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切り拓かれる道と立ち塞がる影

 ブランダルク王宮では臣下たちの歓声が沸き起こった。

 先ほどやって来た火急の使者により異形の無効化が成功したことを伝えられたからだ。

「陛下! これを他の街でも実施すればブランダルクは異形の脅威から守られるということですな!」

「至急に手配を!」

 重臣たちが玉座に座るフィルアネス王に裁可を求め注目する。

「カートラッズ傭兵隊長は?」

 フィルアネスは使者に訊ねる。

「逃亡致しました。あの傭兵隊長と裏で結託していた傭兵組織共々、すでに手配書を回しております」

「……分かった。子供たちの隔離が思わぬ発見になったとはいえ、彼らの行動は許すことはできない」

「仰せのままに」

 家臣に命じたフィルアネスは目を閉じる。

(ありがとう、カートラッズさん、セイルナックさん。貴方たちのおかげだ)

 汚名を被ってでも仕事を果たしてくれた誇り高き傭兵たちに深く感謝するとフィルアネスは玉座から立ち上がった。

「急いで使者の準備をするんだ。グラオスをはじめとする近隣国にこの事実を伝えるんだ」

 重臣たちが騒然とする。

 近隣国はこの地方の覇をめぐって争う関係にある。かつての機竜騒乱の際にも領土を狙われており、現在は同じく異形の襲撃に苦しめられているが、長く対立する相手である。

 そんな国々に危険を冒してようやく突き止めた異形の秘密を伝えることは抵抗があるのだろう。

「しかしながら、かの国々がこのような事を簡単に信じるかどうか──」

「向こうも異形の脅威に対抗する術を喉から手が出るほど欲しいはずだ。間違っていたら余の首を賭けると付け加えてもいい」

 王宮中がどよめきに包まれた。

「分かっているはずだ。これは世界の命運を賭けた戦いなんだ。“聖域”中でこれを実施し、“機神”を守る異形たちを全て無効化しなければ“狼犬”側に勝ち目はない」

 フィルアネスは告げる。

「そして伝えているはずだ。余は“狼犬”と“戦乙女”に全てを賭けている」

 若き少年王に不退転の決意を見た臣下たちはやがて静まった。

 それを見てフィルアネスは笑みを浮かべる。それは盟友である若き勇士に倣うような大胆な笑みだった。

「それに物は考えようさ。世界を救う英雄に一番掛け金を預けておけば、その後の世界で余は英雄の友となれる。余の発言力は高まり、今後の交渉でもいろいろと有利に立てる。そうだろ?」

 その姿に重臣たちは黙って恭順の意を示した。

 彼らもまた若き王の姿に希望を見たのだ。



 領地へと帰還するマークルフ率いる本隊。

 進軍を止め、休息をしていたマークルフの前に先遣隊を率いていたウォーレンが駆けつける。

 その手には紙を握りしめていた。

「隊長! こいつを──」

 ウォーレンが持ってきた紙をマークルフは引ったくる。

 それは傭兵たちが使う暗号伝文の記録だ。

 それも“蛇剣士”からのものだ。

「何があったの?」

 一緒に休憩していたリファが尋ねる。

「……ルフィンが手を貸してくれた。ブランダルクが異形対策に手を挙げてくれたんだ」

 それにはブランダルク王フィルアネスが異形の出現を阻止する方法を見つけ出し、それを“聖域”中の各国に伝えている事が記されていた。ブランダルクの伝令だけではなく、傭兵たちの情報網も駆使し、自らの進退を賭けてまで少しでも早く世界にこの情報を広げようとしているらしい。

