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世界を騙すのは傭兵だけでいい

 街の郊外にある古代遺跡の名残である洞窟。

 そこに続く丘を兵士や街の大人たちが殺到する。

 洞窟で人質になっている子供たちを救出するためだ。

 異形が一時、姿を消し、傭兵たちも異形の出現で逃げ出しているという話を聞いた者たちが集まって救出に向かっていたのだ。

 洞窟に続く丘周辺には傭兵たちが準備していた天幕や荷車、簡易の櫓などがあった。

 だが、そこには誰もいない。

「本当だ、異形を見て逃げ出したんだ!」

「今のうちに!」

 救出部隊は駆けつけようとするが、どこからか飛んできた一本の矢が遠くの地面に刺さり、彼らは足を止める。

 天幕や荷台の中から隠れていた傭兵たちが現れた。

 カートラッズと部下の傭兵たちだ。

「息子を返せ!」

「見損なったぞ、てめえ!」

「しょせん傭兵なんてロクでなしの集団だ!」

 兵士と親たちが手に武器をもってカートラッズたちと向き合う。

「俺たちが逃げたと思ってさっそく子供たちを取り戻しに来たか。確かに数ではちと厄介だな」

 多くの住人たちの姿を見回したカートラッズは不敵な笑みで返す。

「だが、俺たちに何かあれば人質の安全は保証できないぞ」

 そう言って無抵抗を示すように両腕を広げた。

「ひ、卑怯よ!」

「子供たちに何かあれば──」

「そこまでして自分たちだけ助かりたいか!」

 次々に非難の声が飛ぶ。

 カートラッズは指を鳴らした。

 それを合図に部下たちが弓を引く。

「撃て!」

 救出に来た大人たちが一斉に悲鳴をあげた。

 号令を合図に次々に矢が飛ぶ。

 その瞬間、鋼のツタが現れて矢を叩き落とした。

 大人たちが悲鳴をあげて散り散りに逃げ惑う。

 彼らの間に異形が着地した。

 それは一人の男を守るようにカートラッズたちを威嚇する。

「フッ、ようやく異形を使ったくだらん劇の裏方が顔を出したな」

 住人たちが焦って逃げる中、これを予想していたカートラッズは取り乱すことなく身構えた。

 男はごく平凡な街の住人であった。男は焦った表情を浮かべていたが、カートラッズや他の者たちの視線が自分に集まっているのに気づいて狼狽する。

「矢が当たると思ってついネタバレしてしまったか。安心しろ、その矢の先はゴムだ。ま、普通に当たってもケガはするがな。死ぬと思ったか?」

 カートラッズが男を挑発するように笑う。

「異形の襲撃で我らが逃げたのを知って救出に来るのがずいぶんと早かった。つまりそれを居合わせたように知った何者かが救出を焚き付けた。焚き付けた以上、一緒に来ると踏んでいたが予想通りに行動してくれて感謝するぞ」

 住人たちが四散して取り残された男に矢が射かけられた。

 男は身を強張らせるが、異形がツタで叩き落とす。

 それは明らかに男を守るような動きであった。

「……貴様が操るのか、それとも異形が勝手に守っているのか知らんが、ともかく貴様が異形と関わりあるのはこれで明白だ!」

 カートラッズは離れて逃げていた住人たちに向かって叫ぶ。

「見たな! 異形はこの男のように一部の連中が影で操る人形なのだ!」

 そう言うとカートラッズは手で合図すると矢が放たれる。

「異形を狙うな! その男を狙え!」

 異形が身体から伸ばしたツタで矢をはたき落とした。

「クソォオオッ!」

『グォオオオオオオッ!』

 まるで獲物のように狙われた男が怒りで叫んだ。

 カートラッズは腰からガラス瓶を幾つか取り出すとそれを投げつける。

 異形のツタがガラス瓶を割るが中に入っていた油が異形と男にかかった。

 それに合わせて火矢が打ち込まれる。ツタが打ち落とすも油に火が点き、男の腕にも火が移る。

「逃がすな! 畳みかけろ!」

 カートラッズの号令に絶え間なく矢が男を狙って撃った。

「う、うわあぁあ!?」

 男は地面を転がって火を消そうとし、異形が盾となって矢を受ける。

(まだ何も起こらんか……“龍聖”、残った子供たちの隔離を急いでくれ)



