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電嵐物語  作者: 稲葉孝太郎
本編
9/11

贋金問答、一名、商人の話

 マーヤの語りも終わり、残すところ、ふたりとなった。

 ひとりは中年の、でっぷりと太った商人。いかにも羽振りが良さそうだ。

 もうひとりは、話のまにまに接客し、今も温かいスープを差し出している女将。

 商人はコホンと咳払いをして、一同を見渡した。

「女将さんはお忙しいようなので、先に私の出番ですな」

 腹を空かせているのか、彼はくんくんと、台所から漂ってくるスープの香りを嗅いだ。そして、なにかを思い出したかのような、遠い目をした。

「おっさんは、どういう話なんだい?」

 イゾルデが尋ねた。彼女はテーブルに肘をかけ、その腕で顎を支えていた。

 そうですねぇ、と商人は答えて、酒をちびりとやった。

「酔いも醒めましたし、ここはひとつ、私の修業時代の話をさせていただきましょう」

 商人はもったぶることもなく、気さくな感じで語り始めた。

「さてさて、愛が欲望なのか祈りなのか、はたまたそれ以外のものなのか、その問題はしばらくおいておきまして、私もまた人間の業について、お話することにしましょう。それはずばり、お金であります」

 嵐はもはや、やみかけていた。

 

  ○

   。

    .


 あれはもう、何年もまえのことです。VRMMOという世界に、一般職が現れてから、それほど日の経っていないときでした。それまでは、冒険者だけが人間で、鍛冶屋だの商人だのは皆、BOTが勤めていたものです。しかし、それではおもしろくない、自分たちは冒険ではなく、この世界のもっと基本的なところに関わりたいのだと、そう言い始める者たちがあとを絶ちませんでした。こうして、様々なジョブが生まれたのです。

 商人もそのひとつで、私は最初からこれを選択しました。いまでは、剣士や魔法使いの経験がないプレイヤーも、五万といます。が、当時、私のように非冒険職から始めるひとは、変わり者とみられていました。すくなくとも、非冒険職などというのは、冒険に飽きたプレイヤーが気まぐれに就くものだと、そう思われていたのですね。今となっては、嘘のような話ですが。

 さて、そろそろ身の上話に入りましょう。新しいジョブについたときは、いろいろと試行錯誤が必要になります。個人的に、ではありません。そのジョブ全体で、どういうプレイができるのか、考えねばならないのです。商人も、例外ではありませんでした。だれもが最初に思いついたのは、現実世界における商売人をマネしてみることでしたが、一般的な店舗はほとんどBOTに支配されていました。これでは、商売になりません。BOTのほうが実績もありますし、詐欺などに引っかかる虞もないですからね。信用負けです。というわけで、大部分の人間はこれを選択せず、転売業につきました。転売業は、サーバ管理人の手で、人間のプレイヤーがやるものだと決められていましたのでね。

 私も、リアルでは転売の経験がありましたから、これを選びました。世界のあちこちを周り、不必要なレアアイテムを買い取って、必要そうなひとに売るのです。時は金なりと言いますが、時間をお金で延長することはできません。なぜなら私たちは、VRMMOでもリアルでも、寿命がきたら退場しなければならないからです。けれども、限定されたこの時間をどう使うか、という点で、お金は非常に役立ちます。仕事をせずに、余暇を作り出すことができますからね。リアルのお金持ちのひとだって、仕事が趣味でない限り、三十代、四十代でリタイアするでしょう。あとは、投資の配当で生活する。こういうことを可能にしてくれるのが、お金なわけです。

 かくして、レアアイテムの転売は、そこそこ上手くいきました。ただ、同業他者が多過ぎて、かなりの淘汰を受けましたがね。私はレアアイテムだけでなく、コモンなアイテムの転売を考え出して、それがたまたま軌道に乗ったので、生き残ることができました。現在、流通と呼ばれているものの原型だと考えていただければ結構です。すこし懐具合が温かくなった私は、べつの領域へ販路拡張に向かいました。そして、その途上で、あの男に出会ったのです。

