魔女の鎌、一名、武器屋の話
運営に忘れ去られた女ね……管理人ってのは、やっぱロクでもねえよな……さて、どこから始めたもんか……ああ、まずは自己紹介だったな。俺の名前はハーン。よく冒険者と間違えられるが、職業は武器屋だ。オッペンのおっさんと違って、俺は作る専門だがな。自分の店を持ってるから、もちろん売り買いもするぜ。だが、別に商人ってわけじゃねえ。
……へへ、みんな、俺の身の上話になんか興味はないって顔してるな。だけどよ、今からする話は、俺が実際に体験したことなんだ。だから当然、武器と関係してるって寸法よ。
おまえら、魔女の鎌って言う、大鎌を見たことはないか? ……誰も知らねえみたいだな。持ってる奴でもいれば、話が盛り上がっていいんだが、仕方がねえ。最初から説明するぜ。魔女の鎌ってのはな、柄が四尺、刃が三尺半の大鎌で、こいつを扱うのは手練でもなかなか難しいって代物だ。まあ、俺も実戦でお目にかかったことはねえから確証はできねえが……じゃあ、何で知ってるのかって? そうよ。そこが話の始まりよ。
あれは、俺がまだ別のサーバを根城にしているときだった。そのサーバがどこかは、ちと黙らせてもらおうか。俺にもプライバシってもんがあるからな。特別なサーバってわけじゃねえよ。そんな金は、リアルで持ち合わせてねえ。でな、あれは金曜の朝だった。週末はログインも増えて、客足も繁くなるってんで、俺は準備にてんてこ舞いだったよ。開店時刻に店を出せたのが、奇跡だったくらいだ。案の定、店の前にはもう行列ができていて、俺が扉を開けるや否や、どっと客が雪崩れ込んできた。こういう稼ぎ時に注意しなきゃならねえのが、泥棒さ。特に小道具は、万引きされやすいからな。手癖の悪いシーフがいないかどうか、俺はカウンタ越しに常に目を光らせていた。
昼近くになって、少しばかり客足が衰えてきた。そこで俺は、見習いに店番を任し、鍛冶場へ引っ込むことにした。俺がこのVRMMOをやっていて、一番楽しい時間帯だ。あれこれ武具を取り出しては、合成のパターンを思い描く。そのサーバでは、鍛冶屋のレベルも合成に考慮されていたから、なおさら気が抜けねえ。俺は顧客リストに目を通し、それから大剣ひと振りに取り掛かった。
俺が火を起こそうとしたところで、店番が鍛冶場に飛び込んできた。職人ってのはな、仕事の邪魔をされるのが一番頭にくるんだ。だから俺は、店番を睨みつけて怒鳴ったよ。
「おい、仕事中は入るなと言っただろうがッ!」
ってね。ところが店番は、ぼそぼそと弁解したあと、俺に来て欲しいと言うんだ。詳しいことを尋ねると、何でも合成の持ち込みが入ったらしい。俺は呆れたね。
「おまえ、この店で何ヶ月働いてるんだ? 見積もりもできねえのか?」
「そ、それが……見たことのない武器で……」
見たことのない武器。俺は少しばかり、好奇心をくすぐられた。見習いには厳しくあたってはいるが、俺もそいつを過小評価してるわけじゃねえ。見込みがねえなら、とっくの昔に店から追い出しているさ。つまり、その見習いも素人じゃねえってことだ。そいつの知らない品となれば、俄然興味が湧いてくるってもんよ。
俺は鎚を放り出し、店に戻った。すると、ずいぶん顔色の悪そうな細身の男が、カウンタの前にぼおっと立ってるじゃねえか。何だか気味が悪くて、背筋が震えちまったよ……おい、そこのガキ、笑ってんじゃねえぞ。その男は、マジで死神みたいな顔をしてた。目元が落ち込んで、唇には血の気が通ってないんだ。下手な怪物よりも、ああいうのが一番おっかねえ。メンヘラの可能性もあったしな。
