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残された天才と最後の特異点(1)

 “聖域”北方に位置する都市ラクル。

 かつて“竜墜ち”による甚大な被害を受けたが、その“機竜”の骸の研究によって技術研究の聖地として復興した学術都市だ。

 “聖域”内でも最もエンシア文明の研究が盛んで、多くの学者や技師を輩出してきた都市も現在は未曾有の窮地に陥っていた。

 都市の景観は半壊し、今でも所々で煙が立ち昇っている。

 エンシア文明に最も近い場所だったラクルは、皮肉にも古代エンシアと同じ末路を辿っていたのだ。

「……ここが姐さんの故郷だった場所か。こいつは酷いの」

 都市上空、空を飛ぶ狼頭天使の頭に乗った老妖精が、眼下の惨状を見下ろしがなら言った。

 ここからでは人々の姿を確認できないが、破壊の規模から犠牲者は決して少なくはないであろう。

「予想はしていたけどね……あわよくば使えそうな機材をちょろまかしたかったけど、そうも言ってられないわね」

 天使の背に乗っていたエルマは言った。

 口調は軽いが、故郷の変わり果てた姿を目の当たりにした表情は硬い。

「ここからどうする? 故郷の知人や友人を探している暇はないぞ」

 ファウアンが言った。

「分かってる……あっちよ。この方向にずっと行けば発掘作業場の跡地が見えるはず。そこが目的地よ」

 エルマは指差した。

 ファウアンがその方向に向かって飛ぶ。

 エルマは振り返り、遠ざかる故郷の姿を目に焼き付ける。

 そして誓う。

 ラクルが輩出した科学者である自分の手でこの状況を打開することで、犠牲になった者たちの無念を晴らすと──



「エルマさん、無事でいてくれるかな」

 天幕の外に広がる闇の景色を見つめながらリファは呟く。

 だが返事はない。

 振り返ったリファは天幕の奧で報告書の束に目を通しているマークルフを見た。

 それは各地で受けている被害の状況、異形や機械群についての情報を集めたものだ。

 ギリギリの状況でも各地の傭兵たちはその連絡網を死守し、彼が必要としている情報を必死に集めてくれているのだ。

 マークルフの表情は硬い。

 絶望的な事態を打開するため、ほんの僅かな手がかりでも探すために集めた情報だが、それはこうしている間にも犠牲者が増えている事実を突きつけるものに他ならない。

 マークルフが振り向く。

 そこには《アルゴ=アバス》が装着可能な状態で鎮座していた。

 その鎧を見つめる彼の目は思い詰めたように見開いていた。

「……」

 リファはかける言葉が見つからなかった。

 あの強化鎧なら異形たちにも対抗できる。

 だが、そうすればすぐに魔女たちに感知されてしまうだろう。

 魔力を操る魔女たちの前では強化鎧も無力だ。そしてマークルフは今度こそ止めを刺されるだろう。

 マークルフは異形と戦う力を残しながら、何もできないもどかしさとずっと戦っているのだ。

 リファは黙って近づくとマークルフの横に座った。

 マークルフはようやくリファの動きに気づいたのか、笑みを浮かべる。

「どうした? なあに心配するな。エルマならきっとやってくれるさ」

 そう言ってマークルフは報告書を脇に置いた。

「ルフィンも無事でいてくれるといいがな」

「大丈夫だよ。兄ちゃんは何だかんだでちゃんとやるからさ」

「そうだな。俺も──ちゃんとやらなきゃいけねえよな」

 マークルフが両手を握り締めた。

 その瞳の奥に決心と懊悩を映しながら──



 そこは巨大な地下空間だ。

 洞窟という言葉では収まらない地下世界と言ってもいい。

 そこには崩壊したエンシア時代の物と思わせる建物が支柱のように地面から剥き出しになっていた。

 そして、比較的近時代の採掘道具や設備などが風化した状態で残っている。

「こんな所があるとは驚いたぞい」

 淡い光で照らされる遺構の姿を眺めながら先を歩くダロムが言った。

 その後をエルマと天使たちが歩く。

 周囲を照らすのは天使たちが放つ輝力の光であった。

「エンシア時代の地下遺跡とも違うし、ずいぶんと発掘もされとったようじゃな。どういう所なんじゃ?」

「ここはうちの故郷じゃ昔から有名な場所だったのよ。巨大な地下空洞に古代エンシアの街が呑み込まれたと言われているわ」

 エルマは答えた。

「古代エンシアの遺跡群としては“聖域”でも大規模な広さだったわ。近くに学術都市ラクルがあったから、発見された当初から学者や一攫千金の夢を持った人たちが遺跡を発掘したのよ」