 セイルナックたちによる街に残っていた子供たちの捜索は続いた。

「そっちはどうだい?」

「へい。ずいぶんと抵抗されましたが別の隔離場所に連れて行きました」

「そっちは本当に小さな子が多い。ミルクの用意と世話に慣れた年長の子供たちも必要だね」

 空き家に集まった傭兵たちの報告をセイルナックが受ける。

 国からの通達とはいえ中にはそれを拒み、手元に子供たちを置いておくことを選んだ者たちも少なくなかった。特に子供が幼い場合はそれが顕著だ。

 セイルナックたちの仕事は極悪人になることを覚悟で、カートラッズ側で隔離できなかった子供たちを連れ出して隔離することであった。

「しかし、子供たちの隔離はもう完了するはずですけど、あの化け物になんの変化も見られないようですけど……上手くいくんでしょうか」

 傭兵の一人が呟く。

「子供たちの数と居場所は事前の配給の時に確認している。後は漏れがないようにしらみ潰しで確認するしかない。一人でも漏れがあったら意味がなくなる……」

「──子供たち全てを隔離するということですか」

 突然の声にセイルナックたちは驚いて後ろを振り返る。

 そこには外套を纏った小柄の少女が立っていた。

 驚いた傭兵たちだが相手が子供と見て、ゆっくりと近づいていく。

「や、やあ。怖がらなくていいからね」

「これからおじさんたちが安全な場所に連れてってあげるから──」

 だがセイルナックは慌てて傭兵たちの首根っこを掴んで引き戻す。

「気をつけろ! あれは“天使”だ」

 傭兵たちは驚くがすぐに剣を抜く。

 古代文明の遺跡を破壊する目的でブランダルクの地を荒らした天使たちは、住人たちにとって災厄に等しい存在だった。

 だが、“天使”の少女は淡々と告げる。

「貴方たちは“狼犬”を手伝っているのですね。でしたら一つだけ教えます。この裏道を出て北にまっすぐ行った先に塀が一部壊れた家があります。そこに子供が一人、縄に縛られて捕まっています。私が見る限り、街に残る子供はその一人だけです」

