二話 未知なるカダスが夢を求めて
裏野ドリームランド。
日本国外に資本を持つアミューズメント商社・カダスカンパニーが院不澄から山ひとつ先の裏野に造った遊園地。
東北最大を詠い、高速道路を降りればすぐの立地に田舎お得意のやたらに広い無料駐車場。
到着すれば四つの趣の違うジェットコースター。
アクアツアーは水上・水中の二段構え。
水上は専用の丸型ボートでコースを下り、水飛沫で涼と笑顔が得られる。
水中ではガラス張りのアクアリウムにアデリーペンギンやゴマフアザラシが優雅に泳ぐ。
三階建てのミラーハウスは七つの出口があり、難易度が異なる趣向付き。
特大観覧車からは院不澄の大自然も一望。
昔ながらのメリーゴーラウンドに乗れば、童心を取り戻せること間違いなし。
一日ではとても遊びきれない? なんとシンボルのドリームキャッスル内には宿泊施設も充実。
ウサギのマスコット、キャカロット・ラビッドリームもお出迎え!
週末は、裏野ドリームランドでど~らん?
「で、なんで潰れたんですか?」
裏野ドリームランド、テレビコマーシャルで見た覚えは陽子にも有る。
当時、現在音信不通の元カレに一緒に行こうと約束したがドタキャンされた痛々しい思い出と共に。
そして潰れたという話も見た記憶も有る。
しかしながら、なぜ潰れたかの理由は陽子の中で判然としていなかった。
「本社の指示での経営転換失敗ですね。経営者の方針変更が理由ですが、世間では良くない噂が流れまして」
「子供が消えたとか、事故があったとか。実際には無い噂がさ。ふーひょー被害だって嵐姉は云ってた」
「嵐ちゃん……北村さんは小さな頃からこの町が好きな子で、この祭りの立ち上げにも奔走してくれました」
北村嵐。
二七歳、独身、性別女。
高校の無い院不澄から裏野の全寮制の高校へ進学、その後独り暮らしをしながら盛岡の大学を卒業。
ここまで行くとほとんどの若者は戻ってこないのだが、嵐は戻ってきた。
「だって、私の居るところは院不澄だもの。都会はなんでもあるけど、院不澄はここだけにしかないの」
役場に就職し、時間があれば地域のボランティア。
経歴だけでなく、この祭りの資料の行間から伝わる熱意だけで陽子は会ったこともない北村嵐に好感を持っていた。
「嵐姉が居なくなるわけないんだ! 嵐姉はドリームランドに行ったんだ!」
「だから、そうと決まったわけじゃあ……」
「花くん、なんでそう思うの?」
興奮気味に語る花に所長は受け流すように話したが、陽子は目と目を合わせていた。相手を子供ではなく依頼人として扱うときの流儀だった。
「姉ちゃん、オバケが出るって、風評被害を止めるために資料を集めてたんだって」
「……居なくなったの、いつ頃?」
「三日前!」
「お祭り前の忙しいときに、どうして?」
「肝試し、ですね」
北村さんがしていたわけではありませんよ、と断ってから所長は慣れない手付きで自分のスマートフォンを操作し画面を陽子に見せた。
内容は動画投稿サイトのコミュニティで、院不澄夏祭りのついでに裏野ドリームランドで動画撮影をしよう、という物だった。
「こういう方々はしばしば鍵やガラスを壊したり、汚したりします。北村さんはその前に写真を撮っておいて、“これだけ人が来ても呪いは有りませんでした”と資料を作るとか」
なるほど。と陽子は思った。
噂を元から無くすのではなく、マナーのなってない若者の社会的な話に転嫁する。文脈次第だが、未踏の怪奇スポットという風評は無くせる手かもしれない、と。
ただ、苦笑を誘われる皮肉めいた現状も把握した。
「……それなのに、当の北村嵐さん自身がウワサ通りにドリームランドで消えた、と? 警察へは?」
「ドリームランド内は役所の所員で探して居なかったんです! 北村さんはただ無断欠勤しているだけです!」
