表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/135

王都に渦巻く光と闇

 ブランダルク王城――

 

 少年王フィルアネスの居城も突如として発生した全国規模の地震に巻き込まれていた。

 フィルアネスも一時避難していたが、ようやく城内の点検作業が終了し、玉座に戻っていた。

 その間にも各地から報告が集まっていた。

 それによれば地震はブランダルクだけでなく他の国でも一斉に発生したらしい。

 しかも、どこも同じような揺れで震源地は不明という。

 “聖域”全体が揺れたと考えるしかない。それほど大規模でありながら大きな被害が出るものでもなかったのを含め、地震で片づけるには余りに不可解な揺れであった。

「ご報告申し上げます!」

 やがて大臣の一人が慌てて駆けつけ、少年王の前に跪く。

「辺境の山々に変化があったのが確認されました」

「変化? どういうことだ? 崩壊したのか?」

「い、いえ――元に戻っているのです」

 その場にいた家臣たちも騒然とする。

「かつて“黄金の鎧の勇士”と“機竜”の戦いで破壊された山が……復活しているのです。 それ以外にも大規模な地形の変化が確認されていますが、それも全て先の戦いで崩壊した地形が元に戻っていると、現地の住人たちの証言を得ています」

 進じがたい報告であったが、あの揺れがその地形の復活であったとするならば説明がついた。

「治安についてはどうなっている?」

「はッ、一時的に混乱はございましたが現在は収束しております――外に陽光が差しだしているのが民の不安の払拭に一役買ったと思われます」

 フィルアネスは立ち上がった。

「……理由は不明だが、闇の侵攻に翳りが見え始めているのだろう。現在、各地は“機神”に似た異形と古代兵器の侵攻に晒されている。だが、まだ希望は残っているはずだ。皆、ここからが戦いの時だ。一層の尽力を期待する!」

「ははッ!」

 家臣一同が跪く。

 度重なる困難に見舞われるブランダルクだが、それに臆することなく先頭に立つ少年王の姿は彼らの士気を奮い立たせていた。



 今後の対策会議を終え、自分の私室に戻ったフィルアネスは窓の外の景色を見た。

 外には苦難の時でなければ幻想的と思える光景が広がっている。

 空は相変わらす闇の帳が覆っていたが、そこから一条の光が幾つも漏れ出していた。

 これはあの地震の直後から確認されている現象だ。

 闇の帳が綻び、ずっと隠されていた太陽の光が地上に差し始めている。

 光は時が経つごとに増え始めており、地上は本当に少しずつだが明るさを取り戻そうとしていた。

 これが闇の脅威に震えていた民たちに希望を与えているのだろう。

 フィルアネスも太陽の光がこれほど眩しく思ったことはなかった。

「希望の光とはよく言ったものですね」

 傍仕えの女性マリアがやって来る。

 その手には紅茶碗を載せた盆を持っていた。

「それは――」

「避難する時にこれだけは持って来てましてね」

 それは妖精娘から送られた双子の画が描かれた紅茶碗だった。

「ありがとう」

 フィルアネスは碗を手にして、一条の光を見つめた。

「男爵たちがやってくれたんだ」

「ユールヴィング男爵様が――ですが、あの方は“機神”に敗れて消息が掴めないままでは?」

「あの男爵が簡単にくたばるもんか。それにこんな奇跡、男爵たちしかできないさ。そうだろ?」

 マリアも黙ってうなずいた。

「そうだ。あの人たちはまだ諦めていない。“機神”と再び戦おうとしているんだ。俺も負けていられない」

 そう言って紅茶をすすったフィルアネスは碗に描かれたお下げ髪の赤毛の少女に目を留める。

「ああ、リファもいたな。悪い、忘れてた」

「そんな事、言うと怒られますよ」

 脳裏に癇癪を起こす双子の妹の姿が浮かび、フィルアネスは苦笑する。

 無論、忘れてなんかいない。

 離ればなれになったとしても、一時たりとも忘れたことはなかった。

(リファ、無事でいてくれ。そして、できれば男爵を助けてやってくれ。俺とお前だけは何があっても男爵とリーナお姉ちゃんの味方でいるんだ。そうだろ?)