 セイルナックは協力的態度を見せる天使に戸惑う。

「……なぜ、僕たちにそんなことを教えるんだ?」

「“狼犬”と“機神”の戦い、その行く末を見届けたい。それだけです」

 そして少女は消えた。

 セイルナックはまだ半信半疑だったが、それでも傭兵たちに確認を命じた。

 おそらく、その子は自分たちの計画を台無しにするために敵意を持つ誰かが隠していたのだろう。

 だが、天使の言葉が確かならこれで結果が判明することになる。

 後は“蛇剣士”たちが事を上手く運んでくれるのを祈るだけだ。



 何とか時間を稼いでいたが、ようやく男が火を消し終えると憎悪に満ちた顔を向けた。

「ふざけんな!」

 男が叫ぶと異形から無数の矢のようにツタが放たれた。

 それは四方に散らばっていた傭兵たちを狙い、カートラッズも辛うじて躱すが胸を切り裂かれてその場に倒れる。

 ツタが負傷したカートラッズに巻き付き、異形に持ち上げられた。

 挑発され、命を狙われ、腕の火傷に憤りを露わにしながら近づく。

「フッ……礼を言うぞ。入れ墨だけではどうも迫力に欠けてな……こういう蛇がのたうつような傷跡があった方が“蛇剣士”の名が映えるというものだ」

 胸から血を流しながらもカートラッズは不敵な笑みを忘れない。

「傭兵風情が人をバカにしやがって! 上から物を言ってんじゃねえぞ!」

 ツタがカートラッズを地面に叩きつけた。

 男がさらにその顔を靴で踏みつける。

「蛇なら地面をのたうってる方がお似合いだろうよ!」

 男が嘲笑うような笑みでカートラッズを見下すように顎を上げた。

「……どうやら貴様は普段から周りに上から物を言われ続けるのがたまらなく嫌らしいな」

 カートラッズは靴の下でその表情を見てさも可笑しいように含み笑いを浮かべる。

「だが、それは気のせいだ……貴様が見下げ果てた男だから他人の視線が高く見えるだけだ」

 男は激昂してカートラッズの顔を踏みつける。

「……蛇なら手足なんていらねえだろ? 一本ずつもいでやらあ」

 男はこれでもかとドスの利いた声で言うが、カートラッズは不敵な笑みを崩さない。

「……傭兵風情にしか粋がれんとは哀れな奴よ」

 男から表情が消えた。憤りを通り越して殺意が表れていた。

 このままなぶり殺しを考えているのだろう。ここまで挑発した以上はただで殺すのも飽き足らなくなるはずだ。

 だが、その分は時間を稼げる。

 そう、引き受けた仕事は最後までやり遂げるのが傭兵というものだ。

 身体を縛っていたツタがさらに伸びて左腕の先に巻き付き、それが強い力で締め上げられていく。そのまま手を砕くつもりなのだろう。

 それでもカートラッズは挑発するような不敵な笑みを変えなかった。

 その時、地面に光の文様が浮かぶ。

 異形を中心とした地面に光の円陣が展開し、カートラッズを拘束していたツタが切断され、拘束が緩んだ。男が動揺する隙を突いてその腹を蹴りつけてその場から離れる。

「て、てめえッ!?」

 異形からツタが伸びるがそれも何かが横切り切断される。

 それは円陣の上を目まぐるしく動く二つの光輪だった。

 カートラッズは空を見上げる。

 暗雲を背に光の翼を広げた少女が浮かんでいた。

 “天使”だ。

 遠巻きにしていた住人たちが悲鳴をあげた。

 男は慌てて光の円陣から抜けだそうとするが目の前を光輪が横切り、それを阻止する。

「……天使よ。ここに来た理由は知らんが頼みがある!」

 カートラッズは知っていた。

 “狼犬”と“天使”たちは“機神”討滅のために手を組んでいる。この天使がどうしてここに来たのかは知らないが、少なくとも今は単なる敵ではないはずだ。

「その異形と男を足止めしてくれ! 時間を稼いでくれ! 上手くいけば“機神”を倒す戦いに展望が開けるんだ!」

 少女天使が黙ってその言葉を聞いていたが、やがてうなずいた。

「いいでしょう。何か予感を抱いて来ましたが、これも運命の導きと考えましょう」

 異形からツタが伸びるが、光輪がことごとく切断した。

 まるでどこからツタが伸びるのかを分かっているかのように正確だ。

「誰でもいい! 矢を撃て! あのゲス野郎を足止めしろ!」

 カートラッズの号令にまだ動ける部下、それに残っていた住人の有志たちが男に矢を射かける。それは異形によって防がれるが、男もその場から動くことはできない。

 異形と男は光陣の中で動きを封じられていた。

「──見ろ!」

 突然、異形の姿が残像のようにぶれる。

 そして一瞬のうちに消えてしまった。

 盾を失った男は恐慌をきたしながらその場にうずくまった。

「撃つのをやめろ!」

 カートラッズは声を張り上げると男に近づく。

「見たか! 子供たちが誰もいないと異形は姿を現せなくなるんだ! この事実を急いで皆に知らせるんだ! そこで見ていたお前たちもだ! 一人でも多くこの事実を伝えるんだ! これが世界に広まれば世界は救われるぞ!」

 カートラッズが叫ぶと即座に伝令の用意に走る。

 愕然として遠巻きにしていた住人たちも、カートラッズの言葉を事実と認めたのか街に戻っていく。危険を冒してでも子供たちを助けようとした者たちだ。彼らの言葉なら他の街の住人たちも信用してくれるだろう。

 光陣が消え、男が一人取り残された。

 天使の姿は消えていた。

 カートラッズは男の目の前に立つ。

 男は孤立し、その場に腰を抜かして無言で近づく傭兵の姿に怯えた表情を見せた。

 カートラッズはニヤリと笑うと男の頭を踏んで地面に叩きつける。

 そして腰から予備の剣を抜くとその胸を貫いた。

 だが、胸を貫かれたはずの男が驚いた表情を見せる。

「……生きてるなら死んだフリをしてろ。今起きたら他の連中に殺されるぞ」

 カートラッズは小声で伝える。その剣は刃を削ってあった。そして柄に細工があり、周囲からは刃がめり込んでいるように見える。

「何をボサッとしている! 今は異形をどうにかできるという事実を広めるんだ! 急げ!」

 残っていた他の兵士や住人たちも、男が傭兵隊長の復讐で殺されたと見ると、世界を救うきっかけを得た興奮と共に街へと戻っていった。

 残ったのはカートラッズと足許に倒れた男。そして部下たちだけだ。

「……な、なんで殺さねえ?」

 男が怯えながらも尋ねる。

「貴様の愚図さに感謝しておけ。さっきの異形で俺の部下を一人でもちゃんと仕留めていたら本物の剣を刺していた」

 カートラッズは凄惨な笑みを浮かべる。

「俺も部下も貴様にご高説垂れるほどの真人間じゃない。傭兵には貴様のような人間の屑はごまんと居る。もし、俺の役に立つのなら命だけは残しておいてやるぞ──連れて行け」

