七話 熱気
見直す用の登場人物紹介。
読み飛ばして下さい。分からなくなったら見てください。
畑信之助
ネット動画撮影チームの雑用担当。
ヤキソバ買いに来たナンパ男。
手首を切断され、救急車待ち。
佐藤史郎
ネット動画撮影チームの運転担当。
酒と女好き。
ゴンドラに閉じ込められ、陽子に以下の話を説明した人。
団雄一
ネット動画撮影チームの新入り。
院不澄出身。美形。
東翔
ネット動画撮影チームのカメラ担当。
カメラマニアで仕事が早い。
西瓜は食べたことがある。
金剛地大悟
ネット動画撮影チームのリーダー。編集・金銭管理。
団雄一をチームに加える。
ダイちゃん。
翌日、観覧車のゴンドラに閉じ込められるとは夢にも思っていない佐藤史郎は、夏祭り会場に居た。
大学卒業を控えた無責任な最後の夏、ワゴンカーを持ち出して運転手を任された史郎は他の四人がビールを飲む中コーラを飲む。
せめて女だけでもと期待していたが、夜店店員のナンパに失敗した畑信之助を笑いながら詰り、買ってきたヤキソバを頬張る。
花火が始まったが、酒や女がなければただの色付き火花にすぎないと、史郎はこの状況を作り出した団雄一を密かに恨めしく思っていた。
史郎は、団雄一とは付き合いが短い。
同じ大学で顔を合わせることは有ったが、会話らしい会話をしたことはない。
ではなぜ、そんな男が楽しそうにビールを飲む中、炭酸が抜けつつあるコーラに甘んじなければならないのか。
それは五人の中のリーダー格、金剛地のせいだと史郎は確信する。
「次の撮影場所が決まったぞ。こいつの地元だ」
団雄一を除く四人は、以前から動画を撮影し、ネットに公開していた。
映像は、今も熱心に花火にかじりついてシャッターを切っている東翔が撮影し、現場への運転は佐藤史郎、雑用とナンパは畑信之助、財布を握り編集をするのが金剛地大悟だった。
動画は云わずとも投稿サイトを通じて全国のファンに届けられる。
その内容は怪奇スポットに実際に赴き、その始終を撮影すると云うもの。
複数人が素人のプランニングで行動すればハプニングは付き物で、そのハプニングと霊の関連を匂わせるような動画はじわじわと人気を博し、広告収入で旅費を賄えるほどになっていた。
ただ、団雄一は特定の役割はなく、彼の分の旅費はそのまま赤字に転じるのではないかと史郎は値踏みしていたが、
翔はカメラと被写体があれば食事を忘れるフリークスであり細かいことは気にしない。
では史郎と同じく一般的な感覚を持つ信之助はどうかといえば、時折、金剛地の催す集会で女子との交流が生じれば他には目を瞑るらしい。
やれやれ、うちにはマトモなのは俺だけかと史郎が吐いたため息を吹き飛ばすように金剛地の大声が飛んだ。
「史郎! 花火バックに写真! カマン!」
いつの間にか食べ終わっていたヤキソバのパックを放り投げ、セルフタイマーを仕掛ける翔を追い抜き、信之助の隣で史郎が中途半端なガッツポーズのように腕を上げ、翔もしゃがんだところでシャッターは切れた。
不満はあってそれは云えなくとも、史郎にとってそこは居心地の良いのだと云う思いも写り込んだ一枚。
写真に関しては仕事の早い翔が一分と待たずに四人のスマホに転送していた。
――結果、後に史郎はこの最高の笑顔の写真を血生臭い現場で陽子に見せ、説明することとなった。誰が死に、誰が殺したのかを――
その晩は四人が酔いつぶれ、仕方無しにドリームランドの駐車場で車中泊。
酔っ払いの朝は早いか遅いかと相場が決まっており、金剛地の場合は早かった。
朝日を待つことすらせず、メンバーを叩き起こし、昨日買っただけで手を付けなかったお好み焼きとハリケーンポテトで朝食を済ませ、トイレも金剛地がいつも担いで持参しているスコップで“なんとか”していた。
