第十話 どうも呪文書らしい
らしいな…
ジキスムントの食糧事情に少し余裕が出来た事が、
辞書の紙記録に関して方針の思案になる。
ともかく、そこら辺は家臣でも意見が割れた。
なにせ「知識こそ力」という事を見せられたのだ。
ならば、それを自国だけのモノにしたいと
思うのは当然だろう。
しかし、それが五国同盟も同じ事。
全ての国が、それを求めた。
少なくとも、ジキスムントが、もうちょっと
国が立ち直るまでは、色々非公開にさせてと
状況での部分公開で何卒
という事で、
他の四国にはなんとか納得して貰った。
ともかく「紙」だ。
意外に困るのが「紙」なんだ。
羊皮紙10枚10銀貨。
一日の一般人の生活費が10銀貨というんだから
紙の価値の高さが、僕のいたあの世界とは
雲泥の差なのだと思い知る。
100円出したら、
A4ノート40ページが買えるって
物凄い事だったんだな!
スマフォとかなら、文字書き放題って
この世界からすれば、チート性能の塊か!
タラス曰く、紙の価値が高すぎるからこそ
知識は一部の人間しか相伝できない
貴重なモノなのだとか…
それは辞書の方にも書いていた。
紙が不十分だった時代は、
記録書や本そのものが、希少価値であり
それを保護できたのは王族だけだったとか。
だからこそ、貴族、王族は、
平民とは、最初から教養が違えたとかとか。
それをブレイクしたのが、
紙の簡易生産と
その後に起きた『活版印刷』
中世にトドメを刺した、
いわゆるファンタジー世界の浪漫感を
ぶっ殺して、
僕らの近代現代に流れを誘った
魅惑の技術。
『活版印刷』
タラスはそれに関して、
僕や姫達等のみを集めて話をしたいと言ってきた。
それは家臣クラスに聞かせるのは
彼としてはアレだと判断したからだったらしい。
王族のみが、今は知り得るべき事として
その秘密の学問所部屋を作り、
国というモノに働きかける事ができる存在だけに
その考えを語った。
「その辞書が語る『活版印刷』なる技術。
まぁアイデアだけを聞けば、
「なるほどな」程度の事ですが、
それは王の、元居た世界での感覚です。
しかし、この世界では違うのです」
姫達も踏まえて、そう言い出すタラス。
特にタラスは高位のレベル7僧侶である
エレシア姫にこの研究会に参加して欲しかったらしく
ただ、1人だけ特別扱いもアレなので
王家という特殊性を思えば…
という事で嫁姫達と僕、という形らしかった。
「どう違うの?」
僕はそれを聞いた。
その質問にエレシア姫の方が答えた。
だから、タラスは彼女を特に、
入れたかったのだろう。
「呪文書、スクロールですね?」
エレシア姫がそう返した
「呪文書?」
僕は彼女のそれを尋ねる。
「王には、
基本的な事を説明しなければ成りませんが…
この世界には、前に、
2つの法則が存在しているのではないか?
と私が言いました。
それの問題なのです。」
「2つの法則性?」
「王の知識の辞書は、この世界で普通に使えます。
という事は、この世界は、王の元居た世界と
基本的には同じ法則が成り立っているという事です。
だが、我々が『魔導』という、その法則…
それが、その基本法則を書き換える…
この世界にある「マナ」という素を使い
基本法則が、書き換えられる」
「なるほど、それが魔法か…」
「はい
問題なのは、この世界で「マナ」を操るモノ
それは『言音』だという事です」
「言音?」
タラスのその言葉に眉をひそめる僕。
「基本的に、魔導とは、
言語魔導であろうと
精霊魔導であろうと
神霊魔導であろうと
各々が特有で持つ、特有の『言葉』
それを表記する、
『文字』と、『言葉の音声』
その2つの方法論で、マナに干渉すると
魔導が生じ、世界の基本法則を書き換えるのです」
言ってタラスは、羊皮紙の上に文字列を書いた。
「これは言語魔法の魔導干渉文字列、
読みではアーダと言います」
難しい文字列をタラスは書いてその読みを説明する。
「例えば、レベル1のダークネスの魔法を使いましょう。
やってみます。
アーダ・シルテルト・サルネセス・ベルフィ・
シルスシル・エーフェエイニセス・サルアルカヌ
エリセリアル・バルフニース・エリミエレルナ」
そう呪文を唱え魔導杖に言音を伝達すると
そこにダークネスの魔法で、暗闇が生まれた。
「おお、暗黒化の魔法…」
僕はそれを見てパチパチと手を叩く。
タラスは、これは12時間も続くのでと
逆魔法のライトを唱え、灯りを元に戻した。
「これは、簡易のマナを感じる修行をし
音節を覚えて唱えれば、初学者でも出来る
基本魔法なのです…
しかし…」
言ってタラスは、羊皮紙を出すと
そこになんだか仰々しいペンを出し
羊皮紙に、沢山の文字を記述して回った。
羊皮紙には、びっしりと文字で埋め尽くされ
それを書き終わった後に、タラスはそれに
手をかざし、念の様なモノを送る。
「スクロールの生成!!