 傭兵たちが倒れたままの男の腕を引っ張って連行した。

「……いいんですかい? 死人はでませんでしたがケガした奴はいっぱいいますぜ?」

 一人残った部下が布巾を渡しながら声をかける。

「俺もそこまで優しくはないさ。奴から異形についての情報を洗いざらい引き出せ。その後で好きにしろ。ただ、金になりそうなうちは殺すなよ」

 カートラッズは顔の血を拭く。

「へっ、優しいっすね。金になるうちは生かしておいてもいいと?」

 部下が瓶を開けて中の蒸留酒を口に含むとカートラッズの胸の傷に吹き付ける。

 カートラッズは顔をしかめつつも別の布で傷口を押さえた。

「しょせんあの男も“機神”の力に魅入られて道を踏み外しただけのドアホよ。ただ殺しても治療費にもならんからな。殺すなら本当に使い道がなくなった後だ」

 カートラッズは気配に気づいて振り向く。

 そこには天使の少女が立っていた。

「……消えたんじゃなかったのか」

 カートラッズは身構えもしなかった。相手に敵意も何も感じなかったからだ。

 こうして間近に見るには年相応の少女にしか見えない。

「貴方は利に聡い計算高い男の人らしいですが、そのような人がなぜ“狼犬”の無謀な賭けに乗ったのですか?」

「答える義理はない──と言いたいが手助けしてもらったのは事実か。簡単だ。その無謀な策が傭兵としての俺を賭けるに足ると思ったまでよ」

「賭けが成功すると思ったのですか?」

「あの血統書付き──“狼犬”との付き合いは長い方でな。あれはいやらしい奴よ。相手が嫌がることに関する嗅覚は本当に鋭くてな。その“狼犬”が二代に渡って長年対峙する“機神”と戦うために考案した方法だ。付き合ってやらねば血統書付きはともかく、奴が掲げる“狼犬”の名に傷を付けることになるのでな」

「貴方にとって“狼犬”の名はそこまで特別な意味を持つのですか」

「初代“戦乙女の狼犬”ルーヴェン=ユールヴィングは“機神”を巡る戦いでゴミのように使い捨てられる傭兵たちの命を救うために戦った。そして二度と使い捨てられないように現在の傭兵の枠組みを作り出した。俺を含め、今の傭兵たちは全てあの人の芝居に乗っかった者たちだ。だったら、その名を継ぐ血統書付きの芝居に乗っかるのが傭兵の意地というものよ。これで納得したか?」

 天使が光の翼を広げて自らの身体を包んだ。

「……私の師は運命を視る人でした。人は運命に逆らえません。ですが、それでも運命に抗おうとする人の姿を称えていました……先生、貴方もこの人たちの意地に賭けたのですか」

 天使は謎の言葉を残し、今度こそ消えてしまった。

「やれやれ、天使というものは気まぐれよ」

 カートラッズも力を使い果たしてその場にへたりこんだ。

 部下が肩を貸す。

「ともかく、やりましたぜ。これでブランダルクの英雄になれますぜ」

「バカ野郎、“英雄”の肩書きじゃ傭兵家業の足しにもならん。演じるのは血統書付きだけで十分だ」

 カートラッズは立ち上がると控える傭兵たちに命じた。

「まだ仕事は残っているぞ。汚れ仕事は傭兵に任せればいいと若き国王陛下にご理解いただく仕事がな。俺たちは尻尾を巻いて逃げるのみだ!」

 部下たちも隊長を倣うようにこぞって不敵な笑みを浮かべた。

 成功はしたが、失敗していれば取り返しのつかなかった作戦を国王陛下も認めたものと世間に知られる訳にはいかない。

 あくまで自分たちの悪事が偶然、異形に対抗する手がかりになったという形にしなければならない。

 後は国王直属の部隊が引き継いでくれるだろう。

 薄汚い“蛇”は悪党として、世間から逃れるように生きる道を選べばいいのだ。

 それで傭兵の有用さを知らしめるなら何の問題もないのだ。


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