……話を戻そう。客は一見、手ぶらに見えた。俺が訝しがっていると、見習いが俺の肩を叩いて、壁を指差してくる。何のことはねえ、大き過ぎて、カウンタに乗らなかったのさ。首を曲げた俺は、目を見張ったね。長年武器屋をやってると、初見でもある程度は性能が分かるようになるが、その鎌は本当に見事だった。黒曜石のような輝きで、柄の部分に複雑な唐草模様がまとわりついていた。刃は三日月よりも、少しだけゆるいカーブ。あれを美しいと思わないやつは、武器屋のセンスがない。そう言い切れる代物だ。
とはいえ、見蕩れてるわけにもいかねえ。俺は客に向きなおった。で、その男、何を注文したと思う? ……それがな、奇妙なことを言い出すんだ。「この鎌を材料にする武器はあるか?」だとよ。話が逆だろう。まず入手したい武器を決めて、それから合成に必要な素材を集めるんだ。それも、消耗品から始めるのが筋ってもんよ。竜骨、グレムリンの爪、オリハルコン……客が持ち込んで来るのは、そういうものさ。
もちろん、合成リストを把握してなくて、「このストックで何か適当に合成してくれないか?」と注文する客はたくさんいる。だけどよ、いきなり一品物を持ち込まれたのは、そのときが初めてだった。
「あんた、何が欲しいんだい?」
俺はとりあえず、注文の意図を確かめることにした。武器の種類も分からないんじゃ、こちらとしても対応のしようがねえからな。ところがどうだ。「何でもいい」だとよ。要するに、鎌が剣になろうが棍棒になろうが、お構いなしってわけだ。
そこで俺は、ピンときたね……ははあ、さては盗品だな。足がつく前に、潰して他のものに変えちまおうって腹だ。俺も一端の武器屋。規約違反には協力できねえ。そう思って、カマを掛けてみることにした。
「それ、本当にあんたのものだろうな?」
相手は慌てるだろう。俺はそう読んだ。だけどよ、相手はちっとも動揺しねえ。涼しい顔して、「そうだ」と返してきやがった。
「……ちょいと見せてもらうよ」
俺は鎌に歩み寄り、それを念入りに吟味した……こりゃすげえ。普通の武器屋じゃ売ってねえ代物で、仕入れカタログでもお目にかかったことはなかった。かなりのレアアイテムってことだ。
だがそうなると、ますます話がややこしい。レア品を潰してどうする気だ。レアアイテムを強化するには、他のレアアイテムと合成するしかねえ。そんなのは常識だ。始めて一ヶ月のガキでも知ってる。ところが男は、他にレアを持ってる素振りはなかった。
「掛け合わせるアイテムは持ってるんだろ?」
俺が尋ねると、男は首を横に振った。
俺はわけが分からなくなって、溜め息を吐いたよ。
「こいつは上等品だ。潰すのはもったいないぜ」
だが男は、どうしても潰したいと言う。理由を尋ねるんだが、どうにも要領を得ねえ。仕舞いには、「呪われてる気がする」なんて言い出したもんだから、大変さ。俺は鑑定屋を呼びつけて、鑑定させてみた。するとどうだ。そんな気配は微塵もないんだとよ。解呪魔法にも反応しねえし、もうお手上げだった。
俺は鎌を返さず、その代わりにこう告げた。
「どうだ、うちに売ってくれねえか? ……いい値で引き取るぜ」
ちょいと難しいかと思ったが、男はあっさり了承してくれた。売値を言う前にな。もちろん、そこそこの額は支払ったぜ。そうしないと、変な噂が立って、転売するときにケチがつくからな。
で、俺はその鎌を早速レアコーナーに移して、買い手を待ったのさ。すぐついたね。翌日には、買いたいと言って来た冒険者が数人いた。俺はそれぞれに買値を言わせて、一番高い値をつけた奴に売っぱらった。結構な額だったよ。
それで……。
○
。
.