「家に帰ってないんだから、行方不明だろーが!」
――花くん、正解――
陽子は頭の中で花にマルを付けていた。
「つまり、所長さんは警察沙汰にせず、穏便にしたかったから、これは事件にされたくない、と」
「夏祭りの間だけです! それから帰ってこなければ事件にするつもりだったんです!」
「既に事件を隠蔽してるって語るに落ちてるじゃねーか!」
――花くん、大正解――
陽子は頭の中で花にハナマルを付けていた。
「……お話は分かりました。ところで所員の皆さんで探したというお話でしたが、何人で何時間ほど?」
「それは……役所を空けるわけにも行かなかったし、祭の準備も有ったから……」
「何人で何時間お探しになったのかお聞かせ願えますか?」
「……私とヒグチくんと副所長で……二時間くらいです。片道にここから四十分掛かるんだ、仕方ないでしょう?」
広大さがウリの遊園地をたった三人で二時間回っただけ、と。どうやら理は完全に花にあるのだと陽子は確信した。
とはいえ、所長の話す言葉も理が皆無でもない。
何かのトラブルが北村嵐を襲った可能性はもちろん有るが、ただ単に蒸発しただけという可能性もゼロではない。その推測にはと陽子は花に視線を戻す。
「花くん、そういえば他のご家族は? 花くんと同じ意見?」
陽子の問いに花は表情も変えず、話慣れている様子で説明を始めるが、所長が音無く嘆息をしたのを見逃さなかった。
「俺んちは……震災のとき津波に飲まれた。それで嵐姉のうちに来たけど、嵐姉のお父さんとお母さんも去年に亡くなって、うちは俺と嵐姉だけだ」
花の説明に陽子は心情的に嵐蒸発は有り得ないと結論付けたかったが、
二十代独身で小学生の扶養家族が居た、とすると統計的には残念ながら失踪や駆け落ちという可能性が高くなったことを理解した。
まだ身軽で居たい年頃で血の繋がらない弟を養い、町のためにも貢献するというのは並々ならぬ苦労であり、投げ出したくなるのも有り得てしまう。
何日かしてからひょっこり、ということも陽子の探偵としての経験上何度かあり、それなら警察の介入は邪魔でもある。
その旨を口にせず、花を説得しようとした所長の心情も陽子は察した。
この事件で、今のところ悪意のある人間は居ない。陽子がいつも接している大概の事件と同じように。
「……なるほど。分かりました。それなら……所長、西瓜早食いも出場者が集まったようですし、私、明日はフリーですよね?」
「え? いや中聖子さんにはシャトルバスの運転を……」
「所長さん、確か大型、お持ちでしたよね?」
「私、しばらく運転してないんですが」
「一晩練習してすれば、明日の昼には勘も戻りますよ! 一眠りする時間もバッチリ!」
「これから初日の打ち上げが……」
「これから、ってことはまだアルコール入ってませんね? ラッキーですね!」
その後、所長の熱血自主練習により、しばしば自転車に追い抜かれる安全運転シャトルバスが誕生したのは云うまでもない。
「というわけで、所長さんの使っているセダン、あれ自賠責私が使っても大丈夫ですか?」
「公用車で、今は中聖子さんもバイト職員扱いですから……」
「はい、キマリですね。花くん、明日、ドリームランド行けるよ」
「今からじゃないのか!?」
既に日も落ちているのに過激なことを云う子だ。
「焦らない。知り尽くしてたはずの嵐さんでも落とし穴が有ったわけでしょ? これから準備して明日の朝一で出発」
陽子のウインクに合わせるように花火が上がった。
そのとき、マナーモードにしていた陽子のスマホがこの後に待ち受ける陽子の運命を憂うようにウェストポーチの中でカタンと傾いた。
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