ラミアの婬、一名、踊り子の話
はいはい、それじゃ、次はあたしかな。あたしの名前は、マーヤ。踊り子の格好をしてるけど、これでも冒険者。結構ヤリ手だから、パーティー編成のお誘いがあったら、よろしく。今はフリー。え? 自分で言うなって? まあまあ、いいじゃん。
あんまり自己紹介長くてもしょうがないし、お話を始めるね。アンジェラちゃんのときも言ったけど、踊り子ギルドっていうのは、すごい情報ネットワークなんだよ。だから、いろいろおもしろい話も入ってくるんだ。ただ、今回お話しするのは、そういう伝聞じゃない、あたしが体験したもの。身バレしない程度にいくよ。
あれは、まだあたしが、見習いだったころ、ギルドの友だちに紹介されて、あるサーバの劇場で働くことになったの。居酒屋じゃないよ、劇場、ね。バイト感覚だったから、舞台に立つわけじゃなくて裏方。一番任されたのは、衣装だったかな、多分。劇場だから、有名な役者さんも大勢いて、結構コネ作りに役立ったよ。まあ、そういうひとたちって、冒険には全然出ないから、今じゃすっかりご無沙汰だけどね。
っと、また自分の話になっちゃったね。さて、リアルでもそうだけど、役者になるっていうのは、たいへんなんだよ。だいたいは、エキストラか端役で終わり。もちろん、そういうひとたちがいるからこそ、成り立ってるわけでもあるけどね。あたしがバイトしてた劇場でも、役者志望のひとたちが、たくさんいた。内訳がおもしろくて、最初から役者を目指してるひとは、あんまりいないの。二週目とかで、プレイスタイルを変えたいひとが多かったと思うよ。数えてはないけど。そのなかに、チャクモールっていう、ちょっと気取った感じの
少年がいたの。あたしはタイプじゃなかったけど、女の子には人気があってね。ああいうのは、VRMMOの世界でも得だよ、うんうん。
そのチャクモール……あだ名がモールくんだったから、そうするね。モールくんは、役者志望で劇場に住み込んでたの。でも実際は、女優さん目当てだったんじゃないかなあ。あちこちで、声かけてたもん。ただ、女優さんも目が肥えてる、っていうか、まわりに美形ばかりだから、ちょっとやそっとじゃ落とせないわけ。だけど、そこであきらめないのが、彼のいいところ。絶対に冒険者向きだと思うよ。確率1%未満のレアアイテムも、がんばって掘り当てそう。
モールくんが劇場に来てから、二ヶ月目だったかな。何回かあたってくだけたあと、彼もすこしは方針を変更することにしたんだね。一流どころじゃなくて、ワンランク落としたってわけ。そのなかで彼が目を付けたのは、新人の女の子。まだ無名だけど、すごく綺麗で、将来は主役間違いなし、って言われてたんだ。ま、そういうのって、よく外れるから、あんまり投資しないほうがいいんだけどね。競争は水物。その子の名前は、ミルパ。ウェーブの綺麗な、黒髪の女の子だったよ。できあいのアバターじゃなくて、プロに作ってもらったんだろうね。みんな、そううわさしてた。
モールくんは、口八丁手八丁、なんとかミルパちゃんを落とそうとした。まわりは、ムリだって思ってたよ。だって、ミルパちゃん、すごく奥手なんだもん。あんまりひとと話さないし、あたしも仲良くなれなかったから。衣装を変えたら、ありがとうだけ言って、すぐにいなくなっちゃうの。八方美人なモールくんとは、コインの裏表……だけどね、これが、うまくいったんだよ、なぜか。モールくんとミルパちゃんがいつから付き合い始めたのか、だれも知らなかった。けど、すぐだったんじゃないかな。
あたしがそう考えたのは、ちょっと理由があってね。見ちゃったんだよ、ふたりが一緒にいるところ。あれは……いつだったかな。早朝だったと思う。ちょっと衣装の仕込みを忘れちゃってて、時間がなかったんだよね。だから、守衛さんに開けてもらって、衣装室で作業してたの。そしたら……そう、ふたりが部屋に入って来たんだよ。あたしは、衣装ルームのほうにいたから、服に囲まれてて、姿が隠れていた……ぐ、偶然だよ。べつに、盗み聞きしようと思ってたわけじゃないからね。ほんとほんと。だけど、ふたりのまえに現れる必要性もなかったし、結果的には盗み聞きに近くなっちゃったかな。
ふたりは、まあ、なんというか、恋人同士のような会話をしてたよ。内容は、ここでは明かさないことにするね。エッチぃわけじゃないけど、プライバシーだし。ちらほら他のひとの名前も出てたから。とは言ってもね、あたしはミルパちゃんの性格を知ってたし、モール
くんが一方的にくどいてるんだと思ったよ、最初は。ところが、ミルパちゃんのほうも、なんだか妖しい雰囲気。最後のほうで、あたしはふたりが付き合ってるんじゃないかと、そう思ったの。たぶん、当たってた。