 巨大な山脈を、峰沿いに伝って、雪を踏みしめながら歩く、初春。溶け出した清流がほとばしり、白い花々をうつくしく輝かせる季節のことでした。私は大きな荷物を背負い、次の街道までのショートカットを、のらりくらりと進んでいました。陽は東にあり、これからだんだんと温かくなっていきます。私はポケットからビスケットを取り出し、そのままぽつりぽつりと齧っていると、ふいに声をかけられました。

「そのビスケットを、わしにもくれんかね」

 どこから声が来たのか、私はいぶかりました。

「お若いの、聞こえんのか?」

 振り返ると、岩をくりぬいた洞穴から、サテュロスのように好色そうな顔が、こちらを覗いていました。私はてっきり追いはぎかと思い、あとずさりしました。

 すると、男はにやりと笑って、こう言いました。

「そう、怖がりなさんな。あんたがどこのだれかは知らんが、わしはあんたよりも、よほど金持ちなんだからね。はした金に興味はない」

 はした金。なるほど、たしかに私の所持金は、大した額ではありませんでした。ギルドに預けてありましたからね。さすがに、遠征で大金を持ち歩くほど、間抜けではありません。しかし、その男のいい方には、どこかひとを小馬鹿にしたようなところもあり、私は若干、いらだちを覚えました。なんだって? この髭もじゃの男が、金持ちだって? そんなことはありえないだろう。そう考えたのです。着ているものも粗末で、無地の麻服を腰紐で巻いただけの代物。これで町中を歩いていたら、規約違反になりかねません。

「お若いの、ビスケットを分けてくれるのかね、くれんのかね?」

 私はすこし考えて、分けることにしました。大食漢の私が言うのもなんですが、人生における食事の回数は、決められていますからね。病気になれば食べることもできず、寿命よりも早くに、食の楽しみは失われてしまうかもしれません。となると、この男にとって私のビスケットが、人生最後のごちそうになる可能性もあるわけです。

 私はポケットから、ビスケットを何枚か取り出して、男にやりました。

 男は礼も言わずに、それを受け取ると、ばりばり食べました。

「お若いの、あんたは親切だね」

「いえ、たいしたものではありません」

「見たところ、商売人のようだが、ひとつ尋ねたい」

 なにを言い出すのかと思いました。道でも訊く気なのでしょうか。そのようなことを尋ねられても、地元の人間ではないのですから、答えようがありません。

 けれども、男の質問は、まったく予期しないものでした。

「おまえさん、いいことをすると、その見返りがあると思うかね?」

 どういうことなのか、私は質問の意図をつかみかねました。

 しかし、答えは明瞭です。私のような者にとってはね。

「いいえ、まったく」

 男は、ハハハと笑いました。

 そして、ちょっと休んでいけと言いました。

 私も疲れており、この男のことがすこし気になったので、付き合うことにしました。もしかすると、商売で破産して、ここに住み着いているのかもしれません。そういうときには、なかなかタメになる経験談を伺えるものです。

 陽のよく当たる岩場に腰をおろして、私たちはもうひとつ、ビスケットを食べました。鳥がそのおこぼれにあずかろうと、蒼天をくるくると回っています。

「おまえさん、さっきのついでに、もうひとつ尋ねよう。商売人が愛想よくするのは、見返りのためかね? それとも、金のためかね?」

 これは、なかなか難しい質問です。私は、よく考えて答えました。

「一概には言えませんが、愛想と収入のあいだに、相関性はないと思います。そもそも、どの程度の接客を求められるかは、国や文化によって違うものですし、ある国で丁寧な接客だとみられるものが、ほかの国では余計なお世話とみられることもあります。やや卑近な例になってしまいますが、私の行きつけのラーメン屋は、おやじが頑固で、挨拶すらしてもらったことがありませんよ。でも、美味しいからよいのです」

