの少年王フィルアネスは背後に立つマリアから声をかけられた。

 二人が立つのは国王の私室のテラスだ。

 外は闇の帳と夜の闇が光を閉ざし、どこからか漏れる月明かりだけが地上を淡く照らしている。

「うん……“機神”は男爵の領地を通って“聖域”の外に出ようとしている。だから男爵はそこで決着をつけるつもりらしい」

 フィルアネスは答えた。

 その姿は人前に立つ王としての姿ではない。

 幼少より親しいマリアの前だから見せる、一人の少年の姿であった。

「正直、気分は複雑なんだ。決着の刻が来るのが不安なんだ」

 今まで非常事態の連続にも気丈に振る舞っていたフィルアネスはふと弱音をこぼす。

「各地では子供たちを隔離し続けて長い時間が過ぎている──それしか異形を抑える術がないとはいえ、辛い思いをさせている……限界も近い。早く“狼犬”の勝利で決着を迎えて欲しいとは思う」

 隔離された子供たちは上は十二歳から下は四歳まで。それは異形の虐殺で狙われなかった者たちの年齢から選び出された層だ。それより上は意図的に狙われており、それより下の被害は意図的とは判断されず“無関係”だと結論が出ていた。

 隔離先には必要な備蓄は用意したとはいえ、何かあってもこの幼い子供たちだけで堪えてもらわねばならない。そして親たちもそれに何もできずにただ堪えねばならない。

「僕たちが率先して証明し、“聖域”中の各国にお願いしたことだ。何かあったら僕はそれを背負って生きていかないといけない」

「陛下だけではありませんよ。“聖域”中の人たちが“機神”と戦うため、そして“狼犬”の勝利のために立ち上がってくれたことです」

「ありがとう、マリアさん。でも、同時に決着がつくのを恐れているのかもしれない。男爵が勝ってくれると信じる。でも、その時には──」

 フィルアネスは近くの卓に置いてあった紅茶碗に目を向ける。そこには双子の姿が描かれている。

「リファが言っていた。リーナお姉ちゃんは戦いが終わったら消えていくんじゃないかって。リファが男爵のところに行ったのはお姉ちゃんがずっと気がかりだったのもあるんだ」

「……お二人にまたそろってここに来て頂きたいですわ。男爵様とリーナ様の尽力があってこそ、今のブランダルクがあるのですから──」

 マリアの言葉にフィルアネスはうなずく。

「うん、僕は祈るよ。“戦乙女の狼犬”の勝利を──」



「もうじき始まるだろうな」

 クレドガル王都にある館。その屋上に立つ大公バルネスがひとり呟く。

「決戦の地はどうやらお前が“機神”と戦った場所と同じになりそうだ。運命は繰り返すというやつか」

 バルネスは夜の冷気が漂う中、闇と暗雲が入り交じる空を見上げる。

「すまんな。儂も貴様を連れて坊主と“機神”の戦いを見届けてやりたかったが、この国のこともあって自由にできん。ここで待つしかなさそうだ」

 風が吹く。

 王子が誕生したという朗報は耳に入ったが、世界はまだ危機に直面したままだ。

 異形を顕現化させる鍵となる幼い子供たちの隔離は続き、引き離された親たちはそれでも希望を信じて堪え、“狼犬”の勝利を祈っている。

「思い出すな。昔、“機神”の情報と引き換えに、人の話を聞かない傭兵隊長がクレドガル王族の若者に直談判に来た……それが儂らの長い戦いの始まりだったな」

 “機神”復活を画策した大国フィルガスの情報をもたらした傭兵隊長ルーヴェン=ユールヴィング。それに呼応したクレドガルの若き王族バルネスが周辺諸国に働きかけ、フィルガスを止める連合軍が結成され、あのフィルガス戦乱が端緒を開いたのだ。

「だが、そんな儂らも今や死人と老いぼれよ。もう儂らの戦いではない。あの子たちの戦いだ。ならば、ここで待とうじゃないか。世界を救った朗報を聞き、そのどんちゃん騒ぎに年甲斐もなく付き合い──」

