ネジ式ロボット
リーリはポポリーの家を出ると一直線に中央広場へ向かおうとした。
深夜のギーリク大図書館から逃れて一日ぶりに外に出た。無断でギーリク大図書館に侵入したという引け目がある分、どうしても周りの目が気になった。コーバリは相変わらず謝肉祭で賑やかな中にあったけれど、リーリは自分がその雰囲気から浮いてしまっているような気がした。
きっと、思い込みなのだろう。
道行く人々はリーリたちに目もくれなかった。
「リーリ君、そんなに急がなくてもいいじゃない。レイル市長の演説まで時間はまだあるわ。せっかくなんだから屋台を見て回りましょうよ。美味しそうなクグロフが売られているわ」
「プーミさんは呑気ですね。まだ、古文書の全てを手に入れたわけではないんですよ」
「だからと言って、急かしても何も変わらないわよ。自分の思うように物事が進まないからといって、イライラしても仕方ないわ」
「イライラなんてしていませんよ・・・ただ、レイル市長と話ができたとしても求めるものが手に入るとは限りません。それに、ギーリク大図書館へ侵入した理由をどう説明するのですか?きっと、レイル市長はあの時、僕たちの姿を見たはずです。問い詰められると答えに窮してしまいます」
「その時は、その時よ。考えても仕方ないわ。非は私たちにあるのだから、流れに身を任せるしかない」
機械技師のリーリとしては博打を打つようなことに賛成しかねた。悪いことが起きることを予測しながら行動するのがエンジニアの鉄則だ。未来を運に委ねるのは愚か者のすることだ。運命という名の手綱をこの手に握り続けることこそ大事なことだ。
「ユイの言う〈残された古文書〉が本当にあるかどうかも定かでないんです。レイル市長がその事を知らなかったら、余計に怪しい目で見られてしまいます」
「聞けば分かることよ。それにねリーリ君、今私たちは行動するほか選択肢を持たないのよ。リスクを冒さなければ本当に欲しいものは手に入らない」
プーミはニッコリ笑いながら言った
「ユイちゃん。頑固なリーリ君を置いといて、私たちはクグロフを食べましょう。せっかくの謝肉祭なのに楽しまないともったいないわ」
「リーリも一緒に食べましょう。きっと、話をすれば分かってもらえますよ」
「そうだといいけれど」
リーリはため息をつくと、プーミとユイの後を渋々歩いた。
リーリは中央広場に続く通路にずらり並ぶ屋台を見ると、コーバリに着いた日に見周ったときよりずっと多くの種類の屋台が並んでいることに気づいた。
今が謝肉祭の最高潮のときなんだろう。
通路に並ぶ屋台のほとんどはリーリの知らないお菓子や飲み物を売っていた。その中にはリーリが子供の頃よく見た懐かしいオモチャや機械人形を造るようになる前によく遊んだネジ式の小さなロボットを売る屋台もあった。
リーリはそのネジ式ロボットを壊してしまったことを思い出した。
ぜんまいの力で手足を動かす単純な仕組みのロボットで、 ネジを目一杯巻かないとロクに進まないチープなものだった。リーリは子供の頃、ネジを力一杯巻こうとしてぜんまいを壊してしまった。そのときはテープや糊を使って一所懸命元通りに直そうとしたけれども、どうにもこうにならなくて途方に暮れたのを憶えている。そのネジ式ロボットは親に買ってもらった宝物だった。だから、リーリは悪いことをしたと思い、壊してしまったことをずっと黙っていた。
「リーリ。これはリーリの分のクグロフです」
「ユイ、ありがとう」
焼きたての香ばしい匂いのするクグロフだった。
「何を見つめていたの?」
プーミは焼きたてのクグロフに加えて紙袋に包まれたドーナツまで手にしていた。
「何でもありません。プーミさんには関係のないことです」
「ふーん。ねぇ、リーリ君。手を出してくれる?」
リーリは言われた通り片手をプーミに差し出した。プーミはニタニタした表情しながら空中に指を走らせるとリーリの手のひらをギュッと握った。すると、屋台で売られていたネジ式ロボットの映像がうっすらと手のひらに浮かび上がった。
「ほっほーっ。リーリ君はこの小さなロボットを見ていたのね。リーリ君にとって大事なものだったり、思い入れのあるものだったりするのかしら」
「ど、どうして分かったのですか。というより、これもプーミさんの魔法ですか」
「そうよ。私の魔法は記憶に反応するって言ったわよね。こうして対象に魔法を使えば、その人が直前に頭の中で描いていた《何か》を引き出せることがあるのよ。その精度は対象の人がどれだけ強く思っているかによる。ただ、引き出した《何か》の意味は聞いてみないと分からないのだけれどね」
「そういうことは、魔法を使う前に言って下さい」
「ふふふ。次からそうしましょう」
プーミはそういうとスタスタ前を歩き始めた。
プーミのやっていることは子供のイタズラに近い。でも、悪意がない分やっかいだった。リーリは腹立なかったけれども、プーミの行動に規則性が無いために何だか翻弄されている気分になった。
リーリはもう一度ため息をついた。
「さぁ、中広場へ行きましょう。演説が始まろうとしているわ」
視線を中央広場へ向けると、プーミの言う通り演説台に立つレイル市長が見えた。
大勢の人が集まっていた。




