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料理にケチをつけてはいけません

 世界最大規模のギーリク大図書館。


 世界中のありとあらゆる書物、知識を集めることを目的として一千年前に造られた世界唯一の図書館。


 今ではワザワザ遠い場所に足を運ばなくても電脳空間を通じてどんなものでも手軽に知ることができる。電子盤を使えばどこにいても、どんなタイミングでも、数秒もあれば何千何億という情報が目の前に広がる。


 情報はスーパーマーケットで売られているありふれた野菜と同じ価値程度でしかない。


 それでも、コーバリの大図書館にのみ残されている貴重な書物は、今尚、世の中に知られていない何かを求めて集まる人々の憧れとなっていた。

 

 リーリとユイは、ギーリク大図書館に保管されているマナに関する文献集《古文書》を求めていた。


「ギーリク大図書館を訪れるの楽しみですね。世界で一番大きな図書館だなんて、絵本の中にでしか見ることが出来ない想像の建物です。ユイはそんな建物を目にすることが出来るなんて本当に嬉しいですよ」

「うん。一千年もの歴史を持つ図書館は世界中探してもそう多くないだろうからね。それに、ギーリク大図書館で保管されている古文書は世界でも数少ないマナについて書かれた特別な本だしね」

 

 いつ、どこで、誰が、何のために。

 どのようにして作られたのか。

 世界に三冊存在する、いや三冊しか存在しない。

 

 古文書。

 

 マナの不思議と神秘。

 海よりも深く、宇宙以上に遠い。

 その真実の一片が書かれているとされていた。


「古文書はどの時代の人が書き残したのか分からないくらい大昔に作られた本らしいですね。電脳空間で《人類に残された最後の不思議!》と話題にされていたのを見たことがありますよ。現代の科学技術でも解き明かすことができない摩訶不思議な本と騒がれていました」

「そういった噂話は電脳空間では事欠かないよ」


 でもですね、とユイは続けざまに言った。


「こうして古文書を読むチャンスがあることに、未来に生きる私たちは古文書を大切に保存してくれた人たちに対して感謝しなといけませんね」


 これから訪れるギーリク大図書館が楽しみで仕方ない、といった楽しげな口調だった。


「ギーリク大図書館に保管されている古文書はマナ教の始祖キリルによって作られたとされている」

「“されている”?」

「本当の著者が誰なのか分からないんだ。古文書は今でも研究対象になっているぐらいの難しい本で、名も無き人物が古文書を記すことが出来たとは考えられない。だから、星について随一の知識を誇ったキリルなら古文書を書き記すことができただろう、っていうことになっているんだ」


 ユイはコップの水を片手に、リーリの言葉を理解しようとしていた。


「マナ教って・・・今先ほど、鎧をまとい、街頭を歩いていた人たちですよね?その始祖キリルさんと関係があるのですか?」

「彼らはマナ教の騎士団、星の守り手と呼ばれている人達だよ。マナ教は始祖キリルの意思を受け継ぎ、星の研究を行う人達が作り上げた集団なんだ。そんな彼らのなかに、キリルの意思を引き継ごうとした集団がいた。その彼らが騎士団を名乗り出したらしい。自分も詳しいことは知らない」


 星に流れるマナ。

 体に宿るマナ。

 マナが尽きたとき、その生命の役割は終える。

 命尽きるとき、マナもまたその宿り主から離れ行く。

 そう信じられていた。

 それは、生きとし生けるもの全てに当てはまる。

 例外はない。

 迷信めいたものだけれども、学校で教わるマナに関する一般的な知識であった。


「マナ教を信じる人たちは、通称、星の使徒と呼ばれている。星の使徒なんて言うと、どんなにすごい人達なんだろうってユイは思うかもしれないね。彼らは、星に関する大学者であった始祖キリルの教えを大切に守っている。だから、そう呼ばれているんだ」

「キリルの教え?」

「星の誕生は時の始まり。時の始まりは、命の創造。人が生まれ死にゆく存在であるように、星もまた宇宙のかなたに消えゆく一つの生命である。そして、輪廻は人の宿命であり、それは星の定めでもある」


