3話 畏怖
感想いただいたのが嬉しすぎて張り切りました(笑)
描写等不完全な所が多々ありますのでアドバイスいただけると本当にありがたいです!
「おはよー!」
刹那は明るくクラスメートに声をかけてみるも、誰からも返事は返ってこなかった。寧ろ皆が一斉にこちらを睨むように、また、畏れるように一瞥した後気まずそうに下を向くのを見て、刹那自身心が挫けそうになる。
――なんで、私だけこんな……。
扱いを受けなければならないのか。納得のいかない事態に悶々と馳せるが、それで結果が変わるわけではない。
ふぅ、と重い空気に息を吐ききってから暗い気持ちで席につく。
全てはそう。彼女の使い魔が原因であった。
普通、使い魔とは自身よりも力のあるものの下に立ち、主人の手となり足となり行動を共にするものだ。 現に六花の使い魔がそうである。六花の肩に器用に前足を巧みに使ってバランスを保ち主人に危険が伴おうものならば鋭利な爪でそれを弾く。
観世も同じく。会話が出来るわけではないが、蔓や幹で攻撃を弾き葉で風を奏でる。
2つの使い魔ともに決して上級魔物とは呼べないが、主人を護るために自らの最善を尽くすのは同じだ。
そうやってお互いを信じ尊重し、協力する。公使するものと、されるもの。そこに大した差異はない。
その、はずなのに。刹那の使い魔は、あまりに異例だった。
闇に惑い人を誘う死神。そう呼ばれても相違ないほどに圧倒的な力を持ち、刹那など塵にも及ばない。まず、使い魔などと呼べるレベルではなかった。魔界を統べる力を持つと言っても過言ではない威力。魔物と呼ぶに相応しくない容姿はまさに、人間のそれと等しい。 容姿こそ16、17程ではあるが、経歴等は一切計り知れない。
そんなものがなぜ、刹那に遣えようと、契約を交わしたのか。刹那にはそれが最大の疑問であった。
チャイムと同時に入ってくる教師も、刹那を一目見て青ざめた。目を合わせたら死ぬ、とでも言いたげに勢いよく目を反らし、震えた声で出欠をとり始める。
――なんなの!なんなの一体!!
堪えきれなくなった蟠りが喉元を何度も行き来し心地が悪い。
バンッと強く机を叩いて立ち上がる。それからまもなくしてガタンと大きな音を立てイスが倒れる。しんと静まり返ったのは一瞬で、すぐに様々な角度からざわめきが立つ。
「ねぇ!やめようよ、こんなの!今まで皆、普通だったじゃない!私は何も変わらないよ。お願いだから、今まで通り、接してよ!」
――私は、私のままだから。
一縷の望みをかけて乞う。皆なら、きっと解ってくれるから。そう、無意味な確信をして。
数秒の間、それが刹那にとってとても長く感じられた。ごくりと生唾を喉に押し込み、反応を待つ。
コツンと、何かが刹那の背中に当たる。振り向くとそこには、震えながらも恨めしそうにこちらを見る男子生徒の姿があった。
もう一度、今度は確実に狙って消しゴムを投げつけられた。
「……そうやって、俺たちを見下してんだろ?」
男子生徒の口から漏れた言葉に意味がわからず聞き返す。
「……え?」
「いいよなぁ自分だけそんな有能な使い魔連れて。どうせ裏では自分は偉いんだって見下してんだろ!」
「……違っ」
――私は、ただ。
コツン、コツン。
その生徒に便乗して回りから様々なものが投げつけられる。
刹那はその所作と言葉に息を呑んだ。今、もはや私を信じてくれるものはない。その事実に、胸がきゅっと締め付けられた。
教師に助けを求めても止めるでもなく、ただ気まずそうに目を瞑ってやり過ごしている。顔さえ合わせようとしない。
相変わらず続く言葉の攻めと、行為に刹那は呆然と突っ立っていることしか出来なかった。
ぐにゃりと廻る視界。
――気持ち悪い。
背中に冷たい汗が流れ落ち、身震いする。ぎゅっと握りしめた拳に爪がめり込み軋んだ音が響く。
『どうしたの主人』
突如とどこからか聞こえた声にはっと顔をあげる。他の人は気づいていないようだ。
ゆらりと液体のように影が揺らめいたかと思うと、そこからよっと、と一言呟いてジルが軽やかに現れる。刹那の顔を下から除き込み、問いかける。
『なんで泣いてんの?』
「……っ泣いてなんか……」
ぐずっと鼻を啜り顔を背け答えるとジルはそれにくすりと笑みを浮かべクラスメートの方を振り返る。
『さて。俺のご主人様を泣かせた奴は……、誰かな』
にっこりと軽快な口調で始まった言葉が語尾に向かっていくにつれて、徐々に殺気が感じられる。
ひっと息を呑む者、威圧感にたじろぐ者。
ジルの燃えるような深紅の瞳が怯えるクラスメートを捉えた。
『君たちさえ良ければ、今ここで抹消したって構わないんだよ?』
「やめて!!」
思わず叫んでいた。刹那はジルの前に両手を広げて立ちはだかった。
ジルをはじめとする誰もがそれに唖然とした目で刹那を見る。
「皆は私の大事なクラスメートなの……勝手なことしないで」
ざわめき立つ教室に、やや間をおいてからジルが口角を上げて口を開く。
『……いいよ。主人がそういうならこの場は引こう。……この場は、ね』
次はない。そう言うように皆を一瞥してまた刹那の影に溶けて消えた。
しんと静まり返り、刹那はジルが完全に気配を消すと胸を撫で下ろしその場にへたりと崩折れた。
――良かった……。
ふと突然手を差し伸べられ、驚いて見上げると目の前には六花と観世が立っていた。