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世界の命運を賭けた約束

『それは君が好きなように受け止めるがいい』

 マークルフの目に映る幻影の男は答えた。

『わたしはヴェルギリウス=エンシヤリス──そして《アルターロフ》と同化し、エンシアの守護神たる“機神”と一体化した。君がわたしを“闇”と呼ぶなら──わたしはそれを否定しない』

 強化装甲を纏うマークルフは頭をかく素振りをする。

「正直に話してはくれないか……それも芝居か、あるいは自分でも気づかぬままヴェルギリウス=エンシヤリスを演じているのか」

『君はわたしをヴェルギリウスだと思っていない訳か』

「リーナも疑っているはずだぜ」

 モニターが周囲に出現した影を捉える。

「……ケッ、こういうのは人の話を最後まで聞いてからにするもんだぜ」

 周囲に異形たちが出現していた。

 “機神”を模した人型の異形がマークルフを取り囲む。

 マークルフは推進装置を作動させると包囲網から逃れて空へと逃れた。

(やはり出て来やがったな)

 異形たちの数は十体。“機神”本体を守るように周辺に立ち、こちらを警戒している。

 空に浮かぶマークルフは黄金の“機神”を見下ろす。

「なるほど、魔女がいなくても手駒はまだ揃っているわけだ」

 マークルフは黄金の“機神”を守る異形たちの姿を一体ずつ確認する。

 異形たちは姿こそ人型の“機神”だが、その身を覆うツタは鋼のままだ。

(妖精のじっちゃんから教わった情報通りか。“機神”は変化しているのにこいつらは変化していない。“機神”とは独立した方法で力を得ているのか)

 “機神”の頭部にヴェルギリウスの幻影が姿を現す。いや、そう見えるようにマークルフの視界画像に投影しているのだろう。

『君は“狼犬”として世界を守る者としての芝居をしているのだろう──だが、観客全てがそれを望んでいる訳ではない』

 ヴェルギリウスが告げる。

「てめえを滅ぼすにはまず、こいつらをどうにかする必要があるわけだ」

 一体を消滅させるだけでも苦戦した異形。そして異形の総数はこれだけではないはずだ。

『分かるはずだ──わたしを止めるのは無理だということを──』

 幻影がこちらを見上げながら告げる。

「分かったら何だってんだ?」

『君には別の望みを与えることができる。その槍でこの“機神”を刺したまえ。それで、君の望みは叶うはずだ』

 その言葉に従うように異形たちが“機神”から離れる。手にした《戦乙女の槍》を刺すだけなら十分な隙だ。

「リーナを切り離そうってのか──せっかく戻って来た妹姫を追い出そうなんて酷い兄上様だな」

『残念だが──リーナは戦乙女としての運命を選んだ──エンシアに戻るつもりはないのだ』

 ヴェルギリウスの狙いは分かっていた。抵抗を続けるリーナを切り離してしまえば“機神”は自由に動けるようになる。そして破壊される可能性もなくなるのだ。

「俺がそれをやると思っているのか?」

『そうすればリーナは返そう。君もリーナにも──手出しはしないと約束する』

 ヴェルギリウスは続ける。

『兄としてリーナの幸せを望むのは今でも変わらない──わたしを止めるのは無理と理解するならば、リーナと君自身にとっての最良の選択──それをしてくれる事を望む』

 “機神”と戦えるのは戦乙女の武器と強化装甲を駆るマークルフだけ。ログがシグの魔剣を取り戻したとしても、単騎では異形の群れを退けて“機神”と戦うことは不可能だ。

『世界か──愛する者か──そのような答えのない選択を──心を殺して選ぶ必要はない──世界はわたしが選ぶ』

 だから愛する者を取れ──幻影はそう告げていた。



「──そんな残酷な世界を救う価値が貴様のなかにあると言うのかね?」

 静かな問いが洞窟に響く。

 ログは両手に剣を握ったまま、“監視者”を睨む。

「世界よりも愛する者を選べ──そう言うのか?」

「貴様にその答えがあるかは疑問だがな。貴様には愛する者などおるまい」

 “監視者”も剣を肩に担いだまま動かない。

「……貴様は誰の声から耳を背けている?」

 ログの返した言葉に、鎖帷子と襟巻きに隠された“監視者”の表情が微かに動いた。

「何が言いたい?」

「貴様の問いは、世界に捧げられた祈りの声に耳を塞ぐ者の言葉だ。その声が嫌いだったのか? それとも愛していたのか?」

 “監視者”は笑っているのか、肩が揺れた。

「これは寡黙な副長殿らしからぬ言葉が返ってくるものだ。それは貴様の言葉か?」

「いや、先代の“狼犬”ルーヴェン=ユールヴィング閣下の言葉だ」

「なるほど、さすがは世界を股に掛けた英雄殿の言葉よ。洒落ておるな。だが、俺が聞きたいのは貴様自身の言葉よ」

「……答える言葉はない。わたしには行きたい世界も、愛すべき者もない」

「ならば何故、“狼犬”に従い戦っている?」

 “監視者”が剣を振る。

 ログも手にした魔法剣を起動した。

 “監視者”の気配と魔法剣の魔力が空気を震わせる。

「……わたしは死に損ないだ。ならば、せめて死ぬ時は自分が必要とされない世界になってから──それだけだ。“剣”は役目を終えれば消えればいい。かつて勇士シグと呼ばれた男よ」

