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キキイとリーリ

 キキイは霧かかる朝のコーバリ駅に立つとあくびを噛んだ。


「はわぁ。やっとコーバリに着いたよー」


 夜通し列車の中で過ごしたキキイは体を思いっきり伸ばした。

 駅に覗くコーバリは浅瀬に反射する朝日を背に美しい姿を見せていた。浅瀬の底には魚が泳ぐ姿や子ガエルがぴょんぴょん跳ねる姿が見られた。遠くを眺めると、薄い靄の中で鳥たちが羽ばたいていた。


 長い間、ガタガタガタと小刻みに揺れる列車に乗っていたせいで、関節がアチコチ凝ってしまっていた。それに、荷物を詰め込んだリュックサックを枕代わりにしていたために、リュックの跡が頬にくっきりと残ってしまった。


 いつもであればリーリかユイが起こしてくれる。

 そう思うと、キキイはリーリとユイが恋しくなった。


 一昨日、キキイはリーリとユイからメールを受け取った。


 《コーバリに到着した》、それだけの内容だった。


 リーリらしい無味乾燥な内容にキキイはクスリと笑った。ただ、キキイは二人の後を追いかける事に精一杯で、メールに気付いたのはずいぶん後になってしまった。


 兄のリーリがフラン国のコーバリへ旅立った。


 リーリがフラン国へ行くと言いだした際、キキイは一緒に連れて行って欲しいと何度もねだった。リーリがウンザリするくらい何度もねだったの憶えている。でも、リーリは『ダメ』という台詞を繰り返すだけだった。理由を聞こうとして『何をしにコーバリへ行くの?』と問いかけても、曖昧な返事が返ってくるだった。『一人での留守番は怖いよ』と伝えれば少しぐらい耳を傾けてくれるかと期待したけれど、結局なしのつぶてだった。


 頑固とは違う、何か固い決心があるようだった。


「うーん、肩がこるなぁ」


 目の前の浅瀬には清々しい光景が広がっている。しかし、そこに反射する自分の姿は背中も丸まっていて疲れてた姿だった。

 キキイはもう一度、目一杯体を伸ばした。


「うーんっ」


 体を大きく伸ばすと、眠気はさようなら、と大きな欠伸が出た。

 リーリが見たら『はしたないことをするなっ』と怒っただろう。そう想像するとキキイは可笑しくなった。



 3歳年上の兄は子供の頃から機械いじりが大好きだった。


 小さな頃、キキイは学校から帰るとガレージに山積みになっているガラクタで工作するリーリの姿をよく見かけた。声を掛ると、リーリはそのとき造っていたものを楽しそうに見せてくれた。車や人形のようなものもあれば、キキイにはよく分からない機械をリーリは頻繁に造っていた。


 歯車がたくさんあって、ネジを巻くとカタカタと壊れた車のように動き出す乗り物。

 スイッチを押すとぴょんぴょん跳ね回る奇妙なオモチャ。

 話しかけるとめちゃくちゃな言葉で返事をする人形。


 キキイはリーリがどうやって工作したのか何度も尋ねたことがあった。

 でも、リーリの返事は決まって『自分で考えてごらん』というものだった。


 キキイはリーリの機械をジッと眺めたり分解したりしてアレコレ答えを言ってみるけれども、正解の場合なんてほとんどなかった。だから、リーリが答えを教えてくれるようになるまで、キキイは分からないフリや興味を失くしたなフリをすることにしていた。結局、いつもリーリは最後に答えを教えてくれた。


(リーリは単純だなぁ。ゴネれば何となる)


 今振り返れば、そんな自分の態度を知った上でリーリはワガママに付き合ってくれていたんだと思う。


 キキイは学校の宿題で分からない問題があると、答えを教えて欲しいとリーリによくお願いした。でも、鼻っから問題を解くのを諦めている場合は、リーリはプンプン怒って一問も手伝ってくれなかった。でも、悩んで悩んでどうしても分からないときは、これで最後だよと、一言釘を刺してから手伝ってくれた。


(もちろん、最後だったことなんてなかった)