陽子と花が温泉ヌード事件をやったのと同刻だった。
「なあ、史郎くん、良いか?」
スコップを使う方の排泄を済ませてベルトを締めている史郎に背後から声を掛けたのは雄一だった。
華奢な身体付きに小さく線の細いあごから出るか細い声を中性的で、史郎のジッパーを上げる手に要らない力が入る。
「ごめんな、ダイちゃんが色々無理させてるよな?」
「ダイちゃん?」
史郎が聞き返すと雄一はアッ、と手を口に当てた。
「金剛地くん、のこと。ふたりのときしか呼ぶなって云われてたのに……俺が云ったって、内緒な?」
気付きたくないし、気付きたくなかったし、気付きたいわけもない金剛地大悟と団雄一の関係。
史郎がクラリとしたのは登りかけている太陽のせいではなかった。
「俺が院不澄に帰りたいって云ったら、ついでだからってロケ先に決めて……。運転手させてスマン」
ここで慌てたら敗けだ。史郎は自分に云い聞かせた。
「良いよ。俺たちは動画撮りに来て、花火や祭りの様子も使えそうだし。
それに雄一はルックス良いんだし、タレント役、つか、怖がり役期待してる」
史郎の絞り出した笑顔に、雄一は弾けるような笑顔で史郎の汗ばんだ両手を握った。
「諸々サンキュー! 史郎くんって良いヤツだな! 俺、頑張るぜ!」
史郎は心底、女好きで良かったと思った。そうでなければ撃墜されていたと確信できる輝き方だった。
その後、間も無くダイちゃんこと金剛地がドリームランド内に行くと云い出したとき、史郎と翔が聞き直した。夜じゃないのかと。
「夜は夜で西瓜の早食いの予約が取れた。ひとつ動画が作れるから、一七時には院不澄に行きたい。
夜に予約が詰まるから、室内で太陽を気にしなくて良いドリームキャッスルとミラーハウスを片付ける。行くぞ」
機材を担ぎ、夜にやらない理由に関しては各々納得してドリームキャッスルへ一同は歩き出していたが、別の問題が発生していた。
西瓜早食いというと、顔面に種や果汁を擦り付けて散らかしながら片付けていく競技のことか?
それを撮影して、あとでネットで全世界の晒し者にする、と。
恥ずかしいという感情が有れば誰だって避けたい。
「……なあ、金剛地? さっきの西瓜早食いだけどよ」
「ああ、三人枠取れたぞ」
「三人だけ? だったら俺は良いよ。俺はガキの頃から食べてるから。すごく美味しいんだぜ」
「なら俺もパス。院不澄西瓜は何度も食べたことあるし、カメラ譲りたくない」
地元の雄一に続き、翔がサラリと云いきった。五引く二は三だ。
「そうか。なら俺、信之助、史郎だな」
ドリームキャッスルの鍵を金剛地はピッキングで外しながら云いきった。
ふざけるな、そんなアッサリと人生の汚点を増やさせてたまるかと史郎と信之助が不満の色を濃くしたところで、雄一が呟いた。
「ぃ、だごど、ん」
突然だった。
西瓜早食いを回避したはずの団雄一は端正な顔を崩し、蛙のように目を見開き走り出していた。
奇行に一同は困惑したが、カメラ狂の翔が続いたことで良識が戻る。
早めに動画の尺を稼ぐために新入りの雄一が空気を読んで何かやっているのだと。
そうでなければ説明付かない、そうに違いないと史郎たちは自分に云い聞かせた。
雄一の足は真っ直ぐミラーハウスへと向かっていた。
ミラーハウスはひとつの入り口と七つの出口があるが、雄一は真っ直ぐひとつの出口を跳ね開け、消灯している鏡張りの迷宮を進む。
彼らは知る由ないが、その出口は唯一鍵の掛かっていない扉。
信之助が夜間用ライトで照らすと、鏡は相互に反射させつづけ、光を閉じ込めるように道を示す。呪文のようにひたすらにダゴドンと繰り返している雄一の狂喜の顔を壁紙にして。
鏡の迷宮を駆け抜ける中、誰一人迷うこと無く長い階段を昇り、その倍長い階段を下る。その更に倍長い階段を昇り、また更に倍長い階段を下る。