 男は、ふたたび笑いました。

「そのとおり、そのとおり。人間によくある誤解は、道徳法則と経済法則を混同せしめたことにある。これは、西洋ならばキリスト教であるし、東洋ならば儒教である。このような混同によって、『なぜ誠実な人間が貧困に甘んじているのか?』などという、おかしな問いが立つのだ。そんなことは、なんでもない。道徳法則は道徳法則、経済法則は経済法則と、関係のないものを結び付けたゆえの錯誤なのだ」

 ふむ……私は内心、この男に興味を持ちました。ただの物乞いではないようです。

 高名な隠者かもしれないと思い、今度はこちらから質問をしてみました。

「ひとつお伺いしたいのですが、なるほど、道徳と経済は別物であり、誠実な人間が貧困に甘んじたり、金持ちが不誠実な人間であったりするのは、よくあることです。しかし、世界はひとつであって、道徳世界と経済世界に分かれているわけではありません。どちらかのひずみは、必ずもう一方にも影響をおよぼすと思うのですが、いかん」

 男は「ほほぉ」と言って、その目をますます細めました。

「しかし、そのひずみとは、いったいなんであろうか? 思うに、二十世紀に共産主義思想が吹き荒れ、世情は緊迫したが、富者は富者であり、貧者は貧者であった。そこで道徳が基準になっていたと考えるのは、けしからんことである」

 なるほど、なかなか歴史にも通じているようです。

 私が感心していると、男はポケットから、一枚の金貨を取り出しました。

「おやおや、お金をお持ちでしたか。売ればよかったですな」

 私の軽口に、男もにやりとしました。その笑みにも、どこか小馬鹿にしたところがありました。私は不審に思って、なぜそういう顔をするのかと、敢えて尋ねてみました。

「これは、この世界で通用するビットという通貨だ」

「ええ、ええ、それはさすがに存じていますよ。私の好きなものですからね」

「わしがこのビットを、どのくらい持っていると思う?」

 なんでしょうか。クイズでしょうか。

「さあ……想像もつきませんな」

「これ一枚きりだとは、思わないのか?」

 それは、否定しました。なぜなら、人間の容姿と所持金は、それほど比例するものではないからです。みすぼらしい格好をしているひとは、金がないか、あるいは、金を使う気がないかの、いずれか。後者とて、それほど珍しくありません。

「それは、一枚しか持っていないことの反証にはならんじゃろうが」

「ええ、おっしゃるとおりです。しかし、このサーバにある金貨の総量からして、あなたの手元に一枚しかない確率は、一枚でない確率よりも、はるかに低いでしょう」

 私の答えに、男は大喜びしました。

「それこそ、商売人の鑑よ。この世は、すべて偶然だ。必然的なことなど、なにもない。あるとすれば、わしとおまえさんは、いつかリアルでも死ぬだろうということ、これだけよ。すべての経済法則もまた、偶然であり、それゆえに確率でしかとらえきれぬ」

「確率微分方程式ですな」

「左様。むかしむかし、わしがまだこどもだった頃、日本人が考え出したものだ」

 伊藤のレンマのことですね。くわしくお話しする必要もないでしょう。

 私の指摘に、男はコインを弾きました。ころころと、足下を転がります。てっきり、すぐ拾いに行くのかと思ったのですが、身じろぎもしませんでした。

「どうしました? 拾われないのですか?」

 男は歯をみせて笑い、ふところに手を入れました。ジャラリと音がして、握りこぶし一杯のコインが、私のまえに突き出されました。

「はあ……なかなかお持ちで」

 私は感心するやら呆れるやらで、どう表現してよいのやら、分かりませんでした。これだけのビット金貨があれば、このような山中に住まなくてもよいからです。やはり、隠者ではないかと、そう思いもしましたが、ふと、べつの可能性が思い浮かびました。

 当時の私はまだ勝ち気でしたし、今から思うと用心が足らなかったのですけれど、ついついこう尋ねてしまったのです。この金貨は、どのようにして手に入れたのですか、と。

「知りたいか?」

「……ええ」

 男は笑うばかりで、手元の金貨を、ふたたび足下に捨てました。そう、捨てたのです。

「これは、おまさんにやろう」

「……ビスケットのお礼、というわけですか?」

「どう取ってもらってもよい。要らんのか?」

 

  ○

   。

    .