 バルネスの見る夜景の遙か先にユールヴィング領がある。

「儂らが見ようとした世界の青空を見届けて、それを貴様への土産話としたいものだ」



 闇に覆われた地上を“機神”が目の前の街を破壊しながら突き進む。

 三対翼の鋼の翼と両腕を地面に這わせ、鋼の巨体を引きずり、まるで何かから逃れようとするようにひたすら先を進み続けていた。

 地平線の彼方にありながらも人々に恐怖を伝播し続ける機械神の威容。

 だが、それを臆することなく見据え続ける女性がいた。

 外套を纏い、何人かの供を連れ、高台の上から“機神”を睨み続けている。

「シェルカ様、ここも安全とは限りません。ご避難を──」

 供の男が声をかける。

 “機神”は旧フィルガス地方を横断し、ひたすら南下している。その先にあるのは“聖地”南端に位置するユールヴィング領だ。

「子供たちは──」

「無事を知らせる鐘は鳴り続けています。こちらから返事をすることはできませんが、幼いながらに皆、“狼犬”の勝利を願って頑張ってくれています」

 “機神”が動き出し、行く手を蹂躙しながら“聖域”の外を目指しているのはシェルカたちの耳にも届いていた。

 子供たちの隔離場所を用意し、現在はシェルカたちがそこを守っている。

 そんな中、“機神”接近の報を聞き、シェルカは自ら確かめに来たのだ。

「もう少しの辛抱です。あの子たちが解放される時──それはあの“機神”が滅び、“聖域”も役目を終え、我々が歴史の中に消える時です」

「シェルカ様……」

「我々ルカの一族はエンシア文明の生き残りの末裔。少しでもその叡智を後世に繋げようと守護してきました」

 その最大の遺産が“狼犬”が纏う《アルゴ=アバス》だ。

 ルカの一族は初代“戦乙女の狼犬”と出会い、そして悲劇も重ねたが、鎧とその血は若き“狼犬”へと受け継がれた。

「“狼犬”の勝利を祈りましょう──あの鎧は“機神”に対抗するための遺産でした。それが時を越えて勇士に受け継がれ、その役目を全うすることができれば、我々もその使命を終えたことになるのです。子供たちには“狼犬”が見せてくれる新たな時代の子供として生きてくれればいい」

 シェルカは両手を握りしめ、祈る。

 彼女の従姉弟と親友であった娘の間に生まれた少年の勝利を──

「ルー、ウルダ……あの子を守ってあげて」



 フィーは祖母たちから離れ、他の子供たちと一緒に施設に隔離されていた。

 そこはいつか、ユールヴィング領が決戦の舞台になる時に備えて用意されていた地下避難施設だという。

 生活に必要な道具や備蓄は用意されていた。

 しかし、生活自体は全て隔離された子供たちだけでやらなければならない。

 そして外で何が起きているのはまったく分からない。

 ただ、全てが終わったら外に出られるという親たちの言葉を信じるしかないのだ。

 年長の子供たちが幼い子供たちの面倒を見ているが、それも上手くいかない時は続き、我慢の限界も近づいている。

「……うあああ、ママぁ」

 近くで小さな女の子が泣くのが聞こえた。見ればヒザに擦り傷がある。どうやら転んだようだ。

 それがきっかけに他の子供たちも泣き出した。

 もう、みんな、不安で我慢の限界なのだ。

(……ばあば)

