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“監視者”と黒剣の魔女

 真紅の光が渦巻き、無限の闇が広がる空間──

 その中心にヴェルギリウス=エンシヤリスの幻影が浮かんでいた。

 瞼を閉じ、何かに苦慮しながらも意識を集中していたが、やがて闇の空間がヒビ割れ、そこから黄金の光が漏れるとその目を開けた。

「──すでに運命は動き始めました。もはや貴方の力でも止められません」

「リーナ!?」

 目の前にリーナの幻影が浮かぶ。

 封じていたはずの彼女が拘束を抜けて現れたのだ。

 リーナの背後でまた闇の背景に光の亀裂が走る。

 先日の大規模な異変を機に、闇の領域と化していたはずの“聖域”が霊力を取り戻し始めていた。それに伴い、戦乙女の力と融合している“機神”にも、その均衡に大きな影響が出始めていた。

「あくまでわたしの妨害をする気か、リーナ?」

 “聖域”が力を取り戻したことで、戦乙女との融合がより安定し始めていた。それは取り込んだリーナがより安定して力を発揮し始めていることも意味していた。

「“機神”は“狼犬”の手で倒されるべきです。私はあの人をその運命に導くためにここにいます」

「先の異変の際、一瞬だが“神”の力を感じた。お前もそれは感じたはずだ」

「はい。“機神”を滅ぼす運命は潰えていません。マークルフ様が立つ限り、私がここにいる限り──必ず運命を導きます」

 勇士の運命を導く戦乙女然としたリーナの姿にヴェルギリウスが語気を強める。

「分からないのか? お前たちは自分たちの意思だと言うだろうが、それすらも“神”が利用した計画だと気づかないのか? “神”の操り人形として運命に殉じるのがお前の本望なのか、リーナ!?」

 闇の兄と光の妹──二人の幻影が綻び出した闇の空間で対峙する。

「正しく優しい言葉ではもう私は動じません。エレさんを王妃様の身柄と共にここから引き離したのは何故ですか? トウさんにも魔剣強奪を命じたのは?」

「……我らはミューを失った。最後までわたしの為に戦ってくれたのに可哀想なことをした。エレもトウも悲しんでいる。だが、我らは止まる訳にはいかぬ。そのためにも王妃をクレドガルに返し、エレにその身柄を守るように命じた。そして、自由にさせたトウには魔剣奪取を命じた」

 ヴェルギリウスが妹魔女を悼むように目を閉じる。

「──貴方は怖れている」

 リーナはその姿に表情を変えることなく答えた。

「何をだ? これ以上、エレたちを失うことをか?」

「違う──私が自由に動けるようになってきたことで、真実が暴かれることを怖れている。だから二人とも遠ざけた」

「真実?」

「ごまかさないでください! だったら答えてください。何故、兄様が持っていた──」

 ヴェルギリウスは手を振るう。

 リーナが何かを言い終える前に姿を消した。

 確かにリーナを完全に抑え込めなくなってきたが、それでも“機神”の支配権はヴェルギリウスが握っていた。

「……確かにこのままでは“機神”破壊の可能性が再び生じる。トウよ。今、自由に動けるのはお前だけだ。頼むぞ」



 黄金の鞘を手にした“監視者”が剣を引き抜くと、その鞘から光り輝く刀身が姿を見せた。

 魔女トウが目を細める。

「魔剣を渡す気はない? そうすれば貴方は見逃してあげてもいいわ」

「断る」

 そう言って“監視者”は黄金の鞘を投げ捨てる。

「強気ね。いいわ、だったら貴方の口は封じさせてもらう」

 魔女トウも黒剣を構えると一気に踏み込んだ。

 黒剣と光の剣が交錯し、両者は激しく切り結ぶ。

 鍔迫り合いとなり、刃越しに二人は睨み合った。

「……魔力が使いにくくなっているようだな」

「それはお互い様よ」

 “聖域”が修復されたことで各地で霊力の回復が始まっていた。それは輝力も魔力も行使しにくくなる事を意味しており、現在、ここもその影響が出ている。派手な力の行使はできないため、必然的に剣の勝負になっていた。

