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世界を騙すのは絶望か、希望か(3)

ブランダルクの地方にある小さな街。

 その中央広場に国から派遣された部隊がやって来ていた。

「あと一時間で子供たちをここに集めて欲しい!」

 “蛇剣士”カートラッズが街の広場の中心で声を張り上げる。

 今回、派遣された部隊は正規兵と傭兵の混成部隊であった。各地で混乱が続き人手が足りないため、このような場合は珍しくなく、特にブランダルクは傭兵男爵としても知られるユールヴィング領と同盟関係にあり、傭兵たちの存在は比較的受け入れられていた。

 その横で国の正規兵である兵士長が勅令の記された命令書を広げる。

「これは国の命令で現地の正規兵との合同で行われる!」

 周囲には住人たちが続々と集まっていた。

「いったい、何が起きるというのですか?」

 前に出てきた顔役らしい老人が尋ねる。

「地上を荒らし回る異形に対抗するための作戦が行われる。そのためにまだ襲撃がされていないこの街が選ばれた。これが成功すれば異形を撃退することができるかもしれん」

 兵士長が説明すると、住人たちが騒然とする。

「い、いったい、どうやって?」

 近くの男が尋ねる。

「それはおいおい説明されるだろう。我々はその準備のために派遣された先遣隊だ」

 カートラッズが答えた。

「安全を期すために子供たちだけはあらかじめ避難をさせる。この街の外れに洞窟を利用した避難壕を用意した。我が子を手元から離すのは不安だろうが、協力して欲しい」

 近くに兵士たちが看板を立てた。

 説明を記された看板に住人たちが殺到し、近くにいた兵士も質面責めに合う。

「お、俺の息子も預かってくれるか?」

 近くにいた頬に傷を持つ男が言った。隣には息子らしい男の子が立つ。

「俺は化け物に襲われた村からここに避難してきたんだ! あの異形はとんでもない化け物だ。情け容赦もねえし、狙われたらどうにもならねえ。せめて息子だけでも安全な場所に匿ってもらいたいんだ」

「無論だ。国王陛下は誰よりも国の未来を担う子供たちの安全を重視しておられるからな」

 カートラッズが男に向かって答えると男の子を手元に預かった。

「この者の言う通り、異形は恐ろしい存在だ。だが、陛下はそれに対抗する策をお考えになっている。上手くいえば奴らに怯える必要はなくなるぞ!」

 カートラッズはその場の聴衆全てに聞こえるように声を張り上げる。

 そのやりとりを見ていた住人たちも動き出した。

 その様子を見て、カートラッズと頬に傷を持つ男が目でやり取りする。

 そう、この男は“仕込み”であった。

 カートラッズは人混みを睨む。

(賽は投げられた。さあ、どう出るか)



 広場には子供たちが集められていた。

 対象になるのは成人の仲間入りと見なされる十二歳未満の子供たちだ。

 そこでは親にしがみつく子供たちや涙にくれる親たちの姿が絶えることなく、集まった子供たちは順次、郊外の洞窟へと護送されている。

 郊外にはカートラッズの部隊が待機し、子供たちを迎え入れた。

 これから子供たちは一週間前後、ここで避難生活を送るようになる。無論、選ばれた保護者の大人たちが一緒に付き添って生活するようになる。

「しかし、国王陛下もなぜ、このような事をお考えになったのか……いえ、陛下のお考えを疑うわけではありません」

 カートラッズの隣に絶つ年輩の司祭が言った。

 この司祭は子供たちの世話役の代表として選ばれた者である。

「ここだけの話だが、どうやら異形に対抗するための古代武器を発掘したらしいですぞ」

 カートラッズは答えた。無論、これは本来の目的を隠すための嘘である。

「本当ですか?」

「ええ。それに陛下もお若い。親と引き離される子供の辛さはよくご理解されています。我々にも仕事を速やかに行い、少しでも負担をかけないようにと命じられております」

「そうでございますか。さすがは英雄の後継者と名高いユールヴィング男爵様とご盟友であらせられる。私も微力ながらお手伝いさせていただきます」

「頼みますぞ」

 作業は続けられた。

 集められた子供たちの基準は十二歳以下だ。これは異形襲撃の犠牲者の中で最年少の年齢よりも下の年齢である。

 やがて街の子供たちの多くが洞窟に収容された。

 数は二百人以上。人の集まる場所を異形が襲撃するという噂もあり、小さな街の規模からさらに人の数は減っていたのだが、それでもかなりの数だ。

 ただ、避難壕自体は先の戦いで見つかった古代の地下遺跡を利用したもので収容は可能だ。

 問題はここにいるのが予定された子供たちの数全てではないことだ。

 残っている子供たちがいるのだ。

「い、異形が出現したぞ──ッ!!」

 誰かの叫び声がした。

 さらに警報の鐘が激しく打ち鳴らされる。

「……出たか」

 周囲が慌てるなか、カートラッズは努めて冷静でいた。

 異形の出現はすでに予想していた。

 異形に力を与える怨嗟の持ち主たちが地上の不幸を望むとしても、自分の生活に必要な場は残さねばならない。近辺で無事に残っているのがこの街ならば、きっと彼らもこの街に潜み、自分たちの行動を監視していたはずだ。

