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プロローグ

 リーリはマナが尽きたルルの前で呆然とした。

 手に触れても、頰をさすっても、閉じた瞼が開くことはない。

 声を掛けても反応はない。

 呼吸をしている、心臓も打っている。

 でも、人形のように黙り込むだけで声を返すことはなかった。


 ルルは死人のようにベッドに横たわっていた。


「リーリ」

 妹のキキイが心配顔でこちらを見ていた。

 言葉を重ねようと、無理して口を開こうとしていた。

 でも、思い浮かぶ言葉が見つからない。だから、声を詰まらせているようだった。

 何を伝えたいのか、側にいるリーリは何となしに分かっていた。ただ、事実を言葉にされると、受け入れたくない現実がどこまでも離れず付いて来る影のように迫ってくるように思えた。


 分かっている。

 いや、分かっていない。


「リーリ、ルルは・・・」

 リーリはキキイの言葉を無視し、側にあるソファにうずくまった。

 力を入れようとしても、どうしたら力が入るのか分からなかった。

 体の隅々まで神経は行き届いているのに、自分の体が空っぽになったようで、どうやったら動かすことができるのか分からなくなってしまった。

 こんな風にだらしなく寝転んだりしていると、いつもなら叱るのは決まってルルの役目だった。けれども、そのルルは目を閉じたままこちらに振り向こうともしない。


 ルルのために造った機械人形がカタカタと近くに寄って来るのをリーリは感じた。

 機械人形も何かを感じ取り、キキイと同じように心配しているのかもしれなかった。けれども、リーリはどんな言葉も思い浮かばなかった。何も言わないと、立ち往生してしまうのは分かっていたけれども、そのままにしておく以外どうすることも出来なかった。

 命令主であったルルが何も言わなくなったために、どうすればよいのか、何をすればよいのか分からないのかもしれなかった。自律神経を与えてはいるけれども、どんな場合でも自分で判断して正しく行動できるわけではない。

 困った時はいつも、自分かルルの側に来て言葉を待っていた。

「・・・今は、放っておこぅ」

 キキイの小さなつぶやきが聞こえた。

「でも・・・」

 自分とキキイの間に立たされた機械人形の迷う雰囲気が感じられた。

 側でモジモジする様子が見えた。

 キキイが片手をそっと肩に乗せ、首を振る様子が見えた。

「いいんだよ」

 そう言うと、キキイは機械人形に側から離れるよう促した。

 ドアがパタンと締まり二人がいなくなった。

 部屋にはリーリとルルだけになった。


 この瞬間が訪れることは分かっていた。

 ずっと前からルルのマナが少しずつ減っていたことに気づいていた。

 けれども、何も出来なかった。助けてれやれなかった。

 マナの消滅は珍しい、と言うわけではない。

 マナは全ての生きとし生けるものに必ず存在する命の輝き。

 ルルの心臓は今も脈打っている。

 ルルの呼吸は続いている。

 ルルの体から暖かい吐息が聴こえてくる。

 けれども、マナのない体は形だけ真似たガラスの器と変わりない。何故なら、声をかけても、体をさすっても何の返事も返ってこないのだから。

 命は続いている。だけれども、そこにルルはいない。

 リーリは目を閉じ、深く深呼吸をした。

 そして立ち上がると、もう一度ルルの側へ寄った。

 

 涙が溢れてきた。

 止めようとしても、止められない涙だった。

 こんな涙は初めてだった。

 メソメソした様子をルルが見たら、きっと、怒ったに違いない。

 目の前で眠りこけたようなルルが起き出して、何か言ってくれるのかと期待してしまう。側にいればもう一度マナが戻ってくるような気がした。

 でも、それは起こらない。

 起こらないんだ。

 どうしても受け入れることが出来なかった、ルルがもう二度と話し掛けてくることがないことを。


 一週間後、ルルのマナ葬が行われた。

「リーリ、大丈夫?」

 一通りマナ葬が済むと、キキイが側に寄ってきた。

 普段、目立つ服装を好むキキイだけれど、さすがに今日はおとなしい格好をしていた。

「うん。機械人形たちも準備を手伝ってくれたから滞りなく済んだよ」

 ルルのマナが尽きてからしばらくの間、リーリは何も手がつかなかった。

 寝るのも、起きるのも、歩くのも面倒くさくなっていた。そんな姿をキキイや周りの人たち、そして機械人形たちが見ていたからか、自分の代わりにバタバタとマナ葬の準備を進めてくれた。

 本来なら、それは自分がやらないといけないことだと言うのは分かっていたけれど、どうにもこうにも体も頭も働いてくれなかった。

「でも、なんだか疲れたかな。色々な人たちに挨拶して、色々な言葉を掛けられて、色々な気持ちを目にして」

 皆、同情してくれた、どうしようもないことだからと。リーリがすべきことは気持ちを早く消化することで、悲しみに暮れることではないと。元気に生きることこそがルルへ感謝だよと。

 間違ったことを言われたわけではないし、在り来たりな挨拶だから嫌な気持ちになるわけでもなかった。それに、無関心でいられるよりありがたいのかもしれなかった。けれども、そう言った言葉を掛けてくれるなら、何も言わずにそっとして欲しかった。

