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水底の妖鼠  作者: 84g
3/11

三話 狂気山上

 陽子が目を覚ましたとき、まだ太陽は気だるそうに東の空をオレンジにしているだけだったが、既に首回りから胸元へ流れる汗は今日の煩雑(はんざつ)さを教えている。

 花の提案で今日の打ち合わせと時短のためということで、陽子は嵐と花の自宅の北村邸に泊まっていた。

 嵐の両親が残した平屋ながら大きな庭のある一戸建て。

 所々痛んではいるが手入れが行き届いており、嵐の律儀な地元愛がここからも伺えた。

 ベリーショートの髪にも熱が籠り、陽子は汗で張り付いた下着を億劫がった。


「あったかい温泉で寝汗を流して、フフンを沈めるけど、こんな朝あに辿り着けるのは、水のない温泉くらい♪」


 無理の有る即興の替え歌を披露しながら陽子の向かったのは北村邸の風呂場。

 昨夜は疲れと今日の準備で入りそびれたが、自宅で温泉が出るらしいのだ。

 花から前日に許可も得ていた陽子は衣服をまどろっこしいと思いつつ短期旅の御用達、持参した洗濯ネットに入れていく。

 軽くてコンパクト、帰ったらこのまま洗濯機に投げ込めば一仕事終わり。

 もちろん、ドライ洗いや手洗い必須のオシャレ着には通じないが、悲しいかな陽子の外泊はオシャレ着を必要としないものばかりだ。


 独身女としてこれで良いのか。

 自分も嵐と同じ二十代、しかも年下だったと鏡を見て思い出しつつ、探偵としての使命感がそのしなやかな肢体の中に根付いていることも事実だった。

 そもそもそんなことに悩む以前に自分が身体を晒して悩ませたい男は行方不明の元カレただひとり、 自身が悩むだけ無駄だと鏡の中の女に言い聞かせた所で、閉めた脱衣所の戸がカラカラ開いた。

「陽子さん、云い忘れたけど最初は冷たいの出て、すぐ熱すぎるヤツ出るから気を付けて」

 ノックもせずに開けたのは、もちろんこの家の住人の北村花。

 昨日、陽子が年齢を聞いたら小学六年生だそうだ。

 俗に云う難しいお年頃で、子供でも大人でもない年齢に、鏡の前で全裸の陽子はリアクションに困ってただただフリーズしていた。


「? ああ、ゴメン」


 瞬きすら忘れて硬直する陽子に対し、花が何かに気付いた。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします。

 挨拶大事だよな。いつも嵐姉に云われてたよ」

「――おはよう、花くん」


 絞り出した声を聞くか聞かないか、花はそれ以上何も云わず、名残惜しむこともなく戸を閉めた。カラカラカラ。

 別に小学生を悩殺したかったわけでなし、何一つ落ち度も無いが、陽子が耳まで赤くなっていたのは温泉が熱めだっただけではなかった。


 温泉から出ると、花が朝食を用意していた。

 全国的に有名な地元米を主食に据え、ニボシの味噌汁には庭に成っていたトマトが入り、目玉焼きにも同じくトマトとサニーレタスを付け合わせ。

 目玉焼きと同じ皿に乗せる横着を嫌い、庭採れの浅漬けキュウリは小皿に鎮座。

 ふたりの間の鉢の中にはネギ納豆がコンモリと。


「……これ、花くんが作ったの?」

「? 他に家族居ないって云ったよな、陽子さん」


 それはそうだ、と陽子は食卓に着いた。

 義姉の嵐が働く間、花はこうやって出来ることで支えていたと思えば、先ほどのヌード事件なんて些末なこと。陽子の中にたぎる探偵魂に改めて火が入った。


「燃えるわね……!」

「? あ、ここ、エアコン無いんだ。扇風機使います?」


 そっちじゃない。





 朝食を食べ終わり、昨日の宣言通りにお日様が姿を表す頃には、セダンに荷物が積み込まれていた。

 北村邸には防災用品が備蓄されており、工具箱や飲食物を多目に積めばほぼ完了だった。


「……こんなに水、要るかな?」

「これから暑くなるし、もし嵐さんが脱水症こしてたら大変でしょ? ドリームランドは水道止まってるから携帯トイレもいくつか……行く途中にコンビニが何軒か有るから、足りないのは買い足しながらね」