 ファウアンが周囲を警戒する。

「エンシアの建物がここに雪崩れ落ちたように見えるな。ともかく、“機神”に操られた機械がどこから出てきてもおかしくない訳か」

「どうかしらね。ここも今じゃ発掘し尽くされて廃墟みたいな場所になってるわ。元々エンシアの市街地だったみたいで、とんでもない兵器はもう出てこないと思う。ま、警戒するに越したことはないけどね」

「ここに姐さんが見つけた『相克欠陥』が残っているというわけか」

 エルマは学術都市ラクルに在籍していた時代に、ここに足を運んだ時のことを思い出す。

 当時はまだ人がおり、エルマもそれに交じって遺跡群の調査をするというのが表向きの理由だった。

 だが、本当の目的は研究過程にあった理論式を実際に用いて『相克欠陥』を捜索するというものだったのだ。

「あまり知られていないけど、ここは“聖域”が形成された時の地殻変動で生じた地下空洞なのよ。うちとオレフは、このような場所に『相克欠陥』が残存している可能性が高いと考え、実際に探してみたのよ……その時はうちも見つかるとは思ってなかったわ。理論式はまだ不十分だったし、むしろ、理論式の欠陥を洗い直すための実験だったのよ」

「でも、運良くそれを見つけてしまったんじゃろう?」

「そう。正直、うちもその時ほど焦ったことはなかったわ。偶然とはいえ学会を騒然とさせる発見には違いなかった」

「ほう、姐さんでもそこまで焦ることはあったんじゃな」

「ただ、その時のうちはそれを世間に公表することを躊躇った。未知の可能性を孕むが故に、研究が悪用されるのを危惧したの。オレフとの研究も中止して、資料も破棄した……ただ、実際に見つけてしまった『相克欠陥』だけは破棄できなかった。科学者としてはこの発見そのものだけは残しておきたかったのかも知れない。まったく我ながら自分勝手とは思うわ」

「別に姐さんの判断が間違っていたとも思わんぞい。実際、その研究を利用してオレフは疑似的に“機神”の能力を手に入れたのじゃからな。公表してたらとんでもない悪用がされていたかもしれん」

「でも、そのオレフが悪用したために“機神”を破壊する方法が分かり、現在の戦いがある。うちも放棄したはずの『相克欠陥』を引っ張り出して利用しようとしている──結局、あいつの言い分も間違いじゃなかったのよ」

 エルマは研究放棄を巡ってオレフと言い争ったのを思い出していた。

(あんたの言う通り、うちは決めつけていた。確かにこれは“機神”との戦いに役に立つ物だったわ。癪に障るけどそれは認めるわ)

 エルマは軽く息を吐いた。

(オレフ、やるわよ。“聖域”を復活させ、“機神”を破壊する。それがうちとあんたの研究の総決算よ)

 やがて一行は遺跡の奧へとやって来た。

 そこは周囲が開け、地面がさらに陥没している場所だった。

「どこかの施設が丸ごと崩れておる所じゃな」

 蟻地獄のように陥没した地層に古代の遺跡がなだれ込むように散乱している。

 ランタンを持ったエルマは一人、そこに踏み込むと、足許を選びながら坂を下りていく。瓦礫が散乱する中を底へと向かって行く。

 エルマが底に到達し、周囲をランタンの光が照らす。

 断崖と瓦礫に包まれた窪地の底。そこには遺跡の広間が広がっていた。

 天使たちが妖精たちを連れて降りてくる。

「あそこよ」

 底に降り立ったエルマは背負っていた機材を取り出すと、広間の一角を指差した。

 そこは土砂が広間までなだれ込んだ崖の下で、そこには瓦礫が散乱している。

 しかも、そこは崖の隙間から地下水が染み出していた。

「……何も見えないよ」

 プリムが目を凝らして周囲を見渡す。

「妖精族の目でも『相克欠陥』は見えないでしょうね。正確な場所の特定には特殊な計算が必要なのよ」

 エルマは測定装置を起動して操作を始める。

「ダロムも目を凝らしていたが、やがて何かに気づく。

「この配置、もしや“聖域”を模したものか」

「当たり。近くの地下水の流れや土砂や瓦礫の配置が偶然にも“聖域”を模したものになっていたの。うちはここで『相克欠陥』を見つけたのよ」

 “神”と“機神”の衝突によって発生し、“聖域”という特殊な空間に保存された特異点。 長い年月でその多くが蒸発していたはずだが、これは自然の偶然が生み出した霊力の強い場に守られ、現在まで存在してきたのだ。