 マークルフ率いる傭兵部隊が陣取る天幕――


 エルマたちの活躍で“聖域”全体が動き出したことを知り、傭兵たちも動きを見せようとしていた。

「閣下、出立の許可をいただきます」

 マークルフの前に旅支度を終えたログが立つ。

「行くのか?」

「はい。エルマがやってくれた以上、わたしもここで大人しくしている訳にはいきません」

「――失礼します」

 天幕にマリエルが入って来た。彼女が旅装束のログを見て驚く。

「ログ副長、その姿は?」

「わたしはこれから魔剣の回収に向かう」

「シグの魔剣を――確かにあれは“機神”との戦いに不可欠ですが、あれは天使の一人が持ち去ったと聞いてます」

 ログが白き楯の紋章が彫られた左手を見せる。

「神女の力が残るこの紋章を通して魔剣がわたしを呼んでいる。一時期、その反応が消えていたが再び反応を感じるようになった。理由は分からないが、行かなければならない」

「ですが、副長といえど一人で――」

「あの魔剣を持っている天使は神出鬼没だ。部隊を引き連れてもすぐに気づかれて逃げられるだろう。ならば単身で行った方がまだ、あの天使に迫れると思う」

「あの天使と戦いになるのか?」

 マークルフは尋ねた。

「おそらく。あの天使の正体は勇士シグと呼ばれた魔剣の本当の主。理由は分かりませんが奴は魔剣を手放すつもりはないそうです」

「本物の勇士シグか」

 戦乙女の武器は勇士のために戦乙女が身を変えた物。自分とリーナがそうであるように、勇士シグと魔剣にも他の者が立ち入れない繋がりや事情があるのかも知れない。

 だが“機神”と戦って勝つためには《アルゴ=アバス・アダマス》の補助動力源とする魔剣がどうしても必要なのだ。

 ログもそれを十分に承知しているからこそ、対決を覚悟しているのだ。

「マリエル、わたしの事より何か報告があったんじゃないのか?」

 ログがマリエルに視線を移す。

「ああ、すみません――男爵、“機神”の所在地を突き止めました」

 マリエルは地図を取り出した。

 先の決戦場となったクレドガル辺境の地からさらに南西、そこに広がる荒野の只中に印が点けられていた。

「そこか――」

「はい。今まで強い魔力が“聖域”を覆っていて観測を妨げていましたが、姉さんが闇の領域に楔を打ってくれたおかげで反応を拾えるようになりました。ここから戦乙女の武器化した機械特有の反応が届いています。リーナ姫と融合した“機神”に間違いないでしょう」

