5話 色彩
生きることと死ぬことが1セットなのだとしたら、永遠に死ぬことが出来ない存在は、そもそも生まれたとは言えないんじゃないのかなんて妄想に励んでおります。
「生きる」の対義語が「死ぬ」ならば、「生まれる」の対義は何なのでしょうね。
更新遅くてすみません。読んでいただけたら幸いです。
「ねぇ」
刹那は自室にいた。四畳半程の、ベッドと机があるだけの狭い寮部屋。白を基調としていて女の子らしいグッズなど何一つない、シンプルな作りだった。
この学園は基本的に自由な校風で特に約束事はなかった。どんなに着飾っても、また、どんなに部屋を彩っても構わない。一人一部屋与えられたその場所をどう使おうと勝手だった。
現に六花の部屋は狭さをまるで感じない程に敷き詰められた魔術に関する図書が並んでいるし、観世は観世で一面に花々が咲いた女性らしい一室になっている。
ただ刹那はなんとなく何もしたくなかった。白が全面に押し出され圧迫感はあるものの、不自由はなかったため初期状態のまま使用している。
誰もいないその部屋で刹那は一人呟いた。
辺りはしんと静まり返る。気配は何もない。その、時。
薄暗い部屋の中で微塵も動いていないはずの刹那の影がゆらりと躍るように揺らめいた。タプンと液体のように音を立てて影が伸びたかと思うと漆黒を纏った彼女の使い魔が静かに現れた。
ジルは深紅の瞳で刹那を黙視する。
――血、みたいな深紅。
そのままジルはその切れ長の目を細めた後、マントをバサリと翻らせてその場に膝を折り、刹那に問いかける。
『お呼びですか、主人』
「その、主人ての止めて。……刹那でいいから」
何度聞いてもむず痒い呼び名を先ずは訂正する。ジルは暫く目を瞬かせ、軈て「じゃぁ刹那」と微笑した。
やけに素直だ、と刹那は思った。使い魔を使役するのは確かに自分なのだから、当たり前なのかもしれないが。
小さく頷いてもう一度ジルを見やる。
『それで、用件は?やっぱり昼間の仕返し?』
「そんなわけないじゃない。私は貴方が知りたいの」
『……随分積極的だね』
刹那は最初、ジルの言っている意味が分からなくて頭に?(ハテナ)を浮かべたが、気づいた途端顔を赤らめて狼狽する。
「別にっ……そういう意味じゃなくてっ」
その慌てぶりにジルは吹き出して笑った。
――使い魔もこんな風に笑うんだ……。
ぼんやりとそんなことを思っては、はっと我に返って説明し直した。
「私はまだ、貴方のこと何にも知らないの。どうして皆に恐れられてるのか、……なんで私と契約してくれたかも……」
ジルは口元を押さえ笑いを堪えた後、芯のある強い瞳で刹那を捉えもう一度名乗った。
『ジル=クエンホルム。この通り闇の種族。』
肝心なことは何一つ答えはしなかった。答える気もないような、寧ろ拒絶するような物言いだ。暫くの沈黙の後、ジルがまた視線をそらしゆっくりと口を動かした。
『……ただ、退屈だっただけだよ。だから契約した』
天井を見据え、掠れたような絞り出した声で呟く。その横顔はひどく淋しい印象を受ける。が、ジルはその後またいつもの様子に戻っては刹那の頬を優しく包み耳元で「後は、内緒」と囁いた。
その手は温かくて、人間のようで。刹那はその手の上に自らの手を重ねる。
「……どうして貴方はそんなに人間に近いの?」
思わず口に出していた。ジルの顔が少し強ばる。聞いてはいけないことだったのかと後悔するが、時間が戻るわけではない。
『……秘密って言っただろう。知ったところで刹那には解らないさ』
刹那はその上から目線な口調にムッとして言い返す。
「解るか解らないかは聞かなくちゃ何も言えないでしょう?」
『……大罪を犯したから』
「え?」
『今は、それだけ』
意味深な言葉を残してジルはまた刹那の影に飲み込まれていく。
「あ、ちょっ……」
――まだ何にも……!
最後に黒い滴が跳ね、何事もなかったかのように静寂が戻った。
「もう!なんなの!」
闇。大罪。人間の姿。
何が何だかまるで分からなかった。ただ一つだけ理解したのは。
――……淋し、そうだった。
こんがらがって沸騰しかけた頭を乱暴に振り、刹那は勢いよくベッドにダイブする。白いシーツがシワを刻み、すぐに刹那の意識は闇に溶けた。