「兄ちゃんが頑張ってくれたんだ!」

 まるで自分のことのようにリファが歓喜の声をあげる。

「ああ。ルフィン、それに“蛇剣士”に“龍聖”──本当に恩に着るぜ」

 マークルフは感謝のあまり目を閉じ、紙を持つ手に力を込める。

 これで“機神”と戦うための最大の障害を排除できるかも知れないのだ。

「どう? うちの兄ちゃんもちゃんと役に立つでしょう?」

 リファが自慢するように目の前でふんぞり返る。

「ああ、これほど頼もしい兄ちゃんはいないぜ」

 マークルフはリファの頭に手を乗せると待機していた部下たちに号令をかける。

「流れはこちらに向いてきた! 出発の準備だ!」

 部下たちの鬨の声が響き渡り、部隊は出発の準備に動き出した。

「急ぐの、男爵さん?」

「ああ、どうやらログも南に進路を向けているらしい。上手く合流できればそれに越したことはない」

 伝令の内容にはログの安否についての情報も含まれていた。

 異形の対策に目処がついた現在、今後を左右するのはシグの魔剣を奪回できるかどうかだ。そのためにログは単身で追っている。

 こちらも合流して手伝いができればいいが、相手も用心深い“天使”だ。魔剣の存在を追えるログの双肩に今後がかかっているのだ。



 ユールヴィング領──

 城下町の広場に民衆が集まっていた。

 広場の中心に用意された壇上に立つのはサルディンだ。

「──話は以上だ! 詳しいことは各自、近くの詰め所で聞いてくれ!」

 サルディンは衆目を集めながらも子供たちの隔離計画について説明を一通り終えた。

 彼はブランダルク側からの応援としてやって来ていたが、その間に“蛇剣士”たちが異形の無効化を成功させたことも伝令で伝わり、現在は隔離計画の実行者の一人として仕切るようになっていた。

 話が終わると人々は騒然とするが、混乱や反論は出てこない。

 皆、先代から続く“狼犬”の旗の下で生きてきた者たちなのだ。彼らなりに領主の無茶に付き合うぐらいの腹はいつも括っているのだ。

 サルディンもそれは分かっていた。彼もまた先代“狼犬”に拾われた傭兵の一人なのだ。

「すまねえな、みんな。本来ならこういうのは若やログ副長がするべきなんだが、二人ともどうにも忙しくてな。ブランダルクの国王様の使者って肩書きだけどよ。外様の俺がこの場を仕切っていいのかちょっと迷ってはいるんだ」

 サルディンが肩をすくめる。

「気にすることはねえよ!」

「坊ちゃんが留守なのは慣れっこさ!」

「人使いが荒いのもな!」

 次々に声が帰ってくる。

 これから正念場を迎えるのだが、それでも彼が在籍していた頃のいつもの陽気さは変わらなかった。



 《戦乙女の狼犬》亭ではタニアが掃除をしていた。

 女将が準備のために忙しく、マリーサが応援として派遣したのだ。

「女将さん、これも持って行っていいんですか?」

 酒樽を持った兵士が尋ねる。

「ええ、お願いしますね。どうせここに置いといても仕方ないしね。英気を養うのに使ってちょうだい」

 酒蔵に置いていた備蓄を手伝いの者たちが運んでいく。

 女将は隔離される子供たちとそのために動く兵士たちのために、店にある備蓄を開放したのだ。

「……なんか、寂しいですね」

 タニアが空いた棚を見て呟く。

「いいのよ。人がいればまた埋まっていくもんだから。今は若様たちに無事に帰ってきてもらうために、こちらでやれる事をしたいのよ」

 タニアはカゴに丁重に納めてある瓶を見つける。

「女将さん、これは?」

「ああ、それだけは置いといてくれる? それは“機神”を倒せたら開けるつもりでルーヴェンが残していたものなの」

「そうなんですね……男爵、“機神”を倒してくれるんでしょうか」

「きっとルーヴェンの代わりに念願を叶えてくれるわ。その時はログ副長やエルマちゃんやマリーサちゃんたちも呼んで、一緒にお祝いしましょう」

 女将がにっこりと微笑む。

「──その時は俺も参加させてもらっていいですかい、女将さん?」

 酒場に入って来たのはサルディンだった。

「あら、来てくれたのね。もちろんよ、サルディン君。ルーヴェンの従者だった貴方がいてくれたら昔話にも花が咲くというものよ」

 サルディンは近くの椅子に座った。

「でも貴方がここに来てくれて本当に助かったわ」

「この前の“機神”との戦いの時は若は結局、呼んでくれなかったですからね。こういう時にしゃしゃり出ないと出番がないですからね」

「若様も危険を承知で付き合わせたくなかったのよ。どう、いっそここに戻って来たら?」

 サルディンが苦笑いする。

「折角ですけど俺は俺で今のやり方が性に合ってましてね」

「それなら無理強いできないわね。でも良かったわ。ログ副長も貴方のことは気にしてたみたいだしね」

 タニアが女将にそっと近づく。

「ねえ、女将さん、前から疑問に思ってたんですけど、ログさんって何でサルディンさんに気を遣ってるんですか?」

「何だ? ログ副長のことだと気になって仕方ないか」

「ち、違うわよ! ログさんの方が偉いのに何でかなって──」

 女将が二人の間に割って入るようにサルディンに水を差し出す。

「傭兵としてはサルディン君が先輩。それにログ副長の二つ名は元々サルディン君の二つ名になる予定だったのよ」

「“狼犬の懐刀”がですか?」

「ええ。でもサルディン君が独立するから立場と二つ名は副長に譲ったのよ」

「俺も昔は剣の腕を買われて先代の用心棒を勤めていてな。そんな時に先代が副長を連れてきたのさ。最初は少し辛気くさい兄ちゃんと思ってたんだけどな……いやあ、あの時は思い知らされたね」