 リーリは目をつむり、記憶にあるキリルの言葉を丁寧に諳んじた。


「星の誕生、ですか」


 ユイは口をすぼめ、難しそうな顔をした。


 ユイには情報を詰め込みすぎて返事に困ることが時々あった。


 ユイは機械人形だ。


 モノを記憶できないということは絶対にない。ユイは新しく憶えた知識のその意味が分からないという場合に困った顔をよく見せる。分析がなかなか追いつかないということがユイにはむず痒かゆいのかもしれない。


 リーリはそう思っていた。


 機械人形であるユイが人と同じように物事を理解するのは難しい。リーリ自身も一所懸命いろいろな言葉で分からせようと試みるけれども、言葉を重ねるほどユイが遠くにいるように思うときがある。


 そんなとき、ユイは悲しそうな顔を見せる。

 リーリはそんなユイを好きだった。


 ユイが心の中でどう感じているのかということまで、リーリには分からない。


 ユイはどうして理解できないのだろうと不思議に思っているかもしれないかった。きっと、 理解できないことは記録の底に押し込めて自分の感情と一緒に無理矢理処理しているんだろうと、リーリは考えていた。


 それはユイが悪いわけでもないし、ユイが馬鹿だということでもない。リーリはそのことについて、ユイに尋ねたことなかった。


「難しいですね」


 また一人で喋りすぎたかな、と心の内でリーリは反省した。


「とにかく、先ほどのウェイトレスさんの話だと、マナ教とマナ教徒はこの街の人に愛されているみたいですね。リーリが言うような難しいことを知らなくても受け入れられているようですね」

「はは・・そのようだね」


 はぁ、とリーリはため息を吐いた。


「年に一度の謝肉祭のようだし、マナ教と関係ない人たちにはマナ教徒は楽しい時間をプレゼントしてくれる良い人たち程度なのかな。本当はマナ教の始祖キリルの生誕を祝うお祭りなんだけれどね」


 ウェイトレスがリーリたちが注文した料理を両手に抱えてテーブルに近づいてきた。

 ふわふわに焼き上げれられたスクランブルエッグと厚みのあるハムサンド、そしてリーリが注文したミルクと薄切りナスと何とか炒めがお皿の上に乗っていた。


「ありがとうごさいます」


 その言葉を聞いたウェイトレスはニコッと笑うと、空中にサッと指先で文字を描いた。すると、指の動きに沿って〈お楽しみください〉と光る文字が浮かび上がった。そして、その刹那、瞬く間に空中に分解し消え去った。


 一瞬の出来事にリーリは驚いた。

 その様子が可笑しかったのか、ウェイトレスはクスクス笑いその場をさっと後にした。


「リーリは美人が相手だと、すぐに態度に出ますね」


 ユイは笑って言った。


「美味しそうな料理が運ばれただけじゃないか」

「なんだか、楽しそうな顔をしていましたよ」

「美人は正義」

「いいわけですね」


 ユイはもう一度笑った。


 運ばれてきた料理はリーリが想像していたものよりずっと量が多かった。コーバリ産の卵が使われているのか、リーリがこれまで口にしたことのあるどの卵より味が濃厚であったし、茄子もキャベツも塩味が効いていて癖になる味だった。


「美味しい」


 朝寝坊した甲斐があった、なんてユイに言うと怒られるかもしれない。それでも、リーリはラッキーだなと嬉しくなった。


「ねぇ、リーリ。私たちがコーバリに無事に着いたこと、キキイに連絡したのですか?キキイは私たちが家を開けることに対してとても怒っていたじゃないないですか。 リーリはキキイのお兄さんなんですから、キキイのことも心に留めておかないとダメですよ」


 ユイは一口サイズのハムサンドを手に取り口に放り込むとリーリに聞いた。


 リーリは家を発つときキキイとのやり取りを思い出した。

 行き先だけを告げ、何をしに行くのか理由を何も伝えなかったからキキイが腹をたてるのも当然だった。けれども、リーリとしては追いてこられるのも困るし、一緒にいてユイのように小言をあれやこれや言われるのも大変だし、理由を伝えて心配されるのはもっと嫌だった。


