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二度と“剣”が必要とされない道のために(1)

 林を俯瞰できる丘の頂に“監視者”シグは立っていた。

 あの林の中に魔剣を求める“狼犬の懐刀”が来ている。

 そして、林に集まる闇よりも暗い怨嗟の意思を──

 “機神”は現在の世界を望まない者たちの欲望を利用し、“異形”という駒を作り出して利用していた。

 だが、それも“狼犬”たちが見つけ出した対抗策によって、“異形”という武器も封じられようとしている。

 “異形”は“希望”に寄生する否定そのものの具現化だ。

 “狼犬”はそれを看過し、“希望”を担う子供たちを世界から隔離するという突拍子もない奇跡を、世界が一丸となって成功させようとしている。

 あの林に集まっているのは“異形”の糧になっていた者たちだ。

 “機神”に唆され、この世界を覆すために利用された彼らはその欲望を利用された者たちだ。

 だが、世界が希望を取り戻すために一丸となる中、彼らは取り残され、焦っている。そして怨嗟をさらに深くしている。

 そこに情報が広まった。

 “狼犬”の部下が世界を救う最後の鍵を手に入れるために赴くと──

 その男に味方はいない。ただ、邪魔するのは自由だと──

 その結果、多くの者たちがここに集結している。

 あの男の行動を阻止すれば、世界は自分たちが望む方向に進むと信じているのだ。

「“狼犬の懐刀”──世界が希望の道に向かうために一人で捨て石の昏い道を選ぶか。“機神”の甘言に惑わされた欲望を斬り捨ててもな」

 “監視者”シグは振り向く。

 近くの岩に布に包まれた魔剣が立てかけられている。

「今からでも、お前を連れてここから逃げ出すこともできるんだがな」

 “監視者”は魔剣に話しかける。

「だが、さすがにそうもいかんか」

 魔剣は何も答えない。

「いつか、お前を求めてやって来る男と取っ組み合いの喧嘩でもする日が来ると思った時もあった……やれやれ、こんな血生臭い形で来ようとはな」

 “監視者”は腕を組んであの男が来る時を待ち続けた。



 ログは闇に包まれた木々の間を進む。

 周囲から灯りが漏れた。

「いたぞ!」

 同時に暗闇から男たちが襲いかかる。

 ログは剣を振り下ろして続けざまに三人を斬り伏せ、返す刀でもう一人の喉元に剣を当てて動きを止める。

 ログが喉元に剣を当てたまま男と一緒に動く。

 周囲の気配も同時に動いた。

「──ヴァッ!?」

 風を切る音がし、ログを狙った矢が盾にしていた男に突き刺さる。

 ログは倒れる男の腰から短剣を抜き取ると矢が来た方向に投げる。

 うめく音がして何かが倒れた。

 ログは狙い撃ちにされないように灯りから離れた暗闇に逃げる。

 他の者たちが姿を現して立ちはだかるが、ログの舞うような剣の軌跡が次々に刺客たちを倒していく。

 最後の一人に剣を刺すと、その手から剣を奪い取って持ち替えた。

 返り血を浴びながらもログは進む。

 天使が待ち受けるだろう頂に続く林の中。

 踏み込んだばかりだが、すでに倒した数は三十人は超えただろう。

 脳裏に過去の戦いが蘇った。

 騎士団の仲間たちが次々に討たれる中、敵の包囲網を死に物狂いで脱出しようとしたあの日の光景を──

 横から槍が突き出る。

 ログは後ろに身体を反らして躱しながら槍を剣で叩き落とし、返す刀で槍を持つ男の首に刃を当てた。

「……あ……わ……」

 恐怖する男の表情と凍てついたログの視線が交錯する。

 ログは男の腰に差さった鞘から剣を奪い取ると、それで男の両足を切りつけた。そして脳天に肘を打ちつけて地面に倒した。

 ログは奪い取った剣を左手で順手に握る。

 もはや、あの時の戦いも、あの時の自分も過去のものだ。

 あの悪夢さえも踏み越え、自分は往くのだ。



 マークルフの一団は馬で決戦場となる丘陵へ迫っていた。

 頂へ続く林で煙が上っている。

「あれは──」

 先頭を走っていたマークルフは行く手に一人の娘がいるのに気づいた。

 タニアだ。マークルフたちの姿に気づいたのか、その場に崩れ落ちる。