「さて、どうしましょう。もらいますか? もらいませんか?」

 オッペンは語りを中断して、一同を見渡した。

 これには何人かが、やや意地悪な質問だな、という顔を浮かべた。

 そんな空気のなか、真っ先に答えたのは、イゾルデだった。

「オレはもらうね。タダなんだろ?」

 そう言って彼女は、となりにいる貴族のホルスに話しかけた。

「おまえも、もらうよな?」

「いえ……僕はちょっと……」

「あん? 金持ちだから、要らないってのか?」

 そうではない、とホルスは答えた。そして、こう理由付けた。

「あきらかに、犯罪の匂いがするのですが……」

 うんうんと、マーヤもうなずいた。

「泥棒なんじゃないの? 町中に住んでないとか、おかしいでしょ」

 彼女のコメントに、オッペンはスープをひと匙やった。

「当時は、行動管理も適当でしたからね。町中に生活拠点を定める必要は、なかったのですよ。校外を居住地とする許可が求められるようになったのは、もっとあとの話です」

 へぇ、とマーヤ。

「しかし、犯罪者だというのは、ぼっちゃんのおっしゃるとおりかと思いますが」

 付き人のアルジェナが、主人を擁護した。オッペンは髭を撫でて、

「アルジェナさんも、コインはもらいませんか?」

 と尋ねた。もらわない。アルジェナは、きっぱりとそう答えた。

「ふむ……アルジェナさんは、慎重なタイプですね……ほかの方々は?」

 結局、もらうと答えたのは、イゾルデひとりだった。ハーンと女将は、アルジェナと同じ理由で、イマナは「神の目は、すべてをお見通しです」とだけ付け加えた。詩人は竪琴をひと弾き、ただ沈黙するばかりだった。

「チェッ、なんだなんだ、聖人ぶって。もらえるもんは、もらわないと損だぞ」

 イゾルデは、拗ねたようにふんぞり返った。

「で、オッペンの旦那は、どうしたんだい?」

 ハーンの質問に対して、オッペンはまた髭を撫でた。

「もちろん、もらいましたよ」

 

  ○

   。

    .


「ありがとうございます」

 私はそう言って、金貨を一枚残らず、財布に収めました。

 これをみた男は、愉快そうな顔で、

「おまえさん、わしのことを怪しまんのかね?」

 と尋ねてきました。

「お金はお金ですよ」

 男は、我が意を得たりとばかりに、私を指差しました。

「その通りだ。世に悪銭も良銭もない。なるほど、貨幣経済の揺籃期には、金属の質が貨幣の質を決めていたこともある。だが、現代ではどうだ。数字の動きだけが重要であり、ことVRMMOにおいては、現物貨幣など存在しない。そのような世界に、悪銭や良銭という区別が、あろうはずもないのだ」

「自己否定のようでもうしわけありませんが、悪銭というのは、入手手段のことを指しているのではありませんか?」

 それならば、なおさらおかしいと、男は言いました。

「なるほど、盗みによって得たものは悪銭、労働によって得たものは良銭と、こう言いたいわけかね?」

「そういうふうに言うひとがいるでしょうな、ということです」

「ならば、そのような者に対しては、次のように問おう。労働によって金銭を得る。これは一見すると正しいようにみえるが、これほどの不正は、世の中に存在しない。なぜか。あの著名な哲学者ジョン・ロックも述べているように、物の所有権は、労働によって発生し、労働者のものとならねばならない。だが、金銭は、どうであろうか。金銭は、労働の産物ではなく、合意の産物である。合意とは騙し合いであり、詐欺に他ならない」