「どうなったと思う?」
ハーンは語りをやめ、一同を見回した。幾人かは肩をすくめ、幾人かはぼそぼそと小声で隣と話し合っていた。
「……見当もつかねえってか?」
ハーンの挑発的な一言に対して、真っ先に剣客少女が名乗りをあげた。
「おっと、まさか嬢ちゃんとはな」
「その呼び方は、やめてくれよな。オレには、イゾルデって名前があるんだ」
「へへっ、じゃあ、イゾルデちゃん、答えはなんだ?」
ちゃん付けを不快に思ったのか、イゾルデはチェッと舌打ちをした。
「買主が死んで、鎌が戻って来た……だろ?」
相当な自信があるのか、イゾルデはにやりと、口の端を歪めてみせた。ハーンもそれに合わせて、意味深な笑みを浮かべた。
「半分正解、半分間違いってとこだな……」
分割された回答に、イゾルデは身をのけ反らせ、椅子にもたれ掛かった。器用にバランスを取りながら、両腕を後頭部に回した。
「どこが正しくて、どこが正しくないんだ?」
「鎌は返ってきた……が、持ち主は死んだわけじゃねえ」
イゾルデは片方の眉毛を持ちあげ、その白い歯を覗かせた。
「ってことは、本当に呪いの鎌だったってオチ?」
ハーンはその大口から、笑い声を漏らし、ポンと膝を叩くと、話を再開した。
○
。
.
鎌が売れてから五日目の昼下がりだった。ひと息つこうと店を出たところで、急に通りがざわついていることに気付いたんだ。何かと思えば、インディゴのマントに龍の金紋を縫い込んだ騎士たちが、兵士を引き連れて、ぞろぞろとこっちにやってくるじゃねえか。
辻強盗でもあったのか。それにしては、少し馬の駆り方が悠長過ぎる。騎士は、一直線に俺の店の方向を目指してた……おいおい、勘弁してくれよ。俺がそう思った矢先、先頭の馬が、俺の店の前で止まりやがった。
……やっちまった。俺は即座に、鎌のことを思い出した。やっぱり盗品じゃねえか。男の嘘があまりにもしれっとしてたんで、うっかり騙されちまった。まさに後悔先に立たずだ。そんなことを考えながら、俺は内心、舌打ちしたよ。
野次馬どもの視線を痛いほど受けながら、俺は騎士の顔を見つめ返した。ここでおどおどすると、かえって疑いをかけられかねないからな。とにかく堂々とするこった。
「貴殿がハーンか?」
俺が深く相槌を打つと、騎士たちは一斉に馬を下りた。
いきなりしょっぴかれるんじゃねえだろうな。俺が肝を冷やしていると、最後尾につけていた騎士が、何やら歩兵に合図をしている。捕り物騒ぎか。通りが静まり返ったところで、ひとりの兵士が袋を担いで、俺の前に現れた。その袋は、ずいぶんと歪な形で膨らんでた。そう、まるで大鎌のような……。
「この鎌を売ったのは、貴殿の店だな?」
騎士は兵士から袋を受け取り、そしてひと振りの大鎌を取り出した。刃が真昼の太陽に煌めき、野次馬どもも喚声をあげた。そりゃそうだ。俺ですら唸りそうになったからな。とにかく立派な品だ。あらためて、そう思ったよ。場違いだけどな。
騎士はその鎌を手にし、俺に二、三質問をぶつけてきた。買主の氏名と値段、それに俺の登録IDだ。質問されている間、俺は奇妙な感覚に襲われていた。騎士の野郎、こっちを威圧している割には、あまり迫力がねえ。まるで商売談義をしているようだ。
どうやら俺に縄を掛けたいわけじゃねえみたいだな。ホッとしたのも束の間、騎士はとんでもねえことを言い出した。
「この鎌は、貴殿にお返しする」
……どういうことだ。俺は問いたげに、騎士の顔を見つめた。兜の下に隠れた目が、俺の視線と絡み合った。いけ好かねえ目をしてやがる。役人の目だ。
だが、相手は構わず、ほいほいと先を続けた。
「では、代金を返却願いたい」
「……代金?」
「この鎌を売却したときの代金だ。利息等はつけなくともよい」