「タニア! 無事か!」

 マークルフと並走していたウォーレンが先に行き、馬を止めて下りた。

 マークルフも続き、馬を下りる。

「しっかりしろ! どうした!? 何か酷い目にでもあったか!?」

 ウォーレンの呼びかけにもタニアは呆然としていた。

 一心不乱に走り続けたのか、足は泥にまみれ、顔も疲労の色が濃い。

 タニアはマークルフたちの姿を見て一瞬、その表情を緩めるが、やがてその場にうずくまって泣き出してしまった。

「おい、どうした? 何があった? 言ってくれ。副長は?」

 ウォーレンがタニアの肩を揺さぶる。

「……ログさんが……ログさんがぁ」

 タニアが泣き出す。

「答えてくれ、タニア。俺たちはログを助けに来たんだ。ログはどうした?」

 マークルフもタニアの肩に手を置いて屈む。

「……一人で……天使と戦うために……ウウッ……待ち伏せしている場所に一人で……」

 泣きじゃくるタニアだが、やがて堪えきれなって大声で泣き喚く。

「うわあぁああ……あたし……逃げるしか……うああぁあぁ!!」

「……よく知らせてくれた。頑張ったな」

 マークルフは自分が来ていた外套を脱ぐとタニアの姿を覆うように被せると立ち上がる。

「マリエル!」

 後続の場所からマリエルとアードたちも姿を現す。この馬車には《アルゴ=アバス》も搭載していた。

「タニアを頼む。それから鎧の起動準備も頼んだ。必要となったら呼び寄せる」

「加勢をしたら天使は逃げるという話ですよ」

「分かってるさ。ログは一人で行った……行ってくれた。その戦いの邪魔はできねえ。だが、黙って見ているだけもできねえんだ。ま、俺の出番はねえだろうがな」

 苦渋の表情を見せるマークルフにマリエルも静かにうなずく。

「承知しました」

 マリエルはその場で動かないタニアを抱えて立ち上がらせた。

「いくぞ、ウォーレン」

 マークルフは馬に乗り直すと部下たちと共に先を急いだ。



「どこだ!?」

「あっちじゃないか!?」

「いいか、絶対にあの男を逃がすな! “機神”が勝てば俺たちは“聖域”の支配者になれるんだ!」

 ログを追う男たち列となって暗い林の中を走っていた。

「クソッ! 異形さえ呼べればこんな苦労は──」

 その木の陰から刀身が飛び出し、最後尾の男の前に突き出る。

「あ──」

 相手の言葉が出る前に刀身が喉をかっ切り、ログは姿を現す。

「てめえッ!?」

 他の男たちが振り返る。ログは斬って倒れる男の手から剣を奪うと投げつけた。一人はそれに肩口を刺されて倒れ、もう一人は恐慌をきたして逃げ出した。

 不意に鳥の群れが一斉に飛び立つ。

 同時に人の声がして、煙がかすかに立ち昇るのが見えた。

 来た道のどこかで火がついたようだ。

 自分を狙う刺客たちの灯りが燃え移ったか、それとも自分をこの林と一緒に燃やすつもりか──

 どちらにしろ、このまま延焼が広がればここも巻き込まれる。

「──ま、まってくれ、置いていかないでくれ!」

 肩から流れた自分の血に沈む男が叫んだ。深手で動けない限り、火に巻き込まれる。

 だが、ログはその声を無視して先を急ぐ。

 銃声がした。

 ログの左肩に激痛が走り、咄嗟に近くの木に隠れる。

(──銃を持った相手までいるのか。しかも手慣れている)

 左腕を動かす。痛みは走るが手は動かせた。幸い、掠めただけだ。

 銃撃した相手もログの出方を窺っているのか、張り詰めた緊張が静寂に重なる。

 ログは手ぬぐいで傷口を覆い、口で絞めた。

(……このまま他の刺客まで来たら、追い込まれる。こちらから仕掛けるしかない)

 ログは近くに持った石を投げる。

 近くの草に当たる音と同時に銃声が聞こえた。ログは同時に走り、近くの木に走る。

 すぐに銃声が鳴り、ログの近くで葉が散った。

(連続発射、火薬の匂いがしない……魔力を使った発射機構か)

 エルマから教わった知識を思い出し、ログは温存していた腰の魔法剣を抜き、その柄に示された計器を睨む。それは周囲の魔力強度を測定する装置で、魔法剣の魔力を浪費しないように目安としてマリエルが加えたものだ。

(──今だ!)