 フィーもその鳴き声を聞いて涙を浮かべる。

 いつもなら祖母が近くにいて抱きついたり、男爵がからかったりしてくれる。でも、今は誰もいないのだ。

「おそとにでるぅ!」

 女の子が扉に近づいて手で叩く。

 だが、それが外に届くこともなく、開くこともない。

 フィーは祖母の姿を思い出した。

 あの時、黒い化け物から自分を守ってくれた祖母の毅然とした姿を──

 フィーは立ち上がると自分よりも小さな女の子を抱き締めた。

「だいじょうぶだよ、もうすぐ外にでられるよ」

「もうすぐって、いつぅ?」

「もうすぐだよ。男しゃくが約束してたんだよ。悪いやつに勝って、せかいがへいわになったら迎えにきてくれるって……ばあばがいってたもん」

「男しゃく……ばあばってだれ?」

 フィーは答えられない。自分に勇気をくれる男爵や祖母のことを教えたくても、自分もうまく言葉にできないのだ。

「オレはその女の子の言葉を信じるぜ」

 そう答えたのは近くに座っていた年長の男の子だった。

「“戦乙女の狼犬”はきっと勝ってくれるさ。前にでっかい竜が来た時だって守ってくれただろ? 今度だって勝ってくれるさ! 外に出られたらすごくお祭りになってるぜ!」

 男の子は他の泣いている子供たちに向けて言った。

 それはまるでいつか見た男爵の雄弁を真似ているようだった。

「きっと、すごいご褒美もらえるぞ! なにしろ“狼犬”は世界を救った英雄なんだ! オレなんか待ってるのがたのしみなんだ!」

「あたしも!」

 それに答えたのは同じく年長の女の子だった。

「あたしのおじいちゃんも先代さまの部下だったんだけどさ、“狼犬”ってすごい人だったらしいよ。むちゃくちゃ敵が多いのに突っ込んでいって絶対に勝って帰ってきたんだって。それにとてもすんごい鎧着てさ、大人たちだって怖がるあの“機神”にだって勝ったんだよ!」

