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水底の妖鼠  作者: 84g
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五話 団雄一の怪(前)

 ドリームランド内は視覚的にはうるさいが、聴覚的にはシーンというオノマトペ。

 雑草の蔓が這い回り、割れたガラスや折れたフラッグポールがうずくまる。

 最も特徴的なのが点々とと云うべきか、ダラダラとと云うべきか、出口から繋がるヤキソバ青年の血の飛ばっちりは有る方向を示していた。



 ミラーハウス。



 賢の残していた資料により、陽子は現状をほぼ把握していた。

 なぜ北村嵐は姿を消し、なににヤキソバ五人組は襲われているか。

 多くの噂が事実ではなかったが、七不思議が生じるとき、なぜ七つにするのか。

 身も蓋もない云い方をすれば、七不思議だから七不思議なのだ。

 その過程で、ひとつの噂が分裂してふたつの噂になってしまうこともしばしばあり、六不思議は七不思議となる。

 他の四人が居るとすればミラーハウスが最も確率が高く、そして恐らく北村嵐もそこに居る。

 しかしながら、陽子の足はミラーハウスには向かわない。

 ヤキソバの彼の出血とは異なる出血。点々と明確に少量の新しい血液がある地点からある方向に向かっていた。


「賢作、地図表示して。四時の方向」

《トイレ、かな。その手前にはメリーゴーランドと観覧車が有るね》


 何者か、と云っても、ドリームランド内には陽子の他には北村嵐とヤキソバ五人組の残る四人しか居ないはずだが。

 とにかく、何者かが血を滴らせながら水道の止まったトイレに向かったらしい。


「行くよ……!」


 誰ともなく呟き、陽子の足は血路を進む。

 血は女子トイレへと続いており、歪んで写る鏡張りの壁に大声を出しそうになりながら、陽子はひとつの個室に目を向けた。

 廃棄されているだけに異臭のするトイレ内、血糊が途絶えている半開きのドアからはガタガタと震えるような音が聞こえていた。

 陽子は足音を殺して近付き、ゆっくりとドアを二度ノックした。


「……落ち着いて聞いて。私は調査でやってきた者よ。バケモノに襲われたのよね。助けに来たわ」


 相手を落ち着かせるべく与える情報を絞るが沈黙。

 間を置いて続いてカンカンと清んだ音がした。陽子は便器を叩いた音だと即座に理解した。


「今、外にバケモノは居ないわ。ドアを私が開けるから、できるだけ静かに出てきて。あのバケモノは耳が良いようだから」


 未だに姿を見ていないながら、陽子は賢の残した資料からバケモノこと“だごどん”の性質を考察できていた。


「良い? 開けるわよ。大声を出さないでね」


 カンカン、と再び便器を叩く音がし、陽子も一、二の三! 心で数えて、トイレのドアを引き開けた。

 半開きのドアは錆びたりもしていなかったようでスムーズに静かに開いた。


 一秒経過、出てこない。慌てないで良いと陽子は心の中で語り掛ける。


 五秒経過、動いてる気配はするのに出てこない。


 そして漂うように強烈な異臭が鼻を貫いたとき、陽子は気が付いた。

 この悪臭は排泄物の唸り呻くような臭いではない。

 漁港や浜辺で魚や水が腐ったような、肺の底から空気を絞り出したくなる強烈な吐き気を催す臭気だ。

 カンカン!

 吐き気を抑え、陽子は便器を叩く音に呼ばれるように個室を覗き込んだ。

 カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!


 五月蝿(うるさ)いほどのそれは、人間の放っていた音ではなかった。

 カラスだ。(くちばし)をもがくように便器に叩きつけていた。

 鳴き声を上げようにも、カラスの内臓は既に“それ”に噛み潰され胃袋に収納されていた。

 丁度陽子の目の前で、五月蝿い嘴を含む頭部を“それ”は口に放り込み――食事を終えた“それ”はゆっくりと陽子の方を振り返った。

 頭は蛇のような鱗に覆われ、口は蛙のように大きく、ヒクヒクと目まぐるしく動く赤い眼球はハツカネズミに似ていたが、そのどれとも明確に異なる。

 首から下は不愉快なほどに人間そっくりだが、指は三本しかなく、その一本々々に亀裂のように鋭利な鉤爪を備えていた。


 幸か不幸か、陽子は恐怖に凍り付いていた。

 声を立てず、身動きを取れない。賢の書き残した“メモ”を意図せず、忠実に守っていた。


 メモとはすなわち、肉食の獣や昆虫によく見られる特性、動体視。

 薄暗いトイレの中、“それ”にとって動きもしない陽子を察知するのは困難だった。

 大きな口の上の小さな鼻が脈打つように動き、陽子の匂いを探しているようだ。

 優れているはずの嗅覚は先ほど食べたのカラスの臭いのせいか鈍り、“それ”自身を陽子の前まで連れていくのに酷く苦戦し、

 僅か数十センチの移動に二呼吸を要し、三呼吸目は陽子の顔に掛かり、頭髪をかき揚げるように通り過ぎる距離に到達した。

 先程までの他者を助けるという気概は影を潜め、陽子の心中は小娘のようにただ一色賢の名と姿をなぞるだけだった。


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