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残った天才と放たれた最後の希望

 少女天使クーラの両手の先に二つの力が結集していた。

 右手に『相克欠陥』から作り出した“光”の特異点──

 左手は妖精族の娘から引き離した“要”──

「──希望と絶望の環を回す者よ、見えざる御手で導く者よ、捧げられざる祈りと手向けられし勇姿の背に導かれる者よ」

 クーラの詠唱は続く。

 “光”の特異点から稲光が発し、“要”の周囲へと這っていく。

「この声は祈りに非ず、嘆願に非ず、懺悔にも非ず。ただ、盟約により定められし、動かざる者を動かす声──」

 “要”はクーラの目にも分かるほどに輝き出していた。

 周囲は見えない力場が満たし、地下空間を揺るがす。天井から岩盤も落下していた。

 儀式が完成すればこの近辺は間違いなく力の解放で崩壊するだろう。

 ただ、儀式の中心であるクーラだけは解放の影響を受けずに身を守ることは知っている。

 だが、彼女は焦っていた。

 同志であるファウアンの気配を近くで感じているのだ。

 不測の事態が起き、脱出が遅れているのだろうか。

 だが、クーラ自身も全ての力を儀式に注ぎ、どうすることもできない。

 儀式が完成して“神”と“要”の力が解放されれば、実行者である自分は巻き込まれることはないが、ファウアンたちは助からない。

(何をしているのですか、ファウアン、早く──)



「妖精娘をここに置いていけと言うのか!?」

「ワシにはプリムをここまで連れてきた責任がある。だが、お主と姐さんをこれ以上は巻き込めん。ワシらは自分の意思でここまで手伝ってきた。これも自分で選んだ運命と思おう」

 そう言って、ダロムが苦しい表情を浮かべる。さらに身体に負担がかかっているようだ。

 それはファウアンの手の中でぐったりしているプリムも一緒だった。いや、ある程度は負担を制御できるダロムと比べても身体にかかる負担は大きく、今にも潰れそうな苦しみようだった。

「クソッ!」

 ファウアンの両手が輝き、プリムを包む。輝力の力で妖精娘に干渉する霊力を和らげようとしたのだろうが、焼け石に水に過ぎないのか、効果が見られない。

「ファウアン、先に行ってくれ。まずは姐さんを脱出させることが先決じゃ。おぬしだけなら転移してここに戻って来れるじゃろう? 頼む、今は“機神”と戦う者を失うわけにいかんのだ」

 ファウアンは妖精娘を見た。

 プリムもそれに気づいてのか、苦しそうな顔に笑みを浮かべる。

「おじちゃん……プリム……グーちゃんの代わりをやったよ……だから、だいじょうぶだから……先にいって……」

 一生懸命、語りかけるプリム。

 だが、その姿がぐったりとしていく。

 ファウアンが瞼を強く閉じた。

「オオカミさん、貴方、その手で掴んだ物の構成を正確に読み取れるんだったわね」

 やり取りを見ていたエルマが言うと、手にしたナイフを使って地面を削り出した。

「……何をする気だ、科学者?」

「まあ、やれるだけやってみましょうって事よ」

 エルマは地面を削り続ける。それは模様のようでもあり、何かを盛っているようでもあった。

「姐さん、ここで時間を無駄にしている暇はないぞい! いつ、儀式が完成してここが崩落するのか分からんのだぞい!」

 ダロムが急かすが、エルマは無視して地面を削り続ける。

 その間にも地盤は振動を続けており、巨大な力の発動が近い事を告げていた。

「こんな所かしら。オオカミさん、これを読み取れる?」

 エルマは自らが地面に描いた紋様のような跡を見せる。

「それは何だ?」

「“聖域”の構造の骨格よ。大まかだけどね」

「科学者、貴様はそんなものも用意できるのか?」

「すごいでしょう、と言いたい所だけど、この地図を描いたのは別の奴なのよね。これはうちなりに簡略化したもの。オオカミさん、この構造をその手で読み取って、自分の輝力でそれを模倣するの。“聖域”の構造は内部の霊力を外に逃がさずに安定されるもの。そうすることで手の中の霊力も緩和してプリムちゃんの負担が軽減されるはずよ」