さてさて、時系列をもどすよ。ふたりが付き合ってるのは、そのうち劇団中に知れ渡ったのよね。で、どうなったかって? ……べつに、どうにもならなかったよ。役者同士の浮き名なんて、いくらでもあるし、モールくんがおとなしくなったから、むしろ安心だなんて言うひともいたくらい。それが嫉妬なのかどうかは、さておき。
このままだと、よくある恋愛話。でもね……続きがあるんだ。最初に気づいたのは、だれだろう。台所番だったかな。モールくんが、よく食べ物をのこすようになったって、そう愚痴ってたんだよね。皿洗いがめんどうになるから、こぼしたくなるのも分かるよ。なんで全自動食器洗い機がないんだろう? 雰囲気壊すからかな? まあ、劇場のまかないがマズいから残すひと、たまにいるし、ほかのひとはほとんど気にもとめてなかった。けど、モールくんの外見が、だんだんやせ細ってきてね。病気なんじゃないかって、そんなうわさが立つようになったんだ。
病気……なんだか、不思議だよね。VRMMOに必要なのかな? そりゃ、リアルでひとが苦しんでるような、痛みが続くような病気はないけど、死んじゃうこともあるし、危ないよね。みんな、気をつけて。それでね、まわりのひとも、モールくんに、お医者さんに見てもらうように、アドバイスしてあげたの。親切心半分、ってところかな。青白い顔してるひとが劇場に出入りしてたら、やっぱり雰囲気悪くなるでしょ。
でも、モールくんは、お医者さんに行く気配がないし、しょうがないから、劇場付きの侍医に、むりやり紹介させられちゃったってわけ。こどもの歯医者じゃないんだから、自分で足を運ぼうよって話。お医者さんも、モールくんを一目見て、あきれて、そして……病名が分からなかったんだよ。これは、ちょっと変。だってさ、VRMMOの世界って、そこまで精密にリアルを再現してるわけじゃないじゃん。心労とか、そういうのはあんまり反映されないし……反映されても困るけど、とにかく、病名は分からなかったの。こうなると、もうまわりはお手上げ。おまえは病気だ、休め、とも言えなくなっちゃった。あたしは、運営のミスで、モールくんだけ変なバグが発生してるんじゃないかと思ってたくらい。モールくんにそれを言ったこともあるけど、そんなはずない、の一言で終了。ま、そうだよね。単体にバグが現れるなんて、普通はないから。
あたしも、最終的にはほっとくことに決めた。死んじゃったら、死んじゃったで、べつに困るようなこともないからね。うん。VRMMOの参加者がひとり減るだけ。こういうときにムリに押しとどめる権利なんて、だれにもないと思うんだ。え? 現実世界で自殺しようとしてるひとも、同じことが言えるのかって? ウーン、なんでそういう話になるかな。もうすこし楽しく生きようよ。ダンスなんかしてさ。踊って体を動かすのって、ほんとうに楽しいんだよ。リアルの学校でも、ダンスの授業なかった? え? プライバシーは質問しちゃだめ? そっか、じゃあ、今度あたしの行きつけの居酒屋を教えてあげるから、ぜひ来てちょうだい。踊り方も教えてあげる。
で、話を本題にもどすと、モールくんは、とうとう来なくなっちゃったんだよね。まわりの反応は、「まあ、しょうがないかな」って感じ。何人か寂しがってる女の子はいたけど、それも上辺だけ。来る者は拒まず、去る者は追わず、を地でいく人たちだから。このことわざって、リアルよりもバーチャルのほうがぴったりだと思わない? リアルは、いろいろとしがらみがあるからねぇ。え? あたし? 秘密だよ、ヒ・ミ・ツ。なんであたしのリアルについて語らなきゃいけないのさ。恋を患った少年の話、終わり。
……と言いたいところなんだけどね、ちょっとリアルの話をしないといけないの。あたしのリアルの話かって? さあ……まあ、ある女の子のリアルだよ。その女の子は、踊り子仲間で、年齢は、あたしと同じくらいかな。その子から聞いた話。名前は、チェレス。リアルネームじゃないよ。ま、分かるだろうけど。それでね、チェレスちゃんは、リアルだと看護婦をしていたの。趣味がダンス。そのチェレスちゃんのところに、ひとりの男性患者さんがいたんだ。名前は伏せるね。個人情報だし。その男性患者さんは大学生で、初診のときはものすごく痩せていた。担当医はびっくりして、いろいろ検査したんだけど、内科の病気じゃないってことが分かった。でも、それだけ。
「食欲が湧かないんです」
「内蔵に疾患はみられません。精神科へ行かれてみては?」
大学生は、ちょっとイヤがっていた。まあ、精神科はね、なんか抵抗あるよね。でも、説得が功を奏して、大学生は精神科に移された。チェレスちゃんは、そっちにも友達がいたから、どうなったか訊いたんだよね。どうなったと思う?