「でも、やはりやるわね。かつての勇士シグの名は伊達じゃないわね」

「人が捨てた名をベラベラとよく喋る」

 “監視者”が剣を押した。

「──なッ!?」

 同時に床に落ちていた黄金の鞘が動き出し、魔女がそれを足で踏んで体勢を崩す。

 さらに連撃を繰り出され、トウが耐えきれずに床に倒れた。

 “監視者”は顔色を変えることなく倒れた魔女に剣を振り下ろそうとするが、それよりも先に魔女が剣先を向けた。

「──む!?」

 黒剣が伸び、“監視者”の顔を狙った。

 咄嗟に“監視者”は躱すが、こちらも体勢を崩す。

 黒剣の刀身が元に戻ると魔女が床を転がって間合いを離し、起き上がり様に再び黒剣を突きつける。

 伸びた刀身が“監視者”の頬を掠め、背後の壁に突き刺さった。

 魔女が黒剣の刀身を戻す。

「その鞘も武器って訳ね」

 “監視者”も手を伸ばすと黄金の鞘が浮き、吸い込まれるようにその手に収まる。

「魔力で刀身を自在に変形できるのだったな。やれやれ、勝手に穴を開けられては困るな。ごまかす言い訳を考えなきゃならん」

 魔女は黙って黒剣を構え直す。

 “監視者”は鞘を腰に収めながら、片手で剣を肩に背負うように構える。

「──元気がないな。普段なら『腹に風穴開ければ言い訳考えずにすむわよ』とか軽口の一つも出てくるところと思うが、さすがに妹をやられて余裕がないか」

「なぜ、それを──」

「そちらの知ったことではないさ。ただ、古代の人造生物にも愛情の真似事ぐらいはできるのだなと感心したよ」

「貴様!」

 魔女の表情が怒気に染まる。

 “監視者”が手にした剣を投げた。

 その刃が魔女の眼前に迫るが、咄嗟にそれを躱す。

 しかし、“監視者”が目の前に迫り、腰の短剣を抜いて魔女を狙うが、それも躱して“監視者”の脇をすり抜けると振り向きざまに黒剣で振り上げる。

「──!?」

 振り向いた先に妹魔女ミューが立っていた。その動揺が黒剣の軌跡を止める。

 すぐに“監視者”の罠と気づくが、剣の使い手同士では致命的な隙が生じた。

 気づいた時には“監視者”の短剣が魔女の喉元を狙っていた。

 両者の動きが止まる。

 やがて床に血が落ちた。

 魔女の喉元に短剣の先が突きつけられていたが、その刃は届いていない。

 逆に黒剣が魔女ミューの左肩を貫き、その刃から血が滴り落ちていた。

「……これに動けたか」

 ミューの姿が光に代わり、それが晴れると“監視者”の姿になった。

 “監視者”は後ろに下がって強引に肩に刺さった黒剣を抜く。

 魔女も緊張に深く息を吐いた。

 そして、自分の両腕を半信半疑で見る。

 自分で自分の行動を理解していない素振りだった。

「どうやら、エンシアの亡霊が貴様を動かしたようだな。一瞬だが“機神”の力を感じた。俺以外なら気づかないほどにさりげなくだがな」

 その言葉に魔女が戸惑う。

 “監視者”は左腕の動きを確かめる。腕は動くが左肩に痛みが走る。

「お前たちの保護者面しているようだが大した役者だな。失ったばかりの妹魔女の幻影を姉魔女に躊躇なく刺させるのだから。貴様たちには愛情深いお兄様に見えるのだろうが、俺からすればやはり貴様らはただの手駒よ」

「黙れ!! 兄様はわたしを助けてくれたのよ!」

 怒り心頭の魔女が次々に剣を振るう。

 “監視者”が剣を抜く暇もなく手にした鞘でそれを受け止めるが、肩の負傷もあり、魔女の攻撃に押されていく。

 やがて、“監視者”は壁にまで追い詰められた。

 魔女の剣が振り下ろされるが、その刃が“監視者”の眼前で止まる。

 黒剣の刃を止めたのは腰から黄金の鞘だ。

 “監視者”は鞘の両端を握って黒剣を受け止めていた。

「鞘で戦う──!?」

 “監視者”が鞘を傾けて黒剣を滑らせると同時に、鞘尻を引いた。

 鞘が割れて鞘尻を柄にした小剣が飛び出し、剣をずらされた魔女に突きつける。

 だが、魔女も紙一重で躱すと“監視者”を蹴りつけて間合いを離した。

 魔女が掌で首筋をなぞる。

 首筋にうっすらと血が滲んでいた。

「なるほど、その鞘自体も隠し武器ってわけね」

 “監視者”は忌々しい顔をして鞘尻を鞘に戻す。

「まだ仕掛けはある?」

「底意地の悪い魔女だな。これが俺の最後の手だったんだがな」

 “監視者”は鞘を手にしながら身構える。

 魔女は勝ちを確信したように黒剣を構えた。

「どうやらタネは出し尽くしたみたいね。貴方の光学迷彩とそれを応用した変装、そして、その鞘。もう惑わされないわよ」

「光学迷彩か──なるほど、古代王国には俺の能力を説明する便利な言葉があるようだな」

 魔女が動いた。

 続けざまの剣を“監視者”は鞘で受け流し続ける。

 そして黒剣の刃を躱すと鞘尻を引く。

 魔女の視線も一瞬、そちらを向く。

 だが、“監視者”が抜いたのは反対側の鯉口の方だ。鯉口が割れ、そこから刃が姿を見せるが、しかし、それを抜くことはできなかった。

「言ったはずよ。もう惑わされないってね」

 魔女が空いた手で“監視者”の手を押さえ、刃を抜くのを止めていた。

 そして黒剣の刃が“監視者”の喉元に押し当てられる。

「……不意討ちとか、人を逆上させてその隙を突こうとか、やってることはセコいことばかりだけど、仮にも元魔剣の勇士ね。随分と手こずらせてくれたわ」

 “監視者”は鞘尻を握るが、刃を抜く前に喉元を切られるだろう。

 勝負は決していた。

「でも、剣技だけなら“狼犬”の副官の方が頭一つ、抜けてるかもね。彼の洗練された技に染みこむ修羅場の息づかいは好みだわ。息を潜めるように戦う貴方じゃ物足りない」

 魔女はさらに刃を押し当てる。

「一度だけ命乞いの機会をあげるわ。魔剣はどこに隠しているの?」

「……よほど、“狼犬”が邪魔と見える」

 “監視者”は命を握られた状況で含み笑いをする。

「何がおかしいの?」

「なに、剣技の好みとか面白いことを言うものだと思ってな。一つだけ教えておいてやる……“剣技”というのは洗練された技術なんてものではない。どのような手段を使っても相手の急所に刃を届かせるだけのこと──技術などその一つに過ぎんのだ」

 その瞬間、魔女の瞳孔が開く。

 その口元が何かを呟こうとするが、口の端から血がこぼれ、黒剣が床に落ちた。

「五百年も生きてて結局、剣の本質を勘違いしたままだったな……だが、それで妹の所に逝けるのだからそれも幸せか」

 “監視者”が手で押すと、魔女が床に倒れた。

 魔女はすでに息絶え、その血で床が染まる。

「心配せずとも剣を“狼犬”に渡すつもりはない。安心して眠れ」


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