 そして、それを黙っている見ている訳もないと思っていた。問題はいつ出てくるかであった。

「傭兵隊長殿、どうされますか!?」

 司祭が尋ねる。

「落ち着かれよ。我々は事前の打ち合わせ通り行動するのみだ」

 カートラッズは部下たちと目を合わせる。

 そして互いに目配せをして合図を終えると、カートラッズは短剣を抜いた。

「よ、傭兵隊長殿……ひっ!?」

 訝しむ司祭の首に短剣が突きつけられた。

「ここから出て行ってもらう。他の者の一緒だ! 早くしろ!」

 部下の傭兵たちも次々に大人たちを捕まえる。

 そして、傭兵たちが洞窟の奥へと続く分厚い鉄の扉を閉めた。

「な、何をするのですか?」

 司祭が声を震わせながら言うと、カートラッズはこれでもかと不敵な笑みを浮かべた。

「まだ気づかんか。異形に対抗する作戦なんて俺たちは信じちゃいないのよ! 陛下はお若い! あの化け物たちに本気で勝とうとするとはな!」

「あ、あなたの目的は!?」

「俺たちの目的は子供たちを人質にすることだ!」

「な、何ですと──」

「俺たちも生き残るためにいろいろ調べたんだ。異形は子供たちを襲わない! つまり、子供たちを人質にしていれば俺たちの身も安全って訳なんだよ」

 カートラッズは凄みを利かせてそう答えた。

「兵士の連中に伝えろ。子供たちの無事を保証して欲しいなら食料を持って来いとな」

 そう伝えて司祭を手放す。司祭は慌てて走り去った。

 それを見てカートラッズは部下たちの方に振り返る。

「いいか、お前たちも街に今の話を広めろ──『子供たちを集めれば助かる。手伝う奴は仲間に引き入れる』とな」

「そうすれば勝手に街中の子供たちがここに集まるって算段ですね」

「ああ、異形が先に出た以上、どんな手を使ってもここに街中の子供たちを隔離する」



 街は大混乱に陥っていた。

 異形が襲撃し、時を同じくして傭兵部隊が子供たちを人質に洞窟を占拠した。

 傭兵部隊に裏切られた正規部隊も対応に追われるが手が回らない状態だ。

 子供たちの救出を訴える親たちと異形の襲撃から住人たちを避難させねばならず、さらに傭兵部隊の流した噂に踊らされた者たちが残っていた子供たちを傭兵たちに通報したりなど、混迷は深まるばかりだ。

 人々が逃げ惑う中、異形が街の建物の上に立つ。

 全身から鋼のツタを伸ばす異形は咆哮をあげ、周囲の建物と人々を襲撃しながら郊外に向かって建物から建物へと跳躍を続ける。

 目的地は子供たちが隔離されている郊外の洞窟だ。

 行く手には兵士たちが集まっていた。

 子供たちの救出に向かった部隊だが、異形の姿を見ると蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げ出す。

