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残された天才と最後の特異点(2)

 エルマの前で狼頭天使が輝く手をかざし続ける。

 その先に目映い光の一点が浮かんでいた。

 その光点は輝度を増し続け、彼らの周囲の地層を照らしている。

 これは『相克欠陥』に“天使”の力が注がれて生じた高密度の輝力だ。

「推定強度五億五千……この調子よ」

 エルマも測定器と睨み合う。測定器の針は振り切れていた。ここから先は推定値を計算することしかできなかった。

 ファウアンは輝く手を光点に掲げ続けながら笑みを浮かべた。

「なるほど……最初は『相克欠陥』というのがどういうのか分からなかったが、こうしているとよく分かる。世界の力の均衡を無視できる、とても小さな自然法則の綻びという訳だ」

 この小さな光点はすでに想像を絶する輝力レベルに到達している。このまま高め続ければやがて“光”の特異点に際限なく近づくであろう。

 その時こそが“神”の力が顕現する時なのだ。

「いつの時代にも驚嘆するほどの異才が存在するものだ。正直、このまま生かしておくのが脅威と思えるほどだ」

「殺したいほど評価されるなんて光栄ね。でも、それはこれが終わってからにしてちょうだい」

 エルマは測定器を監視する目を動かすことなく告げる。

「プリムの前で物騒な会話をせんでくれい」

 ダロムが言う。老妖精とプリムはファウアンの足許で光点を眩しそうに眺めていた。

「それで姐さんや。あと、どれぐらいで特異点に到達する?」

「もう一息といったところかしら。合図をしたらプリムちゃんは“要”を目の前に出して。その後は妖精のお二人さんはすぐに地中に離脱して。ここからはどうなるか分からないしね」