貴方は、失われた古代技術を持っているの!」
エレシア姫がそれを見て絶叫した。
タラスが念を入れたそれ少し青白く輝くと
それはそのまま元の、文字列の羊皮紙に戻った。
「王、これを手に持って
シュテルテムト、と、唱えて下さい」
僕にタラスはその羊皮紙を渡すと
タラスはそう言った。
「え、えっと…シュテルテムト…」
僕はその羊皮紙を持ってそう言う。
するとその羊皮紙に書かれていた文字が
光輝いては消えていき
その次の瞬間には、またその部屋は暗黒になった。
「あれ!? 僕も魔法が使えた!?」
その光景に驚く僕。
タラスはまたライトの呪文を唱えて元に戻す。
「これが呪文書、スクロールです。
今では、極めて貴重な宝物とされています。
しかし私は、魔導学園の頭の硬い長老の言葉が、
どーにも納得できず
呪文書を沢山集めては、表記されている内容と
音声呪文との違いを解析し
言語魔法は、まだよく分かっていない
法則があるのではないか?
古代では、知られていた
言葉とマナの深い関係があるのではないか?
そう考えたのです
そして、それと王からの知識の融合…」
「……えっと、それってどういう…」
僕が混乱していると、
エレシア姫の方が口を開いた。
「つまり
スクロールを作る技術の解明と…
王の知識である『活版印刷』が融合すれば…
魔導の修行者でなくても
魔法を行使する事ができる…
私達には未知の世界の到来…
その可能性が考えられるのですね?」
彼女は真剣な顔になってそう言った。
「さよう…出来るかどうかは
これからの研究次第ですが…
『魔導活版印刷』というモノが、
可能ではないかと…
私は、考えているのですよ…」
タラスはそう言った。
その言葉に僕も、他の姫嫁も顔が強ばる。
「ただし、これは生まれると
人類には危険な、諸刃の剣。
武器にもなれば、生活の助けにもなる、という可能性。
例えば、このスクロールを技術化できれば
そして、エレシア姫の使える高位僧侶の
『キュア・ディシーズ』が埋め込めれば…」
そう言った時、エレシア姫の顔が輝いた。
「数日で命を落とすかも知れない病人に
僧侶が現地まで足を運ぶという手間の時間…
その時間内に、患者が命を落としてしまう
今まで、私達が唇を噛みしめてきた…
『間に合わなかった…』が…
携帯スクロールの保持によって
一般人でも、治療できる様になる…」
エレシア姫はそう呟いたとき、微笑みを浮かべた。
「まだ、可能性でしかありません…
しかし研究する価値は、私はあると思います」
そう言ってタラスも微笑む。
「貴方をやりましょう!!
いえ、やって欲しい!!