 異形は彼らには目もくれず、郊外の洞窟に向かって走る。

 洞窟の前に陣取っていた見張りの傭兵が声を張り上げた。洞窟の前に陣を作っていた傭兵たちはまったく踏みとどまる姿勢も見せずに一目散に逃げ出した。

 異形が洞窟の扉の前にたどり着いた時には傭兵たちは誰ひとり残っていない。

 異形は洞窟を閉ざしていた鋼の扉を蹴破った。

 そして奥へと進む。

 洞窟の中は人工の壁が広がっていた。ブランダルクの地にはかつて古代エンシアの大都市があったらしく、このような古代遺跡が各地に点在する。

 通路を進むと奥から気配を感じたのか、子供たちの悲鳴が沸き起こる。

 異形は足を止めた。

 洞窟の先は深い縦穴になっており、その底には広い空間になっていた。

 そこに街から集められた子供たちがいた。現れた異形の姿に泣きわめいたり、隅により固まって怯えたりしている。

 縦穴にはハシゴも階段もなく、異形が立つ通路まで子供たちは自力で上がれないようになっている。脱出もできず、外部から隔離されているのだ。

 異形は身体から伸ばした鋼のツタを一本、子供たちのいる穴の底に垂らす。

 それは地上に連れ出すためのものだった。

 だが、子供たちは怯えて泣くばかりだ。なかには年端もいかない小さな子がそれに近づこうとしたが、年長の子が引き留めて連れ戻す。

 埒があかないと思ったのか、異形は穴の底に飛び降りた。

 子供たちはさらに悲鳴をあげて週に壁に張り付く。

 異形は子供たちに近づくが、半狂乱の声が洞窟内に響き渡るだけだった。

 世界中で恐怖をもたらす異形、それが子供たち相手に手出しできずにいる姿は信じがたいまでに滑稽な姿であった。

 だが、異形は気づく。

 こうしている間にも傭兵たちが子供たちの隔離に動いていた。

 自力で脱出できな場所に子供たちを放置しているのは、子供たちに手出しできないという計算があったからだ。

 異形は飛び上がって縦穴から抜け出すと洞窟の外へと駆け出す。

 これは傭兵たちが仕掛けた罠だ。

 異形が子供たちに手出しできない証拠を広め、その間に残った子供たちを別の場所に隔離するための時間稼ぎの罠なのだ。

 異形は怒りに吼える。

 地上を絶望で包むべき自分たちを傭兵たちはコケにしたのだ。



「どうだい、守備の方は?」

「へい、大方は隔離に成功しましたぜ」

 “龍聖”セイルナックと手下の傭兵は空いた建物に身を隠していた。

 傭兵は猿ぐつわと縄で拘束した子供を一人、抱えている。

 外では彼らを追う兵士と街の住人たちの姿が行き交っていた。

「……まだ、異形に変化は見られないようだね」

 外の怒号から異形が街の中で暴れているのを知ることはできた。

 それでも傭兵たちが拐かした子供たち救出のために兵士たちと親たちは逃げることなく傭兵たちを追いかける。

 脱帽すべき使命感と愛情であるが、今はそれと戦わねばならなかった。

「子供たちがまだ残っているんだ。少なくとも街にいる子供たち全員を隔離しなきゃならない」

「……いまだによく分からないんですけど、本当にしばらく子供たちを隔離しておくだけであの化け物が出なくなるんですかね。聞いた話じゃ子供たちがいない場所にも出現したっていうじゃないですか?」

「“狼犬”に仕える科学者さんの説明では“因果律”を絶つ必要があるらしいんだ。少なくとも“狼犬”が“機神”との決着をつけるまではね」

「いんがりつ……?」

 聞き慣れない単語に手下が首をひねる。

「子供たちの居ない場所に出現しても、それを伝手に聞いたり、実際の被害の影響が自分の周りに出るのを感じることで子供たちは存在を認識してしまい、それで異形は存在できる。時間を遡った因果律とやらがあるらしいんだ。だから一定期間、外の様子が分からない場所に子供たちを隔離する。そうすれば過去からも未来からの因果律も成立せず、異形は存在を示すことができなくてやがて消える──それが科学者さんの見解らしい」

「よく分かんないんですけど、親分はその説明で理解できたんですかい?」

「いやあ、分かんないけどさ。“蛇”のダンナが言うには不世出の天才たちも後継者と認めるほどの美人で才媛さんだし、信じてみていいんじゃない?」

「……親分もそのへん、軽いっすね」

 その時、隠れていた家の扉が開き、そこから兵士が乗り込む。

 手下の抱えていた子供が助けを求めて暴れる。

 だが、兵士はそれを無視するように外に報告に出た。

「ここにはいないぞぉ!」

 そう報告すると兵士がまた入ってくる。

「どうだい、“蛇”のダンナの方は?」

「ええ、異形が子供たちの隔離場所に乗り込みましたが、何もできずに出てきたようです。どうやら読み通り、あの化け物は子供には手出しできないようですね」

「“結果”は“観測者”を支配できない──科学者さんの読み通りだね」

 兵士は傭兵組織の息のかかった者である。

 裏切った傭兵部隊を追う街の正規部隊もその上層部は国王と繋がっており、傭兵部隊と密かに連携を取っている。この兵士も正規部隊に潜り込んだ同業の協力役である。

「ただ、そこの子供たちを奪還しようと有志が集まっているようです。どこで焚きついたのか分かりませんがね」

「分かった。そっちも気をつけて」

 兵士が去って行った。

「……“蛇”のダンナの読み通り、住人たちを動かして子供たちを解放したい人間たちがいる。きっと異形に力を与えている側の人間たちだろうね。ここまではダンナの筋書きから外れていない」

「俺たちは──」

「このまま子供たちの隔離を続ける。向こうはダンナがどうにかするはずだ」

 そう答えた“龍聖”は手下の腕の中にいる子供の顔を覗く。

 助けてくれると思った兵士に無視されてうなだれていた子供は、目の前に迫ったいかつい風貌に顔を引きつらせる。

「ごめんよ。君はこういう世界に生きる人間になっちゃいけないよ。大丈夫、世界は必ず平和になる。お父さんやお母さんの所にも必ず返してあげるからね」

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