「仕方ないよ、リーリもみんなも慣れないことだから」

「そうだね」

「疲れたのはリーリだけじゃなぃ」

「分かっているよ」

 淡白な返答にキキイはため息をついた。

「ルルの体、どうしたの?」

「保存することに決めたよ。ルルの親も納得してくれた」

 マナが尽きることは死を意味しない。

 マナが尽きることは《マナ帰り》と呼ばれ、死とは区別される。

 実際に《マナ帰り》を目にする前、リーリはそんなもの詭弁だと思っていた。

 動かない人間と死んでしまった人間との間に一体どういう違いがあるというのだろう。

 怒りをぶつけても、悲しみをぶつけても、喜びを伝えても、何の反応も返してくれない。ならば、それは人形と変わりない。

 マナが尽きることは死んでしまうことだし、死んでしまえば結局何も残らない。

 だからこそ、《マナ帰り》何ていう言葉は、ただ単に、気持ちを諌めるだけの中身のない言葉だとリーリは思っていた。

「ルルはまだ生きている」

 キキイはその言葉を聴くと何か言いたそうな顔をしていた。

「息がまだあるのにルルを焼くことなんで出来ない」

 視線をそらしながらも、リーリは眉を寄せてハッキリした口調で言った。

「でも、マナが尽きた人が元に戻ることは・・・」

「キキイ!」

 マナが尽きた人間を命尽きた時と同じやり方で弔うことは珍しくない。むしろその方が一般的だった。なぜなら、永遠に目覚が訪れることが無いのを分かっているのに、そばに居続けるのはあまりに辛すぎる。だからこそ、周りの人たちが気持ちに区切りをつけるためにあえて火葬することが多かった。

 リーリはキキイにわざわざ言われなくてもそんなこと分かっていた。自分が行ったことが理に適わないことも分かっていた。

 けれども、けれども・・・

「リーリ、キキイ。お客様が帰られるみたいです」

 受付の機械人形がワザワザ知らせに来てくれた。

「分かった、挨拶しに行ってくるよ」

 そう言うと、リーリはキキイを残して機械人形と一緒に受付へ戻った。

 キキイの不満そうな視線が背中に刺さるのをリーリは感じたが、今、言い合いをしても何にもならなかった。

 感情をぶつけて何かが解決するわけではない。

 そう、仕方がないんだ。

 リーリは急ぎ足になりかけたところをゆっくり歩くと、空を見上げて深呼吸した。

 空は世の中の出来事とまるで関係ないように、ふわりとしていた。

 

 ルルのマナ葬から一ヶ月が過ぎた。

 その間、リーリは機械人形造りに没頭した。

 ルルがいない。

 リーリはその事実に慣れるまで随分と時間がかかってしまったような気がした。

「なぁにふぃてるの?」

 靴の紐を結んでいると、アイスキャンディーをくわえたキキイが話しかけてきた。

「キキイ、行儀が悪い。アイスを食べたいのなら椅子に座って食べなよ」

「むぐぅ」

 注意されておとなしくテーブルに戻ったと思ったら、キキイは直ぐに戻ってきた。

 急いで食べたのか、口元にチョコレートが付いていた。

「どこかに行くの?」

 キキイは側に置いてあるパンパンに膨らんだ大きな鞄を見ると怪訝な顔をしてた。

 マナ葬の後、ほとんど家に閉じこもっていたから不思議に思ったのかもしれない。ルルがいなくなってから、キキイや機械人形とどこかへ出歩くことがなくなってしまっていた。

「出かけてくるよ。しばらくの間、家を開けるから」

「そんな大きな鞄で・・・出かけるってどこに?」

「フラン国」

「フラン国って、すごーく遠いよぉ」

 どうして、どうして、と、キキイは文句を何度も言った。けれども、リーリは理由を説明するとキキイが付いて来そうで言いたくなかった。

 何も返事をしないリーリに腹を立てたキキイは頬を膨らませると、肩を掴んでグラグラ揺らしてきた。

 キキイは不満があると、いつも肩を揺らしてくる。

「リーリ、ユイは準備ができています。いつでも出発出来ますよ」

 新しい機械人形のユイがテクテク近づいてきた。

「ユイも一緒に行くの!?」

「はい、そうですよ。リーリ、キキイに言ってなかったのですか?」

 リーリはユイの言葉に背を向けた。

「そうなんだよー。理由を聞いても何にも答えてくれない」

「そうなのですか?」

 こんどはユイが大きな目を開いてこちらを見た。

「そんなに長くならないと思う。すぐ帰ってくるよ」

「そういう問題ではないと思うのですが・・・」

「そうだ、そうだ」

 リーリは立ち上がると、つま先をトントンと蹴り、しっかりと靴紐を結べていることを確かめた。

「キキイは子供じゃないんだから、留守番ぐらい平気だろう」

 わざと返事を逸らされたキキイは、グッとこちらを睨むとドンと胸を叩いてきた。

 力の籠っていないパンチだから、たいして痛くなかった。けれども、キキイの目は真剣だった。

「いつ帰ってくるのー?」

「向こうに着いたら連絡するよ」

 キキイはもう一度胸を叩こうとしたけれども、リーリはその手をあえて受け止めた。

 今度は先程より力が籠っていた。

 何もしないでいると、またキキイに叩かれそうな気がしたリーリは、ユイに荷物を取ってくるように言った。

 他の機械人形たちにはフラン国に行くことを伝えてある、リーリはそう言うと玄関のドアを開けた。


「リーリのバカ!」

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