 過去を思い出すサルディン。話を聞くタニアは女将に目で尋ねる。

「サルディン君から本気の剣の試合を申し出てね。でも、副長に負けちゃったのよね。二十秒だったかしら?」

「女将さん、内緒にしててくださいよ。観客は先代と若と女将さんだけなんすから」

「へえ、サルディンさん、ログさん相手に二十秒も保ったんだ」

「確か、三本勝負、合わせての時間だったかしらね」

「わぁ、弱い」

 タニアが率直な感想を告げる。

「はっきり言いやがるな。でも、あれで俺も独立することに決めたのさ」

「ログさん、自分が追い出したような気がしてたから気を遣っていたわけ?」

 女将が笑う。

「違うわ。当時の副長にはルーヴェンの助けが要ると考えたから、傭兵のイロハを教えて自分の立場を譲ってくれたのよ。副長もそれに恩を感じてるってことなの」

 サルディンがタニアを見る。

「……タニア、頼むぜ。副長を繋ぎ止めてやってくれ」

「えっ?」

「俺も弱いなりに当時の副長の剣に血塗られた業ってやつを感じてね。ああ、これは先代の傍に置いて助けてもらってやらないと自分で自分を殺してしまうかもしれない──そう考えたのさ。今の副長も昔に比べれば吹っ切れているようだが、もし、全てが終わったら誰も知らない間に消えていきそうな気がするんだ」

「……そうかも知れないわね」

 女将も寂しそうに答えた。

「タニアちゃんが何だかんだで副長を繋ぎ止めてる大事な一人なのかも知れないわね。副長には必要なのかもしれない。戦いが終わった後も生きる理由が──」



 薄暗い街中、準備で忙しい人たちの往来の中をタニアは歩いていた。

 あの後、女将が言った言葉が脳裏でずっと繰り返される。


『副長が生きる理由はただ一つだけ。まだ死ねないからよ』


 副長ログはかつてアウレウスという名の〈白き楯の騎士〉だった。

 彼が所属した騎士団はある時、他国の連合軍に包囲され、壊滅した。

 自分の無謀で国を危うくした愚王が権力者であった司祭長に取り入り、その代償としてブランダルクの誇りであったはずの〈白き楯の騎士団〉を売ったのだ。

 そこにいた最年少の騎士も騎士団と共に殉死するつもりだった。

 だが、それはできなかった。親のように慕っていた騎士団長や仲間たちが彼を逃がしたのだ。

 一番年若かった彼だけでも逃がし、やるべき道を切り拓くまで死ぬなという願いを託し──

 若き騎士はその願いだけを胸に包囲して押し寄せる敵と戦い続けた。

 それは後に“最後の騎士”という伝説になるほどに壮絶な脱出劇だったらしい。

 一人落ち延びた彼は幸運にも初代“狼犬”ルーヴェンに助けられ、以後はログという名の傭兵として生きてきたのだ。

(ログさん……自分が生き残ったことを今でも罪だと思っているのですか)

 タニアにも何となく女将やサルディンの言いたかった事が分かる気がした。

 副長はきっと償いできる時を求めている。

 逃がしてくれた仲間の願いに応え──

 そのために斬り捨てた多くの者のために──

 タニアは空を見上げる。

 空を覆っていた闇の帳は日に日に晴れようとしていた。夕日が空を染め、世界はまだ希望を捨てていないのだと教えてくれている。

 でも、戦いが終わったら、副長はあの闇の帳のように消えてしまうだろう。

 多くの血を吸って生き延びた剣でも世界が救われる道を切り拓くことができたなら、あの人はきっと、もう何も思い残すことはないのだ。

 タニアはいたたまれない気持ちで駆け出す。

 副長の気持ちが分かっても少しも嬉しくなかった。

(それじゃ……ログさん自身が救われないじゃないですか! 今のログさんを好きな人たちだって、誰も──)

 目の前に人が立つ。

 タニアは危うくぶつかりそうになるが、相手のがっしりした手がその肩を受け止めた。

「どうした? 前を見ずに走って何かあったのか?」

 謝ろうとして相手を見たタニアは驚く。

 それは頭から鎖帷子を纏い、口元を襟巻きで覆った男の姿だった。

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