 ただ、リーリからキキイに何かを尋ねることは滅多になかった。 


 リーリは一人で考え一人で結論までたどり着こうとする。

 その結論が正しいこともあれば間違っていることもある。

 リーリは他人に答えを求めることを好まない。それよりも、自分自身で答えを出すことが好きだった。


 キキイが学校へ初めて通い出した年、リーリが機械人形を造ったことがあった。


 キキイは家に帰ると、ガレージでゴソゴソ機械工作をするリーリの姿があった。


(また、機械いじりをしてる)


 その頃は、手も顔も真っ黒にしながら日が暮れるまで機械遊びをしていたせいで、リーリは母親によく怒られいた。本当は怒っていたというより呆れていたというほうが、ピッタリかもしれない。ご飯の時間になっても機械遊びに夢中で、リーリが食事をすっぽかすなんて日常茶飯事だった。注意しないと時間を忘れて没頭してしまう、それ位、リーリは機械いじりが好きだった。


 リーリの初めての機械人形は機械技師向けの雑誌に載っていたものを見様見まねで造られたものだった。その機械人形は、ゴツゴツした動きで言葉の半分も理解出来ないものだった。


(ほら、キキイ。僕の初めての機械人形だよ)


 リーリはそう言って機械人形を紹介してくれた。


 工業用の機械人形を改造したらしく、人型と違いゴツゴツした感じのザ・ロボットっといった感じの機械人形だった。四角い顔の四角い体で腕も取って付けただけの簡単なものだった。


(名前はマウルだよ)

(マウル?変な名前)


 マウルと名付けられた機械人形は自分と同じくらいの背丈で金属がむき出しの状態だった。なんだか強そうな見た目をしていたけれど、十歩も歩くと躓いてしまうような状態だった。今思い返せば、お店で見かける機械人形と比べるとずいぶん拙いものだった。


 でも、そのときは、リーリが手作りで機械人形を作り上げたことにものすごく驚いた。

 それに、可愛げのないその姿が面白かった。


(なぁに、これ?)


 キキイは今にも倒れそうなマウルの手を取り笑って聞き返した。


 キキイがその冷たい金属の手を握ったとき、マウルは自分の顔をじっくり覗き込んだ。

 表情がない。

 そのせいで、キキイはマウルが何を考えているのさっぱり分からなかった。


(アリガトウ)


 突然、目の前のマウルが話しかけてきた。


 キキイはいきなり話しかけられて、マウルが何を言ったのか分からなかった。

 リーリを見るとクスクス笑っていた。


(手を取って、支えてくれていることへ感謝じゃないかな)

(感謝?)


 キキイはもう一度マウルを見た。

 その瞬間、キキイの手に掛かっていたマウルの重さが軽くなった。姿勢を少し変えて、バランスを取り直したようだった。


 言葉の続きはなく、マウルはただ立っているだけになった。


 マウルがウンともスンとも言わなくなってしまったため、キキイは手に取ったマウルの手をどうしたらいいのか困ってしまった。仕方なく、キキイはマウルが倒れないようにゆっくりその手を離した。


(よくやった、マウル)


 苺のケーキ三つ分と同じ値段の機械人形でも、マウルより優れた機械人形を買得たと思う。それでも、リーリは嬉しそうにマウルの一連の動きを見ていた。


 キキイは、リーリは何が嬉しいんだろうと、不思議に思ったことを憶えている。 思い返えせば、リーリは完成した機会人形の性能がどうかという事より、マウルを作り上げたことに満足したのかもしれなかった。


 リーリは美味しいお菓子を食べることより、美味しいお菓子を作ることに情熱を傾けていた。


 それは今も変わらない。

 

 それから何日か経ったとき。キキイはガレージの隅に置かれていたマウルを見た。バッテリーが切れてしまったのか、あるいは壊れてしまったのか、マウルは動かなくなっていた。


 一ヶ月後には、マウルはガレージから居なくなっていた。


 キキイはリーリが解体してしまったのだと思った。


 リーリは自分で造った機械をすごく大切にする。だから、マウルをゴミ箱に捨てるようなことなんて絶対にしない。キキイはマウルを無駄にしないために、マウルをバラバラにして部品を役立てようとしたのだと思った。


 リーリ自身、どうして機械が好きなのか分かっていないのかもしれない。

 理由は必要ないのかもしれない。

 リーリにとって機械に触れることはご飯を毎日食べるようなことなんだろう。

 そうしないといられない、ただそれだけなんだろう。


 リーリはそれに気づいているのかな?

 キキイはよく分からなかった。

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