 プリムが緊張した顔をする。この小さな妖精娘も彼女なりに《グノムス》の代わりを頑張ろうと必死なのだ。

「それで姐さんはどうするんじゃ?」

「立案者としては逃げるわけにはいかないしね。天使さんたちに助けてくれる余裕があったら助けてもらうわ」

「ふん、それほどお人好しではない」

 ダロムが隣にいるプリムに耳打ちをする。

 プリムはファウアンの前に立つと懇願するように手を合わせる。

「お願い、オオカミのおじちゃん。アネさんをたすけてあげて」

 その健気な瞳にファウアンの目に困惑が浮かぶが、すぐにダロムを睨みつける。

「……ダロム」

「ワシは優しい天使さんに頼んでみたらと言っただけぞい」

 ダロムはそしらぬ顔でよそを向く。

「──皆さん、気をつけて」

 頭上から声がした。エルマたちから離れて崖の上に立っていた少女天使クーラの警告だ。

 同時に周囲に広がる地層全体に光の紋様陣が浮かぶ。

「囲まれました」



 エルマたちが底で作業をする崖の縁。

 そこに立つクーラは光翼を広げる。光の羽根が舞い、それが三つの光輪に変わった。

 周囲の暗闇から無数の真紅の光が浮かび、そこから機械人形たちが飛び出す。

 クーラが腕を振ると光輪が舞い、飛びかかった機械群を切断した。

 だが、影からさらに機械人形たちが姿を現す。それは人形、獣型と様々だが、統率された部隊のように足並みを揃えながら近づいて来る。

 エルマたちが居る陥没地とその周囲の地面にクーラは光の円陣を最大展開していた。

 ファウアンが動けず、ドラゴも重傷の現在、クーラだけが戦力であった。

 機械人形たちが包囲網を狭め、光の円陣に踏み込んだ。

 それを合図に機械たちが一気になだれ込む。

 人形たちの狙いはクーラが守るファウアンたちのようだ。

「させません!」

 鋼の軋む音が地下空間に残響する中、光輪が縦横無尽に飛び交う。

 なだれ込む機械の群れと、その合間を閃く光輪。そして飛び散る鉄の破片──

 強引に突破しようとした人形群はクーラの展開した光陣内で切断され、残骸と化した。

 クーラが息を切らせて振り返る。

 破壊しきれずクーラの横を通り過ぎた機体も何体かいたが、それもエルマたちに到達する前に破壊されていた。

 円陣内の領域は全て彼女の視界となる。押し寄せた機械の群れは一体も見逃さず破壊した。

「貴女が一人で相手をするってわけ?」

 暗闇の向こうから女の声がする。魔女の末妹ミューの声だ。

「それだけ取り込み中ってことみたいね。だったら、なおさら捨て置けないわね」

 周囲の暗闇からさらに真紅の光点が光る。まるで獲物を狙う野獣の群れの眼光のようだ。

「さあ、どこまで粘れるかしらね」

 魔女の嘲笑が響き、影から更なる機械群が現れる。

 クーラは光輪を自分の周りに浮かべた。

 だが、彼女の防衛網である光の円陣は先ほどよりも後退している。

 闇の力が強い現在、天使の力を使うのは消耗が激しくなっていた。

 一方、魔女はさらに力を増しており、集めた機械群たちを自由に動かしているようだ。

「何を企んでいるか知らないけど、これ以上、兄様の邪魔はさせない。エンシアに恨みを持つ天使の存在なんか必要ないわ。消えなさい!」



 “機神”の内的空間の中──

 両手を闇の鎖で縛られて無明の空間に吊されるエレナ=フィルディングの姿があった。

 リーナの幻影が彼女に寄り添う。

 エレナは気を失ったまま、動く気配はない。肉体ごと囚われた精神は常人では耐えきれない無明の“闇”の中で苛まれているだろう。

 リーナはその苦しみを少しでも取り除くために励まし続ける。

「エレナさん、きっとマークルフ様は貴女との約束を守ってくれます。きっと──」

 リーナの手がエレナの頬に触れる。

 その瞬間、リーナの脳裏に地下洞の姿が浮かんだ。

 広大な地下空間のさらに奧に陥没した場所があり、その窪地を守るように少女天使が機械人形たちと戦っている姿だ。

「これは──」

『どうやら、これはお前も知らないことのようだな』

 ヴェルギリウスの幻影が現れた。

『天使たちが何かをやろうとしているようだ。現にあの地点から特異な輝力の反応を感じている。天使たちの力としても考えられない尋常ではない反応だ』

 どうやら、地下の光景は派遣された魔女が見ている景色を“機神”の力を通して見ているようだった。

 リーナは毅然として兄の幻影と向き合う。

「私にも分かりません……分かっていたとしても教えないと思います」

『そうか。ならばわたしの手で対処せねばなるまい。トウも応援に向かわせたいがエレの護衛もあるしな』

 ヴェルギリウスが虚空を睨むとそこに幻影が映る。

 それは《アルターロフ》の端末たる異形たちの群れであった。

『お前は《アルターロフ》と融合して力の性質を変えた。それで地上の侵攻を少しでも止められると考えたのではないか』

「……」

 リーナは答えなかったが、そのつもりであった。《アルターロフ》は魔力を操ることで自律機械を制御する。その《アルターロフ》自体が戦乙女の武器化により“光”でも“闇”でもない存在に変化すればその支配能力を無効化できると考えていたのだ。

『確かに今は異形たちとの力の結びつきが切れ、直接、支配することはできない。だが、今は別の者たちが異形を動かしている。その者たちに情報を伝えればこちらの意図通りに動いてくれるだろう』

「別の者……?」

『この時代の人間たちだ。同胞を裏切り、我らエンシアの世界を望む者たちだ。彼らの望みが異形を動かしている』

 その言葉を聞いたリーナの動揺をよそにヴェルギリウスは異形たちに命じる。

『我が声を聞け。今からある場所を伝える。そこへ──』

 その台詞が終わる前に異形たちの姿が消えた。

 ヴェルギリウスの顔にも戸惑いが浮かぶ。だが、すぐにエレナの方を振り向いた。

『無限の闇に精神を沈められてなお、わたしの邪魔をするというのか』

 エレナが混濁する意識の中、制御装置の保持者としての能力を使い、ヴェルギリウスの通信を妨害したのだ。

「私もエレナさんも、マークルフ様が再び来るまで貴方を好きにさせるつもりはありません」

 リーナがエレナを庇うようにヴェルギリウスとの間に立つ。

 エレナは今も戦っている。フィルディングの娘としての誇りが“機神”に取り込まれまいと必死に抗っているのだ。

 ヴェルギリウスは黙って背を向けた。

 エレナの持つ制御装置を取り込むつもりだったが、彼女が同化を拒み、それをリーナが守っているうちはヴェルギリウスも“機神”としての力を自由に使えないのだ。 

『ならばミューに任せるだけだ。どのように抗おうとわたしの戦いと運命は変わらない。地上は異形とそれが操る機械たちに侵攻させている。今の人間たちを排斥し、エンシアの同胞を復活させる。そして、《アルターロフ》はエンシアの守護神“機神”として君臨する。それがエンシア王族の生き残りの使命だ。それなのにリーナ、なぜお前はわたしを妨害する?』

 ヴェルギリウスが背を向けたまま問いかける。

『お前の協力があれば《アルターロフ》は“神”すら止められない“黄金の機神”となっていた。そのエレナ=フィルディングも取り込み、完全覚醒を果たせていた。この時代にエンシアは蘇り、さらなる繁栄の未来を約束されたのだ──それをエンシアを導くべき王族のお前一人が否定している。過去に“神”に滅ぼされた者たちを見捨て、繁栄を約束すべき新たな民の未来を見捨てているのだぞ』

 リーナは目を閉じる。

「……ここにはもう、ヴェルギリウス=エンシヤリスもリーナ=エンシヤリスもいないのです。ここにいるのはただ、エンシアの亡霊でしかないのです。亡霊が……未来を奪い取ることは許されないのです」