「今のあるのか?」

「確認中よ。うちは偶然にここの特異点を発見した後、自分なりに手を加えてここをより“聖域”に近い空間にしておいた。“聖域”が力を失った現在でも、ここは“聖域”に近い力場が維持されている。荒らされてもいないし、ここにまだ残っているはずよ」

「プリム、ここからは下手に動くんでないぞい。ここにあるのが最後の特異点かも知れんからな」

「うん」

 妖精と天使たちが見守る中、エルマは測定器を操作していたが、やがてそれが映す波長のデータと記録を見て、やがてうなずいた。

「反応を確認できたわ。これでやれるわ」

 ファウアンとクーラがエルマの背後に立つ。

「ここからどうする? 天使の力が必要なのだろう?」

「『相克欠陥』に天使さんが持つ輝力を注ぎ込むの。その反応を確認してさらに特異点の座標を絞り、輝力の焦点をそれに合わせていく。これの繰り返しによって最終的に特異点と輝力の焦点を完全に重ねる。これによって『相克欠陥』を“光”の特異点へと変える」

 エルマは振り返って天使二人を見る。

「ただし、途中で止めたら不安定な『相克欠陥』は消える。慎重かつ大胆な連携が求められる一発勝負よ」

「承知しました」

 クーラが答えた。

「“光”の特異点──“神”の力を顕現できたら、その時はわたしが“神”を喚び、“要”を“聖域”修復の力へと解放します」

「ならば、『相克欠陥』を“光”の特異点に変えるのは俺がやろう」

 ファウアンが答えた。

「危険よ、オオカミさん」

「分かっている。これだけの作業をやれば魔女も気づくだろう。そうなれば一発勝負で身動きのとれない俺が無防備のまま、一番に狙われる訳だ」

 ファウアンが事も無げに答える。

「だが、“神”の力を喚ぶのはクーラにしかできん。ならば俺がやるしかあるまい」

「理解が早くて助かるわ」

 エルマが足許に立つ小さなプリムを見る。

「ここからは危険な作業になるかもしれないけど、やれる?」

「うん!」

 うなずく妖精娘の姿にファウアンが危惧するように口を閉じる。

「……せめてダロムが代わりにできればな」

「ワシもそうしたかったがの。だが“要”がプリムの中で安定していて、下手に取り出せんのでな。その代わり、ワシも姐さんを手伝って一刻でも早く終わらせるようにする」

「そうね。急ぎましょう。ところであの森人の天使さんと“監視者”さんとやらは助っ人にできそう?」

「ドラゴはすでに別の場所で待機中です」

 負傷の激しいため休息していたが、クーラの呼びかけに応えてすでに転移して来ているという。

「ただ、“監視者”の協力は得られないと思ってください」

「どうして? 天使の一人なんでしょう?」

「理由は分かるつもりです。でも、私の口からそれを言うつもりもありません。はっきりしているのは説得は無理だということです」

 ダロムが訝しげに腕を組む。

「森人の方は目と手足の指が潰されているそうではないか。天使とはいえ、それで満足に戦えるのかぞい?」

「彼なりに魔女たちと戦う手段を講じているそうです。それが何かは分かりませんが、相討ちになってでも魔女と戦うつもりです」

 エルマが計測機を地面に置いた。

「じゃあ、始めましょうか。上手くいけば“聖域”中がひっくり返るような事が起きるわよ」



 遺跡のとある一室。

 半ば壊れた壁にもたれながら、ドラゴは床に足を投げ出して座っていた。

 ドラゴの眼前に極めて細い輝力の糸が縦に伸びている。

 天井と床に貴石のクナイを突き刺して弦のように張った光糸だ。手足の指を全て失った現在のドラゴにはそれも難しい作業であったが、それが終わった後はまるで死人のようにその場に潜んでいた。

 ドラゴの包帯に包まれた双眸が光糸を睨む。

 その光糸は何かに反応するように微かに震えた。

(──始まったか)

 闇の領域で魔力が強い中、近くで輝力の高まりを察知する。

 クーラたちが“神”を呼び出す作業を開始したのだ。

 その輝力が周囲の魔力と干渉し、それによって生じるさざ波のような力の波。光糸はそれに共鳴しているのだ。

 視力を失った世界で、ドラゴは自分が張った光糸の共鳴を感じる。

(あの時、お前が教えてくれた助言が役に立つかもしれん……その時は魔女を道連れに礼を言いに行ってやるさ。だから、待っていろ、ウェド──)

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