騎士はそう言って、さっき俺が確認した代金額を繰り返した。何言ってやがる。それが俺の第一印象だったぜ。俺というか、誰でもそう思うだろうよ。いきなり品物を返却して、代金を寄越せと言う。しかも、買主本人じゃねえんだ。
こいつは何かあったな。俺は乾いた唇で尋ねた。
「話が見えてきやせんね……何かあったんですかい?」
「この鎌の買主は、通貨増殖の罪で逮捕された。我々はその清算手続を進めている」
通貨増殖。その一言で、俺は事情を把握した。俺はまんまと、偽金を掴まされちまったわけだ。もっとも、俺に責任があったとは言わせねえぞ。現実世界と違って、増殖された電子金貨は、本物と見分けがつかねえんだからな。大方、バグか何かで、財布の中身を膨らませたんだろう。
俺も商売人の端くれだ。登録時の規約はちゃんと頭に入っている。増殖金貨で取引が行われたときゃ、買い手はアイテムを没収。売り手はそのアイテムを返却してもらう代わりに、受け取った金貨を役所に納めなきゃならねえ。取引自体がチャラってわけだ。
そうと分かれば、もう怯えることもねえ。俺は店番に、金を持って来させた。
「もうどれがどれやら分かりやせんが……」
俺は少しどもりながら、とりあえず金額だけ辻褄を合わせた。
騎士は何の文句も言わず、それを受け取った。鎌を俺に引渡し、馬に乗る。手綱を引きながら、先頭の騎士が振り向いた。
「最近は、通貨の増殖事件が多発している。貴殿も用心されよ。我々とて、プレイヤーの行動を全て監視できるわけではないのだからな」
俺は鎌の重みを感じながら、騎士どもを見送った。野次馬たちはつまらなさそうに、日常へと帰って行ったのさ。
さて、こうして鎌は俺の手元に戻って来たわけなんだが……人前で鎌を見せびらかしたもんだから、また買い手が殺到してな。再度競売って寸法になった。一番高い競り値をつけたのは、武器マニアの男で、何でもコレクションとして自宅に飾りたいらしい。戦闘に使われないってのは、武器屋としては少々寂しいもんだが、別に俺の作品でもないし、金払いが良かったんであっさり売ったよ。
ところが、だ……俺はもう一度、その鎌を拝むハメになったのさ……。
○
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「で、その場所なんだが……どこだと思う?」
ハーンは質問を放ち、それから杯で喉を潤した。ハーンの太い喉笛が動く間、各人が各様の解釈を持ち出してくる。その中でも、僧侶姿の女が、冷静にこう尋ねた。
「わざわざ場所をお尋ねならば、店に舞い戻ってきたわけではなさそうですね」
女僧侶の推理に、他の面々もうなずき返した。ハーンは舌で唇を拭い、杯を戻す。
「姉ちゃん、なかなか冴えてるな……で、どこだい?」
そこまでは察しがつきかねたのか、女僧侶は涼しげな顔で首を左右に振った。正解に至らないことを、全く気にしていないようであった。それとは対照的に、眉間に皺を寄せて考え込んでいるのが、イゾルデだった。今度こそ当ててやろうと意気込んでいるのが、傍からでも手に取るように分かるほどだ。
「お嬢ちゃん、お手付きは三回までだぜ」
ハーンの含み笑いに、イゾルデは開眼一閃、こう答えた。
「他の武器屋?」
「外れ」
「闘技場?」
「それも外れ」
二回のチャンスをふいにしてしまい、イゾルデはぐッと奥歯を噛み締めた。
隣に座っている貴族風の少年は、呆れたように従者を盗み見る。従者は眉ひとつ動かさず、ただ主人の視線を捉え返すばかりだ。
「ははあん……さては、買主にもう一度出会ったってオチだな……」
イゾルデはしたり顔で顎をさすり、そして肩肘をテーブルに突いた。
「どうだ? 図星だろ?」
イゾルデは正解を確信しているらしかった。しかし、幾千万の可能性の中から、いったいどこからそのような自信が湧き出て来るのか、その場にいる一同、知る由もなかった。