『何に許されないというのだ。民の望む未来を導くことが王族の使命のはずだ』

「貴方は滅びの運命すらも弄んでいる」

 リーナは目を見開き、強い意志を宿した碧い瞳を向ける。

「滅びを前にした人々の最後の願いも、亡き者を悼んできた歴史も否定し、復活を餌に民を欲望を生み出す道具として利用しようとしている」

 ヴェルギリウスが振り返る。

 その碧い瞳は静かな憤りを湛えて、リーナの姿を映していた。

『その言葉は取り消せ、リーナ。それは“神”に虐殺された民たちへの冒涜の言葉に他ならない』

「いいえ、取り消しません……取り消すことはできません」

 リーナも一歩も退かなかった。

「私はその最後の願いを背負って生き残った者です。エンシアはその最初から最後まで《アルターロフ》の生贄として用意された歴史だった。その《アルターロフ》の力で死者すらも支配し、再び地上の支配を望むことこそ、犠牲になった故国の民への冒涜ではないのですか!?」

 ヴェルギリウスは黙って睨むが、やがて諦めたように顔を伏せ、姿を消した。

『──頑固なのは変わらないな。ならばそこで一人、冷静に考え直せばいい。甦るエンシアの姿を見れば、お前を縛るその最後の願いも意味をなくし、わたしの考えが理解できるようになるはずだ』



 クーラめがけて機械人形たちが飛びかかるが、操る複数の光輪がそれを斬り裂いていく。

 だが、機械人形は数が多く、動きも早い。突破しようとする人形たちを食い止めるのが精一杯で、操っているだろう魔女を探して攻撃する余裕もなかった。

 消耗が重なり、ついに光輪の一つが消失した。

「ファウアン!?」

 機械人形への攻撃が追いつかなくなり、ついに二体が穴に向かって飛び込む。

 機械人形の腕から刃が伸び、穴底に立つファウアンに襲いかかった。

「ヌウッ──ッ!?」

「おじちゃん!?」

 身動きのとれないファウアンに人形たちの刃が突き刺さる。

 足許に立つプリムが悲鳴をあげるが、ファウアンは特異点に向けた輝く右手を動かすことなく、左手だけで背中に取り付いた人形一体の顔を掴んで強引に引き剥がす。

「大丈夫だ! プリム、ダロム! 足許にいろ! 離れるな!」

 ファウアンの左手が輝き、人形の頭部が握り潰された。

 遅れて追尾してきた光輪が閃き、ファウアンに取り付くもう一体の機械人形が切断される。

『大丈夫ですか、ファウアン!?』

『ああ……だが、まだ完成できない……もう少し時間を稼いでくれ』

 クーラの心話にファウアンも応える。

 だが、クーラの目の前にも機械人形が迫り、刃を振り払う。

 クーラは背中の光翼で身を守るが、弾きとばされ、近くの岩壁に叩き付けられた。

 それでもクーラは手を動かし、光輪で機械人形を破壊する。だが、それで彼女も力を使い果たし、その場に崩れ落ちる。

 地面に描かれた光の円陣が消えた。

 入れ替わるように闇の向こうから魔女ミューが現れる。

「ずいぶんと私の人形を破壊してくれたものね」

 魔女が指を鳴らすと、一際大きな細身の機械巨人が現れた。

 巨人は倒れたクーラに近づくと躊躇なく蹴り飛ばす。小柄な身体が地面を転がり、その背中から光翼も消え失せた。

「くッ……」

 クーラは顔を上げるが、もう身体を動かす力も残っていなかった。

「しぶといわね。まあ、いいわ。先にあの科学者連中から始末しないとね」

 魔女は穴の縁に立ち、手負いのファウアン、そしてエルマ、その足許に立つ妖精たちをそれぞれ見下ろす。

 そして生成されつつある“光”の特異点の力に気づいて表情を険しくする。

「また何かをやろうとしてたみたいね……いいわ、そこの科学者。貴女の存在を軽視していたのは失敗だったと認めてあげる。だから、ここできちんと息の根を止めるわ」

 魔女の背後に巨人が立つ。

 巨人の両腕から針のような武器が伸び、動いた。

 ファウアンは動けない。このまま巨人をけしかけられたら終わりだった。

 だが、その巨人の動きが途中で鈍る。

 その四肢に光の糸が巻き付き、その動きを阻止していたのだ。

「あなたは──」

 振り向いた魔女が眉を潜める。

 両目と両手両脚の先に包帯を巻き付けた痛々しい姿の森人天使ドラゴがそこにいた。

 満足に立つこともできず、地面に膝をついた状態だ。

 左腕に光糸が巻き付いており、それが巨人にまで伸び、その動きを抑えている。

 そして口には両端を研ぎ澄ました黄金の針を咥えていた。

『クーラ、下がれ』

『ドラゴ!? ですが、その身体で──』

『……やらせてくれ。両目と指の借り、それに奴に利用された俺自身のケジメをここでつけさせてくれ』

 枝葉をそぎ落とした黄金の針を咥える口が微かに笑みを作った。

『“先生”の戦いの結末を見届けたいんだろ……それがあんたの見たい一番の運命のはずだ』

 ドラゴは指を失い包帯で覆った右手を掲げた。

 そして右手を口に咥えた針の一端に突き刺す。

 針の刺さった右手の包帯が血に染まるが、それに同じく包帯で覆った左手を添える。光糸が右手に何重にも巻き付き、針を固定した。

「今度は俺が相手だ、魔女……貴様は俺が引導を渡す」

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