私の心からのお願いです!!」
言ってエレシアは僕に抱きついてきた。
それを見て、
他の姫達もあー!と言って僕に抱きつく。
「それって、
この世界版での『抗生物質』って事か…」
僕は漠然とそう言った。
「まぁ王の元居た世界の様に、
誰にでも薬の錠剤が行き渡るとか
そんな都合のいいモノではなく
エレシア姫の様な高位の僧侶が、
最後に魔力を封じなければならない、
生産性がとても良くないモノには
なるでしょうが…
それでも、出来れば『手遅れ』になる事が
防げるかもしれない発明です…
生まれれば、
下手をするとトンデモナイ価値が…」
言ってタラスはその事に満面の笑みを浮かべた。
「それを君は作りたくて
僕の所に来たのか?」
僕は不意にそれを思ってタラスにそう尋ねてみた。
「ええ、貴方が黒死病を、方法論的にでも防いだ。
そして、エレシア姫が貴方の元に嫁いだ…
その話を聞いたとき、
私はこの呪文書の考えをどうしても
貴方の元に届けたかった。
そして貴方のその秘密により
私が考えていた以上の可能性。
『魔導活版印刷』の可能性さえ考えられた。
私は、今、とても興奮しております」
言って冷静な表情のタラスも
その時ばかりは熱くなっていた。
「どうして、そんなにまで?」
僕はそんな不思議な情熱を持つタリスに問いかける。
その時、タラスは難しそうな笑みを浮かべて切り出した。
「私の友人は…『黒死病』で死にました…
その友人が『黒死病』で死にかかっていた時…
私の覚えたての『キュア・ディシーズ』を唱えた。
でも、私の呪力の弱いそれでは
私の友人には効かなかった…
高位の僧侶があの時、側に居れば…
私の友達は、命が助かっていたかもしれないのに…」
そう言ってタラスは寂しそうに笑った。
僕はその言葉に、
また別の意味で心臓が止まりそうになる。
エレシア姫の顔も強ばった。
「そういう理由で、ここに居て
そういう理由でそれを作りたいのは
駄目でしょうか?」
言って彼は、やはり笑う。
その時、僕は昔、インフルエンザで倒れて
寝込んでいたときの事を思い出した。
(「この薬を飲んで、
苦しくても数時間は我慢しないさい…
昔の人は、薬も飲めずに命を落としたって
いうんですからね!」)
そう言って母さんが、インフルエンザの為の薬を
僕に飲ませてくれたときの事だった。
「あんな、あの世界では、何でも無かった事なのに…
それは場所が違えば”何でもない事”なんかじゃ
なかったんだな…」
僕は思わず、そう呟いた。
「分かった…
やろう…
出来るかどうかは分からない。
でも、それはこの世界での僕達の挑戦だ。
あっちの世界の知識を借りるとはいえ
ただ、知識を借りるんじゃない…
僕達が、それにプラスαで、
新しいモノを作り出すんだ。
きっとそれは、ただのチートとは、違うと思う」
そう言って僕は立ち上がった。
『製紙の開発』が、その王族と学者の間で
密やかに決まったのだった。
そしてエレシア姫が完全にデレた。
元々、デレてたけど、
この件でようやく他の三姫と同じだけ
大満足になったらしい。
他の三姫だって「紙」の開発で
何が起きるのか、それにときめいていた。
僕達にとっては、当たり前の存在に思えてた「紙」
なのに、この世界では金貨並みの価値があるらしい。
異世界って、不思議だなぁ
そういうモノなんだなぁ…
まぁ、その、だから何だ…
夜のベッドの上?
あれ?
情熱的?
ハーレム万歳?
あれ?
もう、なんていうか、
おっぱいが沢山攻めて来て
あれれー!?
今回、僕って結局、何もしてないんじゃない?
なんでもう、地獄のような天国に居るのかな?
そんな感じで、僕は種を絞られた。
『今回のセッション最大功労者は
普通はタラスだよな…』
神剣も、僕と同じ感想を述べるだけだった。
ファンタジー物が、活版印刷の存在を許さないのは、このせいだと思うんだ。
もっといえば『活版印刷』と『銃』が生まれた13世紀の後半
その時、中世は終わったと考えられている。
『銃』が分かり易い戦争形態の転換点なのに対して
それよりも世界を揺るがしたのは『活版印刷』だった。
この世界感で『活版印刷』が普通の印刷として流通した時には
どうなるのか分からないけれど
僕らの世界では『活版印刷』が生まれた事で
ヨーロッパで大戦争が起きる原因になった。
そういう意味では『活版印刷』というのは凄い発明だったのです。