催眠術のように単調な繰り返しの疲れからか、誰もが気付くことがなかった。このミラーハウスは地上三階建てに過ぎないことを。
そのルートは何故か役所の所員たちが北村嵐を探しに来たときも見付けられず、見取り図にも記載されていない道程。
【ドリームキャッスルの地下には拷問部屋がある】
その噂は虚構めいた正解で、真相めいた偽称。
地下には部屋は有るが、それはミラーハウスの下。
断末魔を呼び出す拷問部屋でなく、産声を生み出す貸間。
五人がたどり着いたのは、無数の干からびた死骸が晩秋の落ち葉のように床を埋め尽くしている石造りの遺跡。産湯と末期の水を合わせたぬるま湯。
干からびた死体は蛙のようだが、全身が羽立つように鱗に覆われ、頭は胴体より大きく、更にその頭と同じくらい長い鉤爪が前後左右の四足に合わせて十二本。
奇妙な死体と同じモノは石室内に無数に存在する鍾乳石を引っくり返したような三角錐の池に何匹も泳いでいるようだった。
大発見だという喜びを誰も示せず、三角錐の池をバチャバチャと漁る雄一を注視するに留まっていた。
「あァ、見付けた♪」
池から何かを掬い、長かったのか短かったのかすら判然としない妄動を経て、久方ぶりに雄一の喋った理解できる言葉に、金剛地が駆け寄った。
「雄一!? どうした、何があった!」
雄一の肩に指を食い込ませ、もう離さないという意思を行動と視線で語る金剛地に、当の勇一は冷ややかだった。
「――ダイちゃん、今までありがとう。何度も慰めてくれて、玩具になってくれてありがたかったよ。
でもね、ダイちゃん、もう要らないんだ。探し物が見付かったから。鎮めの儀式で誤魔化すのも終わりだ」
金剛地が何かを叫んだ。俺にはお前が必要だとか、お前なしでは息ができないとか。
翔のカメラが冷徹に録音していたが、誰の耳も聞いておらず、眼球に意識を集中していた。
雄一の手の中には例の鉤爪と鱗を備えた蛙がおり、それは雄一の端正な顔とは似ても似つかぬ異形だったが、目を瞬かせる度に雄一に似てきた。
見逃すまいと史郎が凝視するが、すればするほど異様な熱気に目が乾く。
幾度が瞬きをしたとき、雄一の顔と蛙の顔は似ていなかった。
掌の上には雄一の顔を持つ妖鼠、そして雄一だった者の顔は異形に果て、鉤爪を持つ怪異となる。
「だごどんっ!」
抑揚を失いながらも雄一と全く同じ声で雄一だった怪物は叫び、その腕を振るう。
金剛地を抱き寄せるような動きで尻肉から入った鉤爪は容易く腹から突き抜けた。
上下に両断された金剛地の下半身は上が無くなっても立ち続け、顔は先程までの慌てふためいた表情がほぐれ恍惚としたものになっている。
見せ付けられて金剛地の死顔と目が合えば、信之助の反応は決まっている。
「あ、あああああ、うァアアアアアアアッ!」
「んだ、だごどぉぉぉン!」
そこからは誰の記憶にも存在していない。
畑信之助が腕を切断されるも脱出して陽子と花の元にたどり着き、佐藤史郎がゴンドラに閉じ込められるも救出され、団雄一だったダゴドンと妖鼠は陽子に踏み潰され、金剛地大悟はダゴドンに両断されて生き絶えた。
では、カメラ担当の東翔はどうなったのか?
逃げ遅れて殺害されたのか? 負傷して身動きが取れず救助を待っているのか? “それとも”。
東翔は院不澄の西瓜を食べたと云っていたらしい。
それは単にそのままの意味なのか、“それとも”。 話を聞いてロープが不要であることを陽子は知った。
一色賢の記録ではアクアリウムからロープで降りたと記入があり、そこで、アクアリウムの怪物たちことダゴドンたちと対峙したとされていたが、そのロープは回転木馬に巻き付いて回収するだけで時間が掛かる。
東翔が負傷しているならばそんな時間はないし、“それとも”の事態ならもっと時間がない。陽子に選択肢は無かった。