ハーンは大きく息を吐き、もったいぶったように首を左右に振った。
「残念……そいつも外れだ……」
イゾルデは軽く舌打ちをし、例のように椅子へともたれ掛かる。
「ケッ、さっさと答えを言えよ」
悪態を吐くイゾルデを他所に、ハーンは左隣の商人へと顔を向けた。
「オッペンの旦那なら、分かるかもしれねえなあ……」
意味深な発言。オッペンは「ほぉ」と返し、それから視線を高く天井へとあげた。しばらく考えて、ポンと手を打った。
「私の職業と関係しているわけですな。となると……古物市でしょうかね?」
オッペンの答えに、ハーンは的を射る仕草で、空中をひと突きした。
「ご名答……正確に言うと、盗品市なんだがな。盗品市は知ってるかい?」
ハーンはぐるりと一座を見渡し、そしてイゾルデに視線を固定した。
イゾルデは、怒ったように胸を張る。
「それくらいは知ってるぜ。盗賊から没収した品を、管理人が売りさばくアレだろ?」
「ははん、さすがにお嬢ちゃんでも知ってるか……」
「だからそのお嬢ちゃんってのは止め……」
ハーンはその巨大な手のひらで、イゾルデの抗議を制した。
「さて、その盗品市なんだが……」
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鎌を売ってから一ヶ月ほどのことだった。何でも、大規模な捕り物があったらしく、近場の窃盗団が一網打尽にされたらしい。それで案の定、盗品市の公告があってな。泥棒が狙うのは高価なものばかりだし、きっと掘り出し物が見つかるってんで、ぞろぞろ町中の見物人が広場に集まったってわけよ。
俺も、そのひとりだった。盗品市じゃ、滅多に買い手にはなれねえ。なんせ競売方式で、レアアイテムなんかが当たり前のように出るから、競りは目の玉が飛び出るほど高けえんだ。ありゃ金持ちの道楽だよ。噂では役人がこっそり潜り込んで、密かに自治体が競り落としてるって噂もあるが、どうだろうな。
……おっと、話が逸れたな。その日の市は最初から大賑わいで、金貨が飛び交うくらい白熱してたよ。ああ言うのは、場の雰囲気もあるからな。みんな頭に血が上ってたんだろう。そうこうしているうちに、壇上の競売人が次の品を読み上げた。
「盗品番号17番、魔女の鎌」
競売人の言葉に、広場がざわついた……そう、誰もそのアイテムの名前を知らなかったのさ。ただ俺だけが、妙に胸騒ぎを覚えていた。まさかアレのことじゃねえだろうな。そう思っていた矢先、出て来たじゃねえか……アレがよ……。
魔女の鎌が運ばれて来たとき、会場は妙にそわそわしていた。巾が剥ぎ取られ、その刃が露になると、「おお」と喚声が湧いた。俺は三度目だったが、やっぱり奇麗だと思ったね。藝術とか、そういうガラじゃねえが、武具の装飾には一家言持ってるつもりだ。それにしても、アレが魔女の鎌と呼ばれてるなんざ、微塵も知らなかった。あるいは、競売人が勝手に名付けたのかもしれねえな。ただの鎌よりは、魔女の鎌の方が高く売れるだろうしよ……商売でも、ネーミングセンスってのは案外バカにならねえ。
さあ、競りが始まった。俺はぼんやりと、それを眺めていたよ。開始早々、手が出せねえ値になったのもあるが……何だろうな。うまく言えねえが、ひどく妖しい感じがしたんだ。
結局、俺が売ったときの倍額で競りは終わった。ペリントンって地元の金持ちが落札した。俺は帰り道、あの陽に輝く黒金の色が忘れられなかった。それで……。
○
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「ペリントン? はて……どこかで聞いたことがありますな……」
商人が、ふいに口を開いた。話の腰を折ったことは承知しているらしいが、どうにも気にかかるという風情だ。しきりに口髭を撫でながら、名前の主を思い出そうとしていた。
