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電嵐物語  作者: 稲葉孝太郎
本編
4/11

逢魔ヶ宿、一名、剣客少女の話

 よっしゃ、オレの番だな。あれは今から一年ほど前の……え、何だよ? ……ああ、自己紹介ね。わりぃ、わりぃ……コホン。オレの名前はイゾルデ。見ての通り、剣客商売をやってる……え? 剣客商売なんて、聞いたことがない? パーティに穴が空いたときの助っ人とか、危ない土地に滞在するときのボディガードとか、そういうやつだよ。

 仕事柄、おもしろい事件には、そこそこ出くわしてるんだ。でも、身バレはダメなのかと思ってさ。いろいろ考えてたんだけど、ハーンのおっちゃんが、ちょいとプライベートな話をしてくれたし、オレもその路線でいくぜ。うん。

 賞金首。一度は耳にしたことあるよな。サーバによっては、指名手配とか、おたずね者とか、いろいろ呼び方がある。賞金首のいるサーバに、いたことはあるか? ……へえ、結構いるんだな。どいつもこいつも、じつはベテランか? じゃあ、となりのお坊ちゃんと、そこの僧侶の姉ちゃんに説明してやるぜ。賞金首っていうのは、規約違反をしたプレイヤーのことだ。普通、規約違反と言えば、アカウント削除だよな。でも、いくつかのサーバでは、規約違反をしたプレイヤーに、賞金が懸けられる。賞金首になったプレイヤーは、だれがどう殺してもいい。しかも、報酬がもらえる。リンチの対象ってわけさ。もちろん、どんな規約違反でも賞金首になるわけじゃない。プレイ料金の未納とか、サーバアタックとか、リアルに関連する違反は、速攻で削除されるからな。賞金首になりやすいのは、泥棒、闇商人、密猟なんかの、ゲーム内でのルール違反だ。分かったか?

 

 さて、あれは今から、一年ほど前のことだった。オレはいつものように、ギルドの紹介所で仕事を探していたんだ。探すっつっても、椅子に座って待ってるだけだけどな。これが暇そうに見えて、意外とそうでもない。他の冒険者と情報交換したり、新しくリリースされたアイテムを眺めたり、色々と忙しいのさ。昼下がりだったし、オレは紹介所の真ん中で、本を読んでた……なんの本かって? そいつは関係ないね。ぺらぺらページをめくってると、扉が開いて、杖をついた化石みたいな婆さんが入って来た。普通、婆さんのキャラなんて、選ばないだろ? どこのサーバも、おかしなくらい平均年齢が低いよな。だから、やたらと人目についてさ、オレも含めて、みんな物珍しそうに眺めてたよ。

 婆さんは、カウンターの前に立つと、杖で床を叩いた。

「だれか、おるかえ?」

 いや、目の前にいるだろ。その場のだれもが、そう突っ込んだ。

「いらっしゃいませ」

 質素な服を着た姉ちゃんが、笑顔で挨拶した。

 このへんは、客商売だよな。手慣れてる。オレなら、じろじろ見ちまうね。

「ひとをひとり、雇いたいんじゃが」

「フリーで、それともオフィシャルで?」

「流れ者がええ」

 オレは、オッと思ったね。フリーをご希望。オレにも応募資格がある。

 けどよ、オレは二の足を踏んだ。その婆さんが怪しいんだ、これが。衣服は魔女みたいな格好だし、鼻も長いし、髪は何日も洗ってないみたいだし……ちょっと引くよな。フリーの用心棒なんて、綺麗な姉ちゃん目当てのスケベなやつも多いから、婆さんってだけでパスみたいな雰囲気だった。奥に座ってる男どもは、ぴくりともしない。