 エルマは片目を閉じた。

 ファウアンは左手を伸ばし、輝く手で地面の紋様をなぞる。そして再び両手でプリムを覆う。

 しばらく、そのままにしていたが、やがてプリムの様子が少し落ちついたように見える。

 エルマの指示した通り、ファウアンの手に纏う輝力が“聖域”の代わりを果たしているのだ。

「大丈夫か、妖精娘?」

 手の中のプリムが弱々しくだが、先ほどよりははっきりとうなずく。

「科学者、これで妖精娘を動かせるか?」

「残念だけど難しいでしょうね」

 エルマが否定的に首を傾げる。

「移動すると効果が消えてしまうのよ。“聖域”は自ら移動しないでしょう?」

「ならば、こうしているしか娘を守る手段がないわけか」

「ええ……どうする、オオカミさん?」

 エルマは尋ねた。

 それは娘を守るためにはここに残って崩壊に巻き込まれるしかないという宣告に他ならなかった。

「いいだろう」

「ファウアン!?」

「ダロム、お前なら分かるだろう。マキュアは俺のために親身に介抱してくれた。それだけでなく、手術で動けない俺をエンシアの追っ手から助けるために単身で囮になり捕まった……俺が天使になるのを選んだのは、あの娘を見捨てて自分だけ助かるのがどうしても許せなかったからだ……ここで天使としての生を潰えるなら、それも運命だろう。それでいい」

 ダロムも悩むが、やがて大きく息をついた。

「すまん、ファウアン……恩に着るぞ。だが、それならやはり姐さんを逃がしてからにしてくれんか。おぬしが姐さんを脱出させて戻って来るまではプリムはワシが守る。せめて、そうしてくれんか?」

 だが、エルマは両肩をすくめた。

「ダメよ。そうやって人をだまそうとしたら」

「姐さん!? 何を言っておるんじゃ!?」

「今でもこれだけ激しい霊力の氾濫が起きているし、これからもっと強くなる。ここでオオカミさんが離れたら、プリムちゃんの身体が負荷に耐えきれないわ。それに外に出て戻る時間もなさそう」

「姐さん!? 何を冷静に言っておるんじゃ!? 自分の命が懸かっているんじゃぞい!?」

「でも事実じゃない? これに慣れてる妖精さんだって限界みたいな顔してるわ。嘘は良くないわよ」

 その間にも地の底から巨大な力が噴きあがろうとするような地響きが伝わって来る。

 ダロムが業を煮やしたように地団駄を踏んだ。

「二人ともバカモンが! 命を捨ててまで嘘を見破らんでもいいじゃろう!」

「そんな怒らないでよ。うちらはプリムちゃんを助けたいだけよ。妖精さんだってそうでしょう? そんなに見捨てて欲しかったの?」

 ダロムは悲痛な表情で肩を落とす。

「……ワシらは元々、“神”様に頼まれてこの地上にやって来たんじゃ。いずれ来る“闇”との決戦のために、破壊された勇士の強化装甲を修復するためにな」

「やっぱりね。そんな事だろうとは思っていたわ」

「だが、頼まれたのは鎧の修復までじゃった。そこから先はワシらが勝手に協力してきただけなんじゃ……こうなったのはワシの責任じゃ。ワシらのために“闇”と戦える貴重な戦力と頭脳を道連れにしたら、それこそワシは“神”様に申し訳が立たん」

 エルマは微笑んでダロムを抱え上げた。

「そっちの事情も分かるけど、こっちもプリムちゃんを見捨てたらグノムスちゃんに申し訳が立たないのよ。プリムちゃんにはいろいろと背負わせ過ぎたわ。せめてこの子だけでも助けないとね。あ、ついでに妖精さんもね」

 そう言うとエルマはファウアンの手の中にいるプリムの隣にダロムを置いた。

「妖精さん、男爵に会えたら伝えといてもらえる?」

 エルマはその場に腰を下ろした。

「“機神”を葬るための土壇場は用意できそうです。その土壇場に立つかどうかはそちらにお任せしますわ──ってね」

「姐さん……あんたはこれで良かったのか?」

「そうねえ、今回は何だかんだで戻って来られると思っていたけど、ま、予定は未定よ。覚悟だけなら前からしていたつもりだし、別にいいけどね」

「……すまん、姐さん」

「いいのよ。これで良かったのかもしれないしね」

「良かった?」

「ええ。“機神”を破壊するためにオレフが“聖域”を破壊し、“機神”と戦うためにうちが“聖域”を修復する……まったく、たった二人の人間がその思いつきのために世界を振り回し過ぎたわ。これぐらいの報いは受けないと世の中、道理が通らないと思わない?」