 マークルフは地図を手に取った。

「ここにリーナがいるのか」

「それとこれはまだはっきりしませんが、“機神”が少しずつ移動を開始しているようです」

 マリエルが付け加えた。

「どこだ? どこに向かおうとしている?」

「それはまだ分かりません。ですが、姉さんが“聖域”を修復して現状に影響が出たことで“機神”も動き出したとみるべきでしょう」

 マークルフは地図を持つ手に力を込める。

 ログが足許に置いていた荷袋を手に取った。

「ならば、なおさら魔剣の回収を急がねばならないでしょう。行ってまいります」

「ですが副長、どこへ向かわれるおつもりですか?」

「クレドガルだ。あそこから魔剣が呼んでいる気がするのだ――閣下、もし場所を変えたらその都度、繋ぎは送るようにします」

「ああ、追跡は任せた。援助が必要ならいくらでも俺の名を使え」

「ありがとうございます」

 ログがそう告げると天幕を出ようとする。

「ログ副長――戻って来てくださいね」

 マリエルがその背に声をかけた。

「エルマたちが戻って来ないで気掛かりだろうが留守を頼む」

 背を向けたままログが答えた。

「ログ、相手が元勇士の天使だろうが、お前がそうそう後れを取るとは思っていない」

 マークルフは口を開く。

「しくじるんじゃねえぞ。リーナに頼まれた以上、俺たちは二人三脚で行かなきゃならねえんだ。てめえが先にすっころんだら承知しねえからな」

「心得ています。閣下、ご武運を――」

「そっちもな」

 ログがこちらを向いて静かに頭を下げる。

 そして、決意を秘めた背中を向けながら天幕を出て行くのだった。



 クレドガル王都――


 先の大規模な地殻変動で国内にも混乱が生じた。だが、王都に詰めていた騎士団の働きもあり、少なくとも王都内の混乱は収束していた。

 空に光が僅かとはいえ差し出し、この地の人々にも再び希望が広がり始めていた。一時は暴動が頻発していたが、現在は国民たちも状況の推移を見守っている。

 彼らの間でクレドガルの英雄“戦乙女の狼犬”の名が再び口にされ始めていた。

 “機神”と戦った英雄の名が希望の見えてきた彼らを結びつけようとしている。

 だが、王宮の奧で鎮座する若き国王の表情は誰よりも暗かった。

 いまだ、王妃が行方不明であったからだ。

「陛下、少しお休みになるべきです」

 家臣たちの気持ちを代表するように、玉座の傍らに立つ大公バルネスは告げた。

「……心配をかけます、バルネス老――」

 国王が疲弊を隠せない顔で返事をする。

 大公バルネスも国王を支え、世界と国内の混乱に対してずっと対策に動いていた。

 かつての大戦を生き抜いたバルネスでも厳しいと思える状況がずっと続いている。

 国王ナルダークについては最愛の王妃が身重のまま安否不明だ。

 そのような状況で国王として未曾有宇の混乱に立たなければならない。心労は誰の目にも明らかだった。

 バルネスも沈痛な面持ちでそれを見つめる。

 マークルフの生存、そして王妃が魔女の依り代にされている事は大公にも知らせが入っており、国王にもそれだけは知らせていた。

 きっと“狼犬”が王妃を救出すると伝えているが、やはり国王の不安を払拭することはできずにいた。

「陛下! 王妃殿下がお戻りになられました!」

 だからこそ突然、飛び込んで来た伝令の報告には大公も驚くしかなかった。

「何だと!? 本当なのか!? 無事か!?」

 バルネスが口を開く前に国王が玉座から飛び出し、伝令に詰め寄る。

「は、はい! すでに後宮の方に! ご容体は現在、従医殿の診断を受けているところでございます」

 伝令が跪いて答えると国王は駆け出した。護衛の騎士たちもそれに従う。

 バルネスも杖を突きながら後を追い、王妃が運ばれたという後宮の部屋に向かった。

 部屋の前はすでに騎士たちが立っており、その周辺では侍従たちが心配そうに様子を見ている。

 大公の姿に気づいて道を開けた騎士の間を通り、バルネスも部屋へ入る。

「システィア、余の声が聞こえないか」

 そこには確かに王妃が寝台に横たわっており、国王が付き添いながらしきりに声をかけていた。

「……陛下、容体は?」

 バルネスは国王に尋ねる。

「従医たちの話では衰弱もなく、身体にも目立った異常はないそうです。ただ、ずっと眠ったまま目を覚ましてくれません。いくら声をかけても反応がないのです……これも魔女の仕業なのでしょうか?」

「こちらには何の知らせも入っておりません」

 国王が静かに眠る王妃の手を握る。

「いつの間にか、ここにシスティアは寝かされていたそうです。ともかく、戻ってきてくれて良かった。しかし、すでに臨月を迎えているのにこのままで大丈夫なのか……」

「今は様子を見守るしかありますまい。陛下、このような時こそお休みになるべきです。予断を許さない状況でこそ、休息は絶対に必要です」

 国王が最愛の王妃の顔をずっと見ていたが、やがて立ち上がった。

「……すまない、システィア。不甲斐ない余を許してくれ」



 王妃が戻って来た知らせはすぐに広まった。

 それは王都内にいた“監視者”の耳にも入る。

(そうか……魔女の気配がしたと思ったら、そういうことか)

 “監視者”は屋敷の通路を歩いた。

 外は夜になったのか、空を覆う闇の綻びから陽光の代わりに月明かりが漏れている。

 通路に飾られたランタンと窓越しの僅かな月光だけが通路を照らしていた。

(だが、王妃が魔女の支配下にあるのは変わっていない……なるほど、魔女の一人がやられ、“聖域”も力を取り戻そうとしている。王妃のお守りをしている余裕もなくなったから、とりあえず身柄だけは一番、安全な場所に返しておこうという事か)

 やがて“監視者”は足を止めた。

 そして即座に身を翻す。

 いつの間にか、目の前に黒剣を振り上げる褐色肌の女が立っていた。

「き、貴様は誰だ!?」

 女――魔女トウは嘲笑するように口角を吊り上げる。

「いまさら芝居はやめる事ね。調べはついているわ、“監視者”と呼ばれた天使さん?」

 魔女は剣を構えた。

「前から疑ってはいたわ。でも、今ので確信した。転移からの不意打ちを魔力を感知して避けた。そうでなければ、そのようには躱しきれないわ。そう思わない? 不意打ちはそちらもお好きでしょう?」

 “監視者”は剣の柄に手をかけていたが、それを抜くことなく手を離した。

「……なるほど、城の騒ぎは貴様の仕業だったか。それで俺に何の用だ? 王妃を返したついでに天使の俺を葬りに来たか。だったら、お互い無駄なことはやめておけ。俺はもう“狼犬”側につく気はない」

 魔女は剣を降ろさない。

「そうはいかないわ。魔剣がそちらの手にある限り、いつ“狼犬”側に渡るかもしれない。それは阻止させてもらうわ」

「なるほどな。だったら仕方あるまい」

 “監視者”は右手を目の前に翳す。

「――消えてもらうしかないな」

 その手の中に剣を納めた黄金の鞘が出現していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