 だた、こうして美味しい料理を食べているともう少し優しくすべきだったかなと、リーリは心無し反省した。


「ユイ、口に物を含みながら喋るのは行儀が悪いって注意したじゃないか。朝の簡単な食事だからってマナー違反はいけないよ」

「もぐぅ・・・」


 ユイは反論するものの、素直にリーリの言う事を聞いた。そして、モグモグモグとしっかり食べ終わってから口を開いた。


「朝って、お日さまが昇ってから随分経ちますよ」


 真面目に言われると、リーリは返す言葉がなかった。


「キキイにはまだ連絡していない。昨日の夜は直ぐ寝てしまったし、今朝はユイに起こされたから時間がなかったんだよ。でも、キキイも子供じゃないんだから、一人でも大丈夫だ」


 リーリはそう言うと皿の上の残りの料理を食べようとしたが、ユイが自分を睨んでいることに気づいた。


「分かった、分かったよ、後で知らせておくから」


「絶対ですよ」


 リーリは渋々ユイの言葉に頷いた。


 遠い昔、フラン国の東国境沿いに流星群が降り注いだ。

 古い文献には、その流星群は一週間もの間降り続いたと記されいる。


 流星群は全てを破壊した。


 しかし、その流星群はこの土地でしか産出されないウル鉱物を残した。そして、ウル鉱物を狙う人が集まりコーバリという街が少しずつ形を成していった。


 ウル鉱物を狙い、一攫千金を狙う者。ウル鉱物を利用して商いを始める者。そんな彼らに、衣食住を与える者。国の中から、そして国境の向こう側から、好奇心を両手に抱えたならず者が、途切れることなくコーバリにやってきた。


 人は人を呼ぶ。

 お金はお金を呼ぶ。


 その二つの交差は新しい可能性を生む。

 音楽、料理、踊り。


 時を経るごとに新しい人がコーバリを訪れる。そして、古いものは思い出の隅にひっそり置かれ、新しいものが空いた場所を埋める。


 節操がないとか、アイデンティティーがないとか、欲深き者が訪れは去って行くコーバリを毛嫌いする者もいた。しかし、コーバリで生まれ育った人々からすれば、心を開き、余所者を拒絶しない態度こそがコーバリだった。体を循環する血のようにいつでも新しい何かがコーバリを駆け巡る。


 それこそ最高なエンターテイメントでありコーバリだった。


 ギーリキ大図書館は、コーバリの資産家がそんなコーバリの人々の心意気に胸を打たれて始められた記録保存館だ。


「コーバリって面白い街ですよね、リーリ」


 ギーリク大図書館へ向かう道すがら、急ぐ理由もないため二人はゆっくり歩いていた。リーリは祭りに浮かれるコーバリの街をキョロキョロ眺め、ユイはそんなリーリの斜め後ろをぶらぶら歩いていた。


「ユイはこの街のことを何も知りません。ですけれども、とても古くからある場所ということぐらいは分かります。歴史ある街ってもっと不便な所なのかと思っていました。古い建物はやがて使われなくなりますし、新しい建物を造るには古い建物を壊す必要があります。でも、こんな風に大昔に敷かれた道がそのまま残っていて、そして、今の人達に立派に使われているなんてなんだか不思議ですね」


 ほら、とユイは道に敷かれた平らな石を一つずつ、線を踏まないように気をつけながらステップした。


「この石畳は何百年あるいは何千年と前に敷かれたものなのかな。でも、人の歩幅も、足の大きさも、背の高さも大して変わっていないはずだよ。だから、無理に壊す必要がないんだろうね。時計の針は止まることなく進み、街も建物も古くなる。けれども、人はそのぐらいの時間の尺では何にも変わらない、ということかな」


 リーリは歩道にもたれかかる土壁を見て言った。


「それに、昔、コーバリには沢山の人が往来して、沢山の足跡が残されたはずだよ。そして、その人たちが築き上げた”食わず嫌い”な雰囲気がまだまだ残っているのかもしれないね」