 地響きがさらに激しくなる。

 だが、自分の運命を受け入れた彼女は戸惑うことなく、静かに笑みを浮かべる。

「そろそろね。もう一つ、あの子たちに会えたら伝えておいて。マリエル、アードくん、ウンロクちゃん──後は頼んだわよってね」

 ダロムがうつむく。

 その時、一際、大きな地響きが襲った。

 それはさらに激しくなり、周囲の岩壁に亀裂が走る。

「時間か──さらばだ、ダロム。そしてマキュアの娘よ」

 ファウアンが自分の手の中で朦朧としているプリムを見る。

「お前も、お前の母親も俺にとっては『天使』のような存在だった。この地上に必要なのは復讐心に囚われた『天使』ではなく、天使のように優しい子なんだろう……これでようやく、俺はマキュアに全ての借りを返せる。礼を言うぞ。だから、お前は泣くことはない。これ以上、何も傷つくことはないんだ」

「ファウアン!?」

 ダロムは両手を覆って妖精たちの姿を隠すと、その手が激しく輝く。それはファウアンに残された輝力の全てだった。

 そして握った光の拳を岩壁に叩き付けた。

 拳は岩壁深くにめり込み、ファウアン自らの身体でその穴を塞ぐ。

 エルマも目を閉じた。

(うちらの役目は終わり──これでいいわよね、オレフ?)



 そして、地下空間を呑み込むばかりの閃光が全てを呑み込んだ。



「どう?」

 マリエルは尋ねた。

「いやあ、こうも魔力が強いと調整もままならないですわ」

 計測機の計器と睨み合うウンロクが答える。

「それにこの状況だと、他の反応はかき消えてしまって役に立たないっすよ」

 同じく調整作業をするアードも言った。

「分かっているわよ。でも、“機神”の居場所を特定するために必要になるわ。姉さんの計画がうまく行けばね」

 二人が顔を見合わせる。

「姐さん、天使たちと一緒ですけど大丈夫ですかねえ?」

「あいつら、魔導科学を目の敵にしてますし……」

 マリエルが腕を組む。

「いちいち姉さんの心配していても仕方ないわ。向こうは向こうで、こっちはこっちでできるだけの事を──」

 突如、強い魔力反応のみを示していた計測機の針が動き出した。

 それは小刻みに、だが、その振れ幅が大きくなっていく。

「所長代理、これは──」

「……姉さんだわ」

 やがて針の振動に呼応するように足許までが揺れ出した。

「ひえ、地震か!?」

「来るわ! 二人とも、気をつけて──」



 天幕の中で仮眠をとっていたマークルフは突如、感じた揺れに飛び起きると《戦乙女の槍》を手にした。

「男爵さん!?」

 同じく傍で毛布に包まっていたリファも飛び起きる。

 揺れはさらに激しくなり、大地そのものが唸りをあげているようだった。

 マークルフはリファを抱えると天幕から飛び出す。

 外でも見張りたちが地面に手をついたまま動けずにいた。

 どこかで崖が崩れるような音がし、リファがマークルフの腕にしがみつく。

 それはこの世の終末が訪れたと思わせるほどの天変地異と思われた。

 マークルフは膝をついた姿勢で地震が過ぎるのを待った。

 どれぐらいの時間が過ぎただろうか。

 やがて、揺れが止まり、静寂が周囲を包む。

「閣下!」

 ようやく動けるようになったのか、ログたちがマークルフの許に駆けつけた。

「ご無事ですか」

「俺たちはな。すぐに周囲に異変がないか調べさせろ」

 マークルフの命令に傭兵たちが動こうとした。

 だが、彼らの足が一斉に止まる。

 マークルフをはじめ、その場に居合わせた者全てがそれに気づき、空を見上げていた。

「男爵さん……あれって──」

「ああ、どうやらエルマたちがやってくれたようだ」

 マークルフは目を細めた。

 彼らの目に映るもの──

 それは空を覆う闇の切れ目からこぼれ落ちた、一筋の陽光であった。

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