「ああ、オッペンの旦那なら、知ってるかもしれねえな。なんせ……」
「アイテムの横流しをして、とっ捕まった奴だろ?」
十八の瞳が、一斉に宿屋の女主人へと向けられた。ハーンも少しばかり意外に思ったらしく、テーブルに身を乗り出した。
「なんだ、あんたもあのサーバにいたのか?」
「……いや、ちょいと小耳に挟んだだけだよ」
女将はそう言うと、周囲の視線から逃れるように、そっと瞼を閉じた。
ハーンは、まだ何か問いたげに口元を動かした。しかし、幾人かは女将から彼へと関心をもどしたことに気付き、すぐに話を戻した。
「ま、そう言うこった。落札者のペリントンは、それから二週間ほどして、横領罪でお縄をちょうだいしたってわけさ……以上だ」
沈黙。肩透かしを喰らったような空気が、どこからともなく流れ込んできた。
「おいおい、何だよそれ? 続きはないのかよ?」
納得しなかったのは、イゾルデだった。怒ったように拳を振り上げて威嚇する。
「俺の話は、これで終わりだ」
「レアアイテムが持ち主を転々とする話の、どこが面白いんだ? ふざけ……」
ハーンは拳を握り、ドンとテーブルに打ち下ろした。脅したわけではない。その証拠に、ハーンは挑戦的な笑みを浮かべ、イゾルデを見つめ返していた。
「お嬢ちゃん、気付かなかったかい? 魔女の鎌の正体によ?」
イゾルデは眉をひそめた。ほかからも、ひそひそと話し声が聞こえた。
「鎌の正体……? あんた、そんなこと一言も……」
「そうかい? 例えば、そこの兄ちゃんは気付いてるみたいだぜ?」
そう言って、ハーンは貴族の従者を指差した。従者は身じろぎもせず、三日月のように細い目を、テーブルの隅に留めていた。
イゾルデは、体の向きを変えた。
「そうなのか? ……おい、何か言えよ」
従者は、イゾルデの催促を無視して、主人である少年と二、三言葉を交わした。少年が軽くうなずき返したところで、従者はようやく、人並みの音量で言葉を継いだ。
「サーバ管理者の盗聴用アイテムだったのでは?」
従者の回答に、ハーンは歯を剥き出しにして笑った。
「やるね、あんた……ただの子守りってわけじゃなさそうだ……」
毀誉褒貶に満ちた言葉を返すハーン。従者はあいかわらずの澄まし顔だ。
そこへ、イゾルデが割り込んできた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……盗聴だって? そりゃ禁止されてるだろ?」
「ああ、利用規約でも禁止されてるし、リアルの法律でも禁止されてるな」
「だったら、そりゃあんたの勘違いで……」
イゾルデが言い終える前に、ハーンは口を開いた。
「なあ、ひとつ訊きたいんだが……いったいどうやってチェックするんだ? サーバ管理人が、登録者の利用状況をちょいちょい調べたとして、誰がそれに気付く? 警察か? 違法アップロードで大忙しの連中が、いちいちVRMMOの通信記録を探るかよ? もし探ってるとしたら、今度は警察が盗聴してることになる。それもまた違法だ……違うか?」
ハーンは大いにまくし立て、杯を手に取った。彼を凝視する人々を他所に、一気に残りを飲み干した。酒臭い息を吐き、口元を手の甲で拭う。
「真相は闇の中さ……だがな、俺は確信してるよ。あれは、管理人の盗聴器だったってな。レアアイテムに見せかけたのは、その方が犯罪に遭い易いからだ。それに、犯罪者は金払いが意外といいからな……全部計算づくだったのさ。よくよく考えてみりゃ、俺は役人に契約書の提示すら要求されなかった。連中は商談を盗聴してたから、いちいち確認する必要がなかったんだろう」
ハーンは杯を持ち上げ、女将にそれを差し出した。椅子を引く音、床を歩く音、酒を注ぐ音……語り部への謝礼のように、もう一杯酒が出された。
「俺の話はこれで終わりだ。お嬢ちゃん、あんたの番だぜ」