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歩いたり止まったり

「リーリ、あそこで何かが行われていますよ?」


 ユイの視線の先には大きな人だかりが出来ていてた。


「何でしょうね、リーリ?」


 人だかりの向こう側には、光の絵の具で描かれた半径五メートルのサークルが描かれていた。そして、その中心には大きな鎧を纏ったマナ教騎士が佇んでいた。


 騒がしい熱気の中に静かな騎士。


 群がる人たちが始まりを促すのに対し、微動だにしない騎士の周りはピタッと時間が止まっているようだった。


 その騎士に面しているのは同様にマナ教の鎧を纏った大男。

 パッと見た感じはすごく大きい騎士といった感じだったが、その様子はネジが止まったかのように呼吸ひとつ聞こえてこないものだった。


(機械人形?)


 リーリは様子をジッと観察しようとしたけれども、離れた場所からだとよく分からなかった。


「何が始まるのですか?」


 リーリはキョロキョロ見回すと人だかりに混じる初老の男に尋ねた。しかし、サークルの中心にいる二人に気を取られているのか、こちらに振り向く気配はなかった。


 聞こえていないはずない。リーリは仕方なくもう一度声をかけた。すると、よれた服の初老の男はリーリの声に面倒臭そうに振り向いた。


「ううん?」


 声を掛けられた男はリーリをジロジロ見た。

 リーリはムッとしたけれど、丁寧に聞き返した。


「あの、これから何が始まるのですか?」

「あんた、初めてかい?」


 リーリは、(何が?)と聞き返しそうになった。

 謝肉祭のことか、あるいは、目の前でこれから始まる“何か”についてなのか。

 リーリは判然としなかったが、どちらにせよ初めてだったため『はい』と答えた。

「マナ教ご自慢の騎士による演武だ。謝肉祭が始まる前にマナ教の儀式として毎回行われる演武だよ。まぁ、祭り前のちょっとした余興のようなもんだ」


 初老の男は『ほら』と言うと、サークルの真ん中で佇むマナ教騎士に目を向けた。


「あの男はマナ教騎士団隊長のゴーリッキだ」


 リーリは男が指す方を見た。


「あのゴーリッキという男はなかなかすごい男でな。長い間、謝肉祭の演武を担っておる。わしは毎年謝肉祭に参加しておるが、あんなすごい騎士を拝むことはなかなか出来んぞ 。まあ、初めて見るあんたには分かるまいがなぁ」


 初老の男はそう言うと、リーリに興味を無くしたようで、背中をこちらに向け、もう一度人だかりの中に紛れてしまった。


「リーリ。片方の大きな男性は機械人形ですよね?人にしては静かすぎます」


 ユイはリーリの袖を引っ張ると尋ねた。


「多分、そうだと思う。でも、面白いというか、珍しいね」

「何がですか?」

「演武を行う機械人形が」


 リーリはユイの疑問に直ぐ答えた。


「特に意味がないからね。型をなぞるだけの演武なら、わざわざ機械人形が行う必要性がないもの。人の真似をすることが機械人形の役割ではないし、そういった機械人形を造ることが機械技師の仕事でもない。物好き以外は考えないと思うよ。それに、人が演じた方がきっと美しい」

「そうものなのですか?」

「うーん。機械人形は主に人をサポートするために造られるものだからね。機械人形を主役に添えて、ものを考えることはほとんどないよ。機械技師はアーティストではなくエンジニアだ」

「エンジニアはアーティストになれない、ということですか?」

「うーん。そういうわけではないけれど・・」

「リーリの言うことは時々難しいです」


 リーリは苦笑した。


 ユイに説明すると、なぜか余計にこんがらがってしまう。

 自分の説明が下手なのかもしれない。リーリは自分の言葉が急所に届いていない感覚がないわけではなかった。


 キキイと話しているときは、言わずもがなで、(勘違いかもしれないけれど)伝えたいことを察してくれる。人と機械人形との違い、と言ってしまえばそれまでだし、単に一緒にいる時間がキキイの方がずっと多いためなのかもしれなかった。


 答えはない。


「さあ行こう」


 リーリはサークル内の二人を見つめるユイに声をかけた。


 その瞬間、太鼓の大きな音が広場全体に鳴り響いた。


 音が聞こえたと思った瞬間、リーリは音の圧力に体がグッと押されるのを感じた。驚いたリーリはその場から離れかけた足を思わず止め、そして、開始の合図と共にサークルから沸いた大きな歓声に、離れた注意を引き戻された。


 広場の空気が、刹那、サークル内の二人の存在に覆われた。


 鳴り響く太鼓の音。それを掻き立てるヤジと歓声。それと対照的に優美に舞う一人の騎士と、一人の機械人形。


 それらが混ざり合い、広場の音を吸い込んでいた。


 街行く人々も何かが始まったようだと、耳目を引っ張られていた。普段聞こえてくる木々の梢が擦れる音や石畳を蹴る足音、道路を走る車の走行音がどこかへ行ってしまったようだと、道行く猫も空を見上げ不思議がっていた。