 テレビで見る探偵の仕事と大分違うが、花としては頼れる助っ人に不満はなかった。

 陽子は自前の服から動きやすい薄手のパーカーとカーゴパンツを選びつつ、嵐の私物からもジャージなど何着か、陽子、嵐、花が着回せる服を選んで荷物に加えた。

 そしてセダンのシガーソケットにスマホを繋ぎ、花にシートベルトを促せばあとはイグニッション。


「それで、着いたらどこから探ん……です? ドリームキャッスル? ミラーハウス?」

「だごどん遺跡」

「……え?」

「だから、だごどん遺跡」



 そもそも、である、

 なぜ、潰れた海外資本の遊園地を役所が監理し、しかも鍵まで持っているか。

 その全ての理由が、だごどん遺跡だった。


《よく有る古くて希少だから県の重要文化財だけど、おカネと人不足で調査されてない史跡だねー。

 ただ、デカイ。デカすぎて全部保護すると遊園地開発なんて出来ない。

 それは困るから、遊園地に土地を県が“貸す”て契約になったんだねー。

 遺跡は駐車場の脇に寿司詰めに移転されてる。結果遊園地が潰れてから、院不澄が管理して面倒になってると。因小失大》


 内容は既知のものだったが、花はその説明の出所に注視していた。

 長々と言葉詰まることなく云いきったのは、陽子でも花自身でもなく、陽子のスマートフォンだった。


「携帯電話が喋ってる?」

《君はカカシが喋ったり、ライオンが喋ったら驚くべきだね。電話は喋るものだよ》

「誰だよ、お前!」


 挑発的な物言いに続き、ポーンという音と共に陽子のスマホのモニターが明るくなった。

 モニターの中にはドーベルマンのキャラクターが他のアプリアイコンを鬱陶しそうにしながら笑っていた。


《合縁奇縁。僕の名前は賢作(けんさく)。未熟な陽子のブレインさ》


 通話中の表示もなく、声も中性的で現実離れしていた。


「これ、人工知能ってヤツ?」

《惜しい、僕は人工“無脳”だね》


 聞き間違いかと俊巡する花に陽子が助け船を出した。


「私も詳しいことは知らないけど、人工知能は知能や心を作る技術で、賢作は知能を“持っているように見せる”ソフトらしいわ」

「らしいって、陽子さんが作ったんじゃないの? こんなの見たことないよ」

「貰い物なの、前の一色探偵事務所の所長からの」

《そういうこと。陽子や花が寝てる間にネット内を探しに探したから、遊園地の噂や内観も調査済み。才学非凡》

「……愛敬あるし便利だけど、なんでか四字熟語とジョークを飛ばす機能が切れないの」

《アイデンティティとレゾンデートルの違いも分からない陽子には切らせないよ。夏炉冬扇》

「ハイハイ、で、だごどん遺跡に向かう前に、ドリームランドの噂を確認させて」


 アイアイサー、と賢作が語ったのは次のような物だった。


 七不思議1 【廃園になった理由】

 あの遊園地には度々“子供”が居なくなるという噂が有った。


 七不思議2 【ジェットコースターで起こった事故。】

 「事故があった」とは聞くのに、どんな事故だったのか誰に聞いても答えが違う。


 七不思議3 【アクアツアーの不思議な生き物】

 遊園地が営業していた頃にもアクアツアーで「謎の生き物の影が見えた」なんて話があった。廃園になった今でも見えるらしい。


 七不思議4 【ミラーハウスでの入れ替わり】

 ミラーハウスから出てきたあと、「別人みたいに人が変わった」って人が何人かいるらしい。

 まるで中身だけが違うみたい。


 七不思議5 【ドリームキャッスルの拷問部屋】

 ドリームキャッスルには隠された地下室があって、しかも拷問部屋になっている。


 七不思議6 【廻るメリーゴーラウンド】

 誰も乗っていないメリーゴーラウンドが勝手に廻っていることがあるらしい。

 明かりが点っているのは綺麗らしい。


 七不思議7 【観覧車から聴こえる声】