 ログは魔法剣を起動して近くの木を何本か切りつけた。真紅に輝く刃が幹を切断し、自重を支えられなくなった木々が音を立てながら狙撃手がいる方向に倒れる。

 同時にログは飛び出した。

 倒れる木々に混乱したのか、銃撃が続き、ログの耳をつんざく。

 木は周りを巻き込んで倒壊し、木の葉が舞い、そこから男が飛び出した。

 ログも目の前に迫る。しかし、男は冷静に銃をそちらに向けた。

 銃声が二発。

 二発目がログの右足を掠めた。さらに男は三発目の引き金を引くが銃は動かず、男は驚く。

 そこで勝負はついていた。

 銃撃でログも右足を負傷していたが、剣は相手の眼前に突きつけられていた。

 魔力強度が弱くなれば魔力を用いた銃は誤動作の確率が上がる──銃の誤動作を見越した賭けであった。

(エルマ、礼を言うぞ)

 以前に教わった対処法がここで役に立つとは思わなかったが、軍配はログに上がった。

 男は見慣れない服装をしていた。

「……殺さないのか」

 男は覚悟したようにログを睨む。今までに相手をした者とは少し違う気がした。

「一人か。他に仲間がいるのか」

「……俺のような銃を使う相手というなら、わたしだけさ」

 ログは魔法剣の動力を切る。刀身から魔力が消えた。

「銃を捨てろ。そうすれば命まではとらない」

 男は無言だった。だが銃を持った手を動かそうとした瞬間、剣の切っ先がさらに喉に突きつけられる。

 それでも男は銃を捨てず、ログの隙を狙う。

「エンシアの人間か」

「……分かってるのか。だったら教えてやる。わたしは“神”に滅ぼされたエンシアの人間だ。警官だった。だが、いつの間にかこの時代に転送されていた……《アルターロフ》の仕業だってのは分かってる。利用されているのも分かってる」

 男は吐き捨てるようにログに言う。

「……だが、お前を止めなきゃならない。“神”の粛清で消えた中にわたしの妻と息子がいるんだ。あの二人がこの時代に転送されて助かるのを見るまでは……《アルターロフ》を破壊されるわけにいかないんだ!」

 男は懇願するように訴えるが、ログは決して表情を変えなかった。

「それでも、わたしは行かなければならない。あなたはすでに死んだ人間だ。あなたの家族も……」

 ログの言葉に、男の表情が声なき慟哭に変わる。

 男の銃がゆっくりと持ち上がった。だが狙いはログではなく、自分のこめかみだった。

「……すまん!」

 男の悔恨の声と共に銃声が鳴り響き、ログの顔に返り血がつく。

 だが、ログは決して目を反らさなかった。

 自分が選んだ道から目を背けるわけにはいかなかった。

 “機神”に唆された欲望も絶望も希望も斬り捨て、ただ“機神”を滅ぼすための道を切り拓く“剣”になるのだ。

 遠くで木枝が爆ぜる音がし、闇の中に炎が揺らめく。

 ログは歩き出す。

 右足から血が滲む。立てないほどではないが、走り続けるのも難しいだろう。

「いたぞ!」

 騒ぎを聞きつけた他の刺客たちがログを包囲した。

 数は二十人ほど。裾野を手分けして探していた彼らも、目的地へと近づくログの居場所を絞って次第に包囲網を狭めている。

 ここからさらに追っ手は増えるだろう。

 ログは剣で足許の銃を破壊した。

 右足を負傷していると知った男たちは一斉に躍りかかるが、躊躇なく閃いた剣で一瞬のうちに三人が倒れた。

 手負いの男が見せた、目で追いきれない斬撃に他の追っ手たちは動きをすくめる。

「……手加減はできん。来るなら死を覚悟しろ」

 ログは剣を掲げる。

 闇を舐める炎が、鋭い刃のようなログの双眸と刀身を照らし出した。

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