 謝肉祭の始まりを待つ街の雰囲気と相まって、その場の様子が賑やかになるのをリーリは感じた。それに、サークルの周りには大きな人だかりが出来ており、歓声も次第に大きくなった。


 初老の男はマナ教の儀式だと言っていた。けれども、リーリには演武それ自体にどのような意味が込められているのか知りようがなかった。周りに群がる人たちを見ても、物見櫓な人たちと、単に演武を楽しみにしている、およそマナ教と関係のなさそう連中のようだった。


 太鼓と歓声の波が過ぎ去ると、次第に音が戻ってきた。


 リーリは耳を澄まし、歓声に混じるゴーリッキと鎧の騎士とが発する音を聞き取ろうとした。


 歓声は続いている。


 リーリの耳はそれに慣れ、サークル内の二人の呼吸を聞き取れるようになった。

 演武に無知なリーリから見ても、ゴーリッキの動きは訓練された見事なものだった。

 テンポはレントと言ったところだろうか。

 そして、ゴーリッキが握る長尺の棍棒が空中に絵を描くように一定の速度で動いていた。


 リーリはカバンから自前の眼鏡を取り出すと、鎧の大男を覗いた。


「リーリ、どうですか?」

「間違いない、機械人形だね」


 眼鏡を通して見える鎧の大男は人のそれではなかった。


「ユイから見ても、大きな男性の動きは片方の騎士と完全に同調しています」


 まさに、機械的と言ったところか。


 星の使徒と呼ばれ、命の輪廻を信じるマナ教徒が機械人形と共にしている。

 機械人形は人の手によって作られた人形だ。

 故障した場合、部品を取り替えれば元通りになる。

 古くなれば、新しいものにアップーデトすればいい。

 そこに命の輪廻は無い。

 自分たちが信じるものから遠い存在である機械人形に、(初老の男いわく)マナ教の儀式をやらせるのものだろうか。

 機械人形を単なる道具だと見なせば、矛盾は無いのかもしれない。あるいは、機械とかそういうもの関係なしに命の輪廻は存在すると考えているのかもしれない。


 二人の舞う様子を眺めていても、答えが返ってくるわけではない。


 何となしに浮かんだ疑問だった。


 ドンドンドンと太鼓は鳴り続け、サークル内の二人は息一つ乱さず舞い続けていた。

 周りに群がる人たちも、太鼓の音頭に合わせてせわしなく手拍子を打つ。

 エイヤッサと、二人の騎士は片足でリズムを取りながら円を描く。

 手に握る棍棒もクルクルと踊っているように回転する。

 一歩、一歩、力強さを増してゆく二人の舞。

 その瞬間、二つの棍棒が音を立てぶつかり合った。

 太鼓の音に混じり、硬い音が広場に轟いた。


 リーリは舞踊の型を見せられるものと考えていた。けれども、目の前で繰り広げられる演武は想像していたものよりずっと上をいくものだった。


 気を許す、という訳ではない。

 けれども、気付けばリーリは引き込まれていた。


「リーリ、気になるのなら最後まで見ていきましょうか?」


 ユイが笑って尋ねた。


「ううん、いいよ。迫力あるなって思っただけ。想像よりずっと迫力があるし、面白いもんだね」

「ふふ、物知りのリーリでもそのような事を言うのですね。リーリはなんでも知っているような口ぶりをいつもしますし、実際、アンテナを沢山張って勉強する事も怠らないですしね。そんなリーリでも苦手な部分があるというは、ユイにはちょっぴり面白いですよ」


 リーリは苦笑した。


「そんな事ないよ。自分が知っている事なんて世の中に溢れ返る膨大な知識の量からすると砂粒にも満たないよ。それに、知っている、という事は大切な事だけれど本質的な事ではないよ」


 ユイはリーリの返事に意外そうな顔をした。


 機械人形であるユイは記憶容量が人のそれよりとても大きい。

 ユイ自身もそれを分かっている。

 それでも、物を教わる事が多かったり、納得させられたり、あるいは、理解の仕方が間違っていたりすることにユイは不思議だと思っているのかもしれなかった。


「知っている、という事が大切でない?」

「〈大切〉ではなくて〈本質的〉でない、だよ。つまり〈分かる〉という事と〈出来る〉という事は異なるってことさ。まぁ・・・ユイにも分かる時がきっと訪れるはずだよ」


 リーリはユイが質問を重ねようと口を開く様子に気づいたが、周りの喧騒に掻き消されて聞こえない振りをした。


 ユイは物足りなさそうな表情をしていた。

 もっと詳しく聞きたいと思っているのかもしれない。

 けれども、その場を離れようとすると喉元まで出かかった言葉を飲み込んだようだった。


 ユイはテクテク歩き後に続いた。

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