 そして彼女はフィーが抱き締める女の子の前に来るとしゃがんでヒザのケガを見る。

「あら、ちょっとすりむいてるね。おいで。手当してあげる」

 彼女は女の子を抱き上げる。

「だいじょうぶだよ。あたしのおじいちゃん、腰が悪くてさ。いっつも手当てのお手伝いしてるんだ。手当てはうまいんだよ」

 そう言って薬箱が置いてある部屋の隅へと連れて行く。

「なあ、君は男爵を知ってるのかい?」

 男の子がフィーに尋ねる。

 フィーはうなずいた。

「うん、ばあばのお店にいっつもきてるんだ」

「そうか。オレ、ロティって言うんだ」

「あたし、フィリー。みんなはフィーってよんでる」

「フィーちゃんか。オレも男爵に会ったことがあるんだ」

「いつなの?」

 フィーは少し嬉しくなって尋ねた。ここにも男爵を信じてくれる仲間がいたのだ。

「二年前かな。あの機械の竜が来た時さ……あの時、オレの父ちゃん死んじゃったんだ」

 ロティは少し寂しそうな顔をしたが、すぐに明るさを取り戻す。

「でもさ、父ちゃん、すごくエライことしたんだぜ。男爵を暗殺者から守ったんだ。そんで父ちゃんのおかげで命拾いしたって、オレと母ちゃんに礼をいってくれたんだぜ」

「へえ、すごいんだね!」

「ああ! だから、オレも父ちゃんに負けないで男爵を手伝うんだ。ここで待つのが男爵の助けになるならオレはずっと待ってる!」

 ロティは胸を張った。

 フィーが見回すと他の子供たちもずっとこちらを見ている。自分たちの話に興味を持ってくれているようだ。

 フィーは思い出した。

 酒場で“きしゃ”という人たちにいっつも楽しそうに話している姿を──

 きっと、あんな風にいろいろと話せばみんな、待ってくれるに違いない。

「……よかったら話してあげるよ。男しゃくのこと?」

「本当か? わあ、オレも聞きたい。教えてくれよ、フィーちゃん!」

「あたしも! おじいちゃんが教えてくれるんだけどさ。おじいちゃん、自分の話ばかりするからいっつも言ってることよく分かんなくてさ」

「いいよ! フィーがしってること、おしえてあげる。ばあばからもいろいろ聞いてるの」

 他の子供たちも少しは元気が出たのか、泣き止む者が増えていく。

 そしてフィーは“戦乙女の狼犬”について話し始める。

 酒場で見て聞いてきたこと、祖母から聞かされた話、酒場の常連の傭兵たちから聞かされる話など、フィーは自分が知っている限りの話を教えていった。

 ここに小さな語り部が生まれ、そして小さな世代にも“狼犬”の下に集まった者の誇りと願いは教えられていく。

 そしてやがて、それは受け継がれる。

 “狼犬”の勝利を願う祈りとなって──



「どうぞ、ログさん」

 馬車の荷台に用意された簡易寝台に横たわるログ。

 同じく荷台に座るタニアが切りそろえたリンゴを皿に載せて差し出した。

「あ、腕が痛いんですよね! すみません、気がきかなくて! どうぞ、口だけ開けてください!」

 タニアが楊枝を刺して切ったリンゴを一つ、ログの前に差し出す。

 ログが何となく気まずそうに周囲を見渡す。

「ああ、オレたちに遠慮しなくていいですぜ」

「そうそう、副長らしくドーンと構えていてくださいよ」

 周囲では部下の傭兵たちがニヤニヤと面白そうに眺めている。

 和やかな休息の風景をマークルフは見つめていた。

 休憩が終わればすぐに出立し、領地に帰還する予定だ。

 そして、その時こそ同じく領地を目指している“機神”との決戦の始まりとなる。

「何を楽しそうに見ているんです?」

 隣にエルマが立っていた。

「困っているログの姿を眺めるのも面白いもんだと思ってな」

「まあ、悪趣味ですわね」

「驚く姿を面白がっていた奴に言われたくはねえな」

「それはごもっとも」

 エルマは肩をすくめた。

「……心配は無用だ。“機神”を見逃して“聖域”の外に逃がせばリーナが切り離されて、あいつだけでも取り戻せる。まだ、そう思っていないか、気になったんだろ?」

「心配はしてませんけどね」

「リーナとの約束があるんだ。“機神”を倒さないと今までについた嘘を許してくれないもんでな」

「それじゃあ、頑張りませんとね」

 マークルフは近くに立て掛けている《戦乙女の槍》を見る。

「“機神”とは一度、戦っているが、今度の戦いは戦乙女の武器化をした“機神”だ。勝手が違う。あの槍で奴の中枢を《アトロポス=チャージ》で攻撃する。それで奴は破壊できるんだな」

「“機神”はその存在自体が“特異点”です。そして戦乙女の武器は、同じく戦乙女の武器と“特異点”で重なった時に不変性が破綻し、破壊可能になります。そして、どちらが残るかは存在が強い方になります。つまり男爵の存在が、“機神”の存在に打ち克たなければなりません。意志、願い、欲望、信念──自らの存在が確固たる方が残るのです」

「世界中の欲望を糧にする存在に打ち克てか」

「そのために背負った“狼犬”の看板じゃありませんか。長きに渡って“機神”に抗ってきた“狼犬”の称号はいまや世界中の希望の象徴となるのです。老舗の看板ってのはそれこそ強力な武器なんですよ」

「希望を束ねて欲望の権化に打ち克てってか。ガラでもねえことさせられるもんだな」

「それが似合う清廉潔白で完璧な人材なんてどこにもいませんからね。だから男爵にその芝居をしてもらうしかないんです」

 エルマが答えた。

「ただ、向こうもそれは分かっているでしょうし、そこまで持ち込むにも一筋縄では行かないでしょうね。前にも伝えましたが、取り込まれたエレナ=フィルディングは殺せません。もし彼女がいなくなれば“機神”を武器と認識する“勇士”がいなくなり、“機神”は武器化を解除されて破壊は不可能になります」

「分かってる。それと前から疑問に思っていたことがある。フィルディング一族が保有していた“機神”の制御装置はエレナ=フィルディングの持つのが最後の一つだ。あれを破壊してしまったら“機神”はどうなると思う?」

「……制御装置自体は緊急の安全装置として作られた物。全てなくなったとしても“機神”が機能停止するとか都合のいい話はないでしょう。ただ、“機神”は制御装置を通して自らを制御しているようです。つまり、制御装置が全てなくなれば“機神”も自らを制御する術を失うのかもしれません。そうなったらどうなるのかは不明です。ただ、“機神”もエレナ=フィルディングは手放さないでしょうね」

「勝負の鍵を握るのは“機神”と融合しているリーナとエレナ=フィルディングの二人。ただ、結局のところは全ては出たとこ勝負か」

「いつものことですわね。それじゃ、うちも鎧の整備を手伝ってきますわ」

「──エルマ」

 マークルフはエルマを呼び止めた。

「ありがとよ。エルマたちがいなければ俺もここまではできなかった」

「お気になさらず。うちもマリエルたちも、そしてオレフも科学者としての責務を果たしただけですわ。せめて祈らせてもらいます。“戦乙女の狼犬”の勝利を──」

「科学者も祈るのか?」

「祈りの数が多いほど、願いは強くなるものですからね。多くの人々が貴方の勝利を祈っています。それに便乗させてもらいますわ」

 マークルフは槍を手に取った。

 この槍には彼自身、そしてリーナや多くの者たちの祈りや願いが誓いとして込められている。

「……リーナ、俺を導いてくれ」

 マークルフは槍を握りしめ、戦乙女に祈る。

 今も“機神”内部で“闇”と戦い続けている彼女との約束を果たすために──

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