 カウンターの姉ちゃんもそれは気づいてたから、申し訳なさそうに先を続けた。

「そうですね、今日は、フリーの方々が手一杯のようで……オフィシャルを……」

「あたしゃね、公式とかいうやつが大嫌いなんだよ。流れ者にしておくれ」

 オフィシャル。運営から公認された用心棒だな。フリーとオフィシャルの違いは、なんと言っても値段だよ。倍はする。え? 腕前も違うって? んなこたねぇよ。オレと互角にやり合えるやつなんか、そうそういないね。ほんとだぞ。

「フリーの方々とは、直接契約してもらうことになります。こちらでは請負を強制できませんので、ほかを当たっていただけませんでしょうか」

「あたしゃ、雇うまでここを動かないよ」

 おいおい、受付の姉ちゃんが困ってるじゃないか。

 見かねたオレは、椅子から飛び降りると、そのまま婆さんのところへ駆け寄った。

 と同時に、となりのテーブルからも人影が飛び出した。

「おい、婆さん、フリーなら、オレがいるぜ」

「お婆さん、ボクがお手伝いしましょうか」

 オレともうひとりのお人好しは、おたがいに顔を見合わせた。

 相手はまだ少年で、眼鏡に魔法帽という格好。ちょっとガキっぽかったな。

 え? そいつも同じこと考えたって? さっきからうるさいんだよ。黙って聞け。

 婆さんは、やっぱり目がよくみえないのか、矯めつ眇めつ、オレたちを見比べた。

「声からして、ずいぶんと若そうだねぇ」

「ボクの年齢設定は十六です」

「オレもだ」

 年齢設定十六って、結構多いんだよな。リアルだと高一で、切りがよさそうだからかね。実際、ガキみたいに長ったらしい名前が多いよなあ。戦慄と慈悲のマグデガルドとか。文字数ギリギリまで使ってやんの……おっと、話が逸れたな。

「ああ、あたしゃひとりしか雇わないよ。どちらかにしてくれないかね」

「だったら婆さんが選べよ」

「ぜひ、ボクを雇ってください。魔法には自信があります」

 オレは、ちょっと驚いたね。

 オレが見かねて出たのに対して、相手は本気で雇われたがってるみたいだった。

 よっぽど金がないのか、それとも、初心者で焦ってるのか。どっちかだな、と。

「困ったねぇ……それに、できれば女がいいんだけどねぇ」

「おいおい、婆さん、オレは女だぜ」

 そう言ったとたん、となりの少年はびっくりしていた。失礼だよなあ。

「そうかい、そうかい、だったら、あんたで決まりだね」

 オレと婆さんは、細かい交渉をして、ギルドに契約書を作ってもらった。

 そのあいだ、さっきの少年が、ちらちらこっちを見てくるんだよなあ。

 そんなに悔しかったのかね。オレは、つとめて無視したよ。

「はい、じゃあ、がんばってね」

 オレは、ギルドの姉ちゃんから契約書の写しを受け取って、道具袋にしまった。

 婆さんはのらりくらり建物を出て、オレもそのあとに続いた。

「あたしの家は、あの森の奥だよ」

 そう言って婆さんは、鬱蒼と茂った遠くの木々を、杖で指し示した。

「ええ? あそこって、寝ずの木の森だろ?」

 寝ずの木の森は、さびれたダンジョンで、居住区じゃなかった。

 そんなところに住んでるなんて、普通はありえないよな。

「あたしゃ、ずっとあそこに住んでるんだよ。寝ずの木のホレ婆さんって、聞いたことないかえ?」

「知らねぇよ」

「ひゃっひゃっひゃ、むかしはこれでも、名前が通ってたんだけどねぇ」

 婆さんは、黄色くなった歯をみせて、不気味に笑った。こういう、むかしはうんたらかんたらなんて、ひとの出入りが激しいVRMMOじゃ、意味ないんだよなあ。キャラ名もデザインも変わるし、どんな大きな事件が起きても、一ヶ月経ちゃ、みんな忘れてるもんな。

