四話 眠りし神
だごどん遺跡。
古代史に名を刻まぬ神秘の眠る石積式の遺跡。
広大な土地に不規則に置かれ、遠いものは一〇キロ程離して置かれており、碑文、墓碑、呪術的な意味合いなどと云われているが、その真相は未だ不明である。
「平たく云えば、何も分かってないし、調査することもない、ってことだけどね」
花はうんざりしたように駐車場の片隅に押し込められただごどん遺跡の紹介看板を眺めた。
申し訳程度に柵とベンチは設置されているが、ドリームランドのマスコットキャラのウサギがファストフード店のピエロよろしく座っている。
遺跡と呼ぶにはあまりにも俗っぽい。
「で、陽子さん、どこ調べるの? 秘密の通路とか探す?」
「この碑文に何か書いてあると思うから、まず解読してみるわ。賢作は古代語翻訳も機能に入ってるから」
「なんでもアリだね」
「映像や他国の言語から検索する機能の副産物らしいんだけどね」
陽子は手慣れた様子で碑文にカメラを向けたが、賢作はキャラに合わない申し訳無さそうな声を出した。
《陽子、エラーだよ》
「? この言語は解読不能ってこと?」
《違う。僕の中にあるファイルで翻訳できるし、完了してる。この碑文はもう解読してるんだ》
公には解読されていないことになっている古代語をに対してあっさり云いきる賢作に花は半信半疑だが、陽子のリアクションはそれに加えて期待の色も含んでいた。
「賢が……ここに来たってこと……!?」
《知ってるでしょ陽子。それはエラーなんだ。僕には答えられない。上意下達》
陽子の交際相手であり、前の一色探偵事務所所長、一色賢。
彼に救われたり、彼と敵対し手痛い目に遇った者も多い。
しかしながら彼がなぜ消息を絶ったかを知る者は居ない。少なくとも陽子の知る限り。この人工無脳を除いて。
賢の消息が分かるかもしれない期待感を圧し殺し、隣で不安そうにしている花を意識のニュートラルに据える。
今、自分は彼氏を探す小娘ではない。依頼人の希望を守る探偵だ。
少なくとも、賢に出会ったとき、誇れる自分でありたい。自意識が陽子を探偵として支えた。
「オーケー賢作。エラーの出ない範囲で答えて? その解読はどんなソフトを使ったの? 正確?」
《正確かどうかは分からないけど、解読には“写本の三”というファイルを使ったみたい」
「……写本?」
《フロッピーから変換して僕の中に搭載されたデータみたいだ。その前のソースは記入がない》
古代語を胡散臭い写本なるデータで和訳、信憑性は快晴時の降水確率のような物だが、いかんせん、降るときは降る。
「――まず聞かせて。その解読結果を」
一拍、賢作の演算時間を挟み、陽子のスマホは電子音声を放つ。
《彼らは“だごどん”と“ひゅどん”。
水底に住まう大蛇、あるいは大蟇、あるいは妖鼠のようであるが、いずれでもない。
我らの支配者であり、捕食者であり、神であり、父であり、母であり、故郷である。
強く賢い彼らは、動く者どもを食べ尽くし、我らは彼らを永久の微睡みの中へと奉る。
不遜なる動く者どもが再び地上に満ちたるとき、我ら院不澄、だごどんとひゅどんを掘り起こすべし》
童話集に入っているような説明に、花は水筒に入れた水を一口飲み、飽き飽きした様子だった。
「つまり、嵐姉の行き先とは関係ない、ってこと?」
「……賢作、これを解読したときの他の資料、ある?」
《有るけど、これは朗読再生できないよ》
「構わないわ。出して」
「陽子さん、無駄だよ。嵐姉の行き先とは関係ないって。陽子さん?」
陽子は花のクレームに応対せず、ひたすらに読み進めた。
遊園地の閉鎖直前に有ったらしい一色賢が落着させたものの、解決させられなかった事件の報告資料。
それは信じがたい超現実的かつ冒涜的な内容でもあるが、陽子は賢が事実でもない与太話を資料として残すわけがないことも知っていた。
どう花に伝えるべきかと考え、まずは質問から入ることにした。
「……花くん、嵐さんはこの辺りの産まれだったのよね。代々?」
「うん? 嵐姉のお父さんの家系がこの辺りでずっと漁師やってたんだって。で何代か前に止めたって聞いたけど」
「花くんは? 嵐さんとどういう血縁?」
降って沸いたような質問に訝しげに花はなぜ聞くのかと苛立ちを見せた。
「お願い。大事なことなの」
「……嵐姉のお母さんの妹さんの旦那さんが、俺の父さんのお兄さんなんだ。だから……血は全く繋がってないよ。でも、俺と姉さんは家族なんだ! ちゃんと!」
「……花くんと嵐さんは姉弟だと思う。でも、だからこそ……ドリームランドにあなたは連れていけない」
バァンと水筒がアスファルトに叩き付けられて水を撒き散らした。
花が持っていた水筒を投げつけ、アスファルトを濡らした。
濡らしたのは水筒の水だけでなく、花がしゃくり上げるように滴る涙も加わっている。
詰め寄り、滅裂な罵声を交えて陽子を批難したが、それでも陽子は理由を説明せず、ただ断る。
それがぶちまけられた水筒の水が乾き、日が高くなりだす頃まで続き、花の脱水を陽子が心配しだした頃だった。
ドリームランドの入り口から人影が這うように歩き出た。
花は一瞬、嵐かと期待したが、それが嵐でなくて安堵してしまう花も居た。
「助……れぇ……」
アスファルトに赤が滴る。
涙より多く、水筒から注ぐような勢いで。
その男は左手首から先がなく、傷口は手首から前腕を抉るように肘にまで及び、右腕で辛うじて傷を押さえ込んでいる。
「な、なん……」
「花くん! 救急箱とタオル! あるだけ!
非現実的な場面で陽子は手早かった。
男を横に寝かせ、大きすぎる傷を肩口から包帯で縛り止血し、救急車を呼ぶ。
「助け……ま……よ……に……ん……」
「――花くん。傷口を抑えて話し掛け続けてて。私は……中に行ってくる」
「は、え、ええ!?」
「……救急車は一時間くらいで来るし、この出血なら多分大丈夫……不安になったら電話を頂戴」
「いや……なんで……!?」
「彼はひとりじゃないのよ。五人で来たってさっきパニクりながら云ったわ」
「いや、パニクってたなら間違いかも……」
陽子は静かに首を横に降った。
最初に車を見たときからしていた予感が当たった。
気が付いていた。この男は昨晩、ヤキソバの屋台で自分をナンパした男で、そのとき、確かに自分はこの男が五人組であることを確認していた。
「――まだ遊園地の中に四人居るのよ」
もちろん、今すぐこの場を離れる選択も有り、それが適切だろう。
花の安全を守り、ヤキソバの青年を逸早く病院に連れていくという大義名分も有る。
だが、それは残る四人を“危機”へと見捨てること。
遊園地の中に探し求める賢の影を見いだしてしまった陽子。
彼ならば誰ひとりの危機も見捨てないという確信は陽子に英雄と探偵の垣根を見誤らせ、適切と云えない決断を下させていた。
「私が……助けなきゃ」
震えを抑え込み、陽子は荷物から懐中電灯やロープに水、ジャックナイフといった装備を取り、ドリームランドへととうとう足を踏み入れた。
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