……ううん、みんなハズレ。実はね、「疾患なし」で帰って来たんだ。要するに、全然病気じゃないってこと。うん、気付いた? ……そうなんだよね。この大学生、モールくんの症状にそっくりなんだよ。とにかく痩せるだけで、病気が見つからないの。バーチャルならありえるかな、と思うけど、リアルなんだよね、これ。神様が作ったバグかな? なるほどね、確かに病院勤めしていると、そういう状況に出会うかも。原因不明の病気とか、たまにあるらしいからね。人体の神秘って、まだまだ残ってそう。それに、看護婦仲間でも、幽霊の目撃談は、事欠かないの……っと、話が逸れたね。ごめん。
さて、こうなると、点滴でも打つしかないんだよね。とりあえず、短期間入院させておくことになったの。でもさ、点滴で全快できるわけもないからね。痩せにくくなっただけで、やっぱり食欲が湧かないみたい。どういうことなんだろう。内科のほうは、精神科の診察が悪いって言うけど、精神科のほうは、内科の診察が悪いって言うの。こうなると、もう収拾がつかないでしょ。看護婦のチェレスちゃんは、毎日大学生の面倒をみるだけ。ほかのことは、なにもできなくなっちゃった。患者さんは、彼ひとりじゃないもん。
で、こういう患者さんをずっと入れておくわけにもいかないから、ついに退院させることになったの。もし体調が悪くなるようなら、自宅から通院っていうことで。入院代もバカにならないし、大学生もすぐに承諾した……のかな、ちょっと違う。退院したいと言い出したのは、大学生のほうなの。彼女がいるからとか、わけの分からない理由でね。彼が入院しているときに、一度もお見舞いに来てないんだよ? おかしいよね?
脳内彼女かなあ? チェレスちゃんは、あやしんだ。でも、精神科で引っかからなかったし、おかしなひと扱いするのは、よくないと思った。
さて、どうなったでしょう? 何人かは、もう分かってると思う。その大学生、自宅で死んじゃったんだよね。正確には、VRMMOのポッドのなかで死んでた。原因は……なんだと思う? 餓死? 違うんだな、これが。餓死じゃないんだよ。そもそも、餓死って相当きついから、普通はムリ。紙でも革でもなんでも食べるようになるもの。餓死しそうになったひとが、革靴を食べてたっていうのは、結構有名な話。
死因はね……脳死。びっくりしたよ。あたしだけじゃなくて、先生もびっくりしてた。まさか脳神経外科の仕事だっただなんて……と思うよね? 先生も、そう考えてた。ところがだよ、解剖してみると、脳の病気じゃなかったの。VRMMOの動作がおかしくて、食欲中枢が破壊されてたんだってさ。事故なんだよ。
あ、気付いた? うん、そう、これって有名な事件だよね。新聞沙汰になったし、新しいVRMMO規制がいくつかできた原因。遺族には賠償金が支払われた。但し、契約上の金額だけ。だから、訴訟になったよね。最高裁まで争うんじゃないかな。
まあ、そういう法律の話は、おいておこうか。まだ続くから。え? なにがかって? もちろん、この事件の続きだよ。実はね、この大学生って……いや、気付いてると思うけど、モールくんだったんだよ。どうして分かったかって? 今からその話をするよ。
ある夜のこと、チェレスちゃんは、病院でひとりの女の人と出会った。白い寝間着が、緑色の非常灯に照らされて、まるで蜥蜴の皮膚のようにみえた。髪は長くて、あまり手入れがされていない。幽霊? ……そんなわけないよね。チェレスちゃんは、声をかけた。
「どうかしましたか?」
迷子かと思ったんだよね。入院の初日で、トイレに行ったら部屋が分からなくなる。たまに起こるから。昼間の印象と違って、どこもドアが同じに見えちゃうし、病室の番号を覚えていないってこともある。でも、その女のひとは、どうもおかしいの。
