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電嵐物語  作者: 稲葉孝太郎
エピローグ
11/11

新たな旅立ち

 嵐は止み、夜もまた星々とともに、何処かへと消え去っていた。

 女主人は語り部を終え、窓の向こうがわに広がる朝焼けを、そっと眼差した。

「……ちょうどいい。メンテナンスが終わったみたいだね」

 彼女はそう言うと、ハーンから杯をひったくり、後片付けを始めた。

 ハーンは、躊躇いがちに声を掛けた。

「おい、女将……」

「今日はもう仕舞いだよ」

「いや、とりあえず礼を言っとくぜ……昔話のな……」

「……べつに構いやしないよ」

 女将はそれだけ言うと、杯を洗い場に浸した。

 ハーンはしばし手持ち無沙汰にしたあと、意を決して女将の背中を見やった。

「なあ……ひとつ質問していいか……?」

「何だい? 食事代なら三〇アスだよ。割り勘にするかどうか、みんなで決めな」

「あんたが語っていた少年は……ゲイだったのか?」

 杯を洗う女主人の手が止まった。 

「……違うよ。ナンパが嫌で、性別を偽って登録したのさ」

「ああ、なんだ、そういう……ん、あんた、何でそれを……」

「さあ、今日はいい天気だよ。宿屋にゃ嬉しくないがね。金を払ってさっさと出てった」

 食事代は、オッペンのおごりになった。

「今夜は楽しかったです。またお会いしたときは、ぜひご贔屓に」

 オッペンはとびらをひらき、朝日を導き入れた。そして、北へと旅立った。

「わたくしも、巡礼の旅にもどらせていただきます」

 神のご加護を。それだけ言い残して、イラマも姿を消した。

「あたしが働いてる劇場は、さっき言ったとおりだよ。よかったら観に来てね」

 イラマのあとを追うように、マーヤも駆け出した。

 あとに残された面子のうち、イゾルデとホルスは、なにやら言葉を交わしていた。

「イゾルデさん、ぜひ僕の領地で働きませんか?」

「ん? どういうことだ?」

「僕の剣術指南役だったひとが、引退してしまったんです」

 剣の腕には覚えがあるのでしょう。ホルスは、そう尋ねた。

 イゾルデは、すこしばかり照れくさそうに、頬を掻いた。

「これもなにかの縁だな……引き受けるぜ」

「ぼっちゃん、そろそろ、馬車がつく頃です」

 アルジェナを含めた三人は、女将に挨拶して、宿を出て行った。

 ハーンは大きく背伸びをし、荷物を纏めて席を立った。

「それじゃ、仕事に出掛けるぜ……また来るかもしれねえな」

「仕事? 冒険じゃないのかい?」

 ハーンは、自嘲気味な笑みを浮かべた。

「ランキング五桁の男が、冒険なんておこがましいや……剣を研いで売って、その日の稼ぎで酒を飲む……リアルと何も変わらねえな」

「……そうだね」

 広間が朝風に清められ、女将はふと、水仕事の手を休めた。

「ドアは開け放しといておくれ」

 ハーンは閉めかけた扉を戻し、ついにその姿を消した。

 女将は、広間にただひとり残った詩人へと向きなおった。

「さあ、あんたも宿代を払って出発しな」

 詩人は竪琴の弦を弄びながら、窓の外を見つめて答えた。

「……ひとりで、ですか?」

「当たり前だろ……なんだい、新手のナンパかい? そういうのは大嫌いだよ」

 詩人は椅子から立ち上がり、そして、頭巾を脱いだ。

 時間が止まる。時計の針を巻き戻すように、詩人は震える女将の手を取った。

「再登録まで時間がかかってしまってね……きみはあいかわらず泣き虫だな」

 雨上がりの電脳空間。今日はまさに、冒険日和であった。

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