 リーリの言葉を聞いたユイは前に回り込んで目を覗いてきた。

 リーリは構わず歩き続けた。


「リーリはコーバリについてあらかじめ調べてきたのですか?マナ教や謝肉祭のことを知っていましたし、コーバリの歴史についてもなんだか知っているようです。そういう事はユイの方が得意なんですから、リーリがワザワザ覚える事ないじゃないですか」


 ユイの口調は怒っているというよりも、拗ねているといった感じだった。


「ギーリク大図書館を調べてたついでに、この街について少しだけ調べただけだよ。それに、今の言葉はコーバリについて街の様子を眺めた時に思い浮かんだ感想だよ」


 リーリはユイの肩をつかみもう一度進行方向へクルリと向けさせた。

 もしかすると、ユイは自分の役割を取られたと感じたのかもしれない。

 リーリは立ち止まるとユイがしつこく聞いてきそうな気がした。


「ふーん、感想ですか」


 嘘と本当、と言うより本音と建前。

 ユイの中では、この二つの区別を出来ていないのかもしれなかった。

 リーリはユイを騙しているとはこれっぽっちも思っていない。けれども、自分が感じている事と、ユイが考えている事との間に隔たりがあるように感じた。

 どうしてだろう、と思わないでもなかった。

 人と機械人形とだから、と言うのは簡単だ。

 でも、それは答えになっていないのだろう。


「ユイの“面白い”っていう感じ方に付け加えるとね、コーバリでは、古い物の中に新しさを見つけられるかもしれないよ。さっきのお店から街を眺めて気付いたことなんだけれど、この街では機械人形が働いているみたいだね。ユイのように人型ではないけれど、重たそうな荷物を運ぶのを手伝ったり、街の案内をしたりして、謝肉祭の準備を手伝っていたようだったけど」

「ユイもそのことには気付いていましたよ」


 ユイは笑って言った。


「機械人形が自由に動き回ることを許されているのは珍しいですよね。悔しいですけど、機械人形は信用出来ない、安心出来ない、なんて心無い事を口にする人がいます。ですけれど、コーバリの人々はそんな風に思っていないのかもしれませんね。リーリのように大雑把なのかもしれませんね」


 ユイは人と同じ姿をしている。そのため、人と見間違われることが多かった。

 ユイの言うように、機械人形を毛嫌いする人は少なからずいる。

 人ではなく機械人形だと分かると露骨に態度を変える人もいる。

 リーリはそういった人たちの気持ちが分からなかった。

 ユイも理由までは分かってないと思う。

 それでも、ユイが自分と一緒にいるときだけは、機械人形のお目付役として側にいると思われているのか、それとも無関心なのか、何も言わない人が多かった。


 ため息を吐きそうなことだけれども、仕方のないことだと割り切流しかなかった。ただ、コーバリの街中を歩いているとそんな事を気にする自分がバカらしいとリーリは感じた。


「確かに、コーバリのように人と機械人形とが一緒に生活している街はなかなかないかもしれないね。機械人形はあくまで人形であって、パートナーではない。人形は人形らしくしろ。そう思う人は少なくない。それに、『機械人形に自由を許すな』なんて極端な事を言う人がいないわけではないからね。でも、こうしてコーバリを歩いていると、その街が辿ってきた歴史によって人の“未知なるモノ”に対する感じ方も変わるのかもしれないね」


 リーリは何ともなしに口にした自分の言葉を考えた。


 リーリは機械技師だ。

 機械人形に対する様々な考え方を目にしてきた。

 

 機械に触れる事のないアナログな人にとって、機械人形は言葉を理解する不気味な人形なのかもしれない。一方、機械人形の技術者にとっては、詳しいからこそ、人形以上の価値を見出せないという場合もあった。

 

 何が正しくて、どれが間違った考え方、というわけではない。だけれども、壁をつくることなく機械人形とコミュニケーション出来る、それが人の自然だと思うリーリにとって、コーバリやコーバリに住む人々の雰囲気は好ましかった。

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