 廃園になった遊園地、人なんか誰も居ない筈なの観覧車の近くを通ると小さな声で「出して」という声がするらしい。



「花くんの知ってる噂と違うの有る?」

「ない……かな。ジェットコースターは、逆さまになった瞬間にベルトが取れたとか、トンネルの中で首を切られたとか聞いたけど」

《事実無根。そんな事件は存在しないよ。この噂は“話が違う”がスタートのようだね》

「? どういう意味?」

《四つのジェットコースターに違うスポンサーが付いて、キャンペーンが違ったみたい。

 例えば、“ライドシューター”では乗るとアイドルのポストカードが貰えて“王牙(おうが)”ではトレカが手に入ったり。

 それが混同してお客さん同士で話が違う、からひとり歩きらしいね》

「そんなことで!?」


 噂話なんてそんなもん、と人語を喋るドーベルマンアプリ、賢作は云いきった。

 お前もかなり都市伝説寄りだぞと指摘したい衝動を抑え、陽子は黄信号前でゆっくりとブレーキを掛けた。


《子供の行方不明やメリーゴーランドの誤作動もなし。

 事件は酔っぱらいトラブルや、駐車場の接触事故くらい。他の噂も明確な出所は不明だね。ただ、気になるブログ記事は有ったよ。

 遊園地が閉鎖する少し前に遊びに行った人のアカウントが書き込みが無くなってて、特徴的なのがコレだね。

 “キャッホー! 明日はヨシくんの実家に遊びに行きます! 近くの遊園地デートも楽しみ!”

 で、翌日の昼過ぎの書き込みがコレ。

 “もう意味判んない! ミラーハウスのあと、急に殴り掛かって! ヨシくんとはもうムリ!”》


 賢作の声真似がちゃんと女声になっている芸の細かさにツッコミを叩き込みたい感情を抑え付け、花は質問を選んだ。


「ただの別れ話じゃないの?」

《このヨシくんもブログやってたんだけど、この日から書き込みが無くなって、二日後、自宅で自殺しているね。これに類似する書き込みはいくつかあるよ》

「じゃあ、ミラーハウスはマジってこと?」

《凶暴になったとする話はいくつか有るけど事件でも無いし個人情報だから正確な件数は不明》

「だごどん遺跡に行かないでミラーハウス行こうよ陽子さん!」

「待って。で、拷問部屋の話、見付かった?」


 陽子の指摘したのは、ドリームキャッスル地下の拷問部屋のことだった。


《全然。突拍子無さすぎるもん》

「不思議なことが噂になるのは分かるけど、何で火の無い所に煙が立っているのか、気にならない?」


 陽子の言葉に、やっと花は話の流れが見えてきたようだった。


「だごどん遺跡の……一部がドリームキャッスルの下に有る?」

「だごどん遺跡は資料が無さすぎてネットでも話題がない。一応市役所の人が探したけど見付からなかったなら、隅から隅まで考えられることをするわ」


 そのとき、セダンは裏野ドリームランドに到着した。

 立ち入り禁止のロープは外されたままになっており、広々とした駐車場には既に二台の車。

 水色の軽自動車と黒いステップワゴンが停まっていた。


「一応訊くけど……花くん?」

「水色が嵐姉の。デカイのは見たことないよ」

「……他に誰か居るってことね」


 ワゴンはラインを守らず適当に駐車されており、陽子は自身の直感めいた予測を否定しつつ、アスファルトが割れて草の生えたガラガラの駐車場にライン通りに停車した。


「行こう陽子さん、嵐姉が待ってる」


 事故か、誘拐か、蒸発か、判然としない状況でも花はブレない。

 血の繋がらない義姉との見えない絆を感じとり、陽子はゲート越しに聳えるドリームキャッスルを見据えた。


作者の84gのブログはこちら。

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作者の84gのツイッターはこちら。

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