「なるほど、買い主はひたすら安く買うように欺き、売り主はひたすら高く売るように欺くわけですからね。しかも、自分の労働によって得たのではなく、他人の労働の産物を収奪して、それを金銭に変えているわけです。お互いに欺き合う行為それ自体を、労働と呼ぶこともできましょうが、それは先の論者が欲することではないでしょうね」

「だとすれば、この世に良銭などというものはなく、すべて悪銭である。すべて悪銭であるならば、悪銭と良銭の区別は、なおさら意味がないことになろう」

 ここまでざっくばらんならば、もうひとつ質問してもよいだろうと、私は思いました。

「ひとつ、お尋ねしたいことがあります……貨幣の本質とは、なんでしょうか?」

「幻想じゃよ」

 男はそう答えて、ふたたびポケットから、大量の金貨を取り出しました。

「わしはこれと同じものを、いくらでも作ることができる」

 そこで私は、薄々感じていたことが正しかったと気付きました。

「あなたは、贋金師(がんきんし)なのですね?」

 相手は、大声で笑いました。

「おまえさんは、まだ若い。貨幣の本質を、分かっておらぬようだ」

「それはいったい、どういうことで?」

「ディオゲネスという哲学者を知っておるかね?」

「アレクサンダー大王に嫉妬された男ですか?」

 そのとおりだと、男は答えました。

「彼は若い頃、贋金をつくって市場に流し、獄につながれた。しかし、彼ほど貨幣の意義を理解していた者は、いないと言わねばならない。なぜなら、貨幣とはすべて、贋金であり、真の貨幣などというものは、存在しないからである。我々は、贋金のうちのいくつかを、便宜上、貨幣であるかのように扱い、流通させているに過ぎん。つまり、貨幣の本質が幻想である以上、わしは贋金師ではなく、VRMMOの正式な造幣局なのだよ」

「運営は、それを認めないと思いますが?」

「ハハハ、そのとおり。運営のつくった贋金が通用するのか、それとも、わしのつくった贋金が通用するのか……これは、わしと運営の知恵比べ。いまのところは、すべてわしが勝っておる。この世界の貨幣量は、すべてわしの意のままなのだ」

 遠くにみえる山を、男は指差しました。

「あの山の洞窟に、現在流通しているビット貨幣の100倍の量を埋蔵してある。わしの身になにか起これば、それが一度に市場へ流通する仕組みだ」

「そのようなことになれば……ハイパーインフレが生じますね」

 男は大空にむけて、両手を広げました。

「世界を牛耳るのに、剣も魔法も地位も要らぬ。ただ、貨幣の発行権さえあれば、わしはこの世の王であり続けることができるのだ」

 私はじっと、男の目を見つめました。

 サテュロスのような好色さのなかに、するどい知性がありました。

「しかし、あなたは俗世の快楽というものから、遠ざけられていますね」

 男は哄笑し、私の背中を叩きました。

「おまえさんにも、いつか分かる日がくるだろう。一人前の商人として、独り立ちするようになればな」

 男は、私など最初からいなかったかのように、腰を上げ、洞窟に消えました。

 あの奥には、なにがあるのでしょう。もしや、立派な……いえ、要らぬ詮索です。

 私は荷物をまとめ、さきほどの金貨を袋に入れると、ふたたび旅に出ました。

 

  ○

   。

    .


「以上が、私の体験談です。お気に召されましたか?」

 一同は、おたがいに目配せしつつ、オッペンの話を吟味していた。

 最初に口をひらいたのは、またもやイゾルデだった。

「その男には、二度と会わなかったのか?」

「ええ、好奇心で、帰り道も同じルートをたどりましたが、会えませんでした」

「どうもうさんくせぇな。愉快犯のほら吹きじゃないのか?」

 ハーンはそう言って、空になった盃を、右手でこねくりまわした。

「その可能性もあるでしょうね。ただ、ひとつだけ言えるのは……」

 オッペンは一息吐くと、窓のそとを見やった。今や、小糠雨(こぬかあめ)である。

 薄明かりが、東の地平線にみえた。

「あの金貨を使った私は、逮捕されていません……これだけは、真実なのです」

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