どうおかしいと思う? ……壁に寄りかかってるんだよ。なんでそうしているのか、よく分からなかった。疲れたのかな? それとも、体調の悪化? ナースコールの仕方が分からなくて、自力で部屋を抜け出したのかもしれない。心配になったチェレスちゃんは、すぐに駆け寄ってみた。
「大丈夫ですか? 病室は、どちらで?」
女のひとは、壁に寄りかかったまま、廊下の奥を指差した。チェレスちゃんは驚いたよ。だって、そっちは……精神科なんだもん。一方で、納得もした。ちょっと失礼かもしれないけれど、そういうひとなら、仕方がないって分かるものね。
チェレスちゃんは彼女に、歩けるか、と尋ねた。女性はうなずいて……膝を曲げ、廊下にへたり込んだ。やっぱり、疲れているのかしら? チェレスちゃんが手を貸すと、女性はそれを無視して、ずるずる歩き始めた……まるで蛇みたいに。ううん、この表現は、あんまり正確じゃないね。まるで……そう……ラミアのようだった。下半身が蛇の怪物。これにはチェレスちゃんもびっくりして、精神科の看護婦さんを呼んだ。
精神科の看護婦さんは、結構年配のひとで、なにごともなかったかのように、車椅子を引いてきた。その車椅子は、どこかに乗り捨てられていたみたい。いつも保管してある場所とは、違う方向から来た。年配の看護婦さんは、彼女を車椅子に乗せると、そのまま廊下の奥へ姿を消した。
翌日、チェレスちゃんは、またあのひとと出会った。廊下……じゃないんだよね。病院のテラス。患者さんは、ひなたぼっこをしていた。そして、チェレスちゃんに気付くと、なぜか挨拶をした。顔を覚えられているのかしら。チェレスちゃんは、にこりと笑って、挨拶を返した。すると、その女の人は、首をぶらぶらさせながら、遠くの町並みを見渡して、こう言ったの。
「ここは、私の世界じゃないわ」
うーん……どう返そうか。チェレスちゃんは、シフトを終えて、今から帰るところ。食事をして、VRMMOで遊ぼうかな、と思っていた。でも、昨晩の縁もあるし、顔を覚えてくれているのだから、邪険にするのもどうかな、と考えたの。
「あなたの世界は、どちらに?」
こういう質問って、してよかったのかな。チェレスちゃんは、あとから後悔した。精神科には、精神科のやり方があるはずだもんね。とにかく、そう尋ねると、女のひとは、彼女のいた世界……すくなくとも、彼女にとっての本当の世界について、語り始めた。
深閑とした森。波の揺れぬ湖。魔法、冒険、そして……美しい劇場。それは、チェレスちゃんが遊んでいるサーバの風景と、そっくりだった。
「私は、人間じゃないの。ラミアなの」
ラミア。チェレスちゃんは怖くなった。昨夜の光景……床を這いずり回る彼女の姿が、脳裏にフラッシュバックしたから。彼女は、車椅子を揺らしながら、先を続けた。
「私は、人間の男に恋をした……俳優だった……でも、ラミアは精気を吸う魔物……彼はだんだんと痩せ細り、死へと近づいていく……シルバニアの氷がいつか溶け、湖が彼を飲み込んでしまうかのように……だけど、私は彼を愛し、彼もまた私を愛した……」
そこで彼女は、言葉を切った。
「……それで?」
「彼は、どこかへ旅立ってしまった。天使に嫉妬されたのよ」
そう言って、彼女は微笑んだ。チェレスちゃんは、怖くなってその場を離れた。
それ以来、チェレスちゃんは、彼女と会っていない。彼女は、どこへ行ったんだろう? 自殺したという噂は、全然聞こえてこなかった。病院の奥? 無事に退院した? ……それとも、彼女はほんとうにラミアで……ううん、そんなはずないよね。ラミアなんて、バーチャルの世界にしか、いないもの。あれはきっと、妄想だったんだよ。
でもね……現実とシンクロする妄想って、現実となにが違うのかな……?
あたしはときどき、自分にそう尋ねるんだ。