 二人の張り詰めた殺気が冷えた空気を介して伝わる。

 だが、やがて“監視者”は剣を下ろした。

「……勇士の名はとうに捨てた。同意を求められても返答に困るな」

 襟巻きの奧から乾いた笑いがした。

「さて、実は不意討ちにしくじった時点で貴様と命のやり取りをする気などなかった。はなっから逃げるつもりでいた」

 “監視者”の背から光翼が広がる。

「だが気が変わった。どうにも相手をしてみたくなった」

 そして腰から鞘ごと魔剣を引き抜き、ログに向ける。

「だが、ここではない。この剣が欲しければ一人で追ってこい。そして再び俺の前に立て。その時は俺も逃げることなく魔剣を賭けて貴様との一騎打ちを受けてやる。貴様たちの流儀に従い、この戦乙女の武器に誓おう」

 そう告げると“監視者”の姿が消えた。

 ログはしばらく警戒するが、やがて剣を収める。

 その気になればいつでも逃げられたのは本当だろう。一人で追えば逃げずに戦うという約束を残したが、それがあてになるのかは分からない。

 それでも追わねばならない。追えるのは自分しかいないのだ。

 それに何故か、魔剣に誓う姿に嘘は感じられなかった。



「……フフッ」

 しばらく黙っていたマークルフはやがて含み笑いを浮かべた。

 ヴェルギリウスの幻影が怪訝な表情を浮かべる。

「──ハハハハッ」

『何を──笑う?』

「てめえは間違いなく“狼犬”の天敵だ!」

 マークルフは槍を幻影に向けた。

「そうやって人の望みを手玉に取り、人の運命を捻じ曲げようとする姿──“機神”そのものだ!」

 ヴェルギリウスは黙って自分に向けられる黄金の槍を睨む。

「エンシアを捻じ曲げ、世界を捻じ曲げ、歴史を捻じ曲げ──そうやってどれだけの人々の運命を捻じ曲げてきた!?」

『捻じ曲げる? 何を言う! わたしはその世界に裏切られ、歴史に葬られたエンシアの人々の望みを叶えるため、この地、この時に復活したのだ!』

「黙りやがれ! てめえは滅びることなく世界に居座り続け、自分が必要とされる時を虎視眈々と待っていただけだ! てめえの都合のいいように世界を捻じ曲げるためにな! てめえは“闇”だ! 祖父ルーヴェン=ユールヴィングが生涯かけて戦った運命を蝕む災厄そのものだ!」

 ヴェルギリウスは目を閉じた。

『もはや──聞く耳はなしか。リーナは諦めるというのか』

「もうその言葉には惑わされねえぜ! てめえは俺たちが止める!」

『それで後悔は──ッ!?』

 ヴェルギリウスの幻影が消え、入れ替わるようにドレス姿の少女の幻影が現れた。

『マークルフ様! 異形は人々の願望が具現化したものです──この世界を否定して自分たちの望む未来を──見せたい願望がその力なのです』

 ヴェルギリウス同様に不安定ながら、リーナの幻影が必死に訴える。

「リーナ!? 無事か!?」

 リーナが微笑む。

『ええ、私もエレナさんも大丈夫です。本当はもっと早く──出て来れたのですが、貴方様の心の底が聞きたくて──黙って見ていました』

 その笑みにマークルフは安堵を覚え、声を震わせる。

「まったく意地の悪いことをしやがって──」

『貴方に似てしまったのですかね──でも安心しました──』

「“機神”のいなくなった世界を見せる──その約束は守るさ。お前に怒られたくないしな」

 マークルフも装甲の下で笑みを浮かべる。それはきっと彼女には見えるはずだ。

「リーナ、教えてくれ。異形を止める方法があるのか」

『今言った以上のことは私にも──でも、マークルフ様ならきっと役に立ててくれると──ッ!? マークルフ様! 逃げて!』

 リーナが叫ぶと同時に姿がかき消えた。

 同時に“機神”が鋼の翼を広がり、そこから無数の黄金に光るツタが拡散する。

 沈黙を守っていた“機神”がついに自ら動き出したのだ。

『──待って──ます』

 リーナの声が届いた気がした。

 マークルフは包囲しようとするツタの間を縫うように飛ぶ。

「ああ! 待っていろ! この戦いを終わらせるぞ! 俺たちの手で! 必ずな!」

 引き込もうとするツタの群れを振り切って、マークルフは微かに光が差す闇の空へと逃れた。

 地上で地響きした。

 “聖域”が力を取り戻しつつある現在、“機神”もここに留まり続けるのは得策ではないと判断したのだろう。

 マークルフは“機神”に背を向けて飛ぶ。

 “機神”はきっと“聖域”の外に出ようとするはずだ。

 マークルフは《戦乙女の槍》を握り締める。

 その時が世界の未来を賭けた最終決戦になるだろう。

 先代から続いた“狼犬”と“機神”の戦い、その幕引きの時なのだ。

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