 まあ、婆さんも自慢したいわけじゃなかったのか、すぐに背を向けた。

「そいじゃ、ついといで」

 オレたちは、森への道を辿った。石畳が消えたころには、左右が開けて、花の咲いた綺麗な野原が広がった。蝶々なんかが飛んでて、ほんとにのどかだったな。ああいう細部にこだわったサーバが、オレは好きだぜ。

 だけど、そんなピクニック気分も、長くは続かなかった。だんだんあたりが薄暗くなってきて、カラスが鳴き始めた。青空も、木の枝で覆われ、地面にポツポツと、日の光が降り注いでいるだけ。もう分かっただろうけど、寝ずの木の森は、ゴースト系やアンデッド系が出るダンジョンなんだな。

 でさ、オレが一番心配になったのは、帰り道だった。歩いているうちに、婆さんのことがあんまり信用できなくなったんだ。もしかして、森の奥へ誘い込んで、盗賊にでも襲わせる気なんじゃないか。童話だと、よくあるよな。盗賊と婆さんの組み合わせって。まあ、そういうときの婆さんは、たいてい主人公に協力してくれるんだけど……モンスターが出るかどうかより、そっちのほうが怖くなっちまった。森のダンジョンは複雑だと、相場が決まってる。

 帰り道が分からなくならないように、オレは目印をつけることにした。懐から、小型のナイフを取り出して、迷いそうな分かれ道で、手近な木の幹に放り投げた。ただのナイフじゃないぜ。アンデッドやゴーストにいたずらされない、護符付きのナイフだ。引っこ抜かれると困るからな。

「さっきから、コツコツ音がするのぉ……なんぞえ?」

「さあ、コツコツ鳥でも鳴いてるんじゃないか」

 オレは適当にごまかして、婆さんのあとについて行った。

 で、ようやく開けた場所に出た。刺草(いらくさ)がところどころにみえる、とてもひとが住んでいなさそうな草原だった。ところが、目を凝らしてみると、小屋が一軒あった。その小屋が、とんでもない代物だった。

 なんだと思う? ……なんとお菓子の家だったのさッ!

 でな……ん?

 

  ○

   。

    .


「なんだよ、ひとが気持ちよく話してるときに?」

 ムスッと口元を歪めたイゾルデに、周囲の冷たい視線が注がれた。

「おまえ、作り話してんじゃねえだろうな?」

 一同の気持ちを代弁したのは、ハーンだった。皆がどこに疑問を抱いているのか、それを察したイゾルデは、眉間に深い皺を寄せた。

「作り話だって? オレは嘘なんかついてないぜ。実話だよ、実話」

「お菓子の家ってさぁ、ベタベタしてて住めそうにないよね」

 踊り子が、だれに話しかけるでもなく、そう呟いた。

「おい、そこはまたあとで話そうと思ってたんだぞ!」

 イゾルデは、こぶしでテーブルを叩いた。

 気分を害されたらしく、椅子をかたむけて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

「まあまあ、お嬢ちゃんの話を、最後まで聞こうじゃないか」

 女将は、少女をなだめた。

「で、どうなったんだい?」

 女将に続きを促されたイゾルデは、多少機嫌を直したのか、再び口を開いた。

「お菓子の家に連れてこられたオレは……」

 

  ○

   。

    .


 お菓子の家に連れてこられたオレは、初めて具体的な依頼をぶっちゃけられた。契約書には、ゾンビ退治と書いてあった。ゾンビは、あんまり好きじゃないんだよなあ。見た目が気持ち悪いし、斬ると体液が散るだろ。ただ、相手は一体だけで、上級モンスターなんかじゃないと言われた。それならいいかな、と思ったんだ。

 ところが、その一体が問題だった。

「自分で作った……?」

 俺は、厨房みたいなところで、背もたれのない椅子にあぐらをかいていた。いかにも魔女の使いそうな鍋や壷があって、壁には、蜥蜴と蝙蝠の死体がぶら下がっていた。ちょっと気持ち悪かったな。鍋のなかからは、変な臭いがして、空きっ腹にこたえた。

「そうだよ、あたしが作ったんだよ」

「おいおい……アンデッド製造は、違法だぜ? 分かってんのか?」

 婆さんは、わざとらしく下品に笑った。

「そんなことは、百も承知だよ。だけどね、だれだってやってることさ」

「そりゃまあ……スピード違反みたいな感覚のやつもいるけどよ……」

 オレは、二の足を踏んだ。だって、そうだろ。規約違反の片棒を担がされるかもしれないんだぜ。だけど、婆さんは契約済みだって言うし、違法なのはアンデッド製造であって、退治じゃないから安心しろって言うんだ。

 で、最後はオレも折れちまったよ。正直に言うと、ちょいと金欠だったんだな。

「じゃあ、さっきの話は聞かなかったことにするぜ。要するに、ゾンビ退治だな。そのゾンビがどこから来たのか、オレは知らない、と。それでいいな?」

「ひっひっひ、ものわかりのいいお嬢ちゃんだね」

「どんなタイプの個体なんだ?」

「メイジゾンビだよ」

 婆さんの答えに、オレはびっくりした。

「さ、最低ランクなのか? グールでもゾンビマスターでもない?」

「ああ、楽でええじゃろう?」

 このときだな。本格的におかしいと思い始めたのは。メイジゾンビだぜ? 最低ランクのモンスターに、なんでわざわざ用心棒を雇うんだ? そりゃ、一般人なら雇うかもしれないさ。ただの市民でプレイしてるとか、そんな場合にはな。でも、婆さんはアンデッドを作れるくらい、魔法に精通してるんだ。メイジゾンビ一体に手こずるわけがないだろ。

 オレは、カマをかけてみることにした。

「婆さん、自分で退治しようとは思わなかったのか?」

「むかしのあたしなら、そうしていただろうけどねぇ」

「つぅか、婆さん、そのアンデッドを作ったんだろ? コントロールできねぇの?」

「歳をとると、物忘れがひどくなってねぇ、名前を忘れちまったんだよ」

「なにが歳だよ。リアルでメモっとかないから、そういうことになるんだぞ」

 説明するまでもないと思うが、アンデッドは屍術師の命令に従う。そのとき、生前の名前が必要になるんだ。これは世界観っていうより、道ばたの無縁仏を勝手にアンデッド化させないための配慮らしい。だから、アンデッドの製造には、墓荒らしが不可欠なんだ。墓石に書いてある名前を使って、そいつをコントロールするわけだ。もちろん違法だぜ。

「そいつは、いつ現れる? 夜か?」

「そうだよ。だからそれまでは、二階で休んどいておくれ」

 やることもないし、婆さんの言うことに従ったよ。だんだんと、不安になってたのもあるしな。二階にあがって、戦闘の準備をした。アンデッド用じゃなくて、魔法防御に重点をおいた装備に変更したのさ。婆さん対策だな。依頼人が襲って来るんじゃないかって、オレはかなり疑心暗鬼になっていた。

 出された夕食にも手をつけなかったし、家を食べたりもしなかった……いや、まあ、壁をちらっと舐めて、それからチョコレートのレンガを一枚剥がしただけだ。壁は、ほんとに飴で出来てた。リアルだと、べとべとになるんだろうが、そこはヴァーチャル。質感はさっぱりしてたね。

 で、夜になったんだが……なんか暇になってきたんだよな。婆さんは、夕食を持ってきたきりで、それから一度も姿を現さなかった。ゾンビだから、基本は夜だろう。そろそろ来るだろうという時刻も過ぎて、オレはうつらうつらし始めた。

 

 ああ トリスタン トリスタン

 おまえの汲んだ その水を はやく鍋へと いれとくれ

 

 いきなり奇声が聞こえて、オレは椅子からひっくり返りそうになった。短剣を抜いてあたりを見ると、機械仕掛けの物まね鳥が、部屋のなかをぐるぐると飛び回っていた。大方、婆さんの台詞でも覚えたんだろうな。物まね鳥は、しゃべり続けた。


 ああ トリスタン トリスタン

 おまえのこねた そのパンを はやくかまどで 焼いとくれ

 

「うっさいぞ! 黙れ!」

 オレは物まね鳥の足を捕まえて、頭をポカリとやった。

 止め方が分からないロボットは、こうするに限る。ほんとに止まりやがった。

 そして、そのときだった。


 コツリ

 

 窓ガラス……というか飴だな。飴になにかがぶつかる音がした。

 オレはハッとなって、窓のそとをみた……気のせいか。そう思った瞬間、コツリと、もう一度同じ音がした。今度は、飴ガラスが揺れたのを確認したから、間違いない。

 オレは短剣を構えたまま、壁越しに移動を始めた。窓枠の端から、外を覗き込んだ。

「……ん、あいつは」

 部屋の前にある菩提樹の根元に、ポッと明かりが見えた。目を凝らすと、昼間のギルドで見かけた、あの魔法使いのガキが立っていた。人差し指に炎をともして、こっちを見上げてるじゃないか。

 オレは警戒しつつも、窓を開けた。

「イゾルデさん、ご無事でしたか」

 それが、あいつの第一声だった。

「おまえ、なにやってんだ? あとをついてきたのか?」

「ちょっと、降りて来てくれませんか?」

 オレは、冷やっとした。仕事を横取りしに来たんじゃないかと思ったんだ。

 だけど、そのときは、婆さんに対する不信感のほうが強かった。引き受けたところを後悔している最中だったから、そのまま窓から降りちまったんだ。今でも、あのときどうすればよかったのか、悩むときがあるよ。

「よかった、まだ生きていたんですね」

 相手の言い方に、オレは目を細めた。ちょっと距離をとる。

「なんだ、おまえ、オレがゾンビ退治ごときでくたばるようにみえたか?」

「ゾンビ退治なんて、嘘ですよ」

「……嘘?」

「ええ、これをみてください」

 少年は、炎が出ていないほうの手で、煤けた紙切れを取り出した。

 そして、オレの前にそれを広げた。そこには、美しい魔女の似顔絵があった。

「マダム・ホレ……? あッ!」

「お気づきですか?」

「こ、ここの婆さんとおんなじ名前じゃないか」

 少年は、シッと歯で息を漏らし、あたりを窺った。

 夜鳴鳥の羽音が、遠くで幾重にも聞こえた。オレは、声を落とす。

「この女が、どうかしたのか?」

「指名手配ですよ、賞金首です」

 オレは、びっくりして紙切れを見直した。たしかに、賞金首だ。しかも、かなりの金額が懸かっていた。ただ、日付がすげえ古いんだ。五年も前でね。VRMMOで五年って言ったら、もう大昔だろ。サーバのリニューアルなんかで、ほとんどデータが一新されちまうわけだからな。その少年が話すところによると、マダム・ホレは、有名な屍術師で、アンデッドの製造が趣味だったらしい。違法だよな。ところが、どうも人気のあるプレイヤーだったらしくて、長いこと運営から放置されてみたいなんだ。その依怙贔屓も、ある事件でついに限界がきて、賞金首になっちまった。

 その罪状は……。

「キャラクターの乗っ取り?」

「そう、データの上書きです」

 最近のVRMMOって、全部寿命が設定されてるだろ。マダム・ホレは、初期から登録してるプレイヤーで、だんだん寿命が気になってきたんだな。そこで彼女は、自分のデータを他人のキャラクターに上書きして、そのまま乗っ取っちまおうとしたんだ。さすがにこれは擁護のしようがなくて、賞金が懸けられたらしい。まあ、一発削除じゃない時点で、運営も大甘なんだけどな。やっぱり依怙贔屓だぜ。

「でも、なんで殺されてないんだ?」

「マダム・ホレは、このサーバでも特級の魔法使いだったんですよ。それに、もう何年も前から、姿を消していたんです。引退したんじゃないかって、そういう噂になってました」

「じゃあ、ギルドに現れて、ゾンビ退治を依頼したのは、なんでだ?」

 少年は、お尋ね者のチラシをしまうと、オレを指差した。

「あなたが狙いですよ」

「……オレ?」

「マダム・ホレは、もう一回乗っ取りを企んでるんです。寿命の限界ですからね」

「そうか……それで婆さんの格好なのか……」

 普通、婆さんのキャラクターなんて、選ばないからな。変わった趣味だと思ってが、本当に加齢だったわけだ。まあ、整形してる可能性もあったが。

「それにしても、よくここが分かったな」

「ナイフで目印をつけてくれてましたから」

 どうよ、この冴え。オレは、ぱちりと指を鳴らした。

「抜いたりしなかっただろうな?」

「そんな危ないことしませんよ」

「よしよし、おまえ、なんていうんだ? 名前は?」

「ルンペルシュティルツヒェンです」

「ルンペ……なんだって?」

「ルンペルシュティルツヒェンです」

 オレは、舌を噛みそうになった。

「よし、ルンペルでいいな。オレは、これから……」

「イゾルデ、どこにいるのかえ?」

 ルンペルは、すぐさま菩提樹のうしろに隠れた。

 それとほぼ同時に、窓から、ホレ婆さんが顔をのぞかせた。

「イゾルデ、夜中に外出かい?」

「いやあ、ゾンビが来ないかなあ、と思って」

 オレは、何事もなかったかのように、そう答えた。

「今夜は、もう来ないよ。それより、ちょいと厨房へ来ておくれ」

「厨房? 腹なら減ってないぜ?」

「食事をしてないじゃないかい」

「オレはベジタリアンで小食なんだよ」

 適当に嘘を並べた。ちょっとドキドキしてくる。

「ふん、小生意気な娘だね……手伝ってもらいたいことがあるんだよ」

 さて、どうしたものか。オレは躊躇したが、ここで粘ってると怪しまれる。

 そう考えて、オレは首を縦に振った。

「いいぜ、表口の鍵をあけてくれよ」

「やれやれ、窓から降りるなんて、ゾンビよりもお行儀が悪いよ」

 ホレ婆さんは、首を振り振り、奥へと引っ込んで行った。

 オレは、すばやくルンペルに話しかけた。

「おい、ヤバいぞ、どうする?」

「乗っ取りの準備ができたとしか、思えませんね」

「逃げ出すか?」

「無理ですよ。猫かぶってますけど、本気を出せば、ボクらなんてイチコロです」

 チッ。オレは、舌打ちをした。

「とりあえず、なんとかしてみましょう。ボクは、裏手に回ります」

「マジでこのアカウント気に入ってるんだからなあ。頼んだぞ」

 ルンペルが裏手に回るやいやな、表口が開いた。

 オレは、何食わぬ顔をして中にあがり、厨房へと向かった。

「そこに、かまどがあるだろう」

「ああ、それが、どうかしたのか?」

「これからちょいとアイテムを作るから、中を掃除してくれないかね」

 ははん、これが乗っ取り用の機械だな。オレは、即座に勘づいた。まあ、ルンペルが来てくれなかったら、ほいほい入ったかもしれないけどな。

「なんでオレが掃除なんかしなきゃいけないんだよ?」

「ゾンビ退治が終わるまでは、まかないがあるんだよ。ちょっとは手伝っておくれ」

 オレは肩をすくめた。

 婆さんの肩越しに、チラリと窓の外をみやる……ルンペルがスタンバイしていた。あいつは窓越しに、入れというような仕草をした。

「……いいぜ」

「おお、そうかい、そうかい」

 オレは、かまどの入り口に、上半身の三分の一を突っ込んだ。

「なにしてるんだい、もっと奥だよ」

「婆さん、かまどの奥に、なんか変なものついてるぜ?」

「……なんだって?」

 オレは、かまどから這い出て、奥を指差した。

「ほら、あそこ」

「……ほんとだね」

 奥の天井付近に、茶色いものがついていた。

 実は、チョコレートなんだけどな。壁から一枚拝借してきたやつさ。婆さんは、急にそわそわし始めた。そりゃそうだよな。かまどじゃなくて、データ上書き用のポッドだからな、どう考えても。ようするに、精密機械なわけだ。そこに得体の知れないゴミがくっついてるんだから、製作者としては焦るよな。

 オレは、もう一押しする。

「よし、オレがナイフで削り取ってやるよ」

 そう言ってオレは、短剣を鞘から抜いた。なかに入るフリをする。

 ホレ婆さんは、大慌てでオレを引き止めた。

「あたしがやるよ」

 オレは、したり顔になるのをこらえながら、となりにどいた。

「まったく……この歳で四つん這いはこたえるよ……」

「安心しな、牢屋でひざを伸ばさせてやるぜ」

 オレは、すぐにかまどの扉をしめた。

 その途端、窓ガラスを割って、ルンペルが飛び込んできた。

「Ignis extremus!!」

 詠唱、そして悲鳴。

 かまどのなかで、なにかが爆発した。

 ガタガタと、鉄の扉が動く。

「お、おまえ、なにやって……」

「あとは、燃え尽きるのを待つだけです」

 その一言に、オレは青ざめた。

「殺すことはないだろッ!?」

「甘いですよ、イゾルデさん。こいつは今まで、死者を冒涜してきたんですから」

 ルンペルは、醒めた目つきで、そう答えた。オレは、背筋がゾクっとしたね。賞金稼ぎに走るやつは、賞金首と同じようになるんじゃないか。そう思った。

 かまどの扉は、すぐに動かなくなった。マダム・ホレの、あっけない幕切れだ。

 ルンペルは、かまどの扉に冷気魔法をかけて、開けた。ヴァーチャルだから、そんなにイヤな臭いはしなかった。胸くそ悪くなったけどな。死体は跡形もなくて、灰と化していた。ルンペルはそのなかから、紫色に光る指輪を取り出して、ランプの光にあてた。

「これが、ギルド宛の証拠になります。このまま帰りましょう」

 帰り道、オレは憂鬱だった。人を殺すつもりは、毛頭なかったからな。明け方の森を、魔除けのナイフを目印に、とぼとぼ歩いて帰った。ギルドにつくと、ほんとにびっくりされたよ。ただ、朝一で受付にこっそり言ったから、そこまで騒ぎにはならなかった。

「なんか、助かったぜ」

 ギルドの前の通りで、オレはルンペルに礼を言った。

 こいつのおかげでアカウント弾かれなかったようなもんだからな。


 ああ イゾルデよ イゾルデよ

 あたしの作った このスープ はやく腹へと 流し込め

 

 オレの頭上では、例のうるさい物まね鳥が、くるくると飛び回っていた。

「こいつ、なんでついてきてんだ?」

「持ち主が死んだからですよ。そういう習性なんです」

「ふぅん……じゃあ、おまえが持って行けよ」

「え? いいんですか?」

「いいよ、邪魔になるだけだからな」

「ありがとうございます」

 ルンペルが腕を伸ばすと、鳥はそのうえに舞い降りた。

「じゃ、いろいろとありがとな……おっと」

 オレは、きびすを返した。ルンペルの背後に昇る朝日が、妙にまぶしかった。

「名前を聞いてなかったな」

「ルンペルシュティルツヒェンですよ」

「ここのサーバは、最大十二文字までだぜ」

 オレに嘘を暴かれたルンペルは、照れくさそうに頬を掻